彼女が心を開いたら
作:男闘虎之浪漫
【公彦編】 (03)
公彦は冷え切ったお茶を一口飲んだ。
「美智恵と激論したあの晩のことは、よく覚えているよ」
「あなたよく聞いて。もうこの方法しかないと思うの」
真剣な表情で、美智恵は公彦に話をしている。
一方、その話を聞いている公彦も、マスクの間から険しい目つきをのぞかせていた。
「だが……令子はどうする?」
公彦の懸念は、もっともだった。
美智恵はただ一人未来に飛んで、アシュタロスと対決しようと言うのである。
成否は全くわからない。
もし失敗して戻れなかった時には、まだ中学生の令子に深い心の傷と、計り知れない悲しみを与えてしまうことになるであろう。
「今無理をしなくても、別の地に移れば魔族の目を誤魔化せるんじゃないだろうか?」
美智恵と令子が以前のように世界を飛び回っていれば、敵に捕捉される可能性はかなり低くなる。
その場合、霊能力の無い公彦は、足手まといになるから日本に一人で残らざるを得ない。
だが愛する妻と娘の安全のことを考えれば、自分自身の不自由さなど何とも思わなかった。
「実はあなたには内緒で、数年後の私たちを調べたことがあるの」
その一言は、公彦を驚かせた。
「ごめんなさい。どうしても知りたかったから……」
「それで、どうだったんだ?」
「あなたと令子は元気だったわ。でも……私はいなかった。どうやら魔族と闘って、死んだみたい」
美智恵が死ぬ、それも遠くない将来に。公彦の受けた衝撃は、少なくなかった。
「……そうか」
「たぶんこのまま逃げても、どこかで魔族に追いつかれてしまうわ。もしそうなるのだったら、
こちらから戦いを挑むべきよ」
「しかし、勝てる見込みはあるのか!?」
「わからない……。ひょっとしたら私は、未来の戦いで死んでしまうかもしれない。
けれども私が死んで、令子まで魔族の手に落ちてしまったら、あなたにはもう、
何の希望も残らなくなってしまうわ……」
「私のことはかまわない。だが、本当にそれしかないのか?」
「可能性が高くないことはわかっているわ。けれども5年後ならば、令子もGSとして
成長しているはず。親子で力を合わせれば、勝機を見出すことができると思うの」
「……私も一緒に行った方が、いいんじゃないだろうか?」
「ごめんなさい、あなたは残って。もし私が帰って来なかったら、令子のことをお願いします。
修行については、唐巣神父を頼れば大丈夫よ」
「美智恵……」
「美智恵の決心は固かったからね。結局、押し切られたよ。
今思えば、美智恵が死んでいたというのも偽装(だったんだが、その時はまったく気づかなかった」
「あの時は、本当に覚悟を決めていたわ。
パパも気づいていたみたいだけど、勝算の見込みなんてほとんど立っていなかったのよ」
「私も最悪の事態を想定していた。いかなる結果になろうとも、それを受け止めようと決心していた。
けれども、しばらくして美智恵は無事に戻ってきた。
それは私にとって望外の喜びだったが、そこから新たな試練が始まるとは、その時はまったく予想していなかった」
美智恵が未来に旅立ってから、数日が過ぎた。
(令子も時空移動能力を持っているみたいだから、もし私の身に何かあった時には、未来の令子から連絡させるわ)
美智恵はそう言っていたが、もし二人とも亡くなってしまった場合、連絡の手段は何もなくなってしまう。
だが、悲観的に考えたところでどうにもならない。
公彦はひたすら研究に打ち込むことで、不安な感情を追い払っていた。
公彦がその日の仕事を終えた時、時刻は夜の十二時を回っていた。
公彦は教授室の鍵を閉めると、建物の外に出る。
駐車場に向かうため建物の角を一つ曲がったところで、不意に背後から声をかけられた。
「あなた……」
すかさず公彦が、背後を振りかえった。
「美智恵!」
「た・だ・い・ま」
美智恵の顔は、数日前と比べると幾分やせ細っていたが、晴れ晴れとした表情をしていた。
こんなに素敵な笑顔を見るのは、十数年ぶりかもしれない。
「やったわ……私たち倒したのよ、あのアシュタロスを……」
「あの時の美智恵の顔は、今でも忘れられな」
「私……あの時のことあまり覚えていないの。あなたの顔を見たら、とたんに涙が出てきて……」
「そうだったな。すぐ泣き顔になって……私もしばらく動けなかったな」
二人の雰囲気がぐっと高まる。こういう場になれていない横島は、すっかりどぎまぎしてしまった。
「えー、あのー、そのー、それでどうなったんスか」
「ゴホン。美智恵が神族のヒャクメが作成した詳細な報告資料を未来から持ってきていた。
細かい内容を美智恵から聞きつつ、数日かけて分析した。そして、そこから得た結論は……」
「アシュタロスを倒せたのは僥倖(以外の何ものでもなかったということよ。
宇宙意思の反作用が働いたにせよ、ギリギリの綱渡りの連続だったわ」
確かに、そのとおりだろう。横島や令子たちは精一杯頑張っていたとはいえ、アシュタロスとの力の差は歴然としていた。
数多くの偶然が積み重なり(それを宇宙意思の力と呼ぶこともできるが)、ようやく勝つことができた。
「私と美智恵は、大きな決断を迫られた。
ある程度は時間の復元力が働くにせよ、未来を知っている私たちは、歴史の修正が可能だった。
だが修正した結果が未来にどういう変化をもたらすかまでは、正確に見通すことはできない。
わずかな歴史の狂いによって、アシュタロスを倒せない未来に変化してしまう恐れが常にあった。
私たちは歴史の修正を断念せざるを得なかったが、それは君たちに重荷を負わせることでもあったんだ」
「俺と美神さんのことですか?」
「正確に言えば令子と横島君、そして君が愛した女性……ルシオラの三人のことだ」
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