縁(えにし)

作:男闘虎之浪漫

[中]




 カプリが横島の後宮に入った日の夜、カプリを歓迎する(うたげ)が開かれた。
 (うたげ)の冒頭でカプリは、正面の席に座っている横島に挨拶(あいさつ)をする。

「アスモデウス様の城から来ましたカプリと申します。
 ふつつか者ではありますが、真心をもってお仕えしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 カプリが横島を初めて見た時の感想は、『可愛らしいひと』であった。
 横島の顔には、少年の頃の面影が幾分残っており、魔王らしい威厳さなどは片端も感じられなかった。

(優しそうな、魔王様ね)

 カプリは無意識のうちに、前の夫や魔界に戻る時に別れた息子のことを思い出した。
 彼女の記憶に残る前の夫や息子の表情は、常に優しい笑顔が浮かんでいた。

「こ、こちらこそよろしく。カプリ」

 たどたどしいセリフではあったが、カプリには愛嬌(あいきょう)さがあるように感じられた。

(どうにか、うまくやっていけそうね)

 カプリは横島に会うまで、胸に一抹の不安を抱いていた。
 横島が生まれた時代と場所は、カプリが知っているそれとは全く異なっている。
 彼女は、新しく仕える魔王の性格を理解できるかどうか不安に思っていたが、実際に会って言葉を少し交わしただけで、その不安な思いはかなり解消されていた。

「カプリは、魔王様の第13夫人となります。よろしいですか?」

「はい、依存ございません」

 横島の隣に座っていたルシオラが、カプリに妃としての席次を伝える。
 新参者であることを考えると、そう悪い位置ではないようにカプリは感じた。




 カプリは新しい主人への挨拶(あいさつ)を済ませると、自分の席に戻った。
 横島とルシオラが正面の席に座り、そこから斜めに羽を延ばすように他の夫人たちの席が並べられている。
 席次の若い夫人が横島に近くになるような順番となっていたが、今日はカプリの歓迎の(うたげ)ということもあり、カプリの席は横島のすぐ右斜めの場所に席が設けられていた。

 (うたげ)の内容は、アスモデウスの宮殿に長く仕えていたカプリの目からすると、ごくごく平凡なものであった。
 広間の中央を舞台として、歌や踊りの催しが続く。
 横島の宮廷にはまだ専属の歌劇団がないため、プログラムのほとんどが、民間のプロダクションを通して選ばれたメンバーによって行われていた。

 また(ひん)の身分の夫人が、歌や踊りなど自らが得意とする芸を披露(ひろう)することもあった。
 (ひん)の身分では公式の(うたげ)には招待されないため、特技を通して自分の存在をアピールしようとするのが、彼女たちの狙いであった。

 どちらにしても、できてまもないこの宮廷では、高いレベルのエンターテイメントは期待できないのが現状であった。
 もっとも、この宮廷の主人である横島が、(うたげ)で催される歌や踊りに熱心に見入っているので(特に半裸に近い格好の女の歌や踊りでは)、今のレベルで十分間に合っていると言えなくもなかった。




 やがてカプリの興味は、(うたげ)の演目から周囲の観察へと移っていった。

 横島の両脇に並んでいる夫人たちは、みな美しく着飾っているが、第4夫人のリリスの服装は特に華麗であった。
 白地に金の糸で刺繍をしたそのドレスは、胸元が大きく開いており、男性の目を引きつけるには抜群の効果があった。

 だが彼女は、左隣に座っている第6夫人と熱心に話し込んでいた。
 会話の内容は聞き取れなかったものの、雰囲気からするとただの雑談のようである。
 ときおり横島に向かって(つや)やかな視線を向けるものの、彼女の興味は主人の横島よりも、周囲の夫人たちの注目を引きつけることにあるように感じられた。

 リリスは自分の地位に不満をもっているかもしれない、カプリはふと思った。
 彼女の血統は並み居る夫人の中で一番であり、容姿や魔力の面でも群を抜いていた。
 客観的な目で見れば、彼女こそ正夫人の地位にふさわしい女性かもしれない。

 だが現実の彼女の位置は、正夫人どころか第2・第3夫人でもなく、第4夫人であった。
 彼女が自分の地位に不満をもっているのであれば、後宮の内に自分を中心とする派閥を作ろうとする可能性がある。
 つまらぬ争いに巻き込まれないよう、注意を払う必要があるとカプリは思った。


 カプリは、他の夫人たちにも目を向けた。
 彼女たちは思い思いの態度で、この(うたげ)に望んでいた。
 リリスのように隣人とのお(しゃべ)りに興じているものもいれば、歌や踊りを熱心に見ているものもいた。
 また演目の合間のわずかな時間を見計らって、横島に(しゃく)をする夫人も数名いた。

 公式な宴席ではあるが、もはや無礼講に近い雰囲気になっていたことは(いな)めない。
 魔王である横島がそういう雰囲気を好んでいるのか、それとも夫人たちの統率がとれていないのかについては、カプリは判断できなかった。

(魔王様と少しお話ししてみよう)

 カプリは近くに置いてある酒瓶を手に取ると、(しゃく)をつぎにくる夫人たちがいなくなった隙を見計らい、横島の席へと近づいた。




 横島の席に近づくカプリに、第2夫人のワルキューレが一瞥した。
 第2夫人のワルキューレと第3夫人のベスパは横島の警護役も兼ねており、公式の場に横島が出るときはこの二人のうちのどちらかが必ず付き添っていた。
 腕を組んではいるものの、横島の右斜め後ろに立っているワルキューレには一分の隙も見られない。
 カプリはワルキューレに軽く会釈をすると、横島の右隣に立って彼に話しかけた。

「魔王様、お(しゃく)をしてもよろしいでしょうか」

「ああ、いいよ」

 カプリの声に横島は二つ返事で答えると、空になったグラスをカプリの前に差し出した。
 カプリは酒瓶をそのグラスの口にあて、こぼれないように気をつけながら透明な液体をグラスがいっぱいになるまで注ぎこむ。
 横島はグラスに口をつけると、中身が半分になるまで一気に飲み干した。

「魔王様は、お酒がお好きなのですか?」

「うーん。嫌いじゃないけど、特に好きでもないな。まあ、酒を飲むのも、仕事の一つだと思ってるよ」

 ざっくばらんに話す横島に対して、カプリは好ましさを感じた。

「一つお聞きしてよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「魔王様が催される(うたげ)は、いつもこんな感じなのでしょうか?」

 カプリは、ストレートに疑問をぶつけてみた。
 素直な受け答えをする横島に対しては、技巧を凝らした会話をすると、かえって機嫌を損ねるかもしれないとカプリは考えていた。

「ああ、この雰囲気ね。俺もまだ魔王になりたてだし、みんな好き勝手にやってるよ。
 まあ俺はこういう方が好きだし、みんなも楽しんでるからこれでいいんじゃないのかな」

 ハッハッハと横島は笑い声をあげた。

「魔王様、少しは厳しくしないと、皆に示しがつきませんよ」

 横島の左隣に座っていたルシオラが、会話に口をはさんできた。

「ルシオラはこういうけどね、俺はこれでもいいと思うんだ。
 俺もそうだけど、固くなってるばかりの生活じゃあ、疲れが取れないからね。
 それともカプリは、こういう雰囲気だとかえって落ち着かないのかな?」

「いえ、そんなことはないです」

 カプリは微笑を浮かべながら、横島の問いに答えた。

「時間がだいぶ少なくなったけど、カプリも楽しんでね」
「はい」

 カプリは一礼すると、自分の席へと戻っていった。




 やがて(えん)もたけなわとなり、無礼講の雰囲気もますます高まってきた時、自分の席で料理を楽しんでいたカプリの衣服を、後ろから引っ張る者がいた。
 カプリが背後を振り返ると、そこには彼女がこの城にともに連れてきた侍女の姿があった。

「時間です」

 カプリはその場でうなずくと、席を立って横島のもとへ向かった。

「魔王様。準備がありますので、退出してよろしいでしょうか」

「うん」

 横島から退席の許可を得たカプリは、他の夫人たちに向かって一礼すると、宴会の部屋をあとにした。
 (うたげ)がお開きになると、彼女の部屋に彼女の主人がやってくる。
 その準備のために一足早く退席するのは、この宮殿でも慣例となっていた。


 退席したカプリは、廊下を小走りしながら自分の部屋に戻った。

「料理と飲み物の準備を急いで。料理は軽くてあっさりしたものを。お酒は少しでかまわないわ」

「はいっ!」

「お風呂の準備はできてるわね」

「大丈夫です!」

 一人の侍女を調理室に走らせると、自分はもう一人の侍女とに風呂場に入った。
 そして体を軽く洗って汗を流すと、そのまま風呂から上がって化粧をはじめる。
 横島の来訪が予想される時間まで、もうそれほど余裕はない。
 カプリは、時間との戦いに突入していた。




【あとがき】
 武者丸さん、かみやんさん、海鼠醤油さん、感想ありがとうございます。
 お返事が遅くなってすみません。
 しかし他作品と比べ、こんなに早く感想が付くとは、こちらも予想していませんでした。
 ありがとうございます。

 けっこう手間がかかりましたが、次でようやくベッドシーン(でも18禁には突入しません)です。
 まあ最初ですし、そんなにねちっこい描写にはならないと思います。
 むしろ、カプリの心理描写を少し頑張ってみたいですね。
 (この分野では、トレヴァーさんのようにはうまく書く自信はないのですが、頑張ってみます)

 できれば、来週も更新できるよう、続けて努力いたします。


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