ある日のこと、妙神山の管理人である神族の小竜姫が、横島の事務所を訪ねてきた。

「お久しぶりです、横島さん。事務所の方は順調ですか?」

「ええ、おかげさまで。俺とルシオラの二人で、なんとか切り盛りしています」

「どうぞ」

 ルシオラが小竜姫にお茶をもってくる。

「景気の方はどうですか?」

「ぼちぼち(もう)かってます。うちは料金を低めに設定しているので、美神さんの事務所ほど売上は上がりませんけど、
 経費があまりかからないんで、そこそこ利益は出てますよ」

 横島が美神の事務所から独立して、一年ほどが過ぎていた。
 知名度が低いのでなかなか良質の仕事がこないが、横島もルシオラもお札や精霊石はまったく使わないので、除霊の経費が非常に安い。
 最初のうちはGS仲間から仕事を少しずつ回してもらっていたが、最近は顧客からの直接の依頼も増えてきていた。

「それで今日は、どういったご用件ですか?」

「これから話すことは、内密にして欲しいのですが」

「ええ。もちろん秘密は守ります」

「実は……」





 ルシオラ危機一髪!

作:湖畔のスナフキン






「過激派ですって!」

「ええ。魔族の中に、神族との共存をよしとしない武闘派がいるように、神族の中にも
 魔族の排斥を主張する過激派がいるのです。
 過激派の中で手配中の一人が、日本にやってきたとの情報が入りました」

「それで、彼らの目的は何ですか?」

「人間界に住んでいる魔族の命を狙っているものと思われます。
 現在、日本での居住が確認されている魔族は、ルシオラさんとパピリオです」

「パピリオは無事ですか?」

 ルシオラが小竜姫に(たず)ねた。
 パピリオは今、修行のために妙神山に出かけている。

「ええ。この情報が入ってすぐに、安全が確認されるまでパピリオの外出を禁止しました。
 妙神山には老師もおられますし、まず安全です」

「すると危険なのは、ルシオラの方ですね?」

「そうです。相手が狙うとすれば、ルシオラさんではないかと思われます」

「わかりました。しばらくは用心することにします」

「大丈夫よ、ヨコシマ。いざってときは、アレもあるし」

「アレってアレのことか? できれば、それは避けたいな……」

「アレってなんのことですか?」

 小竜姫が、けげんな顔つきをした。

「とにかく、しばらくの間は十分注意してください。何かありましたら、すぐ妙神山に連絡をお願いします」




 小竜姫がやってきてから数日が過ぎた。
 しばらくの間は、用心のために常に二人で行動することにしていたが、特に変わった出来事もなかった。

 しかし一週間目のこと、仕事の調整がとれず、横島が一人で出張することとなった。
 残ったルシオラはいつものように事務所に出勤し、夕方まで事務仕事をしたあと、予約してあった除霊の現場へと向かった。
 そして夜半近くまでかかったが無事に除霊を終えて帰宅する途中に、ルシオラはそいつと出会ったのである。

「おぬしがルシオラだな?」

 帰宅する途中のルシオラに、中国風の鎧兜(よろいかぶと)を身につけた男が話しかけてきた。
 身長は二メートルほど。がっしりとした体格をしている。
 右手に大きな剣をもち、左手には金属製の(まる)い盾をかまえていた。

「誰!? いったい神族が私に何の用なの?」

 目の前の男からは巨大な霊力が感じられた。男が発する霊波の質は、人間とも魔族とも明らかに異なる。

「俺の名は、黒麒鉾(こくきほう)。目的は言うまでもない。そなたの命だ!」

 黒麒鉾と名乗った男は、手にした剣をかまえるとルシオラ目掛けて突き出した。
 ルシオラは体を捻って、その攻撃をかわす。

「いったい何なの! 私はあなたの怨みを買った覚えはないわ!」

「仕返しなどではない。もっと崇高(すうこう)な理由だ。人間界を侵食する魔族どもを根こそぎ退治するのが、俺の役目よ!」

 黒麒鉾は魔族の排除を主張する神族過激派の中でも、もっとも過激な行動をとるグループに属していた。

「ハッ!」

 黒麒鉾は離れた位置から、勢いよく剣を振り下ろした。
 振り下ろした剣から衝撃波が発生し、ルシオラめがけて襲いかかる。

「シールド!」

 ルシオラは左手を前に出すと、円形の力場を発生させて衝撃波を防いだ。

「やるな。だがまだ甘い!」

 黒麒鉾は、巨体に似合わず敏捷(びんしょう)な動きでルシオラとの距離を詰めると、シールドめがけて剣を突き出す。

 パリン!

 音をたてて、シールドが(くだ)けてしまった。

「とどめだ!」

 黒麒鉾は剣を振りかぶると、ルシオラめがけて振り下ろした。
 だがその一撃には手応えがまったくなかった。勢い余った剣が、地面に突き刺さってしまう。
 そして切られたはずのルシオラは、黒麒鉾の目の前でかき消すように消えてしまった。

「ちっ、幻術か。だが俺の狩りからは、そうやすやすとは逃げられんぞ!」




 ルシオラはいったん逃げることにした。
 一度は幻術に(だま)されたようだが、そう何度も引っかかるとは思えない。
 ルシオラは相手をいったん巻いた後、小竜姫に連絡を取ろうと考えた。

 タンタンタンタン

 人影もほとんどない夜のビル街に、甲高い足音が響き渡る。
 ルシオラは、相手に気配を察知されないよう霊力を抑えながら、夜更(よふ)けのビル街を走りぬけた。
 幾つかの通りを駆けぬけ、背後から相手の気配が感じられなくなった時、ルシオラはようやく安堵(あんど)して足を止めた。

「振りきったかしら?」

 路地を幾つか駆けぬいたところで、その女性は後ろを振り返った。
 振り向いたその先には、人影は見えない。しかし──

「ハハハ! まだまだ甘い!」

 相手のしつこさは、ルシオラの予想を越えていた。
 次の瞬間、大きな風切り音とともに巨大な剣がコンクリートの地面に突き刺さる。
 ルシオラは、すかさず右サイドに跳躍した。

「俺の追跡から逃げ延びられたヤツは、そう多くはない。覚悟するんだな」

 生き延びるには、目の前の相手と闘うしかない。ルシオラは黒麒鉾(こくきほう)めがけて、霊波砲を連射した。
 だがルシオラの攻撃は、黒麒鉾の盾でさえぎられてしまう。

「俺の盾は、神族の鍛冶師(かじし)が何十年もかけて(きた)え上げた代物。これしきの攻撃ではビクともせんわ!」

 黒麒鉾はルシオラの攻撃を防ぐと、今度は自分が攻撃すべく突進した。
 ルシオラは相手の攻撃に合わせて、幻術を使った。
 黒麒鉾が幻の自分に気を取られている(すき)に、素早く相手の背後に回りこんだ。
 右手から発する電撃で首筋を狙い、相手を麻痺(まひ)させようとする。しかし……

「そこだ!」

 黒麒鉾は左手の盾で、背後から接近するルシオラを(はじ)き飛ばした。

「幻術を使ったところで、気配を消すことはできん! まぁ俺ほどの武人でなければ、悟れんだろうが」

 ルシオラはじりじりと後ろに下がった。
 繰り出す攻撃がすべて相手によって封じられ、打つ手がないように見える。

「どうした。もうこれでお終いか? かつてのアシュタロス直属の部下が、(みじ)めなものだ」

 黒麒鉾は意地の悪い笑みを浮かべながら、ルシオラににじり寄った。

「いいえ、まだ終わりではないわ!」

「ほう。まだ打つ手があるのか。見せてもらおうではないか」

「後悔しないでね。これであなたも終わりよ」

 ルシオラは右手にもった二つの小さな玉を地面に投げつけ、大きな声で叫んだ。

「助けてーー! ヨコシマーーン!」






























「ハーッハッハッハ! 我こそは正義の宇宙人、ヨコシマンだあああっ!」

 謎の笑い声が、黒麒鉾(こくきほう)の背後から聞こえてきた。
 黒麒鉾が振りかえると、口元をスカーフで(おお)い隠したランニングシャツと短パン姿の男が、路上に立っていた。















「な、何だ、お前は!」

「我こそは正義と愛の謎の宇宙人、ヨコシマン! うら若き女性に対する暴行を見逃すわけにはいかない。成敗してくれる!」

「き、貴様。横島忠夫か!」

「フッ、私は横島忠夫という人物ではない!
 私は横島クンそっくりの人間が大勢住むヨコシマ星からやってきた宇宙人なのだ!」

 ここで解説をせねばなるまい。
 本人は否定しているが、ヨコシマンの正体は横島である。
 かつて横島には韋駄天(いだてん)・八兵衛が乗り移っていたが、今は八兵衛に退治された九兵衛が力を貸している。
 まずルシオラが、『召』『喚』の文珠で横島を強制転移して呼び出す。
 次にルシオラの合言葉で天界からやってきた九兵衛が、呼び出された横島と合体するのである。

「何をわけのわからんことを! 貴様もまとめて討ちとってくれるわ!」

 黒麒鉾(こくきほう)は剣を振り上げ、ヨコシマンめがけて斬りかかった。

「気をつけて! その剣は霊力のシールドを切り裂くわ!」

 ルシオラがヨコシマンに向かって叫んだ。

「フッ。これしきの攻撃、シールドを張るまでもない!」

 ヨコシマンは左手で黒麒鉾の剣を払いのけると、そのまま右ストレートを繰り出した。

「ヨコシマン、メガトンパーーンチ!」

「ぶごっ!」

 ヨコシマンの右ストレートは、見事に相手の顔面に入った。
 黒麒鉾はそのまま空中を舞い、数メートル後ろまで弾き飛ばされてしまう。

 ズシーン

 黒麒鉾は音をたてて地面に落ちた。

「ゲホッ、ガホッ」

 黒麒鉾は咳き込みながら、立ちあがった。

「クッ! 私の崇高な使命を、脇から出てきた得体の知れないヤツに邪魔されるわけにはいかん。排除してくれるわ!」

 黒麒鉾は腰を落とした姿勢でかまえると、両手に霊力を集中した。

「ぬうううぅぅぅぅっ!」

 あまり近寄りたくないような掛け声で、気合を溜める黒麒鉾。
 やがて黒麒鉾の両手に巨大な霊力が集結し、高エネルギーの球が形成された。

「これでも食らえっ!」

 黒麒鉾がエネルギー球を、ヨコシマンめがけて発射した。

「ヨコシマン、ウルトラスペシャル・サイキックソーサー!」

 ヨコシマンは両手を突き出し、両手の間に霊力のシールドを張った。
 そこに黒麒鉾のエネルギー球が命中する。

 ズドーーーーン!

 大爆発が起こり、ヨコシマンは爆風と爆炎に飲み込まれていった。




「ハァハァ、ようやく片付いたか。手間をかけさせおって」

 黒麒鉾(こくきほう)は肩で大きく息をしていた。

「次は、お前の番だな」

「いいえ! ヨコシマ……いえヨコシマンは、あれくらいのことで死にはしないわ!」

「私の全力の攻撃を受けたのだ。人間であの攻撃をしのげるわけがない。何を根拠にしているのだ」

「彼を支えるのは、愛の力。彼と私の愛は、そう簡単に破られはしないわ」

「何の戯言(ざれごと)を……ハッ!?」

 もうもうと舞い上がる爆炎をバックにして、一人の男が近づいてきた。
 その足取りは力強く、少しも乱れがない。

「まっ、まさか……」

「愛と正義の使者、ヨコシマン! あれしきの攻撃でくたばりはしないわ!」

「ぬぬっ!」

 黒麒鉾はたじろいだ。
 その後ろでルシオラが、「ヨコシマーーン! ス・テ・キ♪」と飛び跳ねているのがご愛嬌(あいきょう)である。

「今度はこちらの番だな。いくぞ! ヨコシマン、外道(げどう)焼身霊波光線!」

 ヨコシマンは右手の指を二本立て、口元に指先をもってかまえた。
 ヨコシマンの(ひたい)から、光線が発射される。

「くそっ!」

 黒麒鉾は盾で防いだ。だが盾にどんどん圧力が加わり、表面に幾筋ものひび割れが生じる。

「バ、バカな! 天界でも有数の俺の盾が……」

「フッ、その盾が何であろうと、俺とルシオラの愛の力にかなうと思ってか! ハッ!」

 ズドーーン!

 とうとう盾が打ち破られ、黒麒鉾は光線をもろに浴びてしまった。

「グワアアアァァァッ!」

 全身に光線を浴びた黒麒鉾は、大きな悲鳴を上げた。

(何かが、何かが間違っている! 世間は不条理だ……)

 意識を失う前に、黒麒鉾はそう思った。




「ヨコシマーーン!」

 敵を倒したヨコシマンに、ルシオラが抱き着いてきた。

「もう、本当にス・テ・キ(はぁと)。さすが私のヒーローね!」

「あ、あのさ、ルシオラ。悪いんだけど……」

 すっかり元の横島の口調に戻ったヨコシマンが、ルシオラに話しかける。

「もう、こんな真似は止めにしないか?」

「えーっ、どうして?」

「だって……恥ずかしいよ、俺」

 やはり人前でランニングシャツと短パン姿をさらすのには、抵抗があった。
 さらに顔をスカーフで隠していても、分かる人にはすぐに正体がバレてしまう。

「そう……。美神さんやおキヌちゃんたちにはできても、私にはできないというのね!? もう私のことを、愛していないの?」

 ルシオラはすねた表情で、横島の目を見つめた。
 これには、さしものヨコシマン……いや横島もたじろいでしまう。

「そ、そんなことないさ! 愛しているよ、ルシオラ」

「じゃあ、次もよろしくね♪」

 ニッコリと笑うルシオラを前にして、横島は大きなため息をついた。

「そんなにガッカリしないでよ。今晩はたっぷりサービスしちゃうから♪」

「今晩って言っても、もう時間がなんだけれど……」

 既に夜の時間は終わろうとしていた。東の空がうっすらと明るくなっている。

「じゃあ、今日の仕事はお休み!」

「そんなこと言っても、仕事の予約が……ムゴッ!」

 話している途中の横島の(くちびる)を、ルシオラは自分の唇で強引にふさいだ。
 そのまま、三十秒ほど経過する。

「今日の仕事は、お休みね♪ 予約はキャンセルしておくわ」

「……まぁ、たまにはこんなのもいいかな」

 こういうカップルのことを、世間では『バカップル』と呼ぶのであろう。


(お・わ・り♪)


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