マリア・Forever

作:湖畔のスナフキン


 男は切り株の上に、(まき)割り用の木を置いた。
 そしてそれめがけて、手にした斧を振り下ろす。

 カーン!

 (まき)を割る音が周囲の森に響いた。
 男の年齢は30歳くらいであろうか。精力的な顔つきをしていたが、どこか落ち着いた雰囲気を(ただよ)わせていた。

 男の背後にあるログハウスを除き、周囲に人家は見当たらない。
 男は(ひたい)の汗を拭うと、別の木を切り株の上に置いた。
 そしてもう一度斧を振りかぶろうとした時、何かに気づいたのか振り上げかけた斧を足元に下ろした。

「客か。珍しいな」

 男は前方の空を見上げる。その方角から何かが近づいてくるのが見えた。
 男は手を休めたまま、それが近づいてくるのを待つ。

 しばらくして空から男のもとにやって来たのは、一人の少女であった。
 きれいな金髪をショートカットでまとめており、黒のダッフルコートを身にまとっている。
 十代後半くらいの年齢に見えるが、やや無表情な顔つきが特徴的であった。

「おひさしぶり・です。横島さん」
「久しぶりだね。マリア」




 横島はマリアとともにログハウスに入った。
 入り口を入ると広間になっており、真中に木でできたテーブルが置かれていた。

「まあ座ってお茶でも……っと、ごめん。マリアに茶をすすめても仕方ないよな」
「ノー・プロブレム。マリア・気にしてません」

 横島は自分の茶碗に日本茶を入れ、テーブルに置いた。

「そういえば、カオスの爺さんの容態(ようだい)は? あまり見舞いに行かなくてすまないな」
「そのこと・です。横島さん。ドクター・カオスが・意識を・取り戻しました」
「えっ!」
「それで・ドクター・カオスが・横島さんを・呼んで・きてくれと」




「久しぶりじゃな。小僧」
「やれやれ。爺さんと会ってから二百年以上たっても、まだ小僧あつかいか」

 時は2235年、横島の年齢は二百歳を越えていた。
 21世紀に入ってまもない頃、横島の体内に眠っていた魔族因子が発動し、横島は魔族となってしまった。
 否応(いやおう)なく魔族の一員となってしまった横島であったが、それまでのGSとしての経歴、そして神族との伝手(つて)の広さを魔族の指導者たちから見込まれ、そのまま魔族代表として人界に駐留することとなったのである。

 一方のカオスであるが、21世紀の後半にメタ・ソウルの量産化にとうとう成功した。
 マリアのメタ・ソウルをベースにしたメタ・ソウルが数多く複製され、最新技術で作られたアンドロイドたちに埋め込まれていった。
 現在は、量産タイプのパシリスクM・3が市場の大半を占めている。

 長年、貧乏に苦しんできたカオスであったが、量産タイプのアンドロイドのパテント料で、一躍大金持ちとなった。
 しかし長年の夢がかなった反動からか痴呆症(ちほうしょう)が一気に進行し、ほとんど寝たきりの生活となってしまった。
 最近は、意識がある時の方が少なかったほどである。
 だがそのカオスの意識が回復し、それと同時に知性も取り戻していた。

「千年以上生きたワシから見れば、いくら魔族となってもまだまだ小僧じゃよ。それはそうと、大事な話がある」
「大事な話って、いったいなんだい?」
「ワシは、まもなく死ぬ」

 横島は驚いた。ドクター・カオスは古代の秘術で不死となっていたのでは──?

「いくら秘術とはいえ、肉体の老化を完全に防ぐことはできなかった。極度に進行が遅れていたとはいえ、じわじわと老化していったのはそなたも知ってのとうりだ」

 確かにマリアや美神さんと一緒に中世に時間移動した時のカオスは、今よりずっと若々しかった。

「これも人の運命(さだめ)じゃよ。小僧のように魔族となる道もないわけではないが、それはワシの趣味ではないからな──」

 人が魔族となるのは容易いことではない。だがカオスほどの実力があれば不可能ではないはずだが、カオスは自らの意思でその道を拒んだ。

「ワシはずいぶん長く生きてきた。その間に魔道を極め、さまざまな研究にも手を出してきた。貧乏には長年苦しんだが、ようやく社会的な成功も手に入れた。だが一つだけ思い残すことがある。マリアのことだ」

 カオスが、横島の手をぎゅっと(つか)んだ。

「マリアをよろしく頼む」
「俺がか?」
「普通の人間ではダメだ。マリアに何度も離別(りべつ)の悲しみを味あわせてしまう。そうなるとワシの知り合いではおぬしかピートとなるが、おぬしの方が確実じゃからな」
「まあ確かに、滅多(めった)なことでは死なない体にはなっちまったがね」
「なんなら、マリアを小僧の後添(のちぞ)えにやってもいいぞ。マリアも小僧を好いているようじゃ」
「……いや、その話は少し考えさせてくれ」
「まあ、おぬしは微妙な立場じゃからな。他からも縁談がきとるんじゃろう」
「魔族からは四件、神族からも内々で打診があった」

 魔族の代表として人界に駐留している横島を自陣営に取り込むべく、魔族内部でさまざまな駆け引きが行われていた。その駆け引きの一つが政略結婚である。
 またデタントの流れをより確実にするため、横島との連携を強化すべく神族からも秘密裏で打診があった。

「もてる男はツライのう」

 横島は、苦笑いを浮かべるしかなかった。




「じゃ、また来るから」

 いったん横島は引き上げることにした。マリアが玄関まで横島を案内した。

「マリア、少し庭を歩かないか」
「イエス。横島さん」

 カオスの家はかなりの豪邸だ。部屋はいくつあるかわからないし、庭も玄関から入り口まで、歩くと15分くらいかかる程の広さがある。

「マリア、カオスの爺さんのことなんだけどな。ひょっとしたら……」
「横島さん。マリア・わかっています。その話は・しないでください」
「そうか……」

 横島はそこで口をつぐむと、立ち止まってマリアの方を振り向いた。
 マリアは少し顔をうつむかせたまま、立っている。
 横島の目には、マリアが悲しみを必死に抑えているように見えた。

「マリア、悲しいときは悲しいって言っていいんだよ」
「横島さん……マリア・悲しくても・泣くことが・できません」

 横島はマリアの首に手を回すと、そっと抱きしめた。
 マリアは黙って、横島の胸に顔をうずめた。


「落ち着いた?」
「イエス・横島さん」

 二人が再び言葉をかわしたのは、それから数分後であった。

「もし何かあっても、俺がマリアの面倒を見るから……」
「ありがとう・ございます。横島さん」
「なあ、マリア。迷惑もけっこうかけられたが、俺もカオスの爺さんにはずいぶん世話になった。なんか、カオスの爺さんにしてやれることってないかな?」

 マリアは少し考えてこんでいたが、やがて口を開いた。

「横島さん。以前に・ドクター・カオスと・私が・テレビを・見ていた時……」

 横島はマリアの話を熱心に聞いていたが、やがてポンと手を叩いた。

「よし。それでいこうか!」




 横島がドクター・カオスの屋敷を訪れたのは、それから一週間後のことであった。

「なんじゃい、またおぬしか」
「爺さん、すまない。マリアをちょっと借りる」
「なんでまたマリアを?」
「一時間くらいで戻ってくるから」

 横島はマリアの手を取り、部屋の外へ出ていった。


「爺さん、戻ってきたぜ」

 横島の服装は最初にやってきたジージャンにジーパン姿とは異なり、タキシードを着ていた。

「なんじゃい、その服装は?」
「この次がすごいぜ。さあ、お姫様のご入場だ」

 両開きのドアがバタンと開くと、純白のウェディングドレスを身につけたマリアが、部屋の中にしずしずと入ってきた。
 ベッドの上からカオスが、ポカンとした顔でその様子を見つめている。

「マリア、その姿はいったい……」
「マリアから聞いたぜ。テレビで結婚式の番組を見ていた時、マリアの花嫁姿を一度見てみたいって言ったんだってな?」
「そりゃ、そんなことを言ったかもしれんが……」
「ドクター・カオス。マリア・きれいですか?」

 カオスは、あわてて答えた。

「もちろんじゃとも。マリア。マリアの嫁入り姿を見ることができるとは、夢にも思ってみなかった」
「うれしい・です。ドクター・カオス……」

 マリアはそっと顔をうつむかせた。もしマリアに涙腺(るいせん)があれば、間違いなく涙を(こぼ)していたに違いない。
 カオスも深く感動していた。

「小僧。とうとうマリアを嫁にする決心がついたか」
「いや、悪いがその話はまだなんとも……」
「馬鹿者が。こういう時はウソでも言いから『はい』といって、年寄りを安心させるもんじゃ。まだまだ小僧じゃのう」

 横島の心中を見透かしたかのように、カオスがニッと笑った。

「まあ何にせよ、礼を言うぞ」
「横島さん・ありがとう・ございます。ドクター・カオスが・喜んで・マリアも・嬉しい・です」

 横島は少し照れると、頭をボリボリと手でかいた。




 マリアが横島のもとを訪れたのは、それから四十日後のことであった。

「マリア」

 マリアは喪服を身にまとい、薄い黒のベールをかぶっていた。

「横島さん。ドクター・カオスが・亡くなりました」
「そうか……」

 横島はマリアを家の中に入れると、テーブルに向かい合って座った。

「横島さん。ドクター・カオスからの・メッセージがあります」

 マリアが3D立体ビデオのスイッチを入れると、カオスの立体映像がテーブルの上に映し出された。

「小僧。すまんがワシが死んだらワシの葬儀を仕切ってくれ。こればっかりはマリアには頼みにくいでな。財産は全部おぬしに残しておく。まあ魔族のおぬしにはカネなぞ不要じゃろうが、好きに使ってくれ。それから、おぬしを男と見込んでの頼みじゃ。くれぐれもマリアのことをよろしく頼むぞ……」

 そこで映像が終わった。

「わかったよ、爺さん……」

 横島はその場にいないカオスに向かって、返事をかえした。




 カオスの葬儀が終わって数日後、横島の家の住人が二人になった。
 さらに家の庭に、大理石でできた小さな墓が作られた。
 その墓にはきれいな花束が毎日欠かさず飾られていたと、後世に伝えられている。


(完)


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