夏の日の思い出

作:男闘虎之浪漫

(05)




 横島たちは、夜の九時に目を覚ました。
 布団をたたんで軽くストレッチをしているところに、おキヌと弓と魔理が部屋に入ってきた。

「よし、これで全員揃ったな。それでは、今回の仕事の説明を始める」

 もったいぶった口調で、雪之丞が説明を始めた。

「今回のターゲットは『霊団』だ」

「霊団か。一人で除霊するには、ちょっとキツイ相手だな」

 魔理が難しそうな顔をした。
 胸にさらしを巻き、裾まである特攻服を身につけている。

「でもおキヌちゃんだったら、何とかなるんじゃないかしら?」

 魔理の言葉に、弓が反応した。
 弓は修験者風の霊衣を身につけ、顔を茶色の布で(おお)っていた。これが弓式除霊術の正式な服装である。

「相手によります。浮遊霊の集まりでしたらネクロマンサーの笛で成仏できますが、
 悪霊の集団ともなるとそう簡単には除霊できません」

 おキヌの服装は、いつもの袴をはいた巫女装束である。

「それで霊団の出現場所だが、この町の周辺の三箇所で目撃情報がある。ただどの場所に出現するかは、まったくわからない」

「わからないでは、困りますわ」

 雪之丞の発言に、すかさず弓がつっこむ。

「仕方ないだろう。三箇所で目撃情報があって、場所と時間に規則性がないんだから」

「で、どうしますの?」

「二人ずつペアになって、霊団が現われるのを待つ。
 信号弾を渡すから、霊団が出てきたらこれで仲間に合図を送り、全員で退治しようというわけさ」

「まあ、そんなところですわね」

「……可愛げがないぞ、弓」

「まあまあ。二人とも仕事前なんですから」

 少しささくれた雰囲気を変えようと、おキヌがフォローに入る。

「それでペアはどうしますか。雪之丞さん?」

「俺と弓、タイガーと魔理さん、横島とおキヌちゃんでペアを組む」

 男三人・女三人のグループであるし、交際中のカップルが二組もあるから、これ以外の選択肢はありえない。

「目撃情報によると、霊団が出現するのは夜の10時から4時まで。ただし12時以降に出現する可能性が高い。以上だ」




 打ち合わせを終えると、すぐに旅館を出発した。
 横島とおキヌは、自分たちが見張る場所へと移動する。

「おキヌちゃん、何か感じる?」

「ええっと……、特におかしな様子はないですね」

 横島とおキヌが担当する場所は、街から少し離れたところにある広場であった。

「周囲に墓場もなければ、廃屋の類もないと……。本当にこんなところに霊が出るのかな?」

 横島は周囲をきょろきょろと見まわした。
 幸いなことに月が満月であり、懐中電灯が不要なくらい十分明るかった。

「おっ、あっちに海が見える」

 広場のある一帯は、海岸からやや高いところにあった。
 そこから海岸を見下ろすと、波打ち際に寄せる白い波と海岸沿いの国道を走る自動車のヘッドライトが見えた。

「わあっ。きれいですねー」

(よかった。機嫌が直ったみたいだ。今のうちに謝っておこうか)

 昼間の件については、横島もおキヌに負債を感じていた。

「おキヌちゃんさ、昼間のことなんだけど……」

 横島を見るおキヌの視線が、急に険しくなった。

「いや、あのさ、おキヌちゃんを放っておいて、他の女の子に声をかけたりして、ホントにゴメン」

「…………」

 おキヌは横島の謝罪の言葉を聞きつつも、横を向いてツーンとすねている。

「ナンパするつもりはなかったんだけど、ヘンな連中に絡まれてるのを助けた後にさ、ついいつものクセで声をかけちゃって──」

「本当に反省してますか?」

 ようやくおキヌが正面を向いて、横島の顔を見た。

「うん、反省しているよ」

「わかりました。許します。でも、今回だけですよ」

 おキヌの言葉を聞いて、横島はようやく安堵した。
 横島は美神からシバかれることには耐性があるが、おキヌに拒絶されることについては全く慣れていなかった。
 それだけ『美神事務所の最後のオアシス』であるおキヌの存在が、横島の中で非常に大きかったと言える。


「立っていると疲れるから、ここに座らない?」

「ええ」

 横島は手ごろな大きさの岩を見つけると、腰を下ろした。
 おキヌも横島の隣に座る。

「夜景がきれいですね」

「そ、そっかな。田舎だからちょっと灯が少ないけどね」

「横島さんは、誰かと夜景を見たことがありますか?」

「うーん、子供の頃に両親とドライブに入って、六甲山から神戸の夜景を見たことくらいかな」

「いいですね、神戸。横島さん、神戸に遊びに行く機会があったら案内してもらえませんか?」

「大阪なら詳しいけれど、神戸はちょっとね……。向こうに住んでいたのは、小学生までだったし」

「それなら、大阪でもいいです。お金を貯めて、遊びに行きませんか?」

「でも安月給だからね。大阪まで遊びにいく金を貯めていたら、いつになることやら」

 ハハハと笑いながら、横島は右手で頭をボリボリとかいた。

「いいんです。私、待ってますから」

「えっと、おキヌちゃん……」

 少し鈍めの横島ではあるが、おキヌが真剣な話をしていることだけは理解できた。

「その、なんというか……、気持ちは嬉しいけど、本当に俺って貧乏で……」

 横島がつっかえながらも、おキヌに返事していた。
 おキヌが顔を真っ赤にしながらも、横島の言葉を聞いていたとき……

「!!」

 横島は何かの気配に気がつき、急に後ろを振り返った。

「横島さん、どうしたんですか?」

「おキヌちゃん、話しは(あと)だ。どうやらここに出てくるみたいだな」

 横島は広場の中央を見ていた。
 そこに白いもやのようなものが出現し、少しずつ広がりはじめる。
 やがて中から複数の悪霊が出現し、もやの中を飛びながら旋回し始めた。



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