『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

第ニ話 −出会い−



 横島が妙神山に行ってから、七ヶ月が過ぎた。
 横島は奇跡的に進級し、高校三年生となっていた。
 相変わらず高校に通いながら、美神の事務所でバイトをする生活を続けている。
 アシュタロス戦以後も、成長期であった横島の霊力は伸び続けていた。
 誰もあからさまには言わないが、師である美神を抜いていたことは明白であった。




 そんなある日のこと、夜遅くバイトから戻ってきた横島の部屋に、珍しく電話がかかってきた。

 プルル プルルルル
 ガチャ

「はい、横島です。……お、お(ふくろ)か!」
「お(ふくろ)かじゃないでしょ。明日、成田に着くよ。父さんも一緒だからね」
「えっ! そんなこと急に言われても……」
「何度電話しても、ぜんぜん出なかったじゃないの。そうそう、アンタに会わせたい人がいるからね。部屋をきれいにしておくんだよ。バイトも休みをとっといてね」
「ま、まさかこの狭い部屋に、親子三人で泊まるんじゃないだろうな」
「ホテルはちゃんと予約しているから大丈夫。それから、あんまり汚い格好をしないようにね。じゃ」

 ツー・ツー・ツー

「切りやがったよ。いったいなんなんだ……」

 だがさすがに海外から親がやってくるからには、無視をするわけにもいかない。
 横島は美神に電話をかけると、明日バイトを休むことを連絡した。




 ドンドン

 横島の部屋のドアがノックされたのは、夜の七時過ぎであった。

「忠夫ーー、いるかーー」

 横島の父親である横島大樹(だいじゅ)の声が、ドアの外から聞こえてきた。

「いるぜー。今、鍵を開けるから」

 学校から帰ってきてすぐに部屋の掃除を始めたから、なんとか部屋の中は片付いている。
 服装は、いつものジーンズにバンダナ姿であった。

 ガチャ

「生きてたか、バカ息子」
「バカだけ余計だ」
「あらー、部屋が片付いているじゃない。母さんのいうことを聞いてくれたのね」
「そういや、なんで(そろ)って日本に来たんだ?」
「電話でいったじゃないの。紹介したい人がいるからって。こっちへいらっしゃい」

 横島の母親である横島百合子(ゆりこ)が手招きすると、ドアの影から一人の少女が現れた。
 小柄なショートカットの黒髪の少女を見たとき、横島は思わず小声を漏らしてしまった。

「ま、まさか、ル、ルシ──」

 だがその小声は途中で(さえぎ)られた。少女がお辞儀(じぎ)をすると、横島に話しかけてきたからである。

「はじめまして、お兄ちゃん。私、(ほたる)といいます」
「えっ! えっ! えーーっ!!」

 横島は錯乱した。目の前の少女は、ルシオラにうりふたつの容姿(ようし)である。声もそっくりだ。
 だがその少女は、横島の妹と名乗った。ということは本当は父親の、横島大樹の隠し子なのか!?

「ほら父さん、忠夫が混乱しているじゃない。きちんと説明しなさいよ」
「あのな忠夫。お前が何を考えているのか、父さんにはよーくわかる。父さんの隠し子じゃないかって思ってるんだろう。だがな、蛍は……養女なんだ」




 百合子と蛍を部屋に残して、横島と大樹は外に出た。ブラブラと歩きながら、近所の公園へと向かう。

「蛍に初めて会ったのは、そうだな四ヶ月ほど前か。ブラジルからナルニアに移民してきた日系二世の両親の娘なんだが、両親が交通事故で亡くなり本人も記憶を失ってしまったんだ」

 大樹はブランコに腰掛けると、蛍の事情について話し始めた。

「ナルニアの政府関係者から話しを持ち込まれたんだが、会って見ると実に素直でいい子でな、母さんに相談したら娘にしたいと言い出して、それで養女として引き取ったんだ」
「そうか……交通事故で両親を……」
「子供と言えば今までお前しかいなかったからな。ところがいざ娘ができてみると、これが実に可愛いんだ」

 大樹が目じりを下げ、デロッとした顔つきになる。

「だがその後な、蛍に霊能力があることが分かったんだ。ナルニアは自然が多くていい国なんだが、教育環境は日本と比べると一歩も二歩も遅れている。母さんとも相談したんだが、蛍に日本で英才教育を受けさせようと思って、それで連れてきたというわけさ」
「どの学校に入れるんだ?」
「お前も聞いたことがあるだろう。六道女学院の霊能科だ」
「ああ、あそこならよく知ってる。おキヌちゃんも通っているしな。ただ住まいはどうするんだ? 六道女学院に学生寮はないぞ」
「問題はそこだ」

 突然大樹が(ふところ)からサバイバルナイフを取り出すと、横島の首につきつけた。

「忠夫に蛍を託するのが危険なことはよくわかっているが、この際やむをえん。お前が面倒をみろ」
「お、俺が?」
「カネは心配するな。部屋代と蛍の授業料・生活費の分は仕送りを増やしてやる。だが最近は日本も物騒(ぶっそう)だからな。蛍に傷一つ付かないよう、お前がきちんと世話をするんだぞ」
「……」
「返事は?」
「わ、わかった」
「よし」

 大樹はナイフを引っ込めた。

「それから、いくらなんでも今の部屋では手狭(てぜま)だからな。日本にいるうちに新しいアパートを探しておいてやる」
「おい、親父。まさかと思うが、高校生にまで守備範囲を広げたんじゃないだろうな?」
「バカを言え。お前みたいな女にもてんヤツに、父の(たましい)がわかるか。女と娘は、別の生き物なんだぞ」
「……そういうものなのか?」
「今にお前もわかるさ。さて、そろそろ戻るか」

 二人は公園を後にし、横島の部屋へと戻っていった。




 横島父子は部屋に戻ったあと、一家(そろ)って近所のファミレスにでかけた。
 四人がけのテーブルに、横島と蛍が向かい合って座った。横島の隣には大樹が、蛍の隣には百合子が座る。
 横島はハンバーグステーキを、蛍はホットケーキとチョコレートパフェを注文した。
 大樹と百合子は久しぶりに日本に戻ったせいもあり、和食のセットを注文する。

(なんか家族(そろ)ってメシを食うのも久しぶりだな……)

 そんなことを考えつつも、横島の視線はどうしても蛍の方に向かってしまう。
 顔こそ年相応に幼いものの、見れば見るほどルシオラにそっくりであった。

「……お兄ちゃん、蛍の顔に何かついてますか?」
「い、いや、何もついてないよ」
「忠夫ったら、そんなに蛍ばかり見ていたら、蛍がご飯を食べられないじゃない」
「ガハハハ! 忠夫は女にもてんからな。妹とはいえ気になって仕方がないんだろう」
「うっせーな。女の子には美神さんのところで免疫ついてるよ。突然こんな可愛い妹ができれば、誰だって気になるさ」
「そういえば、美神さんとおキヌちゃんは元気? まだどっちか決めてないの?」

 ガチャン!

 横島は持っていたナイフとフォークを皿にぶつけてしまった。

「な、なにー! お前、美神さんに相手をしてもらえるようになったのか! さらに他の女にも!?」
「美神さんは相変わらずだよ。それにおキヌちゃんはまだ高校生だ。親父は守備範囲外だろ?」
「ふっ。まぁあの美神さんが、お前みたいな小僧を相手にするわけないよな。やっぱり俺みたいな、ナイスミドルが……」
「あーーなーーたーー。ちょっと聞き捨てならないわ。今晩ゆっくり話しを聞かせてもらいますからね」

 黒いオーラを噴出しつつ、百合子が微笑(びしょう)を浮かべた。

「イ、イヤ、忠夫ノ雇イ主ニ、挨拶ニ行ッタダケデスヨ、百合子サン」

 大樹の口調が、急にたどたどしくなった。

(相変わらず、親父のウソはわかりやすいな──)

 他人の欠点は、自分の親といえでもよく見えるものである。

「あ……あの……お兄ちゃん」

 親子三人の激しい会話についていけず、一人黙々と食事をしていた蛍が、おそるおそる口を開いた。

「ごめんね、蛍。さっきから一人にさせちゃって。忠夫、マジメに返事をするんだよ!」
「だあーっ! なんで息子の扱いの方がぞんざいになってんだ!」
「お、お兄ちゃん。ごめんなさい。その……ちょっと聞いていいですか?」
「ん? 何でも聞いていいよ」
「あの……、お兄ちゃんって彼女はいるんですか?」
「えーと、そうだな……」

 横島は迷った。目の前にいる義妹がルシオラの生まれ変わりかどうかわからない段階で、どこまで話したらいいのだろうか。

「以前に少しだけつきあった彼女がいたよ。でも、今はいない」
「ほー。忠夫にも彼女がいたのか。でも今はいないということはフラれたんだな。まあ男は、そうやって成長するもんだ」

 メシを食い終わってビールのジョッキをあけていた大樹が、一人でウンウンとうなずいていた。

「じゃお兄ちゃんは、今は付き合ってる女の子はいないんですね?」
「うん。まあ、そうかな」
「そうなんだ──」

 今までおとなしく座っていた蛍だったが、横島の言葉を聞いて少し表情が明るくなった。




 食事を終えると、横島と大樹と蛍はファミレスの外に出た。会計は百合子が精算している。

「じゃ、俺と母さんと蛍はホテルに戻る。明日、またお前の部屋に行くからな」
「あ、あの、お父さん!」
「なんだい、蛍?」
「今晩、お兄ちゃんの部屋に泊まっていいですか?」
「でも忠夫の部屋に言っても、イカ(くさ)い布団しかないぞ」
「何がイカ(くさ)い布団だ! ちゃんと来客用の布団はとってあるぞ」
「でも母さんがなんて言うかな。おーい、母さん」

 そこに食事の勘定をすました百合子がやってきた。

「どうしたの?」
「蛍が忠夫の部屋に泊まりたいっていうんだ」
「そう。蛍は前から忠夫に会いたがっていたしね。でも着替えはあるの、蛍?」
「大丈夫! お兄ちゃんの部屋に行くとき、着替えを入れたバッグをもってきてたの」
「しっかりしてるよ、蛍は。誰かさんとは大違い」
「やかましー!」
「明日また忠夫の部屋にいくからね。それから、忠夫」
「なんだい?」
「わかっていると思うけど、妹に手を出すんじゃないよ!」
「いくらなんでも、それはせんわっ!」
「じゃ、蛍ちゃん。おやすみ」
「おやすみなさい。お父さん、お母さん」

 両親と別れた横島と蛍は、二人だけで部屋に戻った。



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