ざわつく心を落ち着かせようと、自室に備え付けのシャワー室に入って、熱いシャワーを浴びた。
 しばらくシャワーを浴びているうちに、少しずつ気分が収まってくる。
 ようやく決心した私は、シャワー室を出てから横島さんの携帯に電話をかけた。
 携帯の番号は翠屋にいたときに聞いていたが――尋ねる前に、自分から教えてくれた――あいにく電話がつながらなかった。

 話をどう切り出そうか少し迷いがあったので、電話がつながらなかったことに少し安堵したが、お祖父様の依頼を引き受けた以上、やはり話をしなくてはならない。
 私は鏡の前に座り、背中にまで伸びた髪先をいじりながら話す内容を考えていたが、やがて髪型が少し気になり始めた。
 会うからには、やはり服装もきちんとしたいし、髪型も整えておきたい。
 行きつけの美容院に電話をすると、ちょうど今の時間帯に予約が空いていたため、すぐに予約を入れる。
 私は、お気に入りのベージュのスーツを着て、家を出た。





7 Years Later

作:湖畔のスナフキン

第三話






 ちょうど、実家の車がすべて出払っていたため、私は電車で海鳴へと向かった。
 駅を出てから駅前広場を横切り、繁華街を抜けたところに目的の美容室があるのだが、駅前広場から繁華街に入るまでが曲者(くせもの)だ。
 どうやらここはナンパの名所らしく、この場所を通るたびに男たちから声をかけられる。
 うっとうしいので、時間がある時にはこの場所を避けて回り道をするのだが、あいにく予約の時間が迫っていた。
 ため息を一回ついてから、気合いを入れて歩き出そうとしたとき、予想もしなかった光景が目に入った。

「ヘイ! そこのイケてる彼女。俺と一緒にお茶でもして、そのあと熱〜〜いひとときをすごさない?」

 濃いめの化粧をした若い女性に声をかけていたのは、まさしく横島さんだった。
 一人目の女性に断られると、すぐに次の女性に声をかけ、そして無視されて落ち込んだが、復活してまたナンパを続ける。
 思わずポカンとしてしまったが、やがて腹の底から言い表しようのない感情が、ムラムラとこみ上げてきた。

「横島さん! あなたいったい何をしてるんですか!」

 私が横島さんにどう話をしようか悩んでいたとき、この人はノー天気にもナンパ行為に励んでいたのだ!
 しかも、私以外の女に!
 いや。私にナンパ目的で声をかけられても、それはそれで困るけど。

「あいつ、なかなかやるな。『黙殺の女王』を呼び止めたぜ」

「いや、彼女の方から声をかけなかったか? ひょっとして、知り合い?」

「つか、あんな美女が知り合いなら、こんな所でナンパなんかしてんなよ」

「こ、ここにも、富の偏在が! おのれ、イケメンでもないクセに、モテる男は許すまじ!」

 周りにいた若い男たちの声が耳に入ったが、すべて無視して横島さんに近寄った。

「おっ、さくらちゃん。どうしたの急に?」

「どうしたもこうしたもありません! 横島さん、さざなみ寮に行ってたんじゃないんですか?」

「耕介さんの所には、ちょっと挨拶に寄っただけなんだ。仕事でしばらく、海鳴にとどまることになったから」

「お連れの方は、どうしたんです?」

「雪之丞は、用事があって別行動。駅前で集合することにしてたんだけど、時間が余っちゃってさ」

 横島さんは、片手を後頭部にあてながら、ナハハと大声で笑った。
 そのあっけらかんとした態度を見て、私ははーっと大きなため息をついた。

「横島さん。奥さんとか、交際している女の人とかいますか?」

「いや。まだ結婚してないし、今はフリーだけど」

「それなら、遠慮はいらないですね。少しつきあってください」

 私は横島さんの腕を掴むと、彼を引っ張りながらその場から離れようとした。
 周囲から、若い男たちがガヤガヤ騒ぐ声と、なぜか壁に釘を打ち付けるような音が聞こえるが、無視してそのまま足を進める。

「さくらちゃん、ちょっと待った」

 横島さんが、突然立ち止まった。
 そして、懐からわら人形を取り出し、それに自分の髪の毛を一本埋め込んでから、そのわら人形を何かのお(ふだ)で包み込む。

「どうしたんです?」
「いや、なに。ちょっとした呪詛(じゅそ)返し」

 すると、近くの壁に向かってわら人形と五寸釘を打ち込んでいた男が、急にグオオッと叫ぶと胸に手を当てたまま地面に倒れた。
 おちゃらけた行動ばかりしていても、横島さんは優秀なGSなんだということがよくわかった。




 私は横島さんの腕を引っ張りながら、馴染みの店である『FOLX』へと入った。
 この店は、さざなみ寮の年長のメンバーが常連であり、特にマスターの国見さんは、さざなみ寮の裏ボスと恐れられている真雪さんの後輩だ。
 私も、千堂先輩にこの店を紹介してもらってから、すっかりお気に入りとなっていた。

「いらっしゃい……おや、男連れとは珍しいね、綺堂さん」

 店の中は、閑散としていた。
 マスターの国見さんが、すぐに私に気づいて声をかける。
 この店は昼は喫茶店、夜はバーとなるのだが、女の子や主婦が多い翠屋と違い、どちらかというと落ち着いた大人の雰囲気の店である。
 ランチタイムを除けば、夜がかき入れ時となるため、まだ日暮れまで少し間があるこの時間帯に、客の数は少なかった。

「それで、何の用なの?」

「何の用じゃないですよ! 前の時のお礼をしようと思って携帯に電話しても、ちっともでないじゃないですか」

 私は、目に多少の怒気をこめつつ、頬をぷっと膨らませた。
 そう、横島さんがナンパしてたから、怒っていたわけではないのだ。

「ご、ごめん! 携帯の電源、切りっ放しだった」

 横島さんは慌てて携帯を取り出し、電源を入れて画面を確認した。

「もう、いいですよ……それより、今日はもう、仕事は終わりですか?」

「ああ。雪之丞と合流したら、あとは予約していたホテルに行くだけだったし」

「それなら、お酒飲んでも大丈夫ですね♪」

 FOLXは、店の雰囲気もいいが、何よりお酒がおいしいのだ。
 ワインには少しうるさい私を満足させるだけの品揃えがあるし、頼めばマスターオリジナルのカクテルも出してくれる。
 私は、浮き浮きした気分で、メニューを開いた。

「横島さんは、どんなお酒が好きですか?」

「飲めれば、何でもかな。まあ、普段はビールとか日本酒で」

「私はワインです。それから、この店のマスターが作るカクテルも、けっこう美味しいんですよ」

「へーっ。さくらちゃんのお勧めなら、俺も飲んでみようかな」

 和気靄々(わきあいあい)とした感じで、私と横島さんの会話が進んでいった。

「ところで、お連れの方は大丈夫ですか?」

「いけね! まだ時間あるけど、場所を伝えないといけないな」

 横島さんは国見さんから店の名刺をもらうと、携帯でこの店の場所を教える。
 私も、美容院に電話をかけて、入れていた予約をキャンセルした。




 しばらくして、横島さんの仕事のペアである雪之丞さんも、FOLXにやってきた。
 普通にしていれば、ちょっと軽めの男性にしか見えない横島さんと違い、雪之丞さんは武道家や格闘家の空気をまとっている。
 素人の私でも、一目でわかるほどだ。
 しかし、話してみると、雪之丞さんは意外と紳士だった。

「雪之丞のヤツは、弓さんに鍛えられているからな」

 横島さんが、そう言って雪之丞さんをからかった。
 どうやら、雪之丞さんの彼女の弓さんがかなりの家のお嬢様らしく、雪之丞さんをいろいろ躾ているらしい。
 昔は、普通に粗暴な男だったと、横島さんが言っていた。

「それじゃあ、ご結婚も考えているんですね」

 と水を向けてみたら、それまで普通の顔色だったのが急に真っ赤になってしまった。
 これは女の感だが、ゴールインまでそう遠くないように思えた。




 結局、その日は夜の八時くらいまで、FOLXで飲んでいた。
 海鳴での仕事の内容についても、遠回しに聞いてみたが、さすがに教えてはくれなかった。
 しかし、数日後には槙原さんも参加するとのことなので、後でさざなみ寮に電話すれば何かしらわかるだろう。

 少し酔ったので、電車ではなくタクシーで帰ったが、帰りのタクシーの中で、昼間に抱えていた悩みがほとんど解決したことに気がついた。
 明日は仕事で時間が取れないが、明後日は午後から横島さんの体が空くとのことなので、海鳴の街を案内する約束をする。
 私は、この不思議な人とすごす時間が、段々と楽しくなってきていた。



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