『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

第十三話 −親友は優等生(03)−




「あっ!」

 日曜日の夕方、横島と一緒に街に買い物に出かけていた蛍が、歩行者天国の真ん中で突然足を止めた。

「どうしたんだ、蛍?」

 一緒に歩いていた横島も、その場で足を止める。

「知り合いがいたの。学校のクラスメートだけど」

 蛍の視線の先には、私服姿の絵梨が歩いていた。

「ちょっと声をかけてくるね」

 蛍はそう言うと、絵梨の後を追いかけ始めた。
 しかし歩行者天国は、休日のためで人で混み合っており、やがて蛍は絵梨の姿を見失ってしまう。

「友達は?」

 先に駆け出した蛍に、横島が追いついた。

「見えなくなっちゃった」

 蛍は周囲をきょろきょろと見回したが、絵梨の姿は見つからなかった。

「しかたないさ、これだけ人が多いんだから。明日、また学校で会えるんだろ?」

「そうね」

 さりげなく蛍の手を握って歩き出そうとした横島が、急に立ち止まった。

「お兄ちゃん?」

「……霊の気配がする」




 絵梨は、裏通りにある人気のない雑居ビルに入った。
 今日の仕事は、先日の廃工場での除霊と比べると、難易度はだいぶ低い。
 数こそ多いものの、雑魚レベルの悪霊を相手に絵梨は、神通棍と破魔札を用いて除霊していった。

(これで、終わりかな?)

 目の前にいる最後の悪霊に神通棍を振り下ろすと、絵梨は大きく息を吐き、額の汗を手でぬぐった。

「あぶない!」

 絵梨の背後から、女性の声が絵梨の耳に聞こえた。
 絵梨が振り返ると、一体の悪霊が絵梨に襲い掛かろうとしていた。
 絵梨はとっさに床の上に転がって、間一髪のタイミングで悪霊の攻撃をかわす。
 絵梨は起き上がって攻撃に移ろうとしたが、その前に事は終わっていた。

「そらっ!」

 いつのまにか霊波刀を構えた男が絵梨の目の前に現れ、悪霊を一刀のもとに斬って捨てた。

「大丈夫か?」

 額にバンダナを巻いた男──横島忠夫──が、床の上にしゃがみこんでいた絵梨に、手を差し伸べる。
 絵梨は横島の手に掴まって、立ち上がった。

「大丈夫、月影さん?」

 ビルの入り口にいた蛍が、横島の隣に駆け寄ってきた。

「横島さん……」

 悪霊に(おそ)われようとしていた絵梨に、声をかけて注意を(うなが)したのは蛍だった。
 絵梨は助かったことに安堵するよりも、除霊のバイトをしていたことがクラスメートに知られてしまったことに、不安を感じてしまう。

「ま、立ち話もなんだから、その辺の喫茶店にでも入ろうか」

 絵梨は一瞬逃げようかと思ったが、余計に怪しまれるだけだろうと思い直し、二人の後についてビルを出ていった。




 喫茶店に入ると、三人は窓際のテーブル席へと座る。
 横島はアイスコーヒーを、蛍と絵梨の二人はアイスミルクティーを注文した。

「どうも、ありがとうございました」

 喫茶店に入った絵梨は、テーブルの向かい側に座る横島に丁寧(ていねい)に頭を下げた。
 また横島の隣に座っている蛍にも、お礼の言葉を述べる。

「まあ、ケガもなくてよかったよ。
 実は、蛍が街中で君の姿を見つけたんだけど、人ごみで姿を見失ってさ。
 それで探していたら、霊の気配に気づいたってわけ」

「失礼ですが、霊能者なんですか?」

 絵梨が、横島に尋ねた。

「いちおうGSだよ。まだ見習いで、アルバイトの身分だけどね」

「あの、横島さんとはどういう関係で?」

 絵梨は蛍を名字で読んでいた。名前で呼ぶほど、蛍との関係は深くはなかった。

「そういえば、まだ自己紹介してなかったっけ。俺は横島忠夫。蛍は妹なんだ」

「あっ……」

 絵梨は思わず、手で口を押さえた。

「横島って、美神除霊事務所の横島さんですか!?」

「そうだけど?」

 舞奈ほどの情報通ではなかったが、絵梨は横島の名に聞き覚えがあった。
 派手な活躍で世間の目を引く美神ほど知名度は高くはなかったが、その美神を陰で支える横島の実力は、むしろGS業界の中で評価されていた。
 絵梨も父親が業界の世間話をする中で、横島の名を口にするのを何度も聞いたことがあった。

(やっぱり、お兄ちゃんって有名人なんだ……)

 蛍は自分の隣で、アイスコーヒーを飲んでいる横島の顔を、しげしげと(なが)めた。
 兄のことは会う前から好きだったが、その兄が一部の人たちだけかもしれないが、名が知られていることを誇らしく思った。
 もっともその一方で、胸の奥底で何とも言えないもやもやとした思いが、渦巻いていることも感じていたのだが。

「ところで、なんで月影さんは、あんなビルに一人で入ったの? 除霊の練習?」

「えっ!?」

「鬼道先生が、月影さんのことを努力家だって褒めていたわ。
 やっぱり実力のある人って、人の見えない所で努力しているのねー」

 蛍はアイスティーを飲みながら、学校のことや友達のことなど、当たり障りのない話題で絵梨に話しかけた。
 絵梨も控えめな口調で、蛍と会話をかわす。
 横島はアイスコーヒーを飲みながら、二人のやり取りをじっと聞いていた。

「あっ、いけない。そろそろ戻って、夕食の支度をしないと」

 三十分ほど話し込んだ頃、腕時計を(のぞ)き込んだ蛍が、横島の袖を引っ張った。

「それじゃ、そろそろ帰ろうか。支払いは済ませておくから、二人は外で待ってて」

「あ、自分の分は払います」

 レジに数人の客が並んでいたので、横島と絵梨はその後ろに並んだ。
 蛍は一人で先に、喫茶店の外に出た。

「あのさ、今日のあれって、裏の仕事だろ」

 レジに並んで待っていた時、横島が絵梨に小声で話しかけた。
 絵梨は一瞬ビクッとしたが、口をつぐんだまま顔をうつむかせる。

「俺のダチでさ、裏の仕事を長くやってたヤツがいるから、だいたいわかるんだ。
 どういう事情か知らないけど、学校なんかにバレると、GSの資格取得に問題が出るだろ?
 蛍にはよそで(しゃべ)らないよう口止めしておくから、気をつけなよ」

「……ありがとうございます」

 絵梨はレジで会計を済ませると、喫茶店の外に出てそこで二人と別れた。




 翌日、絵梨が登校した絵梨が教室に入ると、先に来ていた蛍が絵梨に話しかけてきた。

「月影さん、おはよう」

「おはよう、横島さん」

 絵梨は蛍に近づくと、小声で話しかけた。

「昨日のことなんですけど……」

「あ、大丈夫。お兄ちゃんからも聞いてるから。あれは三人の秘密ね」

 笑顔を浮かべた蛍が、パチリと片目でウィンクした。

「ねえねえ、三人の秘密って何の話?」

 ちょうど教室に入って、カバンを下ろしたばかりの舞奈が二人の会話に入ってきた。

「実は昨日、私とお兄ちゃんと月影さんの三人で、お茶してたんだ」

「えーーっ! 蛍ちゃんのお兄さんとお茶してたんだ! どうして私も読んでくれないのよ?」

「だって、街でたまたま月影さんと会ったんだから」

「ずっるーい! こうなったら今度の休日は、蛍ちゃんの家に押しかけるしかないわね」

 舞奈はポケットから携帯を取り出すと、次の土曜日の予定を入力した。

「あの、私も一緒にお邪魔してもいいかしら?」

「もちろん、大歓迎よ!」

 蛍の返事を待たずに、舞奈が返答する。
 その日から蛍と舞奈と絵梨の三人は、お互いに親友どうしとなった。



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