『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

第五話 −美神除霊事務所にて−



 美神の事務所へと向かう横島の足取りは、かなり重たかった。

(はあ〜〜、美神さんに何て説明しよう)

 もちろん、蛍のことである。
 いくぶん幼く見えるとはいえ、蛍はルシオラとそっくりの姿である。
 ルシオラのことをよく知らない愛子とは違い、妹という説明だけで済むはずがない。

(全部、話すしかないよな……)

 美神だけでなくおキヌや美智恵・西条など、かつてアシュタロスとの戦いに関わり、復活前のルシオラを知っている人には蛍のことは隠しようがない。
 横島はいろいろと考えて見たが、どうにも結論が出なかった。

(当たって(くだ)けるしかないか!)

 横島は腹をくくった。


「ねえ、お兄ちゃん」

 蛍は横島の少し後ろをちょこまかと歩いていたが、横島の横に並んで話しかけてきた。

「手をつないでいい?」
「て、手か?」
「うん」

 横島は困った。兄妹(きょうだい)は手をつないで歩くものなのか?
 今まで経験がないだけに、どうしたらよいか迷った。

「だめ?」
「うーーん」

 横島はふと、自分が大阪に住んでいた頃のことを思い出した。
 横島はその頃はまだ小学生だったが、よく遊んでいた友達の一人が、少し歳のはなれた妹の手をつないで近所の公園によく通っていた。

「ま、いいか」
「やったー!」

 蛍は自分の右手と横島の左手の指をからめ、そのまま軽く握りしめた。

「お兄ちゃんの手って、大きいのねー」
「そ、そうか?」

 一方の横島は、小さくて柔らかい蛍の手の感触におどろいていた。

(ルシオラの手は、こんな感じだったっかな……)

 よくよく考えてみると、横島にはルシオラと手をつないで歩いた記憶がない。
 恋人どうしというには、あまりにも短いつきあいであった。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

 ふと気がつくと、蛍が横島の顔を見上げていた。

「何でもないよ。ちょっと考え事をしていただけさ」

 昔のことをいつまでも悔やんでいても仕方がない。これからの時間を大事にしよう。
 そう横島は考えを切り換えた。




「おキヌちゃん、横島クンは?」

 美神は、お盆をもって部屋に入ってきたおキヌに話しかけた。
 おキヌのもつお盆には、ティーポットとティーカップが四つ置かれている。

「まだ来てないです。そろそろ来てもいい時間なんですけどね?」

 おキヌはテーブルの上にカップを三つ並べ、ティーポットの紅茶を注いだ。
 美神とタマモが自分のカップを取り、ソファーに座って飲みはじめる。

「ちわーす」

 おキヌがソファーに座って紅茶を一口すすった時、横島が事務所に入ってきた。

「横島クン、遅かったじゃない。おキヌちゃんが紅茶をいれたとこだけど、横島クンも飲む?」
「すみません、美神さん。実は妹が来ていまして、皆に紹介したいんですが」
「へっ!? アンタに妹なんていたっけ?」
「ただ、驚かないでくださいね。おーい、入ってきていいよ」
「失礼します」

 事務所のドアがガチャリと開き、一人の少女が事務所の中に入ってきた。

「へえー。ヨコシマに妹がいるなんてはじめて聞いたけど、全然似てないわねー」

 だが普通の反応をしたのは、タマモだけであった。
 美神とおキヌは、その少女の姿をみて息を()んでしまう。

「まさか……」
「あの、ひょっとして……」

 驚愕(きょうがく)した美神とおキヌが口を開きかけた時、少女が事務所のメンバーにお辞儀(じぎ)をした。

「はじめまして。横島(ほたる)といいます。お兄ちゃんがいつもお世話になってます」
「私、タマモ。この事務所の居候(いそうろう)よ」

 しかし美神とおキヌの反応は違っていた。
 二人の視線は、蛍から横島に移っている。

「横島クン、ちょっといい?」

 美神の冷たい視線が、横島を射抜いた。

「えっ! いや、その、いいですけど……」

 横島の声が、しだいにか細くなっていった。

「じゃあ、ちょっとこっちに来てね。それから、おキヌちゃんも」

 美神は横島の腕を取ると、そのまま別室へと引きずっていった。
 おキヌも美神のあとをついていく。

「あの様子じゃ長引きそうね。ちょうどカップが一つ余っているし、こっちで紅茶でも飲まない?」

 蛍は横島が別室に連れ去られていく様子を、あっけに取られて眺めていた。
 タマモは呆然(ぼうぜん)と立っていた蛍をソファーに座らせると、余っていたカップに紅茶を注ぎ込んだ。




「横島クン! いったいどういうこと!」
「お、落ち着いてください。美神さん」
「落ち着いてなんかいられないわよ。あの娘、どう見たってルシオラじゃないの! それが何で、アンタの妹なのよ!」

 美神は横島の襟首(えりくび)(つか)むと、ギュッと締め上げた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 最初からきちんと話しますから──」

 横島はもがきながら、必死になって説明をはじめた。


「ふーん、復活したルシオラがあんたの妹になったってわけね。妹というからには、一緒に住むのかしら?」
「えー、まー、そうですが」
「未婚の男女が一緒に暮らすことを、世間では同棲(どうせい)って言わない?」

 横島の襟首(えりくび)を掴んでいた美神の両手が、ピクピクと震える。

「で、でも、うちの両親が決めたことで、俺には決定権ないですし……」
「まーまー、美神さん。これ以上横島さんを責めても、仕方ないじゃないですか」

 それまで美神と一緒に横島を冷ややかな目でみていたおキヌが、二人の間に割って入った。

「ルシオラさんが復活したと言っても、元の記憶はないんですよね?」
「でも、いつかは記憶が戻るのよ」
「横島さんの話だと記憶が戻るまでにはかなり時間がかかるみたいですし、それまでは妹なんですよね?」
「まあ最終的には、横島クンの家庭の問題になるんだけど」
「それなら、何も問題ないじゃないですか。私、蛍ちゃんに挨拶してきますね!」

 おキヌはドアを開け、部屋の外に出ていく。
 美神もしぶしぶと、横島の襟首(えりくび)から手を放した。


「私、氷室キヌです。それからこちらが、所長の美神令子さん。よろしくね、蛍ちゃん」

 おキヌはにっこり笑うと、蛍に向かって手を差し出した。
 蛍はその手を取ると、軽く握手をかわす。

「そういえば、横島さん。学校はどこへ行くんです?」
「一応、六道女学院の一年生に編入する予定だけど」
「じゃあ、私の後輩になるんですね!」
「蛍。学校でわからないことがあったら、おキヌちゃんに相談するんだぞ」
「何でも聞いてちょうだいね、蛍ちゃん」
「よろしくお願いします、おキヌさん」

 蛍はおキヌに向かって、軽く頭を下げた。




 その日の晩、美神は母親の美智恵をつかまえると、一緒になって飲みはじめた。
 美神はスコッチを水で割って飲みながら、しきりに美智恵にグチをこぼす。

「もぉ、おキヌちゃんてば本当に人がいいんだから! 相手は横島なのよ。わかっているのかしら!」
「ふうん。男に暴力をふるって、母親にグチをこぼすことしかしていないどっかの誰かさんと違って、おキヌちゃんは腹をくくったみたいね」

 一方の美智恵は、水で割らずにロックで飲んでいる。二人の足元には、既に空のビンが一本転がっていた。

「いつおキヌちゃんが、腹をくくったっていうの!」
「バカねえ。記憶が戻るまでは、ルシオラは横島クンの妹なんでしょ? それまでにくっついちゃえば、記憶が戻ってもどうしようもないじゃない」
「あっ!」

 おもわず美神は、口元に手をあてた。言われてみれば、確かにそのとうりである。

「人狼の里に帰っているシロちゃんも、このまま(だま)ってみてはいないでしょうね。ボヤボヤしていると、誰かに横島クンを取られちゃうわよ」
「何でそこで私を()きつけるのよ! あんなヤツのことなんか、もう知らない!」


 その晩の美神は、その場で酔いつぶれるまでボトルを空け続けた。

(困った()ね。こんなに頑固なのは誰に似たのかしら? もう少し素直になればいいのに……)

 酔いつぶれた娘をベッドに運んだ美智恵は、しばらく娘の寝顔を見たあと体にそっと毛布をかけた。



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