『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

第四話 −明くる日の朝−



 横島は翌朝、コーヒーの香りで目が覚めた。

「お兄ちゃん、おはよう」
「お、おはよう」

 横島はしばらくボーッとしていたが、蛍の姿を見て一気に目が覚めた。

「ほ、蛍! その格好は──」
「エプロンがないから、お兄ちゃんのシャツを借りちゃった。お兄ちゃんの服って大きいのねー」

 蛍は横島のシャツを着て、台所で料理をしていた。なぜか下はズボンも何もはいてなく、生足のままである。
 その蛍がフライパンを持ちながら、横島の方を振り向いてにっこり笑った。
 その笑顔をみた横島が、一瞬固まってしまう。

「ち、違うんだー。俺はドキドキなんかしてないぞー!」

 ガンガンガン!

 横島は布団から飛び上がると、部屋の壁に頭をぶつけ始めた。
 (ひたい)がパックリと割れ、血がどくどくと流れ落ちる。

「キャー! どうしたの、お兄ちゃん!」

 蛍があわてて駆け寄ってきた。

「ハハハ、な、何でもないよ」
「やだ。血が出ているわ」
「こんなの放っておけば、すぐに止まるよ」

 しかし蛍はバックからハンカチを取り出すと、横島の(ひたい)をぬぐった。

「ハンカチが、汚れちまうぞ?」
「大丈夫。はい、これで治療おわり」

 蛍はバックの中から取り出した絆創膏(ばんそうこう)を、(ひたい)の傷口に貼った。

「もうすぐご飯が出きるから、お兄ちゃんはお布団をしまってね」


 横島が布団を押し入れにしまうと、ちゃぶ台を出して広げる。蛍がその上に皿を並べた。

「いただきまーす」

 朝食のメニューはトーストと目玉焼き、それにインスタントコーヒーだった。

「とりあえず、冷蔵庫の中にあったもので間に合わせたんだけど」
「ん、全然問題なし」
「よかったー。今度は夕食をつくるからね。お母さんから、お兄ちゃんの好きな料理の作り方を、バッチリ聞いているから♪」

 普段は殺伐(さつばつ)としている横島の部屋に、ほんのりと温かい空気が流れた。

「お兄ちゃん、コーヒーに砂糖はいくつ入れる?」
「俺は一つでいいよ」
「じゃ、私は四つ!」
「よ、四つも入れるのか?」
「だって私、甘いのが好きなんだもん」

(こういうところは、変わってないなー)

 復活前のルシオラは砂糖水を好み、よく飲んでいた。
 容姿だけでなく食べ物の好みまで、蛍はルシオラに似ていると横島は思えた。




 横島が蛍のいれた二杯目のコーヒーを飲んでいると、ノックもなしに突然バタンと入り口のドアが開いた。

「ほったる〜♪」
「あ、お父さん。おはよう」

 やって来たのは、横島大樹であった。

「こ、これだよ。『お父さん』という言葉の響きが何とも──」
「朝っぱらから、頭のねじがゆるんでんじゃないのか。親父」
「そ、そうだ、蛍。忠夫のアホから何かされたりしなかったか?」
「うん」

 蛍は大樹の問いに素直にうなずいた。

「忠夫〜〜! 貴様、可愛い妹に何をしたんだ!」
「な、なにもしてねーよ。誤解だ!」
「ううん、お父さん。お兄ちゃんに銭湯に連れていってもらったの。お兄ちゃんはすっごく優しかったよ」

 にっこりと微笑(ほほえ)む蛍の笑顔によって、父親と息子の激突はとりあえず回避された。

「あら忠夫、起きてたの。蛍にヘンなことしなかったでしょうね」
「お袋まで、それかよ!」
「まあ、息子がアンタだからねえ」

 続いて、横島百合子も部屋にやってきた。
 親子四人が部屋の中に入ると、部屋がかなり狭くなってしまう。

「やっぱり部屋がこれじゃダメね。私と蛍は買い物をした後、不動産屋をまわるわ」
「俺は本社に顔を出したあと、六道女学院に行って蛍の入学届けを出してくるよ」
「俺、何かすることある?」
「お前は学校でしょ。学生はまず学校に行きなさい」
(そーだな。蛍のことを妙神山に確認しないといけねーし。親父やお袋と別行動の方がいいか)

「じゃ、学校にいってくるわ」
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」




「今日の横島クンって、何だかヘンね」

 学校の昼休みに、愛子が横島に話しかけてきた。

「愛子か。俺、そんなにヘンか?」
「ヘンよ。だっていつもより上機嫌(じょうきげん)なのに、ときどき深刻な顔をしているし」
「実は今、俺の家族がこっちにきているんだ」
「久しぶりに親に会えてうれしいけれど、自由な時間を束縛されて少しうっとうしいというところかしら?」
「いや、親のこともあるんだけれど、実は妹が今度こっちにきて一緒に住むことになったんだ」
「へえー、それは初耳だわ。横島クンに妹がいたなんて」
「妹は親父とお袋が海外赴任する時に一緒に連れていったから、誰も知らないと思うよ」

 蛍は養女であり血のつながりはないことは、まだ言わないことにした。
 下手に(うわさ)が流れると、影で何を言われるかわかったものではない。

「今度、妹さんに会ってみたいな。学校はどこに行くの?」
「六道女学院の霊能科」
「さすが横島クンの妹さんね。霊能力があるんだ。今度、会ってみたいな」
「もうすぐ引っ越すから、落ち着いたら遊びに来ていいよ」
「放課後にこっちに連れてくればいいのに」
「だ〜め! このクラスの女に()えたヤローどもの視線で、大切な妹を汚されたくないからな」

 クスクスと愛子が笑いはじめた。

「やーね。妹さんに彼氏ができる前から嫉妬(しっと)しているの? それともシスコン?」

 シスコンという言葉が、横島の胸にグサリと突き刺さった。

「だあぁぁ! 俺はシスコンじゃねー!」
「はいはい、わかったわよ。それから妹さんの名前はなんていうの?」
(ほたる)だ」
「蛍ちゃんね。じゃ、蛍ちゃんにもよろしく言っといてね」




 学校の授業が終わった後、横島は妙神山に電話をかけた。
 ようやく妙神山にも電話が引かれ、緊急時には神族と連絡が取れるようになった。
 もちろん妙神山の電話番号は、関係者以外には知られていない。

「はい、妙神山管理事務所です」
「そ、その声は、小竜姫さまですか?」
「横島さんですね。ルシオラさんには会えましたか?」
「やっぱり蛍はルシオラなんですか!」
「実は前から聞いていたんですけど、復活前のルシオラさんの希望で、再会するまで秘密にしておいたんです」
「ははは、そうだったんですか……」
「ルシオラさんから聞いているとは思いますが、記憶が戻るまでは横島さんがしっかり守ってあげないといけないんですよ。頑張ってくださいね。何か困ったことがあったら、連絡をください」
「はい、わかりました」

 横島は、受話器を電話機に戻した。

(ふーっ、これで夢の内容の裏付けも取れたと。うれしいことはうれしいけれど、心配ごとも山積みなんだよな……)




「ただいまー」
「お帰りなさい、お兄ちゃん」
「お帰り、忠夫」

 横島が部屋に戻ると、百合子と蛍が部屋で待っていた。

「お袋、新しいアパートは見つかった?」
「それがねー、ちょうどうまい具合にこのアパートの1階に空き部屋があったのよ。部屋も2LDKでけっこう広いし、家賃も相場より安かったしね。そこに決めちゃった」
「蛍はそれでいいのか?」
「私はお兄ちゃんと一緒なら、どこでもいいよ」

 くったくのないその笑顔は、横島のハートをストレートに直撃した。

「なんで蛍は、こんなボンクラ兄貴がいいのかねー。蛍はナルニアにいるときから、忠夫に会いたがっていたんだよ」
「えー。だってお兄ちゃん、かっこいいじゃない。それに会ってみたら、とっても優しいし」

(お、俺のことをかっこいいって! なんか生まれてはじめて言われたような気がする──)

 横島は感激の涙を流した。


「そういや、お(ふくろ)。何でイヤホンをしているんだ?」

 横島は百合子の左の耳にイヤホンがはまっていることに気がついた。

「久しぶりに日本に来たからね。父さんが羽目を外しやしないかと思って」

(盗聴器かよ……)

 横島は母親の底の知れない恐ろしさを、あらためて実感した。

「──!」

 その時、百合子の眼がキラリと光った。すかさず携帯電話を取り出し、電話をかける。

「あ、クロサキ君。私だけど。──そう、うちのヤドロクがどこかの女と一緒に資料室にいる見たいだから、何かしでかす前に抑えといて。私もすぐに行くから」

 用件を手短に話すと、百合子は電話を切った。

「忠夫。ちょっと母さん、会社に行ってくるね」
「……親父も()りないやっちゃなー」
「帰りは遅くなるかもしれないわ。もし時間があったら、蛍をアンタのバイト先に紹介しておいて」
「えー、お兄ちゃんの仕事先? 行ってみたーい」
「じゃ、あとはよろしくね」

 百合子は急いで支度をすると、忠夫の部屋を後にした。



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