夏の日の思い出

作:男闘虎之浪漫

(01)




 連休明けの日、朝から弓は機嫌がよかった。
 もっとも弓の機嫌がよいのは、今日に限ったことではない。
 澄ました表情でいることの多い弓だが、最近はニコニコとしていることが多くなった。

「あれは絶対、オトコだね」

 普段は弓とあまり会話をしないクラスメートからも、そういう声が聞こえるようになった。

「ねーねー、おキヌちゃん。たしか弓って、フリーのGSとつきあってるんだよね。最近、何かあったのかな?」

 クラスメートの一人が、休憩時間におキヌに話しかけてきた。

「特にそういう話は、聞いていないですけど」
「そうなの? でもあの様子じゃ、絶対何かあったんだと思うんだけどなー」

 首をかしげながら、そのクラスメートはおキヌから離れていった。

「…………」

 おキヌは机の上にもたれかかると、顎を両方の手のひらで支え、しばらく考え込んだ。
 弓の機嫌がいい理由は、だいたいわかっている。一月ほど前に横島とおキヌで、雪之丞と弓のケンカを仲裁したが、その後二人は仲直りしたのだ。
 弓は特に何も言わなかったが、おキヌは弓の様子を察していた。




「なー、弓。最近、雪之丞と仲がいいんだってなー」

 放課後、いつものようにおキヌ・弓・魔理の三人で学校からの帰る途中で、魔理が弓に話しかけた。

「そ、そんなことはないですわ。フツーにしてますけど」
「隠したって無駄だよ。タイガーから全部聞いてるから♪」

 一瞬、弓の目が険しくなった。

「……あのバカ。タイガーさんに話せば、全部筒抜けになるのは分かりきっているじゃないですか」

 弓が小声で、雪之丞への文句を口にした。

「毎週、カレと食べ歩きしてるんだよなー」
「べ、別に、雪之丞と食事をしているだけですわ」
「かわりばんこでレストランを選んで、それで『弓の選ぶ店は、高いところばかりで困る』って雪之丞さんがボヤいているってところまで、聞いているけど」

 魔理はニヤニヤしながら、弓の顔を(のぞ)きこんだ。

「いーよな、カレが金持ちだと。タイガーはまだバイトだからあまりカネがかかるところはいけないし、勘定もたいてい割り勘になることが多いしね」

 魔理とタイガーもつきあいはじめてから、だいぶ長くなっている。
 ケンカしたり仲良くなったりと、浮き沈みの激しい弓と雪之丞とは異なり、波風も少なく堅実なつきあいをしているようだ。

「でもフリーのGSだから、収入が全然安定してないんですよ! 最近は稼いでいるみたいですけど、ちょっと前まで全然収入がなくて、デートも公園で缶ジュースを飲んで終わりってときもあったんですから」
「カレが貧乏でもデートしているんだから、もうベタ惚れだね! もういっそのこと、結婚しちゃえば?」

 魔理は弓が何か言い返すかと思ったが、弓は『結婚』という言葉を聞いた途端、カーッと顔を赤らめてしまたった。

「ねー、おキヌちゃん。弓と雪之丞さんって、似合いだと思わない?」

 魔理は振り向いて、少し後ろを歩いていたおキヌに話しかけた。

「…………」

 だがおキヌは返事をしなかった。
 少しうつむきながら、二人の後をとぼとぼと歩いている。

「おキヌちゃん、どうかしたの?」

 魔理が心配そうな声で、話しかけた。

「あ、ごめんなさい……。ちょっと、考え事をしてたの」

 弓と魔理は、しまったと心の中で思った。
 この二人と違い、おキヌにはつきあっている男性がいない。
 いや。正確に言えば、おキヌはある男性にずっと片思いをしていた。
 弓と魔理はおキヌの思いを、以前からよく知っていた。

「弓。ちょっと喫茶店にでも入らないか」
「そうしましょうか。おキヌちゃんも一緒に行かない?」

 弓と魔理は沈みこんでいるおキヌを励まそうと、近くの喫茶店に入ることにした。







 カラン カラン

「いらっしやいませ」

 弓・魔理・おキヌの三人は、駅近くの喫茶店に入った。
 その店はカウンターも含めて二十名ほど入れる広さがあったが、他校の女子高生と買い物帰りの主婦たちで席の半分ほどが埋まっていた。
 三人が四人がけのテーブルに座ると、茶髪をショートカットでまとめた二十歳くらいのウェイトレスが、注文を取りにきた。

「ご注文は何にしますか?」
「あたしは、アイスミルクティーとチョコレートケーキを」
「私は、レモンティーとシナモンケーキでお願いしますわ」

 魔理と弓が、ウェイトレスに注文を伝える。

「あの、私はレモンティーだけで……」
「だめだよ、おキヌちゃん。甘いものでも食べて元気ださなきゃ」

 いつも元気いっぱいの魔理が、アドバイスを入れた。

「フルーツパフェを追加でお願いします」
「アイスミルクティーが一つ、レモンティーが二つ、チョコレートケーキとシナモンケーキとフルーツパフェが一つずつですね」

 ウェイトレスは注文を確認すると、調理場へと下がっていった。




「おキヌちゃん、最近仕事の方はどんな感じ?」

 魔理がおキヌに話しかけた。

「特にいつもと変わらないですけど」
「いつも、誰とペアを組んでる?」
「そーですねー。二人で出かける時は、美神さんですね。二人じゃない時は、たいてい事務所のメンバー全員です」
「横島さんとは、ペアを組まないの?」

 弓がおキヌに(たず)ねた。

「横島さんは全員で除霊するとき以外は、たいてい一人で除霊してます」

 もちろんこれは、美神の差し金である。美神いわく『横島クンを女の子と二人きりにしておいたら、何をしでかすかわからない』ということらしい。
 ちなみに美神除霊事務所のメンバーは、横島以外全員女性だ。

「でも事務所にいる時は、横島さんも一緒じゃなくて? 二人で話す機会とかないの?」
「横島さんが事務所にいる時は、たいてい全員(そろ)っていることがほとんどなんです。シロちゃんなんか横島さんが事務所にいると、ずっとまとわりついてますし──」
「ふーーん」

 魔理があいづちを打ったとき、ウェイトレスが注文の品を運んできた。

「お待たせしました」

 ウェイトレスが、注文の品をテーブルに並べる。
 弓と魔理とおキヌは紅茶を飲みながら、別の話題でお(しゃべ)りを続けた。




 喫茶店で一時間ほど過ごしてから、三人は外に出た。
 事務所に戻るおキヌと別れた後、弓と魔理は二人で駅に向かって歩いていく。

「なー、弓。どう思う?」
「何のことです?」
「もちろん、おキヌちゃんのことさ」
「そうですね……。やっぱり、環境が問題かと思いますけど」
「そうだよね。横島さんとの仲は悪くないみたいだけど、あれだけ人がいるとどうにもならないよね」

 現在の美神除霊事務所のメンバーは、美神・横島・おキヌ・シロ・タマモの五人である。
 横島とおキヌが二人だけで仕事に出ることはまず無いし、事務所にいるときはたいてい五人(そろ)っている。
 これではおキヌが横島との仲を深めようにも、周りから邪魔が入ってどうにもできない。

「おキヌちゃんと横島さんを、何とか二人きりにできないかしら?」
「二人きりにかー。……ダメだ。頭わりいから、どうしていいかわかんねー。弓、どうしたらいいかな?」
「急に話を振られても、困りますわ」

 弓も魔理も霊能力者としてはかなり優秀ではあるが、いかんせん人生経験に乏しい。
 第一線で活躍するGSのアシスタントをしており、ある意味二人よりも社会経験が豊富なおキヌの悩みを、そう簡単に解決できるわけがなかった。

「とりあえず、知り合いにでも相談してみるよ。またな、弓」

 弓と魔理は駅で別れると、自宅への帰途についた。



【あとがき】
 この作品は、拙作『ケンカするほど仲がいい!?』の続きになっています。
 弓の機嫌がいい理由については、そちらをご覧ください。


BACK/INDEX/NEXT

inserted by FC2 system