ひのめ危機一髪!
作:湖畔のスナフキン
(注)
「ひのめさん、放課後少しつきあってくれるかしら」
彼女はクラスメートからは、エリと呼ばれている。
陰陽師の名家の娘である彼女は、クラスのボスを自認していた。
クラスの1/3ほどが神楽坂派であり、残りも彼女を胡散臭くは思いつつもつかず離れずといった立場である。
しかしながら生来自立心が強いひのめは、少しもエリに尻尾を振るようなマネはしたことがない。
そのことが、日頃からエリの気にひどく触っていた。
「ひのめちゃん、気をつけた方がいいわよ」
そっと耳打ちしてきたのは、
彼女はひのめの数少ない友人であり、クラスの仲間たちから浮きがちなひのめをいつもフォローしていた。
「そうね。神楽坂さんが取り巻きを連れずに一人でくるなら、行ってもいいわ」
「いいでしょう。では今日の授業が終わったら、学校の裏門で待ってますわ」
放課後、ひのめは裏門へと向かった。
約束どうり、エリは一人で待っていた。
「お待ちしていましたわ。ひのめさん」
「あたしに何の用?」
「ここでは人目がありますので、少し歩きましょう」
二人は、ピリピリとした空気を漂わせながら、学校を離れていった。
「で、橋の下の川原に連れてくるなんて、ただの話じゃなさそうね」
「まぁ、おちこぼれのひのめさんも、少しは頭がまわるんですね」
二人は5メートルほど離れて対峙していた。
雰囲気は緊張の段階を越え、殺気をはらみつつある。
「ただクラスの中でどちらの方が立場が上か、体で覚えてもらおうと思いまして」
「……話し合いの余地はないってわけね。いいわ。受けてたとうじゃないの! 取り巻き連中が一人もいないのに、あんた一人でどこまでやれるかしら」
ひのめは霊的戦闘力はエリより劣るが、格闘術に秀でている。
たとえ攻撃を数発食らっても、懐に飛び込んでさえしまえば、ひのめにも十分勝機があった。
「一人ではありませんわ。ひのめさんには特別に、神楽坂家に代々伝わる式神をお見せしましょう」
エリはポケットから二枚のお札を出すと、空中に投げつける。
「出でよ!
その声に応じて、忍者装束をした女性の姿の式神と、侍の格好をした男性の式神が現れる。
(クッ……)
ひのめは焦りを感じた。
エリを倒すには、彼らを先に倒す必要がある。
しかしどちらの式神からも、かなりの霊力が感じられた。
戦いがはじまった。
格闘術に自信のあるひのめとはいえ、優れた式神を二体も相手にしては勝ち目がなかった。
しだいに受け身が多くなり、じりじりと追い詰められて行く。
「顔には傷を残さないでね。あとで学校にバレるとうるさいから」
エリは少し距離をおいた位置で、二体の式神の戦いを見守っていた。
ドウッ!
しかし、足元がふらつき、地面に倒れ込んでしまった。
(ヤバイ! このままじゃフクロにされちゃう!)
しかしその時、ひのめはあることを思い出した。
── 絶体絶命のピンチの時には、これを使って合言葉を叫ぶのよ ──
そう言われて、姉の令子から預かっていた護符があった。
ひのめはこの護符を使うとどうなるか、姉から聞いていなかった。
しかし、もはや迷っているヒマはない。
護符を取り出して地面に叩きつけ、合言葉を叫ぶ。
「助けてーー! ヨコシマーーン!」
「ハーッハッハッハ! 我こそは正義の宇宙人、ヨコシマンだあぁぁぁ!」
口元をスカーフで隠し、ランニングシャツと短パン姿の男が、橋の欄干の上に現れた。
どこからどうみても、ひのめの義兄である横島忠夫である。
あまりに意表をついた人物の出現に、その場が一瞬沈黙してしまった。
「……横島お兄様?」
「違う、私は横島忠夫という人物ではない! 私は横島クンそっくりの人間が大勢住むヨコシマ星からやってきた宇宙人なのだ〜〜。それはともかく、ひのめちゃんに手を出す不逞な輩(やから)は絶対許さん! トウッ」
ヨコシマンが欄干の上から飛び降り、川原へと着地する。
「ヨコシマン、パーーンチ!」
ドガッ!
「ヨコシマン、キーーック!」
バキッ!
しかし、
ヨコシマン目掛けて、霊波砲を連射する。
ズドドドドン!
ヨコシマンの周囲に
だがしばらくすると
「フッ! これしきの攻撃、正義のヒーローヨコシマンにはどうってことないわ。今度はこちらの番だぞ」
ヨコシマンが、両手を広げてポーズを構える。
「ヨコシマン、バーニングファイアメガクラッシュ!!」
カッ!
ヨコシマンから閃光が発せられると、その周囲が激しく爆発し周囲が爆風に包まれた。
やがて霊力を使い果たしたのか、二人の式神は元のお札へと姿を戻していた。
「フハハハハハ! 正義は勝つ!」
ヨコシマンは高らかに笑うと、エリに向かって進んでいった。
ひのめとエリはも予想外の展開に、ただ呆然と立ち尽くしていたのだが、やがてエリが我に返る。
「イヤーーー! ヘンターーイ!」
そう叫び声を上げると、一目散に逃げていった。
「変態…………」
正義のヒーローのはずなのに、女の子からそう言われたヨコシマンは少しショックを受けた様子であった。
「あ、あの……、ありがとう横島お兄さま」
「ち、違うのだ。何度も言うようだが、私はヨコシマンであって、横島忠夫ではないのだ」
「じゃ、ありがとう、ヨコシマン」
ひのめはそういうと、ヨコシマンの頬にキスをした。
ヨコシマンの顔が紅くなる。
「あ、ありがとう、ひのめちゃん。ではさらば!」
そう言い残すと、どこかへ飛んでいってしまった。
(ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん……)
その日の晩、横島の家にひのめからケーキが届いた。
「おーい、令子。ひのめちゃんからケーキがきているぞ」
「珍しいわね。どういう風の吹き回しかしら。中を開けてみてよ」
「どれどれ……。『正義のヒーローへ』だって。なんだこりゃ?」
「さぁ、なんかあったんじゃないの」
どうやら横島には、ヨコシマンになった時の記憶が残っていないようである。
すべてを知っているはずの令子は、何も言わずに微笑んでいた。
この作品は、『ザ・グレート・展開予想ショー(GTY)』にユタさんが連載(2003/4/14現在)している
『ひのめ奮闘記』の設定を借りて執筆したのですが、自分のHPに掲載するに当たりキャラクター名を変更しました。