7 Years Later

作:湖畔のスナフキン

第七話





 横島さんは、動かなくなったイレインの体をマリアに渡すと、懐から携帯電話を取り出した。

「西条か。横島だけど……ああ。全部終わったから、例の場所まで来てくれ。あと小火(ぼや)怪我人(けがにん)もいるから、消防車と救急車の手配もよろしく」

 横島さんは電話を終えると、庭に置いてあった岩に腰を下ろした。

「横島さん、今の電話は……?」

「オカルトGメンの西条って知り合い。ヘリを飛ばして来るって言ってたから、あと1時間ぐらいでここにやってくると思う」

「無理を言ってすみません。できれば、公権力の介入は避けたいのですが」

 所轄(しょかつ)の警察だけなら裏から手を回せば何とでもなるのだが、さすがに国際機関が相手ではこちらの影響力も及ばない。

「大丈夫。西条のやつにはいっぱい貸しがあるから、余計なことは上に報告しないように、俺からよく言っておくよ」

 私は横島さんの前に立つと、すっと姿勢を正した。
 そして、深々とお辞儀(じぎ)をする。

「横島さん、今回の件では、本当にお世話になりました。あと、誤解をしてしまい、本当に申し訳ありません」

「あ、いや。俺の方も、さくらちゃんに誤解させるような言い方をしちゃったみたいだし」

 私が顔を上げると、横島さんは私から視線を外し、斜め下を向きながら照れたような表情をしていた。

「横島さん。今回の仕事を依頼したのが誰なのか、もう教えてくれてもいいですよね?」

「エリザさん。さくらちゃんの叔母さんだって、聞いている」

 予想の範囲内だったとはいえ、叔母のエリザの名を聞き、私は深いため息をついた。
 少々変わり者のエリザは、昔からこういう事が多かった。
 大事なことを私に隠しておき、後で私が驚くのを見て喜ぶ悪癖(あくへき)が、彼女にはあった。

「月村家と綺堂家については、深く詮索(せんさく)しないで欲しいってエリザさんから言われているけど、まさかこんな秘密を抱えていたとはなぁ」

 横島さんが腕組みをしながら、一人でうんうんとうなづいていた。
 ひょっとして、夜の一族の秘密に気づいたのだろうか……!?

「さくらちゃんが人狼(じんろう)だったなんて、ついさっきまで気づかなかったよ」

 横島さんの意外な発言に、私は一瞬動きが止まってしまった。

「ど、ど、どうしてそれを!」

「ねえねえ、さくら」

 私は横島さんに詰め寄ったが、返答したのは横島さんではなく、口元を手で(おお)いながら笑いを隠そうとしていた忍だった。

「さっきから、尻尾(しっぽ)と耳が出っぱなしよ」

 頭に手を当てた。
 ふさふさした耳が二つ、髪の毛の間から出ている。
 尻尾の方は……手で確認するまでもなかった。
 お尻に神経を集中すると、スカートの下で尻尾がパタパタと動いていた。

「あ、あの、あの、その……」

 カーッと、(ほほ)が急激に熱くなる。

「失礼しますっ!」

 私はそれだけ言い残すと、その場から走って逃げ出した。




 月村家の庭は、かなり広い。
 全力で走って逃げた私は、周囲に誰もいないことを確認すると、建物から離れた場所にある大きな木の下で、隠れるように腰を下ろした。
 私は7年前にも、同じようなことを経験している。
 座って息を整えると、進歩のない自分が情けなくて、自然と目から涙があふれ出した。



 (ゆう)の事件が起きる二ヶ月前のことだった。
 当時、春原先輩は、真一郎先輩と頻繁(ひんぱん)に会っていた。
 幽霊だった春原先輩が、霊能力をもたない真一郎先輩に姿を見せるには、膨大(ぼうだい)な霊力を消耗する。
 春原先輩はその霊力を、真一郎先輩から精気を吸い取ることで、(おぎな)っていた。

 年末近くになったある日、日に日に元気を失っていく真一郎先輩を見かねて、野々村先輩が私に相談してきた。
 通常であれば神咲(かんざき)先輩を紹介するのだが、あいにくその時も、神咲先輩は別の除霊の仕事で海鳴を離れていた。
 衰弱(すいじゃく)した真一郎先輩の姿を見て、神咲先輩が戻るまで放置できないと判断した私は、夜の一族の力を使って春原先輩を(はら)おうと決心する。

 夜の旧校舎で、私と春原先輩は戦った。
 ポルダーガイスト現象を起こす春原先輩と、夜の一族の力で霊体(れいたい)にダメージを与えようとする私。
 もし、真一郎先輩と野々村先輩が来なかったら、私が死ぬか春原先輩が祓われるまで、戦いは続いたことだろう。
 しかし、真一郎先輩が危険を(かえり)みずにその場に飛び込み、春原先輩を説得したため、私たちは和解した。

 体力をかなり消耗したため、その日の晩は野々村先輩と一緒に、真一郎先輩の部屋に泊まった。
 事件が解決して気が抜けたのか、普段は人前には絶対見せないはずの耳と尻尾を出したまま、私は寝てしまった。
 翌朝、驚いて声も出ない真一郎先輩と野々村先輩を部屋に残し、私は逃げ出したのだが……



「さくらちゃん」

「ひゃい!」

 物思いにふけっていた私に、誰かが声をかけた。
 声のした方を振り向くと、満月を背にして立っていた横島さんの姿が、目に入った。

「どうしたのさ、急に逃げ出したりして」

「横島さん……私が、(こわ)くないんですか?」

「そりゃ、ちょっとは驚いたけど、こういう商売をもう何年も続けてるからね」

 別に怖くも何ともないよと、横島さんが答えた。

「それにさ、さくらちゃん、まだ俺たちに隠し事をしてるだろう?」

「な、何の事です!?」

「ここなら、誰も聞いてないからはっきり言うけど、さくらちゃんは吸血種(きゅうけつしゅ)の血も引いてるよね」

 私は、全身から血の気がさっと引く思いがした。

「どうして、それを!?」

「俺も雪之丞もけっこう場数を()んでいるし、それなりに顔も広いから、そういうのは割とわかっちゃうんだ」

 かつて、神咲先輩が独力で私の秘密に気づいたように、優秀な霊能力者は私たちが人と違うことがわかってしまうらしい。
 横島さんも雪之丞さんも、国内ではトップクラスのGS。
 自力で秘密に気づく可能性について、考慮(こうりょ)しなかったのはうかつだった。

「……それで私を……いえ私たちを、どうするつもりですか?」

 (あきら)めの感情を交えながら、私が(なか)自嘲(じちょう)気味につぶやくと、

「ごめん、さくらちゃん。別に(おど)そうとかそういうつもりは、まったくないんだ」

 ばつの悪そうな顔をして、横島さんが私に謝った。

「俺、さくらちゃんみたいな美人に、もうこれ以上変な誤解とか、壁とか作るのが嫌だなって思ったから……」

 あ、あれ? 今、横島さん、私のことを……?

「すみません、今なんて言いました?」

「だからさ、さくらちゃんみたいな“美人”さんに、隠し事とかして誤解されたり、妙な腹の探り合いとかはもうしたくないんだって!」

「もう一度、お願いします!」

「だから、さくらちゃんみたいな“美人”が……」

 ど、どうしよう!?
 なんだか勝手に、胸の中が熱くなってきちゃった。

「私、そんなに美人なんですか!?」

「そうとも! さくらちゃんみたいに綺麗(きれい)な女性は、そうそういやしないって」

 横島さんが、俺を信じなさいとばかりに、胸をドンと(たた)いた。

「でも私、見てのとおり、人狼の血を引いてますし……」

「美人なら問題なし! むしろ、獣耳(けものみみ)と尻尾が似合ってて、俺的にはオールOK!」

 どうリアクションしてよいかわからず、辺りをきょろきょろ見回していると、横島さんが私に手を伸ばした。

「どう、少しは元気がでた?」

「横島さん……」

「うん、やっぱりさくらちゃんには、笑顔の方が似合ってるな」

 横島さんが、にっこりと笑った。
 もう、どうしてこの人はこんなにも、私の心にずけずけと入り込んでくるのだろう。
 少しだけ私の心に、もやもやした感情が湧き起こった。

「横島さん……私、ナンパをするような人は大嫌いです」

「そ、そうなんだ」

 ちらりと横島さんに視線を向けると、気まずそうな顔をしながら私から視線をそらしていていた。
 一応、自分がナンパばかりしているという自覚はあるらしい。

「そういう人は、私の上辺だけしか見ていないから……見た目のいい女性を連れて歩きたいとか、セックスしたいだけなら、素直にそう言えばいいのに」

 急に横島さんが、ゴホゴホと()き込んだ。
 この人も、少しはそういうことを考えていたみたい。

「本当の私のことなんて、何にも知らないのに」

「さくらちゃん、俺……」

 落ち込んだのか、横島さんがガックリと地面に(ひざ)をついた。
 その姿を見ていると、私の心の中にあったもやもやした感情が晴れ、逆に憐憫(れんびん)の想いが心に広がってくる。
 うん。(いや)みを言うのは、もうここまでにしよう。

「でも、横島さんは、そういう人たちとは違いました」

 私は立ち上がると、横島さんと向かい合った。
 横島さんの背後に、煌々(こうこう)と輝く満月が見える。
 満月の光も悪くないけど、この人にはきっと、燦々(さんさん)と輝く昼の太陽がよく似合うと思う。
 ずっと、夜の暗がりの中で生きてきた私には、そんな彼がとてもまぶしく見えた。

「あけすけで、自分に正直で、でもちょっぴり優しくて。そんなところは、7年前から少しも変わっていません」

 私は一息つくと、深呼吸をした。
 胸が、ドキドキと高鳴(たかな)る。
 私は覚悟を決めると、最後の一言を口にした。

「……大好きです」

「えっ!?」

「大好きです。貴方(あなた)のことが」

 そのまま横島さんの胸元へと飛び込んだ。
 横島さんは驚いたのか一瞬動きが止まったが、すぐに両腕を私の背に回した。

「横島さん……横島さんの元気、少し分けてもらっていいですか?」

 横島さんの胸元で、そうつぶやくと、

「俺のでよければ、喜んで」

 横島さんはシャツのボタンを外すと、首筋を外気にさらした。
 私は、横島さんの首もとに顔を寄せると、頸動脈(けいどうみゃく)に歯を突き刺した。
 温かな血液が、私の(のど)をうるおしていく。
 その味は、例えていうならば、(たる)でよく熟成された芳醇(ほうじゅん)なワインのような喉越しだった。


 横島さんの血を飲みながら、私は昔のことを思い出していた。
 真一郎先輩の部屋から逃げ出した私を、真一郎先輩と野々村先輩が、追いかけてきた。
 そして、私の話を聞いた後、「今、体力的につらいけど、少しだけなら献血してもいいよ」と言って、真一郎先輩が血を分けてくれたことを。

 (野々村先輩も献血を申し出てくれたが、異性の血でないと意味がないので、丁重(ていちょう)に断った)

 私は横島さんの血を十分味わってから、歯を動脈から抜き、舌で傷口を()めた。
 私たち夜の一族の唾液(だえき)には(いや)しの効果があり、少々の傷なら跡も残さず治してしまう。
 私は、傷が完全に治るまで十分舐めてから、ようやく顔を離した。

「さくらちゃん。俺の血、おいしかった?」

「はい、とっても」

 私はもう一度、横島さんの胸元に抱きつく。
 私は今、私を受け入れてくれる人がいる幸せと安堵感(あんどかん)を、全身で感じ取っていた。




 私と横島さんの関係が大きく変わったあの日の夜から、一週間が過ぎた。
 その間、事後処理に追われていたのだが、警察や他の役所関係のことは、横島さんと横島さんが呼んだオカルトGメンの西条さんが、ほとんど処理してくれた。
 任意の事情聴取(ちょうしゅ)を一回だけ受けたが、それもほとんど形だけのものだった。

 ちなみに安次郎は、オカルト犯罪法違反と放火の疑いで、逮捕状が請求済みとなっている。
 病院から退院しだい、警察に逮捕されることだろう。
 その他にエリザに電話で文句を言ったり、なぜかお祖父(じい)様から謝罪の電話を受けたりするうちに、あっというまに日が過ぎていった。

「さくらちゃん、お待たせ」

 今、私は実家の自分の部屋にいる。
 夜になって、横島さんを私の部屋に招待したのだが、それにはある目的があった。

「すみません。毎日忙しいのに、わざわざ来てもらって」

「いいって。俺には、美女のお(さそ)いが最優先だから」

 そう言うと、横島さんがカカカと笑った。
 本当にこの人は、いつまでたっても変わらない。
 きっと、あと何年経っても、変わらないと思う。

「あの、“(ちか)い”について聞いてますか?」

「忍ちゃんから、だいたいのことは」

 私たち『夜の一族』には、ある約束事がある。
 一族の秘密を知った者に、秘密を共有したまま生きていくか、それとも秘密を忘れてもらうかを選んでもらう。
 秘密を共有する場合は、誓いを立ててもらい、そして、私はその人と一生を共にする。
 関係は友人だったり、それからその……恋人とか、生涯の伴侶(はんりょ)だったりするけど。

「それで、どちらを選びます?」

「もちろん、誓うよ」

 横島さんの答えを聞いて、私は内心ほっとした。
 忘れるという選択をした場合、それは私がいらないという意思表示でもあるのだから。

「では、誓ってください。横島さん自身の言葉で」

「俺は……」

 私は固唾(かたず)を飲んで、横島さんの言葉に耳を傾ける。

「俺は、さくらちゃんのそばに、一生いることを誓うよ」

「横島さん!」

 私の胸に、大きな歓喜(かんき)の想いが湧き上がる。
 私はそのまま、横島さんに抱きついた。

「大好きです。横島さん」

「俺もだよ、さくらちゃん」

 月明かりが照らす中、私たちはその場で誓いの口づけを交わした。








《エピローグ》

 ――夢を見ていた。

「一人、二人なら、同族のよしみで見逃してあげるわ。けれども、二週間で15人はやり過ぎよ、遊!」

「取引に応じないつもりか。それなら……」

 ――私の両腕が、千堂(せんどう)先輩と鷹城(たかしろ)先輩に羽交い締めにされる。

「な……何をするつもりよ」

「決まってる。二度と俺に逆らえないよう、体に刻み込んでやる。
 夜の一族の女は、発情期でなければ妊娠することもないからな」

 ――義理の兄である氷室遊(ひむらゆう)が、下卑(げび)た笑いを浮かべた。
 ――私を犯そうとでも、考えたのだろう。
 ――でも、私は彼を恐れない。なぜなら……

「そこまでだ、変態吸血鬼!」

 ――そう。私の騎士(ナイト)が、助けに来ることを知っているから!

「血を吸って女の子をはべらせるなんて、とんでもない奴め! このGS横島が、極楽に送ってやるからな!」


Fin.


BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system