ひのめの初恋!?

作:湖畔のスナフキン

(02)




 意識を取り戻した時、私は大理石でできた大広間の中にいた。
 そこは学校の教室くらいの広さの部屋で、床にはさっきと同じ魔方陣が描かれていた。

 四方に柱があり、私から見て正面にドアが、左手に窓が一つついている。
 柱も床も壁も、真っ白な大理石でできており、柱にはギリシャ風の美女の像が()られていた。

「ここ、どこ?」

 部屋の様子から察すると、どこか豪勢な建物の一室にいるようである。
 しかし、先ほどまでいた土蔵の中とは、まったく結びつかない。

 とりあえず、外の様子を確認するため、窓に近づいてみた。

「えっ!」

 窓の外には、延々とつらなる城壁や、ところどころに高くそびえる塔が見えた。また眼下には、緑豊かな庭園が広がっている。
 まるで、どこかの国の宮殿のようであった。

「いったい、どうしたんだろう……」

 私はドアを開け、部屋の外に出た。
 私のいた部屋は塔の一部だったらしく、目の前には短い石橋があって、外壁をくりぬいて設けられた廊下へとつながっていた。
 廊下は城壁の内側が吹き抜けとなっており、どこからでも中庭の風景がよく眺めることができた。

 私は周囲を見回したが、庭にも廊下にも、誰の姿も見当たらなかった。
 しかし、廊下をしばらく歩いていくと、目の前に中学生くらいの男の子が歩いている姿が目に入った。

「ちょっと!」

 私が声をかけると、その男の子はビクッとした様子で、こちらを振り向いた。

「誰、アンタ?」

「いいから、教えて。ここはいったいどこなの!?」

「おれんちだけど」

「あんたの家!? 日本のどこに、こんな宮殿みたいな家があるのよ!」

「ここ、日本じゃないし」

「日本じゃなければ、いったいどこなのよ!? それから、あんたの名前は?」

「ここは魔界だよ。んでもって、俺の名は横島忠(ただし)」

「横島って、ひょっとしてお兄ちゃん……いえ横島さんの息子!?」

「オヤジの名は、横島忠夫だよ」

 私は、目の前の少年の顔をじっと見た。
 髪型や、顔の輪郭、そして少ししまりのない口元など、たしかにお兄ちゃんによく似ている。

「どうやら、間違いなさそうね」

「で、ところでアンタ誰?」

「私? 私は美神ひのめ」

「うーーん、どこかで聞き覚えがある名前だけど……ま、いいか。
 よろしく、ひのめ叔母さん」

 私は思わずグーで、少年の頭を(なぐ)ってしまった。

「イテッ! なにすんだよ!」

「16才の女の子を、オバサン呼ばわりするなんて失礼ね! せめてお姉ちゃんと呼びなさい」

「だって、オヤジが『お兄ちゃん』なんだろ? 俺から見たら、叔母さんじゃないか」

「私が勝手にお兄ちゃんと呼んでるだけで、別に血縁関係はないわよ」

「わかったよ。じゃあ、ひのめさんでいいかな」

「それでいいわ。私も(ただし)クンって呼ぶから」

「ところでひのめさんは、どうやってここに来たの?」

 私は、蔵の中にあった魔方陣の中に入り、気がついたらここに来ていたことを、忠クンに説明した。

「やべっ! ゲートをロックしとくの忘れてた!」

「アンタのせいだったのね。まあ、別にいいけど」

「どうしよう!? オヤジかお袋にバレたら、あとで怒られちまう!」

 膝をガクガク震わせて慌てる忠クンを見て、思わずニヤリと笑ってしまった。

「とりあえず、貸しにしとくわ。あとでちゃんと返してね」




 二人でいったんゲートのある部屋に移動した。
 魔方陣の前に立った忠クンが、精霊石のような石をかかげて、ゲートをロックする。

「ふーっ。これでよしと」

「ところで、横島さんたちは?」

「オヤジは向こうで仕事。お袋も向こうで用事があって出かけていて、
 俺と妹だけ用事があって、こっちに来ているんだ」

 忠クンには妹が一人いて、蛍華(けいか)という名前であることを聞いた。
 ちなみに忠クンは13歳で中学二年生、蛍華ちゃんは10歳で小学校四年生である。
 なお、向こうというのは人間界を、こっちというのは魔界を指している。

「で、ひのめさんは何しに来たの?」

「少し前に、横島さんがうちに来たのよ。
 その時に、今度引っ越したから遊びに来ていいよって言ったから」

「ふーん」

「それで来てみたら、家には誰もいないじゃない。
 それで庭にまわってみたら蔵があって、中に入ったらここに来たってわけ。
 まあ、せっかく来たんだから、少し案内しなさいよ」

 宮殿の中を案内してもらうため、部屋を出て廊下を歩いていると、前から80センチくらいの高さの土偶みたいな人形が歩いてきた。

「忠さまっ! ここにおられましたか」

「なんだ、土偶羅(どぐら)か」

「ここにおりましたか。お探しいたしましたぞ! ところで、そちらの女性は?」

 土偶羅と呼ばれたその土偶が、私に視線を向けた。

「私? 美神ひのめよ。横島さんに会いに来たんだけど」

「おお、横島さまのお客様でしたか。それは失礼しました」

「ねえ、なんか敬語使われてるけど、横島さんや忠クンって、そんなに偉いの?」

 やけに土偶羅の態度がうやうやしいので、気になって忠クンに聞いてみた。

「何を言われますか!
 横島さまは、魔界を統治する十二魔神のお一人。
 忠さまは、その第一後継者ですぞ!」

 土偶羅の言うには、魔界は最高指導者を中心にして、十二の魔神がすべての魔族を統括する仕組みとなっているらしい。
 人間界で言えば、魔神は国王や大統領など国家元首に相当するとのこと。

「えっ! お兄ちゃんって、そんなに偉かったんだ」

 さすがに下っ端魔族ではないとは思っていたけど、そんなに地位が上だとは思わなかった。
 だって、向こうでは全然エラそうな人には見えなかったし。

「まあ魔神って言っても、オヤジはまだ修行中で見習いみたいなもんだから。
 それに向こうでは、一家で普通の生活してるしなー」




 それから私は、忠クンと土偶羅に宮殿の中を案内してもらいながら、いろいろと話を聞いた。
 もともと、この宮殿は、アシュタロスという魔神のものだったらしい。
 そのアシュタロスが16年前の大戦で滅びたとき、いろいろと事情があってお兄ちゃんが魔神となって、アシュタロスの領地を相続したとのこと。

「でもオヤジは修行中だから、領地のほとんどが魔界正規軍の管理下にあるんだ。
 城もほとんどが軍に管理されて、この宮殿だけ俺たち家族が自由に使えるわけ」

「そうなんだー。でも、ここだけでも、十分すごいと思うわ」

 実際、この宮殿はとても広かった。
 四方は高い城壁に囲まれていて、その中には大理石で飾られた建物がいくつも建っている。
 城壁と建物の間には庭園が広がっており、そこには池があったり、ゴルフができそうなほど広い芝生があったり、あるいは様々な花で彩られたお花畑があったりした。
 一言でまとめれば、おとぎ話に出てくるようなお城であった。

「ちょっと待って。疲れたから休憩」

 あまりの広さに歩きくたびれてしまった私は、道の傍らに置いてあったベンチにペタリと腰を下ろした。

「まだ半分も案内してないけど?」

「しっかし、さすがに宮殿というだけあって、広いわねー」

 前方には小さな築山があり、そこから湧き出した水が小さな滝となって、目の前の池へと流れ込んでいた。
 少し汗をかいた私は、片手で首筋をあおった。

「横島さんや忠クンは、ここで生活しているの? 向こうの家はただのカモフラージュ?」

「普段は向こうの家で生活しているんだ。
 オヤジは、『俺は庶民派で、王様暮らしは肌にあわない』とか言っているけど。
 ただ俺は、こっちにいる方が楽しいけどね。遊べる場所もいっぱいあるから」

「ふーーん」

「ひのめさんは、オヤジとどういう関係?」

「横島さんは、昔うちのお姉ちゃんの事務所で働いていたから、私が子供の頃から面識があるのよ」

「あーっ、思い出した! 美神って、美神除霊事務所のことか!」

「そういうこと」

 ベンチに座って休憩しながら忠クンとお喋りしていたとき、埴輪(はにわ)のような形をした高さが五十センチくらいの人形が、こちらに近づいてきた。

「忠クン、あれ何?」

「ハニワ兵だけど」

「ベタな名前ねー」

 そのハニワ兵は、土偶羅の前に行くと「ぽー」という声で何か話し始めた。

「なんて(しゃべ)ってるの?」

「俺にも、よくわからないんだ。土偶羅にはわかるみたいだけど」

 その時、土偶羅が急に大きな声で叫んだ!

「な、なに! それは一大事!」

 土偶羅は小走りすると、私の横に座っていた忠クンの前に立った。

「忠さま、大変です! 蛍華さまの行方がわからなくなりました!」

「な、なんだって!」



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