その日、ルシオラは仕事を休んで、買い物に出かけていた。
両手いっぱいに買い物袋を抱えて部屋に戻ると、部屋の飾り付けをはじめる。
「今日の夜の仕事は一件だけ。ヨコシマもそんなに遅くならないって言ってたし……。夜が楽しみね♪」
忙しそうに部屋の中を動き回りながらも、ルシオラはひどく上機嫌だった。
「早く帰ってこないかな……ヨコシマ」
ホワイト・クリスマス
作:男闘虎之浪漫
夕方には、ほぼ準備が終わった。
部屋に小さなクリスマスツリーを置き、アクセサリーで飾り付けた。
テーブルにはきれいなクロスをかけた。
その上には、ローストチキンをはじめ、様々なクリスマス向けの料理が並んでいる。
「忘れていることはないかな? なにせ自分で準備するのは、始めてだもんね」
横島と結婚して、はじめて迎えるクリスマス。
ルシオラはそのために、入念な準備をしていた。
「飾りつけと料理と食後のケーキと……。あっ、飲み物を忘れてた!」
日本人の普段の食生活にはあまり縁がないシャンパンであるが、この日に限っては極めて需要が高い。
「ヨコシマと私の分と、それからパピにはアルコール無しので十分ね」
今から近所のス−パーに行けば、まだ間に合うだろう。
ルシオラは財布を片手にもち、急いで部屋を飛び出していった。
ルシオラはシャンパンを二本、子供向けのアルコール無しのスパークリングワインを一本抱えて帰ってきた。
「ヨコシマはまだ戻ってないわね。あっ、携帯にメールが届いているわ」
慌てていたので、ルシオラは携帯をもたずに出かけていた。
急いでメールの着信を確認する。
「えっと……『ごめん。仕事が片付かない。帰りは遅くなる』 ヨコシマからだわ!」
ルシオラは、横島の携帯に電話をかけた。
しかし圏外にいるのか、電話が通じなかった。
「ううう……、さ、寒い!」
「ヨコチマ。ルシオラちゃんにメールを送ったでちゅよ」
「ちゃんと送れたか?」
「大丈夫でちゅ」
横島とパピリオは、除霊の仕事のため奥多摩の山中に来ていた。
除霊対象の霊がなかなか現われないため、横島はルシオラに伝言することにした。
しかし山中で携帯の電波が届かないため、パピリオに麓(まで飛んでもらい、そこから携帯メールを送信した。
「し、しかし、どれだけ待たせるんだ! このままじゃ凍えちまう!」
だが寒がっていたのは横島だけであり、パピリオは平然としていた。
もっとも、文珠で絶対零度近くの冷気で凍らせてもビクともしなかったから、当たり前と言えば当たり前である。
「寒かったら、帰ればいいのに。あまり待たせると、ルシオラちゃんが怒るでちゅよ」
「今日中に除霊する約束なんだ。ルシオラには悪いけど、約束は守らないとな」
横島は歯をガタガタを鳴らせながらも、寒い山中で霊が現われるのをじっと待ち続けていた。
時計の針が九時を回った。
横島はまだ帰ってこない。
「こんなに可愛い奥さんが待っているのに……ヨコシマのバカ」
場合によっては、嫌味か自惚(れにしか聞こえないセリフかもしれない。
しかし、待たされて少し拗(ねている彼女を見れば、誰が見ても『可愛い』というセリフを残すであろう。
ルシオラは不満を感じてはいたが、それでもじっと横島の帰宅を待っていた。
十時を過ぎた。都内にある横島のマンションの辺りに、小雪がちらつきはじめる。
しかし横島は、まだ帰ってこなかった。
「ヨコシマ……」
ルシオラは最初はイライラしながら帰りを待っていたが、時間が遅くなるにつれ徐々に心配さが増してきた。
今日の仕事は、危険を伴うような内容ではない。
だから自分は今日の仕事には同行せず、パピリオに横島のサポートを任せた。
しかし、万が一ということもある。
ルシオラは部屋着を脱ぐと、コスチュームを身にまとった。そして玄関から外に出ようとした、その時──
「ただいま」
バタンとドアが開き、横島が帰ってきた。
「ヨコシマ!」
「ただいまでちゅー」
パピリオも横島のすぐ後ろにいたが、ルシオラの視線は横島にのみ注がれていた。
横島の髪の毛にも服にも、雪と氷がびっしりと凍り付いていた。
「まあ、大変!」
ルシオラは部屋に戻ると、タオルを手にとって再度玄関に向かった。
そして、髪と服についていた雪と氷を落としていく。
「手がこんなに……どうしたの!?」
ルシオラが横島の手をとった時、あまりの冷たさにびっくりした。
「いや、除霊が終わった時間があまりにも遅かったからさ、パピリオにつかまって空を飛んで戻ってきたんだ。
お陰で最短時間で戻れたんだけど、時期が時期だから寒いのなんのって」
横島は寒さでガタガタ震えていた。よく見ると、唇(も紫色になっている。
「そんな、無理しなくていいのに」
「だって、ずっと待ってたんだろ? 待たせていた俺がゆっくり帰ってきたら、ルシオラに悪いじゃないか」
「バカ……」
ルシオラは横島の手を取ると、両手でそっと包み込んだ。
「暖かいな、ルシオラの手」
横島の手は氷のように冷たかったが、ルシオラの体温で少しずつ温まっていった。
「もう大丈夫だよ」
「先にお風呂に入った方がいいわね。食事はそれからにしましょう」
温かいシャワーを浴びて、横島はようやく人心地がついた。
シャワー室を出て部屋着に着替えると、横島はリビングに移動し料理が並べられたテーブルに座った。
横島が席につくと、ルシオラがグラスにシャンパンを注ぎ込んだ。
「それじゃ、遅くなったけど、乾杯!」
「「「メリー・クリスマス!」」」
テーブルの上の料理はすっかり冷めていたが、和気あいあいと食事をするその場の雰囲気はとても温かかった。
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