夏の日の思い出

作:男闘虎之浪漫

(04)




「うーん、海の家とくれば、やっぱりのびかけたラーメンだよな」

「粉っぽいカレーも、なかなかおつですノー」

「ふっ、やっぱりヤキソバだよ。妙に油っぽいのがいいんだ」

 横島たちは昼時の混雑を避け、昼過ぎまで遊んだあと海の家で昼食をとっていた。
 横島はラーメン、タイガーはカレーライス、雪之丞はヤキソバを注文している。

「このいなりずし、おいしいね」

「五目寿司も、なかなかの味ですわ」

「雪之丞さんやタイガーさんたちと一緒になるのを知っていたら、きちんと人数分用意したんですけど……」

 一方のおキヌと弓と魔理は、おキヌが用意していた昼食を食べていた。
 おキヌは暑さで食べ物が傷まないように、いなりずしと五目寿司を用意していた。おかずは、駅の近くで惣菜(そうざい)を購入している。

「雪之丞さんとタイガーさんも、おかずだけでも一緒に食べませんか?」

「それはありがたいですノー」

「じゃあ、いただこうかな」

「それなら、俺も──」

 雪之丞たちに続いて横島が惣菜(そうざい)に箸を伸ばした時、おキヌが横島にギンと鋭い視線を向けた。

「やっぱ、いいです……」

 横島はおとなしく箸を引っ込めた。
 その様子を見ていた弓は、雪之丞に目で合図を送り、二人で一緒に席を外した。




「ちょっと。横島さんとおキヌちゃん、いったいどうしたのよ?」

「いや、実は横島のヤツが、不良に絡まれていた女の子二人を助けたんだ」

「それで、なんでおキヌちゃんがつむじを曲げるの?」

「その後にだな、横島のヤツがその女の子たちをナンパしようとしたんだ。
 どうせ成功するはずないと思って見ていたら、ちょうどそこにおキヌちゃんが通りかかって──」

「なるほどね。よくわかったわ」

 状況的に横島に弁護の余地はなさそうだ。おキヌの怒りはもっともだと弓は思った。

「で、どうする?」

「どうって、放っておくしかないんじゃない?」

「でもなあ、このままだと夜の仕事に差し支えそうなんだよな」

「そうね。ただ横島さんが謝らないと、おキヌちゃんも納得しなと思うわ。
 私はおキヌちゃんをフォローするから、雪之丞は横島さんにきちんと(あやま)るように伝えておいて」

「わかった」




 海の家で昼食をとった後、夜の仕事に備えて休むため、今回の仕事の依頼主が経営している旅館へと移動した。
 寝る前に体についた塩と砂を落とすため、備え付けの風呂に入ったあと、布団を()いて横になった。
 タイガーはずっと魔理に引っ張りまわされていたためか、布団に入るとたちまち(いびき)をかきはじめる。

「……横島、起きてるか?」

「雪之丞か。もう少ししたら眠るけど」

「あとでおキヌちゃんに、きちんと(あやま)っとけよ」

「わかってるって。ただ、なんでお前が気にするんだ?」

「あとで説明するが、今晩の仕事はペアを組んで行動する。お前のペアはおキヌちゃんしかいないだろ?
 いつまでもケンカが続いていたら、仕事にさしつかえるからな」

「わかってるって。ちゃんと始末はつけるよ」







 ちょうど同じ頃、おキヌたち女性メンバーも夜の仕事に備えて布団に入っていた。

「おキヌちゃん、まだ起きてる?」

「……なかなか寝つけないんです。弓さん」

「眠らないと夜がきついですけど、どうしても眠れないのなら、少しだけお(しゃべ)りしましょうか」

 ちなみに魔理は、半日ずっとタイガーを引っ張りまわして十分満足したのか、大口をあけて眠っていた。

「……私って、本当にイヤな女ですよね……」

 弓は(おどろ)いた。誰にでも優しく接し気配りも上手なおキヌのことを、イヤな女だと思う者は今まで一人も見たことがない。

「そんなことないと思いますけど」

「自分でわかります。私、本当はすごく嫉妬(しっと)深いんです。
 私にだけ優しくして欲しい、私のことだけ見ていて欲しい。いつもそんなことばかり考えているんです……」

「やっぱり、横島さんのことね。昼間の件も絡んでいるのかしら?」

 おキヌの表情が一瞬固くなった。

「私では力になれないかもしれないけど、聞かせてくれない? ここだけの話にするから」

 おキヌは少し躊躇(ちゅうちょ)したが、やがて話し始めた。

「もうずいぶん前になるんですけど、美神さんと横島さんと三人で除霊にいったことがあったです。
 ある企業からの依頼だったんですが、本当の狙いは、
 自分たちが開発した心霊兵器を美神さんたちで試すことが目的だったんです」

「そんなことも、実際の除霊ではあるのね」

 興味を引かれたのか、弓が布団から身を乗り出してきた。
 学校では優等生の弓ではあるが、やはりお嬢様育ちのためか、除霊現場の実情については今一つ(うと)いところもある。

「途中で美神さんとはぐれて私と横島さんの二人だけになった時、グーラーさんという女の魔族と戦ったんですけど──」

「魔族ですって!」

「何でも、下級魔族らしいんですが」

 弓は(おどろ)いた。例え下級魔族が相手であっても、人と魔族が戦えば、並みのGSでは生き残ることすら困難である。

「よく勝てたわね」

「勝ったというか、横島さんが文珠でグーラーさんを魅了しちゃったんです」

「横島さんは、その頃はもう文珠が使えてたんだ」

 弓はようやく合点した。

「ただ、その後が……。魅了されたグーラーさんが、横島さんにべったりくっついちゃって」

「くっついて、何をしたの?」

「腕を組んだり、横島さんの手を自分の胸にもってきたり、それも私に見せつけるようにするんです!」

「それは、怒りたくなるわよね」

 ちなみにこのとき横島は、グーラーとキスまでしている。

「でも、それはまだ我慢できたんです。
 横島さんが機転をきかさなければどうなるかわからなかったし、
 グーラーさんも魅了されて、正気じゃなかったんですから」

「まだってことは、続きがあるのね」

「最後の最後で、グーラーさんが敵の操る魔族の攻撃で死にかけたんです。
 それを横島さんが最後の一個の文珠を使って、グーラーさんを助けたんです。
 私たちも、かなり危なかったのに」

「まぁ……」

「死にかけたショックで、グーラーさんは正気に戻りました。
 もともと魔族なんですから私たちのことを無視してもよかったんですが、
 グーラーさんが私たちの側に立って戦ってくれたんです」

「それって、けっこうすごい話じゃない?」

「美神さんも頑張ってなんとか相手をやっつけたんですが、
 グーラーさんが横島さんに好意をもっちゃったみたいで、私たちが帰る時には、投げキッスまでしてました」

「投げキッスなんて、さすがに普通じゃできないわよね」

 ここまで一気に話すと、おキヌは少し顔をうつむかせた。

「横島さんは、根は本当に優しい人なんです。
 普段の行動がアレですからなかなかそうは見えないんですが、わかる人にはわかります。
 だから横島さんがナンパとかしていてもそんなに気にならないんですが、
 他の女の人に優しくしているのを見ると、どうしても()いてしまうんです……」

「横島さんって、そういう部分もあるのね」

 弓にはまだピンとこない部分もあった。
 最近は少しずつイメージが変わってきているが、どうしてもバカでスケベな横島のイメージが先行してしまう。

「おキヌちゃん。思いきって、一歩前進してみたらどうかしら」

「ぜ、前進って、あの……」

「だって友達のままじゃ、おキヌちゃんがやきもきするばかりでしょ?
 横島さんだって、おキヌちゃんのことは嫌いじゃないと思うし、思いきって告白してみたら?」

「こ、告白ですか……」

 おキヌは恥ずかしくなったのか、急に頬を紅くした。

「横島さんの彼女になってしまえば、堂々とやきもちも()けるしね」

「そ、そんな、か、彼女だなんて……」

 おキヌはもじもじしながら、布団の上に指で『の』の字を書き始める。

「頑張りなさいよ。横島さん、今はフリーなんでしょ?
 すぐにとは言わないけれど、せっかくの機会なんだから一歩でも前進しないとね」

「そ、そうですね! 頑張りますわ、弓さん!」

「それじゃ、そろそろ休みましょうか。おやすみなさい」

 二人はカーテンを閉めて部屋を暗くすると、布団を肩までかけて目を閉じた。



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