GS美神 女子高生大作戦!
レポート5.愛に時間を![下]
令子は横島の胸に飛び込むと、そのままギュッと横島の体にしがみついた。
(この出会いは偶然ではないわ! 私とお兄様は、本当に赤い糸で結ばれているのね!)
だが一人感激している令子の気持ちと別に、横島の方ははじめて見る女の子に抱きつかれ、
「ご、ごめん。君に会うのは始めてなんだけど……。別の誰かと勘違いしているんじゃ?」
そう言われて、令子はハッと気がついた。
未来からきた自分は横島のことを知っているが、横島の方は自分を知らない。
「ごめんなさい。人違いでした」
令子はお辞儀をすると、走り去っていった。
だが建物の角を曲がると、横島に気がつかれないように建物の影からこっそりと見張る。
(ここで逃すわけにはいかないわ。食いついて、次のチャンスを狙うのよ!)
令子はそう自分に言い聞かせた。
「あー、びっくりした。知らない女の子に抱きつかれるなんてはじめてだ」
「せんぱーーい!」
その時、横島に向かって、一人の男子高校生が走って近づいてきた。
「なんだ、
「へっへー、見てましたよ。可愛い女子中学生と白昼堂々と
「いや、それが人違いだったんだよ」
「またまた。抱きつかれたときは、まんざらでもないって顔をしてましたよ」
「んー、でもちょっと年が下すぎかな。どうせだったら、年上のお姉さんの方が好みなんだけどな」
「でも可愛い女の子だったじゃないですか」
「いーかげんにしろ! 俺はロリコンじゃない! だいたいなんで一年生で成績トップクラスのおまえが、俺みたいな不良学生につきまとうんだ」
「先輩、GSを目指しているんですよね。俺そういうの、昔からあこがれていたんです!」
高千穂は目をキラキラと輝かせながら、横島に好奇心いっぱいの視線を向けた。
「はあ〜〜。よく勘違いされるんだけど、GSはスーパーマンやアクションヒーローじゃないんだ。もっと地味で、泥臭い仕事なんだぜ」
「でも、妖怪とか悪霊と戦ったりするんですよね。なんか、かっこいいじゃないですか!」
「まあ、いいけどさ。おっと、そろそろ時間だ」
「GSの修行ですか?」
「まだ見習いだけどな。おっ、高千穂、その時計どうしたんだ?」
横島が高千穂が左腕にはめていた、高級時計に目を向ける。
「これ、ヨーロッパに行っている叔父が、アンティークショップで買ったのをもらったんですよ」
その時計は金でメッキされ、文字盤の周りが小粒の宝石で飾られていた。
「ふーん。気をつけた方がいいな。宝石は人と相性があって、相性が悪いと霊を呼び込んだりすることもあるんだ」
「お、おどかさないでくださいよ」
「明日にでも、きちんと調べてやるわ。じゃあな」
横島と高千穂は、次の角で別々の方角に分かれた。令子は気づかれないように、横島の後をそっと尾行する。
やがて横島は、一軒の古びた教会の門をくぐった。
「宝石にとりつく邪悪なる者! 至高なる神の名において命ずる!」
左手にバイブルをもったやや背の高い中年の男が、祭壇の上に現れた悪霊と対峙していた。
「消え去れ、悪魔よ!」
その言葉とともに、差し出した右手から霊波が放射された。
ギャアアアァァァ!
悪霊は消え去り、祭壇には指輪の入った宝石箱だけが残された。
「ふう!」
男は額にうかんだ汗を片手でぬぐいとった。
「これでもう大丈夫です。宝石にとりついていた悪霊は、完全に消滅しました」
「ありがとうございます、唐巣神父」
毛皮のコートを羽織り、指輪やネックレスなどブランド物のアクセサリーを身につけているクライアントらしき女性が、悪霊を退治した中年の男にお礼の言葉をのべた。
「それで、お礼はいかほど?」
「いや、カネなど結構……」
そう唐巣神父が言いかけたとき、脇から横島が割り込んできた。
「除霊料金は、五百万円です」
「わかりました。では──」
クライアントの女性はバックから小切手帖を取り出すと、さらさらと金額を記入した。
「支払いは小切手で」
「ありがとうございます。またご
女性は支払いを終えると、宝石箱をバックに入れて教会を出ていった。
「横島君! し、神聖な仕事を一体何だと思っているんだ!」
「いーじゃないですか。もらえる相手からもらえる金額をもらっただけなんですから。神様だって文句はいいませんよ」
「それにしても、五百万円は法外です!」
「今月の教会の運営費は既に赤字なんです。あんなバカでっかいダイヤの持ち主に遠慮することはないでしょう。実際、ポンと出してくれたじゃないですか」
「おお、神よ許し給え……」
唐巣神父は、両手を組んでお祈りをはじめた。
(はーっ。唐巣神父は本当にいい人なんだけど、金銭感覚がゼロなんだよなー。早く自分の事務所をもって、独立したいよ)
祈る唐巣の後ろで、横島は大きなため息をついていた。
(ふーん、しっかり者のお兄様とは対照的に、本当に善人そうなオジサンね)
さきほどの一連のやり取りを、令子は教会の窓の外からずっと見ていた。
(とにかく時間がないわ。いつ次の逆行が始まるかわからないし。ここはあのオジサンを使って、何とかするしかないわね)
窓の外で令子は、ニヤリと笑う。明らかに何かをたくらんでいる表情であった。
バタン!
教会の門が音を立てて開くと、
「し、神父さん!」
目を血走らせ、苦しそうに息をしている女子中学生は、もちろん令子である。
「ううぅぅ……」
令子は苦しそうにうめくと、ガクリと
「大丈夫ですか、君。いったい、どうしました?」
中年と呼ばれる年齢になっても少しも熱血度が下がっていない唐巣は、急いで少女のもとに駆け寄った。
「悪霊が……悪霊が私に取り憑いたんです。助けてください!」
「なにっ! それはいかん。今すぐ除霊を──」
そのとき突然、令子が立ちあがった。髪の毛を一筋口にくわえ、悪女じみた表情に変わる。
「ホホホホ……、わらわの邪魔をする気かえ。下手に手を出せば、この娘の心臓を止めてしまうぞ」
「くっ、それはいかん!」
「この娘の命を助けて欲しくば、そこの男にわらわの
令子は唐巣の後ろに立っていた横島を指差した。しかし……
「えっ、わ、私ですか!」
反応したのは唐巣であった。
横島がちょうど唐巣の真後ろに立っていたため、令子の指先が唐巣をも指していたからである。
「えっ、やだ、ちょっと違うわ」
「やむをえん、人命優先だ。唐巣和宏、いきま〜〜す!」
ガバーッと、唐巣が令子に飛びかかった。
「オジサンは、イヤーーー!」
しかし令子は飛びかかる唐巣の腕を
受身を取り損ねた唐巣は床に叩き付けられてしまい、キュゥと息を漏らすと意識を失ってしまった。
「あっちゃー、気を失っちゃったよ。先生は本当に人を疑うことを知らないんだから……」
横島が白目をむいて倒れている唐巣の様子を確認した。
「で、キミどうするの? まだ芝居を続ける?」
「あ、あのですねー。これには海より深いワケが……」
しどろもどろしながら令子が言いわけをしようとした時、再び教会の入り口の
「せ、先輩……たすけて……」
「お、おい。高千穂、どうした?」
先ほど別れた横島の後輩である高千穂が、よろよろとしながら教会の中に入ってきた。
だが横島が近寄ったとき、高千穂の目が白く光ると、
「グヘヘヘ! とうとう見つけたぞ、唐巣!」
「くっ、高千穂に取り
「俺は以前、そこの唐巣の野郎に祓われたことがあってな、地獄の底から復讐しに来たのさ!」
「まずい。すごくまずいぞ」
横島は倒れている唐巣をチラリと見た。もちろん、まだ意識は回復していない。
「なんでです? いつもみたいに、パッパッパーと
「俺、まだ一人で除霊したことないの!」
「えっ!?」
令子は非常にヤバイ事態となっていることを理解した。
「グハハハ! この場にいるヤツは、唐巣も含めてみな殺しだ!」
「えーっ! 除霊するのはじめてなんですか!」
令子が驚きの声をあげた。
「唐巣先生の除霊を手伝ったことはあるんだけど、自分一人ではまだないんだ!」
それでも横島は、令子をかばって一歩前に出る。
「ど、どうしよう!?」
だが今の横島には、それ以上の余裕はなかった。
「殺す! 唐巣の仲間はみな殺してやる!」
悪霊にのっとられた高千穂が叫んだ。
「と、とりあえず逃げませんか?」
「しかし先生が──」
その時、横島たちの背後の扉がバタンと閉まった。
「逃がさん!」
「しまった! 退路を断たれたか。こうなったら、ヤルっきゃねーな!」
横島は唐巣のバイブルを手に取り、大きな声で退魔の文句を述べた。
「主の御名において命ずる! 悪霊よ、退け!」
横島の手から霊波が放出され、高千穂の体を包み込む。
「ガーッハッハッハ! 効かんぞ! 修行が足りんな、小僧!」
「だーっ! やっぱり仏教徒が聖書を使ってもダメか!」
横島は内心、
「今度はこちらの番だな。死ねっ!」
高千穂の目が妖しい光を放つと、霊波が飛び出し横島たちの脇にあった机に命中した。
「どわーーっ!」
「キャー!」
机が爆発し、横島と令子はその爆風で吹き飛ばされてしまう。
「イタタタタ……」
「お兄様! 霊波刀とかサイキックソーサーで、何とかならないんですか!」
「霊波刀なんて高等技術、俺には使えないよ。それからサイキックソーサーって何?」
「いつもやり方を教えてくれてたじゃないですか。そうだ! 今やってみてください!」
「やってみてくれって、そんな急に言われても……」
「大丈夫! きっとできます!」
令子は横島の右手首を
「霊気を、手のひらに集中してください」
「こ、こうか?」
手のひらに霊気が集中し、白く光り輝いた。
「次に霊気が小さな盾になるよう、イメージしてください」
横島が強く念ずると霊気が凝縮し、ひし形の小さな盾へと変化した。
「できましたー! これでいつものように、サクサクッとやっつけちゃってください!」
「でもこれって、どうやって使うの?」
「これで敵の攻撃を防げます。それから投げるとダメージを与えられます!」
その時、高千穂の目が再び光った。
カッ!
霊波が横島めがけて襲いかかってくる。
「こなくそっ!」
横島はサイキックソーサーで、その攻撃を防いだ。
「バ、バカな! この小僧にこんな力があるとは!」
「いける! いけるぞ!」
横島は右手を大きく振り上げた。
「悪霊退散!」
横島はサイキックソーサーを投げた。
サイキックソーサーは、見事に高千穂に命中する。
「グワッ! ガハアアァァ……」
高千穂にとり
横島と令子は、気を失って倒れている唐巣神父を寝室へと運んだ。
同じく悪霊を祓った時に気を失った高千穂を、別室のソファーに横たわらせる。
「ふーっ。あとは二人が目を覚ますのを待つだけだな」
横島は、令子に向かって振り向いた。
「君のお陰で、何とかなったよ。ありがとう」
「そんなお礼なんて……。ただ一つだけお願いがあるんですが」
「何だい?」
「キスしてください!
横島は、その場で固まってしまう。
「そ、そんなこと急に言われても、俺はじめてだし……」
「私、気にしません! さぁ、早く!」
令子が横島に、じりじりとにじり寄っていく。
横島は後ずさるが、やがて壁際にまで追い詰められてしまった。
「私じゃ、ダメですか?」
令子は目じりに涙を溜めて、横島を見つめた。
横島もとうとう観念して、令子の肩に手をかけたその時……
「せんぱ〜〜い!」
バタン
音をたててドアが開くと、高千穂が部屋の中に飛び込んできた。
高千穂は
「助けてくれてありがとうございます!!」
「ちょっ、ちょっと何よ! 後から割り込んできて、それはないんじゃない! おまけに手まで握って、少しアブないわよ!」
突き飛ばされて尻もちをついた令子が、高千穂に抗議した。
「これは、俺とセンパイとの熱い友情の証なのだ!」
「もうそんな熱血ゴッコはよそでやってよ! こっちは命がかかっているんだから!」
「た、高千穂。いいんだけど、その手はちょっと……。言っとくけど、俺にその手の趣味はないからな」
横島の
「さあ、続きをお願いします!」
令子が横島と高千穂の間に割り込んだ時、令子の胸がドクンと波打った。
「あともうちょっとだったのに──」
令子の姿が透き通りはじめ、またしても過去への逆行が始まってしまった。
次に令子が気がついたとき、令子は誰かに手を引かれて歩いていた。
「あらあら。令子、どうしたの?」
(えっ! この声はひょっとして……)
令子が引かれていた手の先を見た。
(やっぱり!)
令子の手を引いていたのは、今は亡き母親である美神美智恵であった。
「ママの顔に何かついてる?」
美智恵は、優しい母親の顔でにっこりと微笑んだ。
(えーっと、ママに手を引かれて歩いているということは……)
令子は、自分の服装を確認した。
着ている幼児服から推測すると、たぶん4〜5歳の頃のようである。
(またずいぶん前に戻ったわね。お兄様に出会えるかしら……)
こうなったら信じられるのは、自分の強運のみである。
そう思って周囲をきょろきょろと見渡すと、車道をはさんで反対側の歩道に阪神タイガースの野球帽をかぶり、半そで半ズボン姿の少年が歩いているのが目に入った。
(ヤッター!)
令子は心の中で喜びの声を上げた。令子が見つけたのは、言わずとしれた横島忠夫である。
令子は美智恵から手を放すと、道路の反対側に向かって走り出した。
「令子。どこ行くの!」
令子は美智恵が呼びとめる声を無視して、
しかしまだ幼いためか、トテトテと走るその様子は見るからに危なっかしい。
案の定、車道を半分ほど渡ったところで、つまづいて転んでしまった。
さらにつまづいた令子に向かって、一台の乗用車が近づいてくる。
「危ない!」
美智恵が声を上げかけた時、道路の反対側の歩道から一人の少年が飛び出した。
転んで起き上がろうとする令子を抱きかかえると、そのままゴロゴロと道路の上を二転三転する。
少年と一緒に転がっている時に、令子の頬っぺたに何か柔らかい感触が伝わってきた。
(えっ!)
驚きの声をあげる間もなく、令子の意識は時空を超えて移動を開始した。
「……の世界でそれをもう一度再現すれば、元に戻れる!」
令子が再び意識を取り戻した時、そこは元の事務所であった。
目の前で、横島が懸命に説明をしている。
「あ、あれ!? 元の事務所だわ!」
「……えーっと、過去に行って無事に戻ってきたのかな?」
「お兄様! 会いたかったですーー!」
令子は横島に向かって飛びかかると、横島の腰をギュッと抱きかかえた。
「そうだわ! あの時の
「ほ、
「もう、ひどいじゃないですか。令子の
「し、知らん! 断じて俺は知らないぞ!」
いつのまにか
「しかたないですわねー。今回の分はツケにしておきますから」
「知らんちゅーのに!」
横島は抗議したが、無駄なあがきであった。
令子のツケが取りたてられるのは、はたしていつの日か?
いつかはわからないが、その日はそう遠くないかもしれない。
(レポート5.愛に時間を! 完)