『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

第三話 −夢の中の再会−



「蛍ちゃん、俺の部屋シャワーが無いから、銭湯に行かなきゃいけないんど──」
「お兄ちゃん、私のことは蛍って呼んでいいよ」
「じゃ、蛍。着替えを準備しておいで」
「うん!」


 横島と蛍は、近所の銭湯へと向かった。

「えー、ここが銭湯なんだー。私、銭湯に入るの初めて!」
「中は男湯と女湯に分かれているから、あとは普通の風呂に入るのと同じだよ」

 横島は入り口の番台で、二人分の料金を払った。
 さらに蛍のために、せっけんとシャンプーも買い揃える。

「じゃ、風呂から上がったら、この休憩室で待ってるんだよ」
「うん、わかった」

 昔から通っていたこの近所の銭湯も、つい先日スーパー銭湯風に改装が行われた。
 以前に小鳩と一緒にきた時には外で湯冷めを我慢しながら待たなくてはならなかったが、今は空調の効いた休憩室が設置されており、ソファーに座ってテレビを見ながら待つことができる。


 横島は体を洗うと、ゆっくりと湯船につかった。
 肩まで湯につかると、蛍のついてゆっくりと考える余裕ができた。

(蛍はたぶんルシオラの生まれ変わりだよな。小竜姫さまは、ルシオラと再会できるのは半年以上先だと言っていたけれど、あれからもう半年は過ぎている。小竜姫さまかヒャクメに聞けばわかるんだろうか……?)

 これ以上は考えがまとまらなかった。明日妙神山に連絡することだけを決めると、横島は湯船から上がり風呂場を出ていった。




 風呂をあがった横島が休憩室で待っていると、まもなく蛍も風呂場から出てきた。
 湯上りの髪の毛から立ち上るよい香りが、横島の鼻腔を刺激する。

(風呂上りの女の子の髪って、本当にいい匂いがするんだな──)

 ドクン ドクン

 横島の心臓の鼓動が、だんだん高まっていった。

「お兄ちゃん、帰りましょう」
「あ、ああ。もちろんさ」


 銭湯からの帰り道、蛍はいろいろなことを話した。
 ナルニアでの生活のこと、現地の日本人学校の授業について。そして大樹と百合子から聞いていた横島のことなど。

「お兄ちゃんって、悪い魔族と戦って人類を救ったって本当? 大樹お父さんが言ってたわ」
「あのクソ親父! 家族とはいえ機密事項をペラペラ(しゃべ)るんじゃないつーの!」
「でもお父さん、『アイツは仕事ができるところは、俺に少しは似てきたな』って言ってたよ」
「そ、そうか。このことは、他の友達には話してないよな?」
「うん! それはお父さんとお母さんに固く口止めされていたから、大丈夫!」

 蛍はあの戦いのことを、まるで他人事のように蛍は話していた。

(ひょっとしたら、蛍はルシオラの生まれ変わりじゃないのか? いや、以前の記憶がないだけなんだろうか……)




 部屋に戻った横島は、自分の布団と来客用の布団を並べて()いた。
 狭い部屋だから、そうするより他に仕方がない。

「なあ、蛍。俺と並んで寝るけど大丈夫か?」
「大丈夫! お兄ちゃんの隣でも全然問題ないよ♪」

 蛍はくったくのない笑顔を浮かべた。

「よし、ちょっと早いけど、今日は疲れたからもう寝ようか」

 そこまで話してから横島は気がついた。寝る前に寝巻きに着替えなくてはならない。
 しかも、この部屋には余分なカーテンなどはないから、部屋を仕切ることもできない。

「……」

 蛍もバックから寝巻きを取り出したが、そこで固まってしまった。

「……仕方ない。俺はトイレで着替えるから、着替えが終わったら呼んでくれよな」
「はーい」


 自分の寝巻きを持ってトイレに入った横島は、狭い空間でじたばたしながら服を着替えた。

「ほたるー。まだか〜〜?」
「もういいよ、お兄ちゃん」

 横島はトイレから出てきた。
 蛍はピンク色のパジャマを着ていた。
 パジャマ姿の蛍を見ると、胸元のふくらみが意外と大きなことに、横島は気づく。

「じゃ、寝ましょう」

 蛍は部屋の電気を消すと、布団の中に入った。

 ドックン ドックン

 横島の心臓の鼓動は、いっこうに静まらなかった。

(お、落ち着け。アイツは俺の妹なんだぞ。でも血はつながってないし……。いやそれに、うかつに手を出したら親父やお袋にどんな目に会わされるか……)

 横島はなかなか寝つけず、布団の中でゴロゴロと転がり続けていた。




(ヨコシマ……目を覚まして)

 ふと気がつくと、横島は東京タワーの展望台の上に立っていた。

「誰か俺を呼んだか?」
「私よ、ヨコシマ」

 タワーの影から出てきたのは、ルシオラで会った。

「ルシオラ……ルシオラなのか!? まさか夢じゃないよな?」
「ごめんね、夢なの。そう。ここはあなたの夢の中」
「なんだ、夢かよ。ぬか喜びしちまった」
「ごめんなさい、ヨコシマ。私の記憶がまだ戻ってないから、夢の中でないと話せないの」
「記憶って……やっぱり蛍はルシオラなのか!」
「話しが長くなるから、座るね」

 ルシオラは、タワーの(ふち)に腰を下ろした。横島もルシオラの隣に並んで座る。

「私は魔界で復活したんだけど、復活する前に思念体の状態で呼ばれて、復活後の生活について希望を聞かれたの」
「それで、俺の妹になりたいって?」
「うん。なるべく横島の近くで生活したかったから、妹がいいかなって」
「どっちかって言うと、俺のほうが弟じゃないかって気がしてたよ。俺もけっこうルシオラに甘えてたし」
「もう! 相変わらず女の子の気持ちがわからないのね」

 ルシオラが横島の腕にもたれかかった。

「女の子は、甘えさせてくれる男の人に弱いのよ」
「そ、そうなのか!?」

 ひさしぶりのルシオラの体の感触に、横島はジーンとしてしまった。

「そういえばルシオラ、復活してから胸が少し大きくなってない?」
「ふふっ、気がついた? ベスパとまではいかなくても、まだまだ成長するわよ♪ もうパピリオに終わった胸なんて言わせないわ!」

(やっぱり気にしていたんだな……)

 横島はその言葉は口に出さずに、胸の中にしまっておくことにした。

「ただ……ヨコシマに悪いんだけど……」
「な、なんだい?」
「蛍をね、露骨に口説かないで欲しいの」
「えっ!?」
「ヨコシマが守ってくれれば少しずつ霊力が回復していくんだけど、露骨に兄から迫られるとちょっとショックが大きいのね。もし魂に傷がつくようなことがあると、記憶の封印がますます固くなってしまうの」
「な、なんだって!」
「特に“えっち”はダメなの。刺激が強過ぎて、封印が解けなくなってしまう恐れがあるわ」

 ガーーーン!

 横島は激しいショックを受けた。まるでこの世が終わってしまったかのような表情になってしまう。

「そ、そんな! “えっち”がダメなんて……」
「大丈夫。記憶が戻れば、全然問題ないから。それに蛍もヨコシマに好意をもっているし」
「そ、そう?」

 横島は少しだけ復活した。

「自分のことだからわかるわ。記憶が封印されているだけで、同じ私なんだから……」

 ルシオラはもじもじとしながら、少し顔をうつむかせた。

「あのさ、一つ聞いていいか。もし万が一、蛍の方から言い寄ってきたらどうなるんだ?」
「その時は臨機応変にね。要は、無理強いしなければいいのよ」
「……なんか、俺ばかり分が悪いような気がするが」
「ごめんね、ヨコシマ。私のワガママばかり押し付けちゃって……。でもうれしかった。あなたのお陰で、こうやってもう一度会えたんだから」

 ルシオラが、ヨコシマの手を優しく握った。

「ごめんなさい。もう限界だわ。そろそろ蛍の意識に戻らないと」
「今度はいつ会える?」
「記憶が戻るまでは、夢の中でも時々(ときどき)しか会えないと思う。でも記憶が戻れば、ずーっと一緒よ」
「じゃ、俺も頑張らないとな」
「今はこれで勘弁してね」

 ルシオラは俺の首に手をまわすと、優しく、そして熱い口づけをかわした。



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