彼女が心を開いたら

作:男闘虎之浪漫

【公彦編】 (04)




 今でもアシュタロス戦のことを思い出すと、横島の心は痛みを覚える。
 あの世界の運命を二分する戦いの中で横島は彼女と出会い、そして別離の悲しみを味わった。

「横島君には……横島君にだけはわかるはずだ。
 愛する者と世界の運命のどちらかを選ばなければならないことが、どれだけ辛いことか」

 横島はエネルギー結晶を手にした時のことを思い出した。
 彼はその瞬間、世界の運命を(にぎ)っていたのだ。そして愛する女性の生命も……。
 横島はどちらも救いたかったが、彼に与えられたのは、どちらかを選択することだけであった。

「ええ、わかります。自分の決断がルシオラの生命を取り戻す最後のチャンスを失う結果になると
 わかっていても……わかっていても、そうするしかなかった。……そうするしかなかったんです」

「横島君には本当にすまないと思っている。消極的ではあるが、そういう運命に向かうよう私たち
 が導いていたのだ。また私たちが介入すれば、横島君の最愛の女性の生命を救えただろう。
 だが不測な結果を恐れ、そうしなかったのだ……」

「いいんです……。俺とルシオラはわずかの間しか一緒にいることができませんでした。
 あまりにいろいろな出来事があって周囲の状況に翻弄(ほんろう)されていましたが、俺もルシオラのことを
 大事に思っていたし、ルシオラも俺のために……でも、それは誰かに強制されたわけではなくて、
 自分たちの意思でそうしたんです。それにまだ望みはあります。
 アイツは俺の中にいるし、いつかはアイツに会うことも夢ではないと思います」




 しばらくの間、その場は沈黙に包まれた。
 公彦も美智恵も次の言葉を語ることができなかった。しかし、しばらくして横島が口を開いた。

「俺のことは、そんなに心配してくれなくても大丈夫です。まだ思い出すと、少し(つら)いですけどね。
 それより……美神さんは、どうなったんですか」

「令子のことなんだが、横島君も知ってのとおり、令子が中学生の時、美智恵は死んだことに
 なっていた。歴史の流れを変えないためにも、また追跡してくる魔族の目をくらませるためにも、
 私たちは美智恵の死を偽装しなくてはならなかった」

「さすがに私たち二人の手に余ったから応援を頼んだわ。私の師匠にね」

「六道理事長ですか?」

「そう。先生にだけは事情を話して協力してもらったの。私の葬式に出す式神を作ってもらったり、
 雲隠れしている私に代わって、いろいろな仕事を裏でしてもらったわ」
「そうだったんですか。六道理事長は知っていたんですね。とてもそうは見えませんでしたが」

 横島は六道家の母と娘の顔を思い浮かべた。
 天然という言葉がピッタリの二人であるが、娘の冥子は超一流の式神使いであるし、母親の方は六道家の当主として強い影響力をもっている。

「それから、準備を整えた私たちは計画を実行に移した。
 しかし母親の死という事件は、まだ少女であった令子には重過ぎる試練だった……」







 令子は泣いていた。
 普段から気丈で、涙どころか泣き言一つ言わない令子が、目を真っ赤に腫らして泣いている。

「ママ…どうして……どうしてなの!! 私、私まだ何もできないよ。
 ママに教わることがいっぱいあったのに……」

 令子が急な電話で病院に駆けつけた時には、もはや美智恵の目は開くことはなかった。
 令子は激しい衝撃を受けながらも必死に耐えていたが、告別式になってとうとう我慢の限界に達した。
 感情を押し込めていた反動で、抑えがまったく効かなくなっていた。

「ママは……私が世界一のGSになるって言ってたよね。
 なのに……なのにどうして私を置いていくの! 私一人でどうしたらいいのよ……」

 美智恵が死んだら令子が悲しむだろうとは考えていた。
 しかし、ここまで大きな衝撃を受けるとは予想だにしていなかった。
 母親の存在の大きさをあらためて実感したが、このような時に父親は、何と無力な存在なのだろうか……

「パパは何とも思わないの! ママはいつもパパのことを気づかっていたのに!
 悲しくないの! 寂しくないの!」

 ただひたすら感情を抑えつけ無表情を装っていた私に、令子が激しく感情をぶつける。
 私のことを愛情の薄い人間だと思っているだろう。

「パパのバカ! どうしていつもそうなのよ!
 私のこともママのこともいつもほったらかしにしておいて!
 死んだ時くらい涙を流したらどうなの! ママが可愛そうよ……」

 泣いて取り乱す令子を前に、私の感情は千々に乱れた。
 真実を話したかった。美智恵は死んでいない、生きていると……。しかし、口を開くことはできなかった。

(お前は冷たい私を恨むだろう……恨んでもいい、お前が生き延びてくれるならば。
 そのためならば、私はいくらでも汚れ役を引き受けよう)




(参考:以前のあとがき)

 父親にはあまり懐いていなかった令子でしたが、母親である美智恵の死が(偽装ではありますが)決定的でした。
 もともと父親不在の環境で育ち、女らしさとともに強さも兼ね備えていた美智恵が、不在がちの父親の代役を果たしていたと思われますが、美智恵の死により、彼女は頼れる存在を失います。

 一方の公彦の方も、美智恵の死が偽装であることを隠さなくてはならないため、必要以上に無表情を装わざるをえなかったのですが、かえって令子の反発を招く結果となります。

 この事件は、令子の人格形成過程において、決定的な影響を与えました。
 父親不信の感情はそのまま男性不信の感情へとつながり、そのとばっちりをモロに受けたのが横島であるわけです。
 彼女が年上の(それもかなり歳が離れた)男性が好みであったことは、無意識のうちに父性を求めていた心理の現れであると考えることができます。


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