彼女が心を開いたら

作:男闘虎之浪漫

【公彦編】 (01)




「えーっ! どうしたんスか美神さん、その格好は」

 横島が驚くのも無理はなかった。美神の服装はいつもの露出度の高い服でもなく、かといって普段着でもない。
 なんとスーツ姿で決めていたのである。

「なによ。文句あって!!」
「いえ、別に文句はないんスけど……ただ、ちょっと珍しいかなと思って」
「いいでしょう、別に。私だってスーツくらいもっているわよ」

 そこに学校から帰ってきて、普段着に着がえたばかりのおキヌが、お茶を運んできた。

「横島さん、今日美神さんは家族でお食事なんですって。
 なんでもお父様が、海外から日本に帰ってきたとかで」

「へぇー、美神さんのお父さんが。以前は逃げ回ってばかりいたじゃないですか」

「わ、私だって、たまには家族との食事ぐらい付き合うわよ」

「本当は、隊長さんから逃げないように、釘をさされているんですよ♪」

「べ、別に、ママから言われなくたって、逃げやしないわよ」

 1年と少し前に、唐巣神父から父親と母親の出会いを聞いた美神は、以前と比べると父親に対して心を開くようになっていた。
 しかしその接し方には、かなりのぎこちなさが残っている。

「そういうわけだから横島君、今晩の仕事はよろしくね。シロとタマモを連れていっていいから。
 あとおキヌちゃんは、電話番をお願いね」

「了解っス」

「わかりました」

「じゃ出かけるからね」

 美神はスタスタと歩いて、部屋を出ていった。

「でも娘が親に会うのに、スーツ着ていくかな?」

「まだお父さんへの接し方が、よくわからないんですよ」

 おキヌは、空になった湯飲みを片付けはじめた。

「さてと、でかける準備するか。おーいシロタマ。準備はいいかー」

「狐と一緒くたに呼んで欲しくはないでゴザル」

「バカ犬と一緒にしないでよ!」

 二人の間で、いつもの口喧嘩(くちげんか)がはじまっていた。







 事務所を出てから約一時間後、都内の一流ホテルのレストランに美神親子の姿があった。
 父親の公彦の特殊なマスクが他の客を驚かさないように、VIPルームを予約している。
 そこには、幼児食を食べているひのめと、そのひのめをあやしながら笑顔でいる美智恵、そして無表情な公彦と、固い表情の令子の姿があった。

「もおー、本当にひのめったら可愛いのよ♪」

「ママったら、そればっかりなんだから」

「二十歳を過ぎた娘に『可愛い』なんて言っても、しょうがないじゃない」

「別にママから『可愛い』って言われたくはないわよ」

「あらそう。パパから呼ばれたいの? それとも横島君?」

 令子は、口に含んだスープを吹き出しそうになった。

「な、何でそこで横島君の名前が出てくるのよ!」

「最近、仲よさそうじゃない?」

「別に、よくはないわよ」

「そう? でも最近、彼がんばっているじゃないの。一人で除霊することも多いんでしょ?
 横島君がいなくなったら、あなた事務所やっていけるの?」

「私一人でもやっていけるわよ」

「でも最近は景気悪いしね〜。以前みたいにボロ(もう)けの仕事ばかりじゃないでしょ。
 お札も精霊石もお金がかかるじゃない。横島君の文珠だったらタダなのよ♪」

「ママ。どうしても、私とあの丁稚(でっち)をくっつけたいのね!」

「もー、本当に素直じゃないんだから」

 美智恵と令子が言い合いをしている途中に、公彦が口をはさんできた。

「横島君は、今どうしているのかね?」

「もうすぐ高校を卒業するわ。今のところ令子のところを()める気はないみたい。
 Gメンに来ないかって声をかけたけれど、西条君の顔を毎日見るのはイヤだといって断られたわ」

 美智恵は令子の方に顔を向ける。

「令子、横島君の給料をきちんと出すのよ!
 今までみたいに時給200円だの500円だの言ってると、他の事務所に横島君を取られちゃうわよ!」

「わかってるわよ。今だって、時給で千円出しているんだから」

 あれから横島の給料も上がったのである。  もちろんGSという仕事のリスク、および彼の今の実力を考慮すれば、安すぎる金額ではあるが。

「彼の価値、本当にわかっているの? GS協会の上層部は横島君のことを注目しているのよ。
 それに人間だけじゃなく神族と魔族もね。うかうかしてはいられないのよ」

「横島君はまだ高校生じゃない!
 それに、少しくらい強くなってもまだまだ経験不足だし、本当に危なっかしいんだから。
 今だって一人の時は、簡単な仕事しか任せていないの!」

 令子はフォークとナイフを皿に叩きつけた。

「ごちそうさま!」

 令子は席を立つと、そのまま出ていっていまった。

「もう……しょうがない娘ね。パパともロクに話しもしないで」

 美智恵が少々うんざりした顔をする。

「美智恵。横島君と会う機会を作れないかな? 令子には内緒にしといてくれ」

「それは大丈夫だと思うけど……」

「横島君とは一度きちんと話しておきたいことがあるんだ。以前のことも含めてね」

「そうね。それなら私が彼に聞いてみるわ」

 以前という言葉を聞くと美智恵が表情を少し険しくなった。
 それは美智恵にとっても、あまりにも重たい記憶であったからである。
 だが美智恵は、そこで話題を切り替えた。

「ねぇパパ、少しマスクをはずしてみない? 今はこの部屋には私たちしかいないんだし……」

「ひのめは大丈夫か?」

「大丈夫よ。子供の心は純粋なんだから」

 公彦は慎重にマスクをはずした。部屋の外から雑音が飛び込んでくるが、少しくらいならば自分でコントロールできる。
 美智恵はひのめを抱きかかえ、公彦の膝の上に置いた。

「ひのめ、パパよ♪」

「パパ?」

 公彦はひのめを持ち上げ、ぎゅっと抱きしめた。
 ひのめの(ほほ)と公彦の(ほほ)が、軽く接触する。
 ひのめの父親を(した)う純粋な感情が、公彦の心に流れ込んだ。

「美智恵……。ひのめは可愛いな」

「公彦さん、お父さんらしい顔をしているわ」

 普段の生活では怜悧な表情をほどんど崩すことはなかったが、ひのめを抱いている今の公彦の顔には、わずかな微笑が浮かんでいた。




(あとがき)

 たぶん一年半くらい前に夜華に投稿した作品なのですが、投稿先が閉鎖したため、こちらで公開することにしました。

 あれからずいぶん時間が経ちましたが、前と心境は少しだけ変わっており、以前ほど美神は嫌いじゃなくなってます。
 (以前のあとがきには別のことを書いてました)

 自分のHPに再掲載するにあたり話を読み直したのですが、細かい修正は別にして、大筋で直すところがほとんどなかったのは、自分でも驚いています。
 今思い出すと、この話を書くときは何度も思考錯誤しながら書いていたため、初期の作品にも関わらずそれなりの質を確保できていたようです。

 投稿済みの話を再掲載するだけでなく、続きも執筆する予定です。
 例によって書きかけの作品が多数ありますが(汗)、よろしくお願いします。



(参考:以前のあとがき)

 久しぶりに投稿します。新小ネタ掲示板に掲載していた作品をまとめました。
 私は本当は美神は好きじゃなく(というよりどちらかと言えば嫌いな方)、最初のSSである『竜の騎士』にはまだ出演すらさせていないのですが、ふと「なぜ美神はあんな性格になったのか」ということをマジメに考えました。

 もちろん原作者の意向といえばそれまでなのですが、キツクて素直でない性格に加えて家庭環境に問題があるのではないかという結論に達しました。
 美神の家庭環境については原作でも所々で触れていますので、考察のネタには困らなかったです。

 ポイントは父親である公彦と令子の複雑な関係にあると絞り込まれた段階で、このSSの構想がほぼまとまりました。

 ネタバレになりますが、前半の公彦編と後半の令子編で完結する予定です。

 なおこのSSを書くにあたり、下記の書籍を参考にしています。女性心理に疑問をお持ちの方、一読されることをお奨めます。
  『女性の「オトコ運」は父親で決まる』 岩月謙司/二見書房


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