『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

第七話 −六道女学院 編入試験(1)−




 引越しを終えた次の日の午後、百合子と蛍は街に買い物にでかけた。
 大きな商店街のある駅で下車して駅前の広場に出た時、百合子が蛍に話しかけた。

「蛍。ちょっとお手洗いに行ってくるから、待っててくれる?」

「うん」

「もう少ししたら、お父さんと忠夫も来るはずだから」

 百合子は蛍にそう言うと、あわてて近くのデパートの中に駆け込んでいった。
 ちなみに大樹と横島は、ヤボ用があって午前中にでかけており、あとで合流することになっている。
 蛍はボーっとしながら、行き交う人の流れを見ていた。

「ねえねえ、君。どこから来たの? 可愛い顔をしてるね」

 茶髪で派手な服装をした若い男が、駅前の広場でひとりで立っていた蛍に話しかけてきた。いわゆるナンパである。

「あ、あの、私に何か用ですか?」

「君ひとりなの? いま何歳? 名前は何ていうのかなー」

 はっきりいって横島並みの下手なナンパであるが、こういうことに免疫のない蛍は、どう対応していいかわからず戸惑(とまど)ってしまう。

「え、あの、困ります」

「この近くで、いい喫茶店を知っているんだ。一緒にお茶でも飲まない?」

 そのとき殺気のこもった声が、男の背後から聞こえてきた。

「おい、そこの! 俺の妹にいったい何の用だ」

「フッ。可愛い娘を引っ掛けようなんて、貴様には百年早い!」

 男が振り返るとそこには二人の鬼がいた。目が釣り上がり、背中から熱気が激しく立ち昇っている。

「ハハハ……、ご家族の方でしたか。失礼します」

 その場から逃げようとするナンパ男の襟首(えりくび)を、横島がむんずと捕まえる。

「タダで逃げられると思うなよ」

「蛍、ちょっと後ろを向いていなさい」

「はーい、お父さん」

 蛍はくるりと後ろを向く。

「忠夫、準備はいいか!」

「ああ。いいぜ、親父!」

「「せーの、ダブル横島パンチ!!」」

 ドンッ!

 ナンパ男が、空高く飛んでいった。




 その日の夕方、横島一家は引越ししたばかりの部屋で、夕食をとっていた。
 新しい部屋は居間も広く、親子四人でちゃぶ台を囲んでも十分余裕がある。

「わははは。たまには家族で団欒(だんらん)しながらの食事もいいもんだろ、忠夫」

「うん、まあね」

 最後に自分の家で家族(そろ)って食事をしたのは、高校に入る前のことであった。
 美神の事務所でも事務所のメンバーと和気あいあいとしながら食事をすることも多かったが、やはり家族が一緒だと雰囲気も自ずと違ってくる。
 何より大きな違いは、新しい家族──蛍が加わっていたことであった。

 横島が座っている席の向こう側に、蛍が座っていた。
 メニューも自分たちと同じである。自分では甘いものが好きだと言っていたが、特に嫌いな食べ物はないらしい。

(こういう生活をしたかったのかな……)

 ルシオラと一緒に食事をし、一緒に外に遊びにでかけ、仕事の時はペアを組んで除霊を行う。
 そんな生活を自分は欲していたのかもしれない。
 夕食を食べている蛍の顔を見ながら、横島はそう思った。

「そうそう、忠夫。明日の午後に何か予定が入っている?」

 百合子が横島に話しかけてきた。

「明日って、明日は学校だけど」

「明日は蛍の編入試験があるのよ。午前中は筆記試験で午後から実技試験があるんだけど、実技の方は保護者の同伴が必要らしいのね。ただ明日は私も父さんも会社に用事があって行けないから、代わりに忠夫が行ってくれない?」

「俺はかまわないけど、俺で大丈夫かな?」

「それは大丈夫。編入の手続きで学校に行った時に理事長さんと面談したけれど、忠夫でもかまわないって」

「六道理事長がOKを出したのなら、問題はないな」

「そうそう。あの理事長さん、だいぶ忠夫のことを買っているみたいね。娘の冥子さんの婿に欲しいなんて言っていたわ。ほとんど冗談でしょうけど」

(冥子ちゃんと結婚かー。まぁ身分は一生安泰(あんたい)だろうけど、あのプッツンを年中食らっていたら、いくら俺でも体がもたんぞ)

 ふと気がつくと、蛍が横島に厳しい視線を向けていた。

「お兄ちゃん、その冥子さんとも親しいんですか?」

「うーん。冥子ちゃんは美神さんの友達で、いちおう俺も知り合いだけど、親しいかって聞かれるとどうだろう?」

「本当ですか? こっそり隠れて、つきあっていたりしてないですよね」

 蛍は小鳩の件があって以来、横島の女性関係について疑い深くなっていた。

「それは無いって。冥子ちゃんの傍にいると、いつもロクな目に会わないんだから」

 横島は冥子の十二匹の式神と、プッツンについて説明した。

「えーっ! 十二の式神を一度に操るんですか! そんなにスゴイ人がいるんですね」

「まあ、見かけは全然すごくないんだけどね。それに六道家は平安時代から続く家柄で、ちょっと特別だし」

「ひょっとして六道女学院の霊能科には、そんな人たちばかりいるんですか?」

「まあ、GSを目指している人ばかり集まっているから、特殊な技能をもっている人は多いよ」

「私、大丈夫かな……。私の霊能力なんて、人に見えないものが見えるくらいしかないし……」

 蛍は顔を少しうつむかせてしまう。

「大丈夫だって。霊能科は基礎からしっかり教えてくれるから、卒業する頃にはほとんどの人がGS試験で合格するほどの腕前になるんだ。それに蛍には、才能があると思うよ」

「うむ。忠夫も高校に入るまでは、ただのスケベで根性無しのガキだったからな。蛍の方が立派になると、お父さんは思うぞ」

「コラ! 父親なら、少しは息子の肩をもたんかい!」

「まあ、スケベで根性無しまでは当たっているから、仕方がないわね」

「お袋までそれかよ!」

 両親からけなされてヘコんでしまう横島を見て、蛍は心の中で同情しつつも、クスクスと笑ってしまった。




 翌日、午前中で学校を早退した横島は、六道女学院へと向かった。
 応接室に案内されると、まもなくこの学校で教師をしている鬼道政樹(きどうまさき)がやってきた。

「おっ、久しぶりやな。横島」

「そっちこそ、鬼道」

 二人は冥子を通じて知り合いとなった。冥子のプッツンで一緒に入院して以来、わりと仲良くつきあっている。

「おまえの妹が、ウチの学校に入るんやってな」

「ああ」

「筆記の試験はもう終わったけど、かなり成績優秀みたいだな。学科の先生が誉めておったで」

「俺と違って、蛍は頭がいいよ」

「それで今日は、実技の立会いに来たのか」

「そのつもりだけど」

「なんだか理事長が、横島が午後に臨時で実技指導をするって、はしゃいでいたぞ」

「えっ!? そんな話しは聞いてないぞ」

 その時、六道理事長が応接室に入ってきた。

「ホホホホ。横島クン、久しぶりね〜〜」

「これから蛍が、こちらでお世話になります」

 保護者代行ということもあって、横島は六道理事長に丁寧な挨拶をした。

「横島クンの妹の蛍ちゃんは〜〜、学科の成績がすごく優秀みたいね〜〜。おばさん、期待しちゃうわ〜〜」

「はぁ、どうも。でも霊能科の場合、実技の方が重要ではないんでしょうか」

「横島クンの妹だから〜〜、素質はあると思うのよ〜〜」

「まだ、素人とあまり違わないですけどね。それから鬼道……いや鬼道先生から聞いたんですけど、臨時の実技指導なんて、俺聞いてないですよ?」

「それはこれから話すから〜〜、聞いていないのは当たり前ね〜〜」

「はあっ!?」

「というわけで〜〜、横島クンよろしくね〜〜」

 六道理事長は悪びれた様子も見せず、にっこりと微笑む。

「あ、あの、俺も高校生ですけど!?」

「心配しないで〜〜。鬼道先生の補助ということにしておくから〜〜」

「それに、何の準備もしてないですし」

「横島クンは道具なしでも戦えるから〜〜、問題はないはずよ〜〜。バイト代はきちんと払うから〜〜」

 けっきょく横島は理事長に押し切られ、臨時で実技指導をすることとなってしまった。




 横島は小体育館へと移動した。ここで午後の実技試験が行われる。

「お兄ちゃん!」

 横島を見つけた蛍が、横島の方に駆け寄ってきた。
 蛍は体を動かしやすいよう、体操着とスパッツに着替えている。

「午前中の試験はどうだった?」

「もう、バッチリ!」

「実技の方も頑張れよ。俺が見ているからな」

「うん!」

 鬼道が体育館の蛍の前に立ち、実技試験の説明をはじめた。

「それでは、これから実技試験の説明をします。実技試験は、霊波の強さを確認します」

「霊波って何ですか?」

「霊能者が発する“気”のことです。精神集中して気を発し、その強さを審査します」

「ああ、GSの一次試験と同じ内容だな」

 横島が口をはさんだ。

「普段は教師が見本を見せますが、今日は現役のGSが来ていますから、横島君にやってもらいます」

「俺? まぁ、いいけど」

 横島は、体育館の中央に描かれた円の中に移動した。

「じゃあ、始めていいか」

 鬼道がうなづくと、横島は気合をこめて一気に発した。

「ハッ!」

 ゴオオオォォォーーッ!

 横島の全身から気が発せられた。

「キャッ!」

「クッ、さすがやな」

 蛍はもちろん鬼道までもが、横島の気に押されてしまう。

「ま、こんなもんかな。秘儀を使えば、この倍はいけるぜ」

「無茶苦茶なヤツやな。おまえ本当に人間か? それに秘儀って、いったい……」

「スマン、鬼道。蛍の前では言えないこともあるんだ」

 ちなみに横島の秘儀とは、“煩悩全開”のことだ。
 知り合いの女性の裸を想像することで、霊力を一気に増幅させるという横島ならではの技である。

「それでは横島蛍さん、始めてください」

「は、はい!」



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