賢者の贈り物
作:男闘虎之浪漫
「カネが無い……」
万年金欠病の横島であるが、今回ばかりは深刻であった。
旧姓氷室キヌと結婚して、はじめて迎えるクリスマス。
新妻に熱愛の横島としては、妻の喜ぶ顔を是非にも見たい。
しかし、先立つものが無かった。
(独立するのが早すぎたかな?)
起業は、とにかく金がかかるのである。
事務所の家賃や光熱費、従業員の給料など、仕事が何もなくても運転資金を必要とする。
雪之丞やピートは、給料は当面出来高払いでいいと言ってくれたが、タイガーは毎月最低限の生活費を必要としていた。
仲間を差別したくはないので、所長の横島も含めて固定給を支給することにしたのだが、結果として人件費が会社の経理を圧迫した。
ともかく、今はカネが無い。
顧客からの入金は年末ギリギリになる予定だ。
自分一人で生活していた時は、街を歩くカップルを妬みつつもカップラーメンで寂しいクリスマスを過ごしていたであろうが、所帯をもった今ではそうもいかない。
(厄珍のところにでも行ってみるか……)
厄珍はとにかく顔が広い。金儲けの話には必ず飛びついている。
臨時の収入を期待しつつ、横島は厄珍の店へと向かった。
「おおボウズ久しぶりアルね。新婚生活は順調アルか?」
「いや家庭生活は順調なんだが、ちょっと今ピンチなんだ……」
いつもの横島ならばここで厄珍との猥談に突入するのだが、今日はさすがにシリアスであった。
今の窮状を厄珍に打ち明ける。
「そういう事情ならば、いい話がアルね。しかもボウズ向きアルよ」
「えーーっ、またアレかよーー!」
クリスマスイブの日、横島の姿は厳寒の山間部にあった。
(体感気温…マイナス20度といったところかな)
吹雪が荒れ狂う中、絶壁を一歩また一歩とよじ登っていく。
そう、横島は織姫のところに向かっていたのである。
今の横島ならば文珠を使って飛んでいくこともできるのであるが、古来からの掟により織姫のところに向かうものは徒歩で行くことになっている。
文珠を使って寒さをしのいではいるが、絶壁をよじ登ることは大変な重労働であった。
(昔の俺は、よく文珠なしでここを登ったな)
横島は苦笑する。見たこともない織姫の姿を妄想しつつ、煩悩パワーで突き進んでいったのだ。
だが今は織姫の姿を想像すると、一気に気力が萎えそうになる。
横島はひたすらおキヌのことを思いつつ、崖をよじ登っていった。
何とか夕方には自分のアパートに戻ることができた。(結婚した時に以前のアパートは引き払っている)
2DKのささやかな部屋だが、新婚の二人が住むには十分の広さである。
今回は報酬として織姫が織ったコートを貰った。(織姫は代替わりしていた。顔は見ていないが、かなり若い感じであった)
以前におキヌにあげた服によく似合うように、おキヌが服を着て写した写真を織姫に見せて選んでもらった。
「ただいまー」
「おかえりなさーい♪」
おキヌの優しい声が横島の耳に入る。さらに食欲をそそる料理の香りが玄関にまでただよってきた。
「んー、いい臭い。おキヌちゃん今晩は何?」
「もう、いつまでも『ちゃん』付けしないでください。私はもう『忠夫さんの妻』なんですから……」
「ごめん、なかなか言い慣れなくて」
横島はキッチンに入る。
「おーっ、こ、これは……」
キッチンの上に並んでいたのは定番の七面鳥(丸ごと一匹)に、ホカホカのボルシチ、ローストビーフなどなど、おキヌが腕を振るった料理の数々であった。
「ス、スゴイよ。俺、こういうクリスマスが昔からの夢だったんだ」
横島の実家は両親が共働きであったため、クリスマスの料理はいつも店で買ってきたものばかりであった。
また一人暮しをはじめてからは、GS絡みで様々な事件に巻き込まれることが多く、このように落ち着いたクリスマスをすごすことが無かったのである。
「さぁ、食事にしましょう」
いつも食事をするテーブルに向かい合って座り、スパークリングワインで乾杯をした。
横島はガツガツと、おキヌはゆっくりと食事を進める。
仕事での笑い話や昔の思い出などを楽しく語り合いながら、楽しい一時をすごした。
食事が終わって少しくつろいでから、おキヌがバックからリボンで包んだ薄い紙包みを差し出した。
「はい、クリスマスプレゼントよ」
「おキヌちゃん、これ──」
横島はその場で包みを開く。
中に入っていた封筒の封を切ると、中から出てきたのは数枚の一万円札であった。
「この前、ピートさんと偶然あった時に聞いたんです。忠夫さん、小遣いがなくてピーピーしてるって……」
横島は目を丸くする。
「私が家計をやりくりするのが下手だから忠夫さんに苦労させて申し訳なくて……。それでお金に替えてもらえそうな物をもって厄珍さんのところに行ったら、厄珍さんが笑って『これをおキヌちゃんから取り上げたら横島に殺されるから、しばらく預かるアルよ』と言って、お金を貸してくれたんです」
(厄珍め、めずらしく味なマネをしてくれるぜ……)
「そのお金で今日の夕食の準備をして、残ったお金を包んでおいたの」
「おキヌちゃん……」
横島はおキヌの心遣いが何よりうれしかった。
「じゃ、これ俺から」
横島は織姫のコートをおキヌに渡す。
「忠夫さん、これは──」
「そう、例のヤツさ。前にあげた服に合うんじゃないかと思って」
織姫が織った織物は柔らかく、重さをまったく感じないほど軽い。おキヌにわからないはずがなかった。
横島はおキヌが喜んでくれるかと思ったのだが、おキヌは下を向いてしまった。
「忠夫さん、すごく嬉しいんですけど、今着られないんです……」
「え!? どうして??」
「前にもらった服を厄珍さんの所に置いてきたんです。揃いで着るとすごく似合うと思うんですけど、今手元にないから……」
横島は合点がいった。おキヌは織姫の服を質に入れたのだ。
「おキヌちゃん……いいんだ。今おキヌちゃんが着飾った姿を見られないのは残念だけど、年末には入金が入るからすぐ取り戻せるさ。初詣の時に見られれば、俺はそれでいいよ」
おキヌの表情がパッと輝く。
「じゃあ今度は、二人で初詣に行きましょうね♪」
「そうだね。でも今はクリスマスディナーの続きを──」
横島は、おキヌの体をぐっと抱き寄せる。
「メインディッシュをいただきま〜す」
そのまま唇と唇を重ね合わせた。
(お・わ・り♪)