昼過ぎに美神たち一行は、依頼主が経営するペンションへと引き上げた。
 午後の強い紫外線を避けるためと、夜の除霊に備えて休むためである。

 シャワーを浴び、ダイニングルームで遅めの昼食を取ると、各自の部屋に戻って仮眠をとった。
 部屋割りは、美神とおキヌが一部屋ずつ、シロとタマモで一部屋、蛍と舞奈と絵梨で一部屋となっている。
 一行でただ一人の男性である横島も、一部屋割り当てられていた。

 荷物運びからボート漕ぎまで、肉体労働を一手に引き受けた横島はもちろん、他のメンバーも遊び疲れていたのか、夜になるまでぐっすりと眠った。
 そして、日が沈み辺りが辺りが暗くなった頃、美神除霊事務所のメンバーは除霊現場へと向かった。





『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

第十五話 −南の島のひととき(02)−






「犬塚シロ見参! 正義の霊波刀を喰らうでござる!」

 悪霊目掛けて、シロが霊波刀を振り下ろした。
 シロの大振りな攻撃を悪霊はかわしたが、そこにタマモが狐火を放った。

「そっちに行ったわよ!」

 タマモの狐火に追いたてられた悪霊が、美神の方に移動する。
 しかし、美神に近づいた悪霊は、おキヌのネクロマンサーの笛の音によって、動きが急に鈍くなった。
 そこに、神通棍(じんつうこん)を振りかぶった美神が、悪霊に向かって突っ込んでいった。

「このゴーストスイーパー美神が、極楽へ行かせてやるわっ!」

 悪霊は、美神のもつ神通棍(じんつうこん)の一撃を受け、消滅していった。

「これがプロの除霊なのね!」

「皆さん、とてもかっこいいです〜〜」

「……」

 除霊現場から少し離れた場所で、蛍と舞奈と絵梨が除霊を見学していた。
 無駄のない動きと優れたチームワークで、ターゲットを追い詰めて除霊していく手際のよさに、蛍と舞奈が感嘆の声をあげる。
 裏の仕事で除霊経験のある絵梨も、その見事な仕事ぶりに見入るばかりであった。

「ま、こんなもんかな」

 少女たちの傍らに、大きなリュックサックを背負った横島が立っていた。
 いつもの荷物持ちの役割の他に、三人の少女が危険に巻き込まれないようにという配慮もある。
 敵が予想以上に強力で美神たちが危なくなった場合には、すぐさま除霊に加わるつもりでいた。

「あの、いつもこんな感じで除霊をしてるんですか?」

 ようやく、フリーズ状態から復活した絵梨が、横島に(たず)ねた。

「まさか。今日みたいな仕事は、めったにやらないよ。
 美神さんが受ける仕事は、難易度の高いものばかりだから」

 美神が仕事を引き受ける一番の条件は、やはり報酬である。
 報酬の高い仕事にはそれなりのリスクが伴うため、必然的に難しい仕事が多くなってしまう。
 今回の仕事も、南の島のバカンスというオプションが付いていなければ、最初から断っていただろうと横島は考えていた。




 除霊の翌日も、美神たち一行は島にバカンスを楽しんでいた。
 やや遅く起床したあと、午前中は昨日と同じように海で遊び、午後からは島の商店街に出かけてショッピングを楽しんだ。
 蛍と舞奈と絵梨の三人も、島のみやげ物屋を色々と(のぞ)きながら、小物やアクセサリーを買っていた。

「楽しかったわー。でも、明日はもう帰っちゃうのよね」

「でも、すっごい得した気分! 私たちだけじゃ、なかなかこういう所には来れないしね」

「ホント、蛍ちゃんのお兄さんには感謝しなきゃ」

 三人は商店街から宿泊しているペンションに戻る途中であったが、先頭を歩いていた蛍が突然足を止めた。

「どうしたの、蛍ちゃん?」

 絵梨は今まで蛍のことを「横島さん」と呼んでいたが、蛍の兄も「横島さん」と呼ぶようになったため、舞奈と同じように名前で話しかけるようにした。
 蛍は絵梨の呼びかけには答えずに、道の真ん中に立ち止まって、じっと海辺の方角を見つめている。

「あれは……横島さんと氷室先輩だわ」

 蛍の視線の先には、人気の少なくなった海岸沿いの道を、二人で歩いている横島とおキヌの姿があった。




「この二日間、あっという間でしたね」

「まあね」

 夕暮れ時の海沿いの遊歩道を、二人は横に並んで歩いていた。
 海水浴客もかなり数が減っており、海の家も店を閉めようとしていた。

「蛍ちゃんと、あまり遊ばなかったですね」

「蛍も友達と一緒の方が、楽しいんじゃないかなと思ったんだ」

「でも、蛍ちゃんの様子を、遠くから何度も確認していましたよね」

「ばれてた?」

 おキヌは、横島が離れた場所から、蛍たちの方を何度も振り向いていたことに、気がついていた。

「どっかのバカガキどもが、蛍たちをナンパしやしないかと心配でさ」

「自分もさんざん、ナンパしてましたもんね」

 おキヌの鋭い指摘に、横島は実に気まずい顔をした。

「あ……いや……その……」

「冗談ですよ、横島さん」

 横島の困惑した表情を顔を見たおキヌが、クスクスと笑った。




 その日の晩、蛍はなかなか寝付けなかった。
 横になって目をつむると、楽しそうに会話しながら歩いている横島とおキヌの姿が、まぶたの裏に現れる。
 蛍は何度も寝返りを打ったが、どうにも眠くならない。
 気分を落ち着けようと、蛍は薄手のワンピースに着替えて、部屋の外に出ていった。

 ザザーーッ ザザーーッ

 砂浜に出ると、潮騒(しおさい)の音が聞こえてきた。
 幾度となく繰り返すその音に耳を傾けているうちに、蛍は次第に気分が落ち着いてきた。

「……蛍ちゃん」

 ふと気がつくと、絵梨が蛍の後ろに立っていた。
 蛍と同じく、ワンピースだけの軽装だった。

「眠れないの?」

「うん。気持ちが高ぶって、なかなか寝付けなくて」

「そうなんだ」

 絵梨は蛍の横に並ぶと、そのまま砂浜の上に腰を下ろす。
 蛍も絵梨と一緒に、その場で座った。

「楽しかったね、この二日間」

「うん」
「昨夜の除霊もすごかったよね。
 私も先生にはよく()められたりするけど、プロと比べたら全然ダメだってことがわかっちゃった。
 これからも、一緒に頑張ろうね」

「ええ……」

 絵梨が蛍に話しかけるが、蛍はあいまいな返事をするばかりだった。

「そういえば、蛍ちゃんのお兄さんと氷室先輩、けっこう仲よさそうだったわね」

 絵梨のその言葉に、蛍がピクリと反応した。

「並んで歩いている姿が、すごくいい雰囲気だったのよ。ただの仕事仲間には、見えなかったわ。
 蛍ちゃんは、お兄さんから何か聞いてない?」

「お兄ちゃん、家では職場のこと、あまり話さないから」

「でも、あの二人のことが気になるのよね。
 蛍ちゃんのお兄さんと氷室先輩って、実はつきあっていたりしていて」

「やめて!」

 蛍は急に大声を出すと、すくっと立ち上がる。
 そのまま(けわ)しい眼差しで、まっすぐに海を見つめた。

「ごめんなさい、言いすぎたわ」

 蛍の過敏な反応に、絵梨は驚いた。
 (あわ)てた絵梨は、急いで蛍に謝った。

「私って一人っ子だから、兄弟のいる感覚がよくわからなくて」

「……いいの」

 落ち着きを取り戻した蛍は、再度絵梨の隣に腰を下ろした。

「でも……」

「ちょっとだけ、聞いてくれないかな」

 蛍のその言葉に、絵梨はコクリとうなずいた。

「私、お兄ちゃんと血がつながってないの」

 その言葉を聞いた絵梨は、ビックリして蛍の方を振り向いた。

「私、養女なんだ」

 それから蛍は、絵梨に自分のことを淡々と話し始めた。
 ナルニアで生まれ育ったが、事故で記憶を失い、現在の父母に引き取られたこと。
 日本に住んでいる兄のことを両親から聞き、以前から会いたかったこと。
 そして霊能力があることが分かり、教育のためナルニアから日本に来たこと。

「お兄ちゃんと一緒に暮らすのが、ナルニアに居たときの私の夢だったんだ。
 日本に来てその夢はかなったけど、お兄ちゃんも学校と仕事で忙しいから、なかなか一緒の時間
 がもてなくて……」

 絵梨は蛍の話を黙って聞いていたが、内心ではかなり驚いていた。
 この仲のよい兄妹に、こんな秘密があるとは、まったく予想もしていなかった。

「私にはよくわからないけど、お兄さんは蛍ちゃんのことを、とても大事にしていると思う。
 だから、大丈夫だよ。きっと」

 なにが大丈夫なのか、絵梨もよくわかっていなかったが、横島が蛍のことを大切に思っていることだけは、間違いないと思っていた。

「うん……そうね」

 絵梨のアドバイスを聞いて安心したのか、蛍の目に明るさが戻った。

「蛍ちゃん、今の話のことは皆には秘密にしておくから」

「ありがとう、月影さん」

「そろそろ部屋に帰らない?」

「そうね」

 蛍と絵梨は立ち上がると、宿泊しているペンションに戻っていった。



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