夏の日の思い出

作:男闘虎之浪漫

(06)




「横島さん!」

 横島は前に出ようとするおキヌを、手で押しとどめた。

「もう少し様子をみよう。それからネクロマンサーの笛を準備して」

「はいっ!」

 おキヌは(ふところ)からネクロマンサーの笛を取り出し、口元にあてた。
 横島は信号弾を手に取ると、上空に向けて発射する。
 信号弾は花火のような音を立てながら上昇した。辺りが一瞬、信号弾の光で明るくなる。

「おキヌちゃん、10分間だけ(ねば)るんだ」

 雪之丞と弓、タイガーと魔理のいる場所は、それぞれ一キロほど離れている。
 走ってくるとしても、彼らがやってくるまでには10分近くかかるであろう。

「ちっ。どんどん数が増えてくるな」

 広場の真ん中で発生したもやは次第に広がり始め、中から悪霊がどんどん出てきていた。
 横島はサイキック・ソーサーと霊波刀を構えた。

「おキヌちゃん、笛を」

 おキヌはコクンとうなづくと、ネクロマンサーの笛を吹き始めた。
 清らかな笛の音が、周囲に広がっていく。

「成仏しないか……。ただの浮遊霊じゃないってわけか」

 おキヌのもつネクロマンサーの笛は、一度に大量の霊を成仏させることができる。
 しかし霊の力が強い場合、動きを鈍らせるなどの効果はあるものの、笛の力だけで成仏できない場合がある。
 ネクロマンサーの笛の力で悪霊は幾分数を減らしたが、さらに多くの悪霊がもやの中から出てきていた。

 ズゴオオオオ!

 数体の悪霊が、横島とおキヌめがけて(おそ)いかかった。
 横島は霊波刀を数回振るい、自分に向かってきた悪霊を叩き斬る。

「危ない!」

 横島はおキヌに(おそ)いかかろうとした悪霊に向かって、サイキック・ソーサーを投げた。

 バン!

 サイキック・ソーサーが命中し、おキヌの数歩手前で悪霊が消滅する。

「ありがとうございます、横島さん」

 息継ぎのために笛から口を離したおキヌが、横島に礼の言葉を述べた。

「おキヌちゃん、油断しないで! それから、悪霊の動きを少し抑えられないかな」

「やってみます!」

 おキヌの吹く笛の音色が変化した。笛の音色が変わると、悪霊たちの動きが急に鈍くなる。

「おキヌちゃん、危なくなったら逃げるんだよ、いいね!」

 横島はそうおキヌに告げると、手にしていた文珠に『浄』の文字を込めた。
 そして悪霊の動きを見ながら、一番密集している場所に文珠を投げ込む。

 カッ!

 文珠が激しく光ると、直径数メートル以内にいた悪霊が、すべて除霊されていた。

「今だ!」

 横島は文珠の攻撃で悪霊の群れを乱すと、霊波刀を構えて突っ込んでいった。
 ネクロマンサーの笛の効果で霊たちの動きが鈍っていることもあり、縦横無尽に悪霊をなぎ払っていく。

 ギシャアッ! グワアァァ……

 横島の手によって、悪霊は次々に消えていった。
 このまま横島一人で除霊が完了するかと思えたとき、予想外の変化が起きた。

「おキヌちゃん!」

 突然、ネクロマンサーの笛の音が止まった。動きの鈍った悪霊たちが、速さを取り戻していく。

「くそっ!」

 横島が後ろを振り向いたとき、数体の悪霊からの攻撃を受けて、地面に倒れていくおキヌの姿が目に入った。







 おキヌが地面に倒れたとき、(くちびる)から笛が離れてしまった。
 笛の音がやんだとたん、悪霊たちの動きが再び活発になる。

「おキヌちゃん!」

 横島はおキヌの元に向かおうとするが、動きが活発になった悪霊たちに行く手を(はば)まれた。

「くそっ!」

 横島は霊波刀を振るうが、悪霊の数が多くなかなか進路を切り開けない。

「奥の手を使うしかないか」

 横島は『浄』の文珠を投げた。
 行く手を(さえぎ)っていた悪霊たちが浄化され、ようやくおキヌのところにたどり着くことができた。

「おキヌちゃん!」

 横島はおキヌの肩を(つか)んで、数回揺さぶる。
 しかしおキヌは気を失ったのか、返事をしなかった。

 ゴオオォォォ!

 横島の(すき)をついて、悪霊が背後から襲いかかった。
 横島はおキヌの体を抱えながら、横に転がってその攻撃をかわす。

「も、文珠!」

 横島は『結』の文珠で、結界を張った。
 横島とおキヌの周囲数メートルが結界で(おお)われ、攻撃してくる悪霊たちを(はば)んだ。

「おキヌちゃん、しっかりするんだ!」

 横島はおキヌを激しく揺さぶった。
 ようやくおキヌは、意識を取り戻す。

「よ……横島さん」

「怪我はない?」

 おキヌは自分の体を調べた。幸いなことに、大きな怪我はなかった。

「私は大丈夫です。横島さんの方こそ……」

 横島は何箇所か切られており、傷口からは血が流れていた。

「これくらい、何でもないって」

「全然何でもなくないです」

 おキヌは横島の傷の上に手をあてて、ヒーリングをはじめた。
 おキヌのヒーリングで、横島の傷口から血が止まる。

「……文珠の結界は、もってあと一分ってとこか」

 悪霊が二人の周囲に集中し、結界に向かって猛烈に攻撃をかけていた。

「以前にも、こんなことがあったね」

「ええ」

 以前のこととはおキヌが生き返った後、おキヌの肉体を狙った霊の集団がおキヌを追って東京まで来たときのことである。

「攻撃がここに集中すると結界がもたない。俺が(おとり)になるから、おキヌちゃんは──」

「ダメです!」

 おキヌが横島の言葉を遮った。

「横島さんが私のことを護ってくれるのは嬉しいですけど、それでは横島さんが危険過ぎます!」

「おキヌちゃん……」

「私ももう、あの頃の護られているだけの私じゃないんです! 二人で力を合わせれば、まだ戦えます!」

 おキヌが生き返ってから、既に一年以上経過している。
 横島が幾多の戦いを通じて成長したように、おキヌもまたこの一年の間に、GSとして大きく成長していた。

「わかった。俺が前衛(ぜんえい)になるから、おキヌちゃんは後衛(こうえい)で援護を頼む」

「はいっ!」

 間もなく文珠の結界が、悪霊たちの攻撃により突破された。
 横島は霊波刀とサイキック・ソーサーを構えた。
 おキヌは横島の後方でネクロマンサーの笛を構え、(くちびる)にあてる。

「いくぜっ!」

 おキヌはより強い思いを込めて、ネクロマンサーの笛を吹いた。
 今まで以上に強い霊波を受け、悪霊たちの動きがいっそう鈍くなる。弱い霊たちはその場で浄化された。
 横島も霊波刀を振るい、悪霊を縦横無尽に薙ぎ払った。




 横島たちは、その場で数分間戦い続けた。
 横島とおキヌの必死の防戦に、悪霊たちは数で増しながらも攻めきれずにいた。

「おキヌちゃん、まだいける?」

 おキヌは笛を吹きながら、コクンとうなづく。

(けど、そろそろ限界だな……)

 じわじわと横島たちは、広場の(すみ)へと追いやられていった。
 背後は小さな(がけ)になっており、逃げ道はない。

(もうダメか!)

 覚悟を決めた横島が最後の突撃をしようとした時、霊団たちの背後で大きな爆発が起きた。

「雪之丞、タイガー、遅いぞ!」

「悪いな。すっかり待たせちまった」

 雪之丞と弓が霊波砲で、霊団の隊列を撹乱(かくらん)した。
 そこにタイガーと魔理が突撃し、悪霊たちの群れを殲滅(せんめつ)していった。



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