『妹』 〜ほたる〜

作:湖畔のスナフキン

思いつき番外編 (02)




 最近の蛍の朝の日課は、横島を起こすことから始まる。
 蛍は寝巻き姿のまま、横島の部屋へ向かうと、入り口で軽くドアをノックした。

「お兄ちゃん。朝よ、起きて」

 だが、ここで横島が目を覚ますことは、極めて(まれ)である。
 しばらく待ってから蛍は、ドアを開けて部屋の中へと入っていった。

「お兄ちゃん、起きてよ」

 蛍は布団で寝ている横島の横に座ると、ゆさゆさと体を()さぶった。
 ここまでしても、横島が布団から出る確率は約五割である。

「うーーん……そ、そんなポーズまで……全部オッケーなんですか、美神さん……」

 横島は、まったく起きる気配を見せなかった。
 しかも寝言とはいえ、他の女性の名前まで口にしている。
 それを聞いていた蛍の顔が、一瞬引きつった。

(……最後の手段ね)

 蛍はすくっと立ち上がると、両足を広げて横島の上に飛び乗った。
 そして横島の腹の上に、お尻から着地する。

「お兄ちゃん、起きて!」

「んぐわっ!」

 腹に強い衝撃を受け、横島の目がガバッと開いた。
 何度も同じ目にあっているとはいえ、慣れるようなものでもないらしい。

「ほ、蛍!」

「時間がないんだから、早くトレーニングに行こうよ」

「わかったよ」

 蛍は横島が目を覚ましたことを確認すると、着替えるため自分の部屋へと戻った。




「まいっちゃうよな、ホント」

 朝のトレーニングから帰る途中、横島は蛍に苦情を述べた。
 しかし、「すぐに目を覚まさないお兄ちゃんが悪い!」と逆襲されてしまう。
 横島が朝なかなか起きれないのは、寝る時間が遅いからであった。
 バイトで遅くなるのは仕方ないのだが、テレビを見ながらつい夜更かしすることも多く、言わば自業自得である。
 横島は夜にラーメンを食べにいくことを約束することで、なんとか蛍の機嫌を直した。

「ただいまー」

 今日は夜の仕事が入っていなかったため、夜の八時には帰宅することができた。
 横島が家に入ると、キッチンのテーブルの上に、ウーロン茶のペットボトルが置いてあった。
 横島は冷蔵庫から氷を出すと、コップに氷とウーロン茶をいれて、(のど)(かわ)きを(いや)した。

「蛍、メシ食いに行こうか?」

 横島は朝の約束を果たすため、蛍を呼んだ。
 しかし、返事がかえってこない。

「蛍?」

 横島がリビングに入ると、蛍がソファーの上で、すーすーと寝息をたてて眠っていた。

「蛍、起きろよ」

 横島が蛍の肩に手をかけて、軽く()さぶった。
 しかし蛍は、「う、うーん……」と小さく声を漏らし、再び眠りに入ってしまう。

「弱ったな」

 蛍が起こす立場であれば、いつものように上にまたがって起こすかもしれないが、横島がそれをするのはかなり問題があった。
 もし第三者が目にすれば、可憐(かれん)な妹に(おそ)い掛かろうとする野獣のような兄と思われてしまうのは、必至である。
 いったいどうしようかと横島が思案していたとき、テーブルの上に置きっぱなしにしていた氷を入れた器が、ふと目に入った。




「ひゃん!」

 突然、首筋と背中に冷たい感覚を感じた蛍は、急いで上半身を起こした。

「わっ、わっ、わっ!」

 背中に何か入っているのを感じた蛍は、腰に手を回すと、服の下に手を入れる。
 そこから出てきたのは、溶けかかった小さな氷だった。

「え……?」

 ふと気がつくと、横島がニヤニヤしながら蛍の顔を見つめていた。

「起きたか、蛍?」

「ひどいじゃない、お兄ちゃん!」

 蛍は溶けかかった氷を、横島の前に突き出した。

「朝のお返しだよ。それより早く行かないと、ラーメン屋がしまっちゃうぞ」

 蛍はムスッとした顔をしていたが、出かけることを聞くと、身支度をするために自分の部屋に向かった。




 翌朝、背中に強い刺激を感じた横島は、(あわ)てて布団から飛び起きた。

「どわっ!」

 寝巻きの下に手を入れると、そこから小さな氷が出てくる。

「おはよう、お兄ちゃん」

 ふと気がつくと、蛍が横から横島の顔を(のぞ)きこんでいた。

「ほ、蛍!」

「昨日の仕返しだもんねー」

 蛍は一瞬ペロリと舌を出すと、笑いながら横島の部屋を出て行った。


(お・わ・り)


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