「あなた〜〜」
「なんだね、母さん」
「冥子のことで、お話があるんですけど〜〜」
ある日の夜、自宅のリビングで映画を見てくつろいでいた冥子の父に、彼の妻が話しかけてきた。
「冥子も年頃ですから〜〜そろそろ相手を探さないと〜〜」
「冥子には、まだ早いんじゃないのか」
冥子の父が、一瞬眉をひそめる。
冥子は二十七歳になっていたが、容貌も立ち振る舞いも、二十歳の頃からほとんど変わっていなかった。
父親からすれば、まだまだ娘が可愛いのである。
「でも〜〜そういうことを言ってるうちに〜〜適齢期を逃してしまうんですよ〜〜」
「むっ……」
「お見合いくらいなら〜〜かまわないでしょう〜〜」
「まあ、見合いくらいならいいだろう。ところで、相手は誰なんだ?」
「この人が〜〜いいと思うんですけど〜〜」
冥子の母が、夫に釣り書きを見せた。
「ふむ。そう悪くはないな。歳が若いのが気になるが」
「冥子も子供っぽいから〜〜釣り合いはとれてるんじゃないかしら〜〜」
冥子の父親が手にしていた釣り書きには、『横島忠夫』の名が記されていた。
式神使い鬼道政樹 お見合い大騒動!
作:湖畔のスナフキン
(上)
「よっ。暑いのにたいへんだな」
六道女学園に来た横島が、風で砂埃が舞い上がらないよう、グラウンドに水を撒いていた鬼道に声をかけた。
「ま、これも教師の仕事やからな。横島こそ、珍しいやないか」
「六道理事長に呼ばれたんだ。大事な話があるとか言われてな」
Gジャンを着たラフな服装の横島を見て、仕事の用事だろうと鬼道は見当をつけた。
横島は二年前に独立したばかりだが、国内屈指の実力と低料金での除霊を武器にして、着々と業績を伸ばしている。
もともと知名度の高かった美神除霊事務所の出身ということもあり、業界内でも注目が集まっていた。
「そっか。ま、儲かるからって、あまり無理はしなさんな」
「わかってるって。じゃあ、またな」
横島は鬼道から離れると、校舎の玄関に入った。
鬼道はグラウンドに水を撒き終えると、ついでに植えてある花や樹木に水をやるため、校舎に隣接している裏庭へと向かった。
「な、なんですっって!」
裏庭で草木に水を撒いていた鬼道の耳に、理事長室の辺りから横島が驚く声が聞こえてきた。
興味を引かれた鬼道は、ホースで水を撒きながら、理事長室の窓の下へと近づく。
「あら〜〜そんなに驚くことないじゃない〜〜。
それとも、横島くんには〜〜交際中の女性がいるのかしら〜〜」
「そ、そんな相手、いないですけど」
「もしかして〜〜うちの冥子じゃ不足なの〜〜」
「い、いえ。とんでもないッス」
「それじゃあ〜〜お見合いよろしくね〜〜」
見合いという言葉を聞いた鬼道は、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
(め、冥子はん……)
鬼道と冥子は、古来からのしきたりに従い、『果し合い』をしたことがあった。
結果は鬼道のボロ負けであり、しきたりに従って、式神『夜叉丸』を差し出さなくてはならなかったが、冥子はその場で夜叉丸を鬼道に返してしまった。
寂しがり屋の冥子は、式神よりも友人が欲しかったのである。
やがて鬼道が、六道女学院に教師として就職すると、自然と冥子と顔を合わせる機会も増えた。
天然な冥子は友達が増えたと素直に喜んでいたが、ストイックな側面はあるものの、普通の男性である鬼道にすれば、友人以上の感情を抱くのはごく自然なことであった。
その冥子が、見合いをするというのである。
しかもその相手は、自分もよく知る横島だった。
話を聞いてしまった鬼道は、何とも言えない重苦しさを感じていた。
その日の晩、鬼道は飲みなれない酒をしこたま飲んでいた。
いくら飲んでも気分が晴れることはなく、後味の悪さをずっと引きずっていた。
終電近くになってから、鬼道は重い体を引きずって、自分の部屋へと帰った。
はじめて出かけた屋敷の庭で、うろうろしていたら迷子になりかけてしまった。
そのとき、目の前の草木をかき分けて、品のいいワンピースを着たおかっぱ頭の女の子が姿を現した。
「あら〜〜? あなたはだあれ〜〜?」
「あ……ボ、ボク、鬼道政樹。君は?」
「あ〜〜お母様の昔のお友達の子ね〜〜」
「それじゃあ、君が冥子ちゃん?」
「ね〜〜マーくんて呼んでいい〜〜?」
その子が目の前で、自分に向かってにっこりと微笑む。
「う、うん」
「今日から〜〜私たちお友達ね〜〜」
その子がにっこり微笑んだとき、心臓の鼓動がしだいに高鳴っていくのを感じていた……
PiPiPiPi……
翌朝、鬼道は目覚まし時計が鳴る音で目を覚ました。
昨夜の深酒のため二日酔いとなり、こめかみの辺りがズキズキと痛んでいる。
(久しぶりに見たな……冥子ちゃんの夢)
こめかみを指で押さえながら、鬼道は先ほどの夢の内容を思い出した。
もっとも、鬼道の夢に出てくる冥子は、かなり美化されている。
初対面の挨拶をしたあと父親のことでなじられ(冥子にはそのつもりはなかったが)、さらに十二体の式神の暴走に巻き込まれて、三日三晩寝込んだのが真相だった。
鬼道はのろのろと起き上がると、シャワーを浴びてから着替えた。
落ち込む気持ちと二日酔いのダブルパンチで、食欲がまったくない。
新聞を読みながらコーヒーを胃の中に流し込んでいたとき、電話の鳴る音が聞こえた。
「はい、鬼道です」
「もしもし、鬼道君? 美神だけど」
電話の相手は、美神だった。
「美神さんですか……お久しぶりです」
「ん? なんか元気なさそうね。大丈夫?」
「ぼちぼちってとこです」
「まあいいわ。ところでさあ、冥子と横島クンがお見合いするって話、聞いてる?」
「さすが、耳が早いですね。ええ、一応知ってますよ」
「ずいぶん冷静じゃない。あんた、冥子がお見合いするってのに、何とも思わないの?」
「な、な、な、何でボクが!」
令子の突っ込んだ発言に、鬼道は思わず声が上ずってしまう。
「あんたが冥子に気があることくらい、ちゃんと知ってるわよ」
「どうしてです!」
もちろん鬼道は冥子に気があったが、そのことは誰にも口外していなかった。
「おキヌちゃんが学校に通ってた頃、いろいろ情報が入ってきてたのね〜〜。
冥子が学校に顔を出すと、鬼道先生がそわそわして落ち着かなくなるとかさ。
六道女学院の生徒の間では公然の秘密みたいよ。気づいてないのは、冥子ぐらいじゃないの?」
鬼道の顔色がサーッと青くなった。
先ほど飲んだばかりのコーヒーが、胃の中から逆流しそうになってしまう。
「で、用件は何ですか」
「あたしと手を組まない? 冥子のお見合いを邪魔するのよ」
「そりゃかまいませんが、でも……」
なぜ冥子の見合いの邪魔をしようとするのか、鬼道は疑問に思ったが、すぐに答えがわかった。
「なるほど。つまり美神さんは、親友の冥子さんに横島を取られたくないと」
鬼道は思わず、ポンと手を叩きそうになった。
「あ、あのねえ!」
声が上ずるのは、今度は美神の番だった。
「そりゃ横島クンは今は一人立ちしてるけど、一応師匠は私なんだし、何か問題起こしたら、
やっぱり師匠の責任と言うのも問われかねないわけで……」
くどくどと美神が弁明の言葉を並べたが、鬼道はすべて聞き流していた。
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