夏の日の思い出

作:男闘虎之浪漫

(03)




 ザザーン

 横島はピーチパラソルの下に座っていた。
 10メートルほど前方では、波が浜辺に打ち寄せている。

 横島たちが来たのは、白い砂浜が広がる遠浅(とおあさ)の海岸であった。
 波もさほど大きくなく、海水浴場としてはうってつけの場所である。

「横島さん。どうしてここに来たんですか?」

 隣に座っていたおキヌが、横島に話しかけてきた。
 おキヌはセパレートの水着を身につけていた。
 色こそ紺色でやや控えめであるが、おキヌらしい健康的な美しさが感じられる。

「雪之丞のやつがさ、除霊の仕事を手伝って欲しいって言ってきたんだ。報酬はそこそこなんだけど、昼間は海で遊べるから、まっいいかなーって思って。おキヌちゃんこそどうして?」
「私は、弓さんと魔理さんに誘われたんです。やっぱり、除霊の仕事を手伝って欲しいって」
「うーん。話はわかったけど、何かアヤシイんだよな。なんで雪之丞やタイガーは、おキヌちゃんたちのことを黙ってたんだろう?」

 横島は、いぶかしげな表情を浮かべていた。

「あの……ひょっとして、私たちがいると迷惑ですか?」
「いや、全然そんなことないよ。海で男三人じゃむさくるしいから、女のコをナンパしようと思ってたし」

 そこまで言って、横島はハッと手で口をふさいだ。さすがにしまったと思ったらしい。
 横島がおそるおそる隣に座っているおキヌの方を振り向くと、おキヌがクスクスと笑っていた。

「やっぱり、横島さんですね。毎年、やることは変わらないんですから」

 おキヌが幽霊だった頃も含まれているが、横島や美神と一緒に、真夏のビーチやプールに何度もきていた。
 そして、その度にナンパに精を出す横島の姿を、おキヌは間近で見てきている。

 ちなみに成功したのは一回だけだ。
 半漁人の夫と痴話ゲンカをしていた人魚が横島のナンパに引っかかったことがあるが、その日の晩に夫と仲直りしたため、結局はフラれる結果となってしまった。

「何度やっても成功しないのに、それでもあきらめないのはスゴイです」
「……いいんだ。どうせ、俺なんか……」

 横島は膝をかかえて落ち込んだ。その背中には、かすかな哀愁(あいしゅう)がただよっている。

「横島さん、元気だしてください。背中にサンオイルを塗ってあげますから」
「へっ!? あ、ありがとう、おキヌちゃん」




 横島は背中にサンオイルを塗ってもらったあと、自分で顔と手足にオイルを塗った。
 おキヌにも塗ってあげようと言ったが、さすがにそれは断られる。

「よーーし、行こうか!」
「はい!」

 横島はエアーで(ふく)らませたビーチマットを脇にかかえ、海に向かって走り出した。夏の日差しで砂がかなり熱くなっている。
 横島のすぐ後ろから、浮き輪をもったおキヌが小走りでついてきた。

「それっ!」

 横島は波打ち際で大きくジャンプすると、ザブンと海に飛び込んだ。
 横島が海に飛び込んだとき、周囲に水しぶきが飛び散る。

「うわー、冷たい」

 横島の背後では、おキヌが膝の上まで水の中に入っていた。

「思いきって肩まで水の中に入れば、すぐに慣れるよ」

 おキヌは数歩前に歩くと、しゃがんで肩まで海の中に入ってみた。

「あ、ほんとです。思ったより冷たくない」
「少し沖まで行ってみようか?」
「ええ!」




 横島とおキヌは、いったん沖合いのブイまで泳いだあと、海岸近くまで戻ってきた。
 横島はマットの上に乗り、おキヌは浮き輪につかまりながら、波にまかせてただよう。

「海って楽しいですねー」
「海で遊ぶなんて何年ぶりかなー。東京に来てから、初めてかもしれない。おキヌちゃんは、海で泳いだことある?」
「私は海のない場所で育ちましたから。ただ、川で泳いで遊んだことはありますよ」

 横島は自分の(かたわ)らにいる少女の数奇な人生を、今更ながらに思い起こした。
 彼女が生まれ育った時代は、海水浴という娯楽がまだ存在しなかった時代である。
 常に控えめでおとなしく、見た目は普通の女子高生と変わらない彼女が、数百年ものあいだ幽霊であり続け、つい最近生き返ったばかりであるとは、事情を知る人でない限り信じることは難しいであろう。

「おーい、おキヌちゃーん!」

 少し離れた場所から、横島と同様にマットの上で寝そべっている魔理が、おキヌに呼びかけてきた。
 魔理の少し先では、タイガーが平泳ぎで泳いでいる。どうやら、マットをタイガーに引っ張らせているらしい。

「一文字さーーん!」

 おキヌは浮き輪に片手でつかまりながら、もう片方の手で魔理に手をふった。

「二人とも仲がいいねーー」

 魔理が()やかしの声をかける。
 その声を聞いた横島とおキヌは、顔を赤くしてしまった。

「じゃー、またあとでねー」

 ()やかすだけ()やかすと、魔理はマットを引っ張るタイガーに合図をして、二人から離れて別の方角へと移動していった。


 魔理に()やかされた横島とおキヌは、妙に相手を意識してしまい、しばらく顔を見ることができなかった。
 だが沈黙に耐えかねたのか、しばらくして横島が口を開いた。

「あのさ、おキヌちゃん。体も()えてきたし、そろそろ陸に上がろうか」
「は、はい!」







 海から上がった横島とおキヌは、レンタルしたピーチパラソルの場所に戻った。

「荷物番、おつかれ」

 そこには雪之丞と弓の姿があった。
 全員が海に行ってしまうと荷物が荒らされる危険があるので、交代で荷物番をしているのである。
 雪之丞はパラソルの外で、寝そべりながら肌を焼いていた。
 弓は日焼けしたくないのか、パラソルの下の日陰でくつろいでいる。

「楽しんできたか?」
「ああ。魔理さんにさんざん冷やかされたよ」
「じゃあ、交代だな。荷物をしっかり見てろよ」

 横島とおキヌと入れ替わりで、雪之丞と弓が海へ向かった。

「おキヌちゃん、のどが乾かない? 何か買ってこようか」
「ええ、お願いします」



「私たち、アナタたちとは一緒にいたくないです」
「なあ、そうツンツンするなよ。ちょっとぐらいつきあってくれよ」

 横島が海の家で缶ジュースを二本買って出てきたとき、二人組の少女が不良っぽい少年たち三人に絡まれているのを見かけた。
 少年たちの方は、横島と同じかやや年上のようだ。一方の少女たちは、おキヌたちよりもやや年下に見える。

「イヤです。放してください!」

 横島はどうしようか迷ったが、少年たちが少女たちを取り囲むのを見て、さすがに見捨てるわけにはいかなくなった。

「あのさー。ナンパするなとは言わないけど、嫌がる女の子に無理強いするのは、反則じゃないのか?」

 横島が少年たちの背後から、声をかけた。

「なんだよ。部外者はすっこんでろ」

 少年の一人が、横島に毒づいた。

「そうはいってもなー」

 少年たち三人の険しい視線が横島に集まる。
 だが横島はあわてず、悠然(ゆうぜん)と突っ立っていた。『ボク……不良とケンカするの苦手なんスけど……』と言っていたGS試験を受けた頃と比べると、格段に成長している。

「余裕こいてんじゃねーぞ、ゴラァ」

 不良の一人が横島に向かって一歩近づいたとき、横島は手にしていた小さな珠を投げた。
 その途端、少年の足元の砂が陥没(かんぼつ)する。

「うわっ!」

 あっというまにその少年は、首まで砂に埋まってしまった。

「な、何でこんなところに落とし穴が……」

 他の二人の手を借りながら、ようやくその少年が砂から()い出したとき、背後から横島を呼ぶ声が聞こえた。

「おい、横島」
「横島さん、何やってんですかノー」

 やってきたのは、雪之丞とタイガーであった。
 背はやや低いものの筋骨隆々とした雪之丞と、二メートル近い巨体のタイガーの姿をみて、横島に絡んできた少年たちは(ひる)んでしまう。

「ちっ、行くぜ」

 不良少年たちは、そそくさとその場を去っていった。



「あ、あの、ありがとうございました」
「ありがとうざいます」

 少年たちに絡まれていた二人の少女が、横島にお礼を述べた。
 一人は茶髪を肩までのばし、もう一人は短い茶髪をいく筋にも分けて編んでいた。
 二人とも少しガングロだが、肌はきれいな小麦色に焼けている。

「やあ、ボク横島。君たちどこから来たの? 名前は?」

 横島は二人にサッと近づくと、すかさず話しかけた。

「ちなみに、あっちの小さめなのが雪之丞で、でっかいのがタイガーっていうんだ。おい、こっちにこいよ」

 だが雪之丞もタイガーも、こちらに来ようとしない。

「なにやってんだ、二人とも?」
「よ、横島さん、後ろをみてつかぁさい……」
「へっ!?」

 横島が後ろを振り向くと、そこには全身から怒りのオーラを発していたおキヌの姿があった。

「よ・こ・し・ま・さ・ん!」
「は、はいっ!」

 おキヌは横島の耳たぶを指で(つか)むと、そのまま横島を引っ張りながら、その場を立ち去っていった。



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