私が十歳の頃だから、もう六年も昔の話になる。
 小学校ではよくある話だが、クラスで意地悪な男の子が、同じクラスの気の弱い女の子を校庭でいじめていた。
 私はそういうのを見逃せる性格ではなかったので、その女の子の代わりにケンカを買って出た。

「アンタね、いい加減にしなさいよっ!」

「うるさい!」

 この男の子は腕っぷしも強く、また体も大きかったので、そのまま私に飛びかかってきた。
 私もケンカには自信があったが、体格の差はどうにもならず、そのまま地面の上に転ばされてしまった。

「こっのー!」

 思わずキレた私は、無意識のうちに念力発火能力を使った。
 そして運の悪いことに、念力発火封じのお札が、地面を転がったときに破れてしまっていた。

 ボッ!

 私の上に馬乗りになっていた男の子の背中から、炎が()き出た。

「わあああっ!」

 その男の子は私から離れると、火を消そうと地面の上を転がった。
 少し離れたところにいた、その男の子の仲間が駆け寄って、砂をかけて火を消し止めた。
 しかし、発火はそれだけでは収まらなかった。

 ボッ ボッ ボッ

 近くにあった木のベンチが、火を消していた男の子が背負っていたランドセルが、そして地面に転がっていた()れ枝が燃え始めた。

「イヤーーーッ!」

 しかし、いったん暴走した発火能力は、そう簡単には収まらなかった。
 念波があたりを飛び交い、周囲にあった物が次々に火を()いた。

 やがて学校側から連絡があったのか、ママがやってきた。
 しかし霊能力の暴走が激しく、発火封じのお札をもって近づいてきたママの衣服にも、火がついてしまう始末であった。

「ダメ! 危ないから来ないで!」

 けれどもママはこの程度の修羅場には慣れているらしく、いったん飛び下がってから、落ち着いた手つきで衣服の火を消すと、私に呼びかけた。

「ひのめ、落ち着いて! 今、助っ人を呼ぶから!」

 半分泣きじゃくっていた私を、ママが落ち着かせようとした。
 状況は変わらなかったけど、とりあえずママが近くにいたので、気分が少し落ち着いてきた。

「隊長、どうしたんッスか」

 ママに呼ばれてやって来たのは、お兄ちゃんだった。
 ママから簡単に状況を聞くと、右手に何かを握りながら、ゆっくりと近づいてきた。

「近づかないで、お兄ちゃん!」

 お兄ちゃんが、私の言葉を無視して近づいてきた。
 暴走した発火能力で、お兄ちゃんの衣服や体のあちこちが燃え始める。
 しかしお兄ちゃんは、歩みを止めはしなかった。

「もう、大丈夫だよ」

 お兄ちゃんがポケットからお札を取り出すと、それをペタリと私の背中に貼り付ける。
 私の周囲を暴走していた念波が、ようやく消滅した。

「ふーっ。任務完了っと」

 気がつくと、お兄ちゃんの体に付いていた火も、全部消えていた。

「お兄ちゃん、火傷してない!?」

「問題ないよ。これが俺を守っていたから」

 お兄ちゃんが右手を開くと、そこには『耐』『火』と書かれた文珠があった。
 ようやく安堵(あんど)した私は、そのままペタリと地面に座り込んでしまった。

「ひのめちゃん、立てる?」

「もうダメ。立てそうにない……」

「仕方ないなー」

 お兄ちゃんがしゃがみこむと、ひょいと私を背負ってくれた。

「隊長も心配しているし、皆のところに戻ろうか?」

 久しぶりにのったお兄ちゃんの背中は、とても広くて温かかった。





 ひのめの初恋!?

作:湖畔のスナフキン

(03)






 妹の蛍華ちゃんが行方不明となったということを聞き、忠クンが急いでその場から駆け出した。
 この場に置いていかれると困るので、私も忠クンの後を追いかけていく。
 
 忠クンは宮殿の中庭を突っ切ると、一番大きな建物に入った。
 そこは、ずっと上の階まで吹き抜けとなっている大広間だったが、忠クンは絨毯(じゅうたん)が敷かれた階段を二階に駆け上がると、二階のドアを開けて中に入っていく。
 私も忠クンの後から、同じ部屋へと入った。

「蛍華!」

 その部屋は、子供部屋のような感じだった。
 部屋の一角に小奇麗なベッドがあり、その周囲には多くのぬいぐるみが並べられているところを見ると、女の子の部屋らしい感じがする。
 しかし、部屋の別の一角にビーカーや試験管が並べられた棚があったり、その脇の作業机の上に、のこぎりやドリルが置いてあったのは、ちょっとすごいと思った。

「土偶羅! 蛍華はいつまで部屋にいたんだ?」

 短い手足をばたつかせた土偶羅が、ちょうどこの部屋に駆け込んできたところであった。
 その土偶羅をつかまえた忠クンが、蛍華ちゃんのことを(たず)ねる。

「さ、三十分前までは、この部屋でなにかの作業をしていたと、ハニワ兵が申しておりましたが……」

「ねー、忠クン。なんかメモが置いてあるけど」

 作業机を見ていた私は、怪しい液体が入っているフラスコの隣に、『お兄ちゃんへ』と書かれている書き置きを見つけた。

「なになに。『ちょっと薬の材料が足りなくなったので、森に調達に行ってきます──蛍華』
 蛍華のやつ、一人で森に出かけたのか!」

 忠クンが、すごく(あせ)った表情をしていた。

「忠クン。森に出かけることに、なにか問題あるの?」

「魔界の森には、いろいろな生き物がいて、危ないところも多いんだ。
 蛍華はその辺のことはわかっているはずだけど、あいつは妙に無鉄砲なところがあるから……」

「それでどうするの? 放っておく? それとも追いかける?」

[もちろん、追いかけるけど」

「私も一緒にいくわ」

 私は部屋の外に駆け出そうとしていた忠クンを、すかさず呼び止めた。

「えっ、でも危ないよ!?」

「私も霊能力使えるし、足手まといにはならないわ」

「わかった。じゃあ、これを付けて」

 忠クンが指輪を、私に投げてきた。

「なに、これ?」

「ニーベルンゲンの指輪」

「ニーベルンゲンの指輪って……うっそー! 超レアアイテムじゃない!」

 ニーベルンゲンの指輪は、それを付けた人の霊力が大幅にアップするとともに、アイテムを使うと防御力の高い盾を出すことができる。
 竜の牙と並んで、最強クラスのアイテムである。

「うちのお袋が作った模造品(イミテーション)だけど、効果はそこそこあると思うよ」

「ルシオラさんって器用なのねー」

 私は指輪を、左手の中指に()めた。
 指輪のサイズが合うか気になったが、ピタリと指に(はま)った。
 もしかしたら、何かの魔力が働いて、サイズを調整しているのかもしれない。

「この指輪には、もう一つ別の働きがあるんだ。
 普通の人間が魔界にくると、霊力や体力の回復が効かないから、力を使い果たすと
 死んじゃうんだよ」

「えっ、そうなの!?」

「この宮殿の中なら大丈夫だけど、外に出るとそうはいかないんだ。
 でも、この指輪を付けていれば、魔界の魔力を霊力に変換してくれる。
 体力の回復も、普段より早いと思うよ」

「へえーーっ。本当に便利な指輪ね」

「それじゃあ、出発しようか」




 宮殿の裏門から外に出ると、すぐ近くに森が広がっていた。
 私は忠クンの後について、森の中へと入っていく。

 森の中は、木や草がビッシリと生えていること以外は、普通の森と変わらなかった。
 もっとも、「ギャーギャー」と不気味な声が遠くから聞こえてくるところなど、さすが魔界と思ったりしたが。

「ねえ、忠クン。どうやって蛍華ちゃんを捜しているの? まさか当てずっぽうじゃないよね?」

「これ」

 忠クンが私の前に、『嗅』という字が出ている小さな珠を見せた。
 どうやら文珠の力で、蛍華ちゃんの臭いを追っているらしい。

「これって文珠よね? 忠クンも作れるの?」

「自分じゃ、まだ作れないんだ。オヤジはそのうち作れるようになるって言ってるけど。
 いちおう緊急時のために、何個か文珠をもっているんだ」

「ふーん」




 森に入って五分ほど経った頃、私たちは道の左側が大きく(くぼ)んで、急斜面となっている場所を通過した。
 道はその急斜面に沿って、さらに森の奥へと進んでいる。
 私が忠クンの後を追ってその(がけ)の上の道に足を踏み入れたとき、右側の森がガサガサと()れて、何かが飛び出してきた。

「キャッ!」

 間一髪のところで私は後ろに飛び退き、森から飛び出してきた何かを回避する。

「吸血ヅタだ! そいつに絡まれると、血を吸われるぞ!」

 忠クンはポケットから小さな勾玉(まがたま)のようなものを取り出すと、それを剣に変化させた。
 たぶん、ニーベルンゲンの指輪と並ぶ超レアアイテムである、『竜の牙』だと思う。

 忠クンは吸血ヅタを竜の牙を変化させた剣で切り払ったが、森からさらに吸血ヅタの群れが現れ、私と忠クンに(せま)ってきた。

「念力発火!」

 私はこっちにやってきた吸血ヅタを、火で燃やした。
 ニーベルンゲンの指輪の力はさすがに強く、指輪の霊力が上乗せされた発火能力で、たちまち十数本の吸血ヅタを火に包んでしまった。

「ま、ちょろいもんね」

 だが、ここで油断したのがいけなかった。
 私が前からきた吸血ヅタを燃やしている隙に、背後から別の吸血ヅタが近づいてきていた。

「あっ!」

 私は(あわ)てて飛び退いたが、飛び退いた先が(がけ)っぷちギリギリの場所だった。
 そこで立ち止まろうと踏ん張った瞬間、足元の土が(くず)れてバランスを失ってしまう。

「えっ、あっ、ちょっと!」

 私は空中で手を動かして、何とかバランスを取ろうとしたがダメだった。

「キャアアアッ!」

 バランスを失った私は、悲鳴をあげながら(がけ)の下に転がり落ちてしまった。



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