『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

第十二話 −親友は優等生(02)−




「ただいま〜」

「おかえり、蛍」

 蛍が帰宅したとき、昼間の仕事を終えて家に戻っていた横島が、リビングでテレビを見ていた。

「お兄ちゃん、ひどいじゃないの! 今日の授業、大変だったんだから!」

「ごめん、ごめん。鬼道があんな反応をするなんて、予想外だったんだよ」

「先生に呼ばれて、説教されちゃったのよ。私、すっごく怒っているんだから!」

 蛍は胸の前で両腕を組むと、横を向きツンとした表情を見せた。

「ごめん、蛍。このとおり、勘弁してくれないかな」

 蛍が本気で怒っていることを知った横島は、蛍の前で両手を合わせ、頭を下げて謝った。
 蛍はその様子を、ちらりと横目で見つめる。

「じゃあ、一つだけお願いを聞いてくれたら、勘弁してあげる」

「わかった。何でも言うこと聞くからさ」

 横島の返事を聞いた蛍は、普段の表情に戻ると、正面を向いた。

「私に霊能を教えて」

「お、俺がか!?」

「だって、周りはみんなスゴイ人たちばかりで、今のままじゃ全然かなわないんだもん。
 お兄ちゃんの作戦は、大失敗しちゃたしー」

 蛍が、じとっとした視線を横島に向ける。

「で、でもなあ……」

「どうしてもダメ?」

 蛍は軽くうつむきながら、横島を上目使いで見つめる。
 蛍のその可愛らしいしぐさに、横島は一発でKOされてしまった。

「わかった。明日から教えてやるよ」

「やったー!」

 喜んだ蛍が、横島の両手をぎゅっと握り締めた。

(いつの間に蛍は、こんな技を覚えたんだよ……)

 蛍に必勝のおねだり技を伝授したのは、実は親友の舞奈だったのだが、横島はそのことを知るよしもなかった。




 蛍が家に着いた頃、月影絵梨もまた帰宅する途中であった。
 都内から郊外へと向かう私鉄の電車に乗り換え、都心からやや離れた駅で下車する。
 絵梨の家は、駅からやや離れた住宅街の一角にある、木造アパートの一室であった。

「ただいま」

「おかえりなさい、絵梨」

「お父さんは?」

「今日も遅くなるそうよ。もうすぐ夕食ができるから、先に食べましょう」

 絵梨の家は2LDKであったが、一人っ子であったため自分の部屋を持っていた。
 絵梨は自分の部屋で着替えると、キッチンのテーブルに座った。

「最近、お父さん、いつも遅いね」

「お父さんは、絵梨を大学に行かせたいって、張りきっているのよ。
 絵梨は学校の成績、悪くないでしょ?
 お父さん、絵梨にはすごく期待しているのよ」

 絵梨の父親の学歴は、高卒だった。
 GSなので高卒でも何の問題もなかったが、親として、できるだけ多く子供に勉強させてやりたいと、考えているようであった。

「ごちそうさま」

 絵梨は食事を終えると、席を立った。

「お母さん。明日はバイトがあるから、帰りが少し遅くなると思う」

「わかったわ。バイトもいいけど、学校の勉強には差し支えないようにね」

「大丈夫よ。それに大学に行くなら、少しでも学資の足しにしたいから」

「あまり無理しないでね」




 翌朝、蛍は六時半に起きると、着替えをして横島の部屋に行った。
 横島は朝が弱い。
 前にも早い時間に起こそうとしたことがあるが、少しくらい揺さぶっても全然目を覚まさなかったため、蛍は強硬手段を取ることを決意していた。

「お兄ちゃん、起きて!」

 蛍は何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、横島をまたぐようにして布団に飛び乗った。
 布団がクッションになっているとはいえ、蛍のお尻が横島の腹部を強打する。

「へぶしっ!」

 横島は一発で、布団から体を起こした。

「な、なんだ!? 何が起こったんだ?」

「今日から、私に霊能を教えてくれる約束でしょ?」

「う、わかったよ……」

 半分寝惚(ねぼ)けていた横島は、目をごしごしと手でこすっていたが、やがて自分の上にまたがっている蛍の姿を見て驚愕(きょうがく)した。

「ほ、ほ、ほ、蛍! そ、その格好は!?」

「学校の授業のときと同じ服装だけど、何かおかしい?」

 蛍は六道女学院指定の、運動着を着ていた。
 つまり上は半袖の体操着、そして下はブルマである。

「い、いや。全然おかしくないけど……」

 横島は蛍に見とれていた。
 いたって健全な服装には違いないのだが、そこから伸びている白い手足が、とても(つや)めいて見えた。

「はっ! ち、違うんだ! 俺はドキドキなんかしてないぞー!」

 我に返った横島は、湧き上がってきた煩悩(ぼんのう)を振り払おうとして、壁に頭をぶつけはじめた。




 横島は蛍を説得して、ジャージに着替えてもらった。
 体操着にブルマ姿では、己の劣情を抑制できそうになかったからである。
 それから、もう一つ別の理由として、蛍の生足を通りすがりの他人に見せたくないということもあった。

 ジャージに着替えた横島と蛍は、二人で近くの公園までジョギングした。
 その公園はそこそこの広さがあり、芝生の広場もあるため、ジョギングなど軽い運動をする人たちには人気があった。

「お兄ちゃん、何を教えてくれるの?」

 蛍は、わくわくするような目つきをしていた。

「うーん、そうだなあ」

 横島にはシロを教えた経験があったが、シロの場合は基礎はできていたし、小さいながら自力で霊波刀も出すことができたため、そこから力を引き出すことは比較的容易であった。
 しかし蛍の場合は、肝心の基礎が、まだこれからの段階である。

(俺にできるのは、集中することを教えるだけなんだけど……)

 気を高めて、それを一点に集中させる。
 横島がかつて心眼から教わり、そしてシロに伝えた霊能の極意である。
 もっとも、言葉で説明するのは簡単なのだが、それを体得するのが非常に難しかった。

(まずは、気を高める方を優先させるか)

 蛍にあった集中法が見つかるまでは、学校で教えているオーソドックスな手法を反復する。
 横島は当面の方針を、そうすることに決めた。

「蛍。学校の授業で、気を高める方法は教わってる?」

「体操みたいなのは、教わったけど」

「とりあえず、それをやろうか」

「お兄ちゃんも、一緒にやってよ」

「ま、いいか」

 横島は蛍から体の動かし方について教わると、蛍と一緒に気を高める体操をした。
 体を動かしていると、たしかに気のめぐりがよくなった感じがする。

(誰も俺に、霊能の基礎を教えてくれなかったからなー)

 始めての基礎トレーニングをしながら、横島は心の中で苦笑していた。




 同じ日の夕方、学校の授業を終えた絵梨は、いつもと違う路線の電車に乗った。
 そして都内のある駅で下車して、駅のトイレで制服から私服に着替えると、その駅から少し離れた場所にある廃工場へと向かう。

「ここね」

 絵梨は入り口にあった錆びた看板を見て、工場の名前を確認した。
 そしてカバンの中から、神通棍(じんつうこん)見鬼(けんき)クンを取り出すと、見鬼クンが指し示す建物の中に入っていく。

 シャアーーッ!

 建物の中に入ってすぐに、二体の悪霊が(おそ)いかかってきた。
 絵梨はステップして片方の悪霊の攻撃をかわすと、もう一体の悪霊に神通棍の一撃を加える。
 悲鳴をあげながら消滅する悪霊を無視して、絵梨は残った悪霊の攻撃に備えた。

 このままでは(かな)わないとみたのか、悪霊はポルダーガイスト現象を起こした。
 小さな石や()びたボルトが、絵梨に向かって飛んでくる。
 絵梨はそれらを必死になってかわしたが、腕や足に幾つかが当たり、小さな痛みを残した。

 しばらくの間、絵梨の防戦が続いたが、やがてしびれを切らしたのか、飛ばした小石の隙間(すきま)から悪霊が突っ込んできた。
 一方の絵梨もまた、攻撃する機会をうかがっていた。
 絵梨は飛んでくる小石をかいくぐると、悪霊に向かって神通棍を突き出す。
 必死になって突き出した神通棍は、悪霊を見事に刺し(つらぬ)いていた。




 見鬼クンで残った悪霊がいないことを確認すると、絵梨はポケットから携帯を取り出して、ある番号に電話をかけた。

「月影です。……はい、除霊は完了しました。
 バイト代は、いつもの口座に振り込みをお願いします」

 絵梨は携帯をポケットにしまうと、その場から立ち去っていった。



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