「輿入れですか。私が?」

「そうだ、カプリ。そなたが後宮入りするのだよ」

 魔王アスモデウスの呼び出しを受け彼の執務室に入ったカプリは、他の魔王の後宮に入れという意外な命令を受けた。

「しかし、私のような女でよろしいのでしょうか。私の過去は、アスモデウス様もご存知のはずですが」

「だから、そなたを選んだのだ。まだ機密事項ゆえ、公式の発表があるまで口外を固く禁ずるが、
 アシュタロスの後継となる新しい魔王が決まった」

「まあ、アシュタロス様の……」

「そうだ。アシュタロスを倒した者を彼の後釜にすえることで、諸王たちの意見が一致した」

 カプリは、アスモデウスの宮廷で侍女たちをまとめる役を務めていたため、多くの噂話を耳にしていた。
 たしか、彼の出自は……

(うけたまわ)りました。つつしんでこのお役目を果たします」

「うむ、頼んだぞ」

「他に任務はないのですか?」

 婚姻政策には、しばしば外交官的な仕事が伴うことがある。
 念のためカプリは、情報収集や諜報の任務があるかどうかを確認をした。

「その件については、別のものに任せる。そなたは新しい魔王と(むつ)まじくすることにだけ、専念すればよい」

「かしこまりました」

 アスモデウスは賢い男である。
 カプリの性格がスパイのような仕事をさせるには向いていないことを、彼女の遠縁でもある男はよく知っていた。





 縁(えにし)

作:男闘虎之浪漫

[上]






 ほどなくして、横島の魔王就任が公式に発表された。
 新しい魔王の後宮に他の魔王たちが女を贈ることは魔界の慣例となっており、魔王の宮殿に仕える女たちの間では、誰が後宮入りとなるかについて、噂話が盛大に飛び交っていた。
 そしてアスモデウスの宮殿では、女たちの噂話が最高潮に達するころ、カプリが新しい魔王の(きさき)となることが発表された。
 女たちの嫉妬(しっと)羨望(せんぼう)が渦巻く中、カプリと、彼女の侍女として選ばれ、(ひん)として共に後宮に入る二人の女が、アスモデウスの宮殿を出立した。

「カプリ様。私たちはどのようにして、新しい魔王様にお仕えしたらよろしいのでしょうか?」

 新しい魔王が人間の生まれであることは、既に二人の嬪の耳にも入っていた。
 人間のことを何も知らない彼女たちは、栄光ある地位に選ばれたことを喜びつつも、自分たちの将来に不安を覚えていた。

「心配ありません。後宮については、正夫人様が直接管理されているとのことです。
 各宮廷のしきたりや慣例を学んで、よい点については積極的に取りいれていると聞いています。
 正夫人様から指示があるまでは、今までどおりのやり方でいきましょう」

 妃として後宮に迎えられるカプリの下には、新しい魔王に関する情報が、さまざまなルートから届いていた。
 後宮の責任者である正夫人のルシオラは、たとえ知力・魔力に優れていたとしても、年齢的には赤子に等しい若さである。
 経験不足という致命的なハンデを補うために、積極的に他の宮廷の慣習についての情報を集め、昼夜を問わずに学んでいるらしい。
 カプリは、自分たちがもっている宮廷生活のノウハウをルシオラに提供することで、有利な地位を確保できるかもしれないと密かに計算を働かせていた。




 横島の宮殿についたカプリたち三人は、まずその宮殿の形に驚いた。
 白壁と瓦葺(かわらぶ)きの屋根をもつその建物は、魔界のどこにも見られないものであった。
 人界で暮らした経験をもつカプリにも、このような建物を見た記憶はまったくない。

「ああ、この城ですか。この城は、魔王様の生まれ故郷にある城を真似て造ったんですよ」

 迎えにきた魔族の一人に建物のことを(たず)ねると、そういう答えが返ってきた。
 カプリは新しい魔王が、自分がかつて知っていた男とは、生まれた国も時代も異なる人間であることに気づかされた。

(うまくやってけるかしら……)

 自分は他の魔族よりも人間のことをよく知っているという自信に、小さなひびが入った。




 カプリと侍女二人は割り当てられた部屋に案内されると、衣服を整えて正夫人のルシオラの部屋を訪ねた。
 後宮入りの挨拶(あいさつ)のためである。
 魔王アスモデウスという後ろ盾があるとはいえ、正夫人をはじめ他の夫人たちとの間に余計ないさかいを持つことは避けたかった。

「はじめまして、ルシオラです」

 簡素であるが優雅さを兼ね備えた白のドレスを着て、正夫人の身分を示す銀の(かんむり)をかぶったルシオラが、三人の侍女を従えて来訪したカプリを迎えた。

「カプリと申します。このたび魔王様のお世話をお手伝いすることとなりました。よろしくお願いします」

 緑色のドレスを着たカプリが先にお辞儀(じぎ)をして、正夫人であるルシオラに敬意を示した。
 ルシオラは、軽く会釈をしてそれに答える。

「そちらに、お掛けください」

 ルシオラとカプリは、応接間の一角にある椅子に座った。
 二人の間には小さな丸いテーブルが置かれている。  二人が着座すると、ルシオラの侍女がティーカップを並べ、淹れたての紅茶を(そそ)いだ。




 カプリは紅茶のカップに口をつけながら、注意深くルシオラを観察する。

(顔立ちは整っているけど、プロポーションは今一つね。魔王様はこういう女性が好みなのかしら?)

 正直なところ、カプリはルシオラの容姿について、意外な思いを感じていた。
 魔族にもいろいろな女性がいるが、魔王の寵愛を受けるほどの女となると、華麗(かれい)美貌(びぼう)や豊満な肉体を(ほこ)るものが多い。
 だがルシオラは、どちらのタイプにも属さなかった。

「びっくりしているでしょう。私のような女が、どうして魔王の正夫人となっているのかって」

 ティーカップを置くため、視線をテーブルの上に戻したカプリに、ルシオラが言葉をかけてきた。

「いえ、正夫人様にそんな失礼なことを……」

「隠さなくてもいいんですよ」

 視線を上げたカプリに、ルシオラがにっこりと微笑んだ。
 下級魔族の生まれと聞いているが、このあたりの駆け引きはなかなかのものである。
 (あなど)れない相手かもしれないと、カプリは思った。

「正夫人様。初対面でこのようなことを聞くのは失礼かもしれませんが、
 魔王様はどのような女性が好みなのでしょうか?」

「そうね……スタイルについては、私は好みのタイプでないことは確かね」

 カプリは驚いた。彼女の常識からすると、政略結婚以外の理由で好みでない女を正夫人の座に据えることは、極めて異例だったからである。

「あの人……いえ、魔王様はね、どっちかというとグラマーな女性が好みなのよ。
 その点、あなたはスタイルがいいから、きっと気に入られると思うわ」

 だが、そのようなことを話すルシオラの目には、確かな自信が宿っていた。
 どんなにスタイルが良くても、それだけでは自分の位置は()るがない──彼女の目はそう語っていた。

「魔王様と正夫人様とは、心でつながっているのですね」

 血筋でもなく、有力な後ろ盾もない。さらには容姿も必ずしも好みと一致していない。
 それなのに、彼の寵愛と最高の地位を獲得している理由は、いったい何であろうか?
 カプリは、探りの言葉を入れてみた。

「そうね。魔王様とはいろいろあったから……。あなたは先の大戦について、どこまで知っているの?」

 先の大戦とは、アシュタロスが神・魔・人の三界を相手にして、大反乱を起こしたあの時の戦いのことを指している。

「いえ。公式発表以上のことは何も」

 ルシオラは、カップを手にすると紅茶を一口すすった。

「そのことについては、またの機会にお話ししましょう。
 次の予定もあるし、とても短い時間では語りきれないわ」

「ええ。お時間がありましたら、お聞かせください」

 社交辞令の言葉であることはわかっていたが、自分と横島の大ロマンスを誰かに聞かせたくてうずうずしていたルシオラは、悪い気分はしなかった。

「ありがとう。それから私のことは、ルシオラと呼んでかまわないわ。同じ妃なんですから。
 私もあなたのことを、カプリと呼んでいいかしら?」

「はい。それでお願いします、ルシオラ様」

 ここで相手の言葉どおりに呼び捨てにするのは、礼儀を知らない者と思われてしまう。
 自分が新参者であることを自覚していたカプリは、一歩引いて相手を立てることを忘れなかった。




【あとがき】
 企画『カプリさん祭り』の第一作です!
 最近「交差する〜」ばかり書いていて、純粋なGSのSSの執筆から遠ざかっていたことに気づきました。(;^^)

 ネタは前から練っていたのですが、形にするのにけっこう時間がかかりました。
 そのためHPの更新が遅くなりました。お待たせしてしまって、たいへん申し訳ないです。(m○m)

 最初は、カプリさんが後宮入りする場面を書いてみました。
 半分以上ルシオラとのつばぜり合いで終わってしまいましたが(苦笑)、ラブラブなシーンを
 少しずつ増やしていきたいと思います。

 最後になりましたが、企画『カプリさん祭り』の投稿作品を募集しています。
 投稿規定は本HPの規定に準じますが(“えっち”なのはNG)、カプリさんが登場する作品であれば、
 小説・CGなんでもOKです。
 “カプリさん命”な方々の、投稿をお待ちしております。(^^)


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