7 Years Later
作:湖畔のスナフキン
第六話
夜更けに、携帯の鳴る音で起こされたのは、翌日のことだった。
「はい、綺堂です」
「さくら! お願い、助けにきて!」
泣き叫ぶような声で電話をかけてきたのは、姪の忍だった。
「いったい、どうしたの?」
「イレインが! ノエルが今、イレインと戦ってるの!」
「どういうこと?」
「安次郎よ! 安次郎がさっき家にやってきて、それで安次郎がイレインを起動させて……」
話が、少し飲み込めてきた。
実力ではノエルを排除できない安次郎が、ノエルと同じ自動人形を連れてきたのだ。
たしかイレインは、ノエルと同じエーディリッヒ式の最終機体。
戦闘力では、ノエルを上回っているはず。
「わかったわ、忍。とにかく安全な場所にいて。すぐ、そっちに行くから!」
人狼の血を引く私でも、さすがに自動人形と戦うことはできない。
しかし、月村の傍流にすぎない安次郎が、綺堂本家筋の私に直接手を出すことは、まずないだろう。
緩衝材代わりにでもなれないかと、その時は考えていた。
私が月村家に着いたとき、館の玄関の前で二体の自動人形が、恭也くんと戦っていた。
館からは煙が立ち上っており、また大きな物音が連続して聞こえる。
どうやら、ノエルとイレインは、館の中で戦っているらしい。
「忍、今の状況は?」
忍は、玄関から少し離れた場所に立っていた。
驚くべきことに、事件の主犯と思われる安次郎が、忍の足下に倒れていた。
「イレインが、安次郎を斬ったの。行動の自由を得るために。あの機体は自我が強すぎるのね。だから今まで、使われずに封印されていた」
「ぐおおおっ! すまん、さくら、忍……」
背中からバッサリと斬られた安次郎が、私たちの足下でうめき声をあげる。
「安次郎。あなたは一族の血は薄いから、人間の病院に入院しても問題ないはずね」
私は夜の一族の力を使って、足下にいた安次郎を気絶させた。
安次郎が着ていた上着を裂いてから、それで傷口を強く縛って止血させる。
「自動人形は、何体いるの?」
「イレインと、イレインの同型機が5体。イレインが指揮能力を使って、動かしている」
一体が地面に倒れており、二体が恭也くんと戦っていた。
すると、ノエルが戦っているのは、本体と同型機が二体か。
本体と戦うのは無理としても、同型機なら何とかなるかもしれない。
「恭也くん、加勢するわ」
そう言って私が駆け出そうとした時、突然一台の車が猛スピードで屋敷の中に入ってきた。
急ブレーキをかけてその車が停まると、横島さんと雪之丞さん、そして見知らぬ女性とマントをまとった老人の4人が車から降りた。
「さくらちゃん!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、横島さんだった。
このタイミングで来るなんて、やはり安次郎に与していたのだろうか!?
私は、胸の内から湧き上がってくる感情を抑えながら、忍をかばうため、一歩前へと進んだ。
「横島さん……あなたが月村家に、我が一族に仇をなすなら、私が戦います!」
おそらく、今の私の瞳は、真っ赤に染まっていることだろう。
そんな私を前にして、横島さんが戸惑いの表情を見せた。
「いや、だから、その、これにはいろいろと深いわけが……」
「この大馬鹿野郎! おまえが彼女にいらん誤解させるから、俺たちが遅れをとったんだろうが!」
雪之丞さんが、かなり本気の勢いで横島さんの後頭部を叩いた。
ここは関西風に、ドツくという表現の方が正しいかもしれない。
「つまりな、こういうことだよ!」
雪之丞さんが、前方に向かって拳を突き出すと、その先から太いレーザーのような光が飛び出した。
高位の霊能力者が使う、霊波砲というものだろうか。
その霊波砲は、背後から恭也くんに斬りつけようとしていた、自動人形を吹き飛ばした。
「あの、それって……」
「俺たちが受けた依頼は、襲撃者の手から、月村家を守ることなんだ」
雪之丞さんに背後からドツかれて、地面に伏していた横島さんが、起き上がりながらそう言った。
「あ、あの、その、大変な誤解をしてしまって、すみません!」
「もういいって。それに、仕事はまだ半分も済んでないし」
ガチャンとガラスの割れる音が聞こえるとともに、ノエルとイレイン本体と思われる自動人形が、館の外へと飛び出した。
そして、イレインの同型機がその後に続く。
彼女たちは皆、腕にブレードという鎌のような刃物を装着していた。
「あら〜〜。ちょっと見ない間に、ずいぶん人間が増えたわね。ま、いいか。どうせ皆殺しにするだけだし」
不敵な笑みを浮かべながら、イレインがそう言った。
イレインは、全身に電気の火花を散らしたロープを身にまとっていた。
「さくら。あの電撃ロープ、『静かなる蛇』には絶対触れちゃだめよ」
忍が私に注意をうながした。
大きめの声で言ったのは、横島さん以外の見知らぬ人たちにも、聞こえるようにするためだろう。
「さくら様、恭也様、お下がりください。自動人形には、人では絶対勝てません」
そうノエルが私たちに言ったが、黒いマントを羽織った背の高い老人が、ずいっと前に出た。
「まあ、ここにおる二人なら十分勝てると思うがの。しかし、呼ばれたからには、少しは働くとするか。行くぞ、マリア!」
「イエス・ドクター・カオス」
老人と若い女性が、並んで立った。
「くくくっ。死にかけのジジイに女か。まあ、いいや。真っ先に殺してやるわ!」
二人に、イレインが指揮する同型機が襲いかかるが、
「ロケット・アーム!」
マリアと呼ばれた女性の右腕が、勢いよく飛び出した。
そのパンチは、イレインの同型機に見事にヒットする。
「マリア、とどめじゃ」
「イエス・ドクター・カオス」
マリアが左腕を前に出すと、そこから機関銃の銃身が現れ、銃弾が連続して発射される。
地面に倒れたイレインの同型機は、銃弾で穴だらけにされて間もなく動かなくなった。
「自動人形! 私より高性能の機体が存在していたなんて!」
「うぬぼれるなよ、小娘。このマリアは、そなたたち自動人形の原型とも呼べる存在なのだからな」
イレインが、ぎりぎりと歯ぎしりをするような表情を浮かべた。
「くそっ! こうなったら数で押し切ってやるわ!」
それからの戦いは、ある意味一方的なものとなった。
「エルボーバズーカ―!」
「クレイモアキック!」
ノエルがイレイン本体を牽制する隙に、マリアが重武装を生かしてイレインの同型機を一体ずつ潰していく。
「あああ、なんてすごいの! 肘からミサイルに、キックしてさらに脛から散弾発射だなんて! 技術者のロマン満載じゃない!」
一時期、悲壮な目をしていた忍は、別の意味で逝ってしまっていた。
「カオスの爺さん。どうでもいいが、少しやり過ぎじゃないか?」
「今回の仕事は、金に糸目をつけなくてよいという話じゃからな。ワシも、久しぶりにハッスルしたわい」
雪之丞さんとドクター・カオスという老人が立ち話をしている間に、最後の同型機もマリアによって倒された。
「もう・残りは・あなただけです。降伏を・勧告します」
「私も同じ意見です。降伏してください。封印されるとしても、破壊よりはましでしょう」
マリアとノエルが、イレイン本体を挟んだ位置に立っていた。
「ちっ! こうなったら……」
イレインはジャンプすると、一人離れた場所に立っていた横島さんに襲いかかった。
「人間! 私が逃げ切るまで、人質になってもらうよ!」
『静かなる蛇』を振りかざし、イレインが横島さんを打とうとする。
「まったく、悪党の考えることってのは、どうしてこう変わらないんだろうね」
しかし、横島さんはポケットから二つの珠を取り出すと、『静かなる蛇』を平然と受け止めた。
それらの珠には、『耐』『電』という文字が浮かんで見える。
「なっ……」
イレインが、驚愕した表情を浮かべるが、
「まあ、つまりは、俺を狙った時点で、あんたの負けは決まっていたってことさ」
横島さんは、別の二つの珠を取り出すと、それをイレインの額に当てる。
すると、イレインががくりと姿勢を崩して、動きが停まった。
新しい珠には、『停』『止』の文字が表示されていた。
BACK/INDEX/NEXT