その後の姉妹たち

作:湖畔のスナフキン



(注)ルシオラが復活したという設定です。


「久しぶりね、ベスパ」
「そっちこそ元気かい……って、言うまでもなさそうだね」

 ベスパは軍隊の長期休暇を利用して、人間界に住んでいるルシオラを訪ねていた。
 目立たないように地味な服装をしていたが、顔立ちが整っておりスタイルも抜群のベスパは、周囲の視線を強く集めていた。

 一方のルシオラも目立たない普段着である。
 表情も少しふっくらとしており、昔の思いつめた表情や今にも消えてしまいそうな儚げな様子は姿を潜めていた。
 うっすらと浮かべた微笑には、彼女の優しさと慈愛を感じさせる.
 とりわけルシオラの腕の中にいる一人の赤ん坊が、彼女を見る人に強い印象を与えていた。
 夫からもよく愛され、幸せいっぱいの若奥様に見える。
 彼女が一時は人類を恐怖のどん底に陥れた魔族たちの片割れであったとは、事情を知る人以外には信じられないであろう。

「名前、なんていったっけ?」
「蛍華(けいか)よ」
「あんたが娘を生んだって話はパピリオから聞いていたけど、こうして目の当たりにするとまた感じが違うもんだね」

 蛍華は、ルシオラの腕の中ですやすやと眠っている。

「ちょっと抱いていいかな?」
「首がまだ座っていないから、抱く時に気をつけてね」

 ベスパはルシオラから赤ん坊を受け取ると、注意深く抱きかかえた。
 しばらくじっと見つめていたが、やがて指で赤ん坊の頬をつつき始め、その柔らかい肌の感触を楽しむ。

「いやだ、すごく可愛いんだね。赤ん坊を育てるってどんな感じ?」
「もうすごく大変なのよ。夜昼かまわずに数時間おきに目が覚めて泣くのよ。そのたびにおしめを替えたり、乳を与えたりするの。子供が寝入った時だけこっちも休息できるのね」
「ヨコシマは手伝わないの?」
「家にいる時は手伝ってくれるんだけど、あの人も仕事があるし、パピは全然役にたたないしね。すぐ外に遊びにいって逃げちゃうんだから!」
「でも、それがすごく幸せなのって顔をしているよ!」

 ベスパがルシオラをからかう。
 ルシオラも軽く舌を出して笑った。

「まぁ、そうなんだけどね。忙しいと言っているんだけど、子供の世話から解放された合間にすごく充実した生活をしているって実感がするの」

 ルシオラとベスパでは顔も体も性格も対照的であるが、何故か昔からお互いに相手を深く理解し合っていた。
 またルシオラの方も、ベスパの胸の内を思ってか、少し表情を暗くする。

「ごめんね、ベスパの気持ちを考えないで、自分の話ばかりしてしまって……」
「いいのさ。姉さんが自分で自分の道を選んだように、私も自分でこういう生き方を選んだんだから……」

 そういうベスパの表情からは、まだ吹っ切れていない何かが感じられた。

「……アシュ様のことは、まだ忘れらないの?」
「忘れられない、というより忘れたくないんだ。あの時の自分が一番生きているという実感があったから……。姉さんとは敵どうしになったけどね」
「ごめんなさい。アシュ様のことを忘れるなんて、ベスパにはできないことよね……」

「姉さん」
「なに?」
「私たちはアシュ様に創られたんだけれど、私たちはアシュ様のことをほとんど知らなかった。そう思わない?」
「言われてみればそうね……」
「アシュ様は死にたがっていた。それであの戦いを起こして死んだはずなんだけれど、私はアシュ様が完全に滅亡したとはとうてい思えないんだ……」
「それどういうこと?」
「アシュ様は神・魔界のバランスを取るために、強制的に復活すると言っていた。そういう定めのアシュ様が、神・魔界のデタント派の意向だけで完全に滅びさるなんて、本当にありえるのかなって……」
「つまり、アシュ様は完全に存在が消去されたのではなくて、どこかで復活するはずだと考えているのね!」
「さすが姉さん、頭の回転が速いね」
「ただその仮説は納得できるわ。神・魔界の最高指導者とて、造物主ではない以上、この世界の法則は覆せない。しかし復活直後のアシュ様ならば力が弱いから、神・魔界の相方で合意が取れればその段階で成長と活動を停止させることができる……」
「たぶんそんなところだろうと踏んでいるのさ」
「あなた……、アシュ様をもう一度よみがえらせたいの?」

 ルシオラの目が一瞬鋭く光る。

「そんな恐い顔をしなくても大丈夫……。アシュ様は転生を望まなかった。そのアシュ様の願いに背く気持ちは毛頭ないよ。ただ生きていれば、いつか必ずアシュ様にまた会える。そう思って日々を暮らしているのさ」
「ごめんね、疑ったりして……。ただ気の遠くなるような道のりね」
「正直言って、時々気が滅入ってくるよ」
「ときどき遊びにいらっしゃい。私とパピリオはあなたの姉妹なんだから……。ヨコシマにもよく話をしておくから」
「まぁ、あんたとヨコシマのバカップルぶりを見るのも、いい気分転換になるしね」
「バカだけ余計よ!」

 ルシオラがくすくすと笑った。

「今度はバカップルに加えてバカ親ぶりが見れるから、ますます飽きないね! まぁあんたはいい顔しているけど、ヨコシマなんかさぞかしバカ親丸だしって顔をしてるんじゃないかな」
「今晩は泊まっていきなさいよ。夜にはヨコシマも戻ってくるし、パピリオも妙神山から帰ってくるわ」
「じゃ、ちょっと用事を済ませてから行くから」


 その日の夕方、太平洋上にベスパの姿があった。
 究極の魔体が破壊された場所で、ベスパが海に花束を投じる。

(アシュ様……、またお会いできる日まで、安らかに眠っていてください……)

 夕陽が水平線の下に沈むまで、ベスパはその場所を動かなかった。


(完)


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