続・甘い生活
「当分の間、全面禁止にします!」
「それはないだろ〜〜。ちょっとだけでいいからさ、ネ?」
「だ・め・で・す!」
横島はパピリオと戦った際、全身に大怪我をした。
入院してから三日目、ゴキブリ並みの生命力をもつ横島は、怪我から驚異的な速さで回復していた。
ベッドに寝ていたのは初日だけで、二日目には松葉杖をついて歩き出していた。
しかし体が回復するとともに、煩悩の出力も増していた。
横島は見舞いに訪れるルシオラにスキンシップを求めたが、ことごとく拒絶されてしまった。
「おっかしいなー。前は二回に一回くらいはオッケーだったのに、最近は全然ダメだ。なぜだろうな、西条?」
ルシオラが帰った後、横島は隣のベッドにいる西条に
「僕に言わせれば、君はストレートすぎるよ。よく今まで嫌われなかったな?」
「
「それにルシオラは君の彼女だろ。自分で何とかするんだね」
「わからんから聞いてるんじゃないかーー!」
「何か彼女を怒らせるようなことをしたんじゃないのか。後は彼女と親しくなった時のことをもう一度思い出してみたらいいと思うよ。今の僕に言えるのはそれだけだね」
「……」
「まぁ時間はたっぷりあるから、ゆっくり考えてくれたまえ」
「ヨコシマ、来たわよ」
翌日にルシオラが見舞いに訪れた時、病室にいたのは西条だけだった。
「横島君なら、病院の庭に散歩に出たけど」
「庭ですね、すみません」
ルシオラは荷物を置くと、病室の外に出ていった。
(いい娘だな。とても魔族とは思えん。横島クンには本当にもったいない。まぁ横島クンの関心が彼女にある以上、令子ちゃんとの関係は深まらないわけで──)
病室に残った西条は、一人ニヤニヤと笑っていた。
「ヨコシマ、ここにいたんだ」
横島は、病院の中庭のベンチに座っていた。
庭の木々を見ながら、ボーッとしている。
「どうしたの?」
「ん、ちょっと考え事をしてた」
ルシオラは、横島の隣に座る。
「いや、最近少し調子に乗りすぎていたなと思ってさ」
「なんで?」
「最近ルシオラに迫っても、かわされてばかりいただろ!? 何でうまくいかないか考えていたんだけど、俺、自分のことばかり考えていて、ルシオラの気持ちを少しもわかってなかったんじゃないかなーってさ」
「……」
「パピリオの件は丸く収まったけど、まだアシュタロスだってどうなったのかわからないわけだし──」
「……」
「俺、今まで女の子ときちんと付き合ったことなくてさ、ルシオラと二人でいると間がもたない時があるんだ。それでつい反射的にあんなことしちゃうんだけど、ルシオラがたまに許してくれるからつい調子に乗っちゃって──」
ルシオラは、そのまま黙りこんでしまった。
横島もなかなか、次の言葉が出てこない。
「……ヨコシマ」
「ん?」
「私のこと、嫌いじゃないよね」
「ルシオラを嫌いになるわけないだろ?」
「じゃあ、好き?」
「も、もちろんさ」
「一つ聞きたいんだけど……」
「いいよ」
「ヨコシマは美神さんのこと、どう思っているの?」
「み、美神さん!?」
「そう、美神さんのこと」
横島は複雑な表情になった。
ここで美神の名が出てくるとは、予想もしていなかったようである。
「ル、ルシオラ、正直に言うから怒らないで聞いてくれよな。俺、美神さんのことも好きなんだ」
(やっぱり……)
ルシオラの不安な思いが的中してしまった。
ルシオラは、つい横島の顔から視線をそむけてしまう。
「ただ美神さんを好きというのは、ルシオラを好きだという想いと違うんだ。なんていうか……」
横島の口調がたどたどしくなる。
「俺、ずっと美神さんのところでバイトしてただろ? 美神さんと一緒にいるのが、いつのまにか当たり前になっていたんだ。美神さんやおキヌちゃんと一緒に戦ったことは数え切れないし、ピンチを切り抜けたことだって何度もあった……」
(そう……なのよね。私がヨコシマと知り合う前から、ヨコシマと美神さんはずっと一緒にいて──)
ルシオラの胸が、ズキンと痛む。
「たださ、美神さんて大人の女だろ? まともに相手にしてもらったことなんて一度もないしさ。美神さんから見れば俺なんて、まだまだガキなんだろうな」
「でもヨコシマは、やっぱり美神さんのことが好きなんじゃ──」
「いや、だから違うんだ。美神さんのことは嫌いじゃないけれど、ルシオラとはやっぱり違うんだ」
「どういうこと?」
「俺はさ、もともと大したヤツじゃないんだよ。スケベで小心者で自分で自分が信じられない、そんなヤツだよ。ただそんな俺をルシオラは好いてくれて──」
横島はペンションの夜のことを思い出していた。
「あの時、本気で思ったよ。こんな俺のために、命を捨ててまで
「ヨコシマ……」
「俺を……俺を本気にさせたのは、ルシオラだけってことさ」
横島の独白を聞いているうちに、ルシオラの胸のつかえがスーッと取れていった。
「ヨコシマ……ごめんね。ヨコシマが美神さんたちとあまりに親しいから、一人でヤキモキしちゃって──」
ルシオラが横島の肩に、そっと顔を寄せる。
肩にルシオラの体温を感じると、横島の胸の鼓動がしだいに高まっていった。
「ルシオラ。その、最近おあずけ食らってばかりで……その……ガマンできないんだけど……」
「もう、仕方ないわね。一回だけよ」
横島はルシオラの肩に手をかけた。
そして、顔を近づけていった時──
カーン!
空き缶が横島の後頭部にヒットした。
「誰だ! いいところを邪魔しやがって!」
そう叫んで横島が後ろを振り返ると、そこには美神の姿があった。
全身から、怒りのオーラを発している。
「み、み゛か゛み゛さん!」
「あんたたちね〜、ここは病院なのよ! 何をイチャイチャしてんの!」
美神は横島の
「美神さん、かんにんや〜〜」
バキッ! ボキッ! グシャ!
やがて建物の陰から、いつものように
(あんな目にあっても、ヨコシマは美神さんから離れないのよね。ま、今は仕方ないか)
それは一時の休息であったかもしれない。
やがて横島とルシオラの上に、さらなる戦いが迫ろうとしていた。
(完)