夏の日の思い出
作:男闘虎之浪漫
(07)
おキヌが気を取り戻した時、誰かの背中の上にいた。
(えっと、たしか……)
自分たちが悪霊に追い込まれた時、弓や魔理たちが助けに来てくれたところまでははっきりと覚えている。
その後は、無我夢中で笛を吹き続けていた。
しかし、最後の一体の悪霊を成仏させたあと、記憶がふっつりと途切れていた。
(今、誰に背負われているのかな……)
おキヌには、その背中に覚えがあった。
生き返ったあと、何度となくその背中に背負われた記憶がある。
「横島。もう少し俺たちが来るのが遅れていたら、かなりヤバかったんじゃなかったのか?」
隣を歩いていた人──声からすると雪之丞と思われる──が、話しかけてきた。
(やっぱり、横島さんだ)
おキヌは心の緊張を解いた。
別にタイガーに背負われてもかまわないが、やはり横島の背中にいると安心感が違う。
「ああ、かなりヤバかったよ。文珠は全部使い切ったし、背後は崖で逃げ道がなかったからな」
「信号弾にはすぐ気がついたんだが、少し道を間違えちまったんだ」
「すまんですノー。近道しようとして藪の中を走ったら、かえって手間取ってしもおたんですジャ」
「まぁ、俺もおキヌちゃんも大きなケガはなかったし、かまわないさ」
除霊の後始末も終わり、旅館に引き上げる途中のようである。
「でもおキヌちゃんは、除霊が終わったら倒れちゃいましたけど」
「数が多かったからな。最初に出てきた時は、弓さんたちが来る前の倍はいたよ」
「えっ! あの倍もいたんですか」
雪之丞・タイガー・弓・魔理が除霊した数だけでも、軽く三桁(に達していた。
「ああ。文珠と霊波刀とサイキック・ソーサーを総動員して戦ったけど、おキヌちゃんのサポートがなければ、
とても持たなかったな」
(横島さん……)
横島の言葉を聞いたおキヌは、うっすらと頬を紅くした。
「しかし、あれだけの数の悪霊を半分まで減らすとは、横島サンも問答無用の強さですノー」
「フッ、次は負けないからな!」
タイガーの言葉を聞いた雪之丞が、横島に向けてライバル心を燃やした。
「もうどうでもいいよ。早く宿に帰って寝よう」
おキヌは横島に背負われたまま、旅館へと戻っていった。
次の日は昼近くまで寝たあと、宿泊していた旅館を後にした。
昼間の東京行きの電車は空いており、席には十分余裕があった。
「席も空いてるし、バラバラでいいよな」
雪之丞がそう宣言すると、弓の手をとって四人がけの席に二人で向かい合って座った。
「じゃ、ワッシも」
タイガーも魔理と一緒に、別の席に腰を下ろす。
「邪魔しちゃ悪いし、俺たちも別の席に座ろうか」
「そうですね」
おキヌは控えめに返事をしたが、内心ではかなり心がはずんでいた。
「よいしょっと」
横島とおキヌは、海が見える方の席に向かい合って座った。
窓を軽く開けると、田舎の澄んだ空気が、列車の中に流れ込んでくる。
「空気がおいしいですね。昨晩の出来事がウソのようです」
列車の外には、なだらかな海岸線とおだやかな海が広がっていた。
「そうだね」
GSの仕事は常に危険と隣り合わせである。
しかし、高額な報酬と引き換えに危険度の高い仕事ばかりを引き受ける美神のアシスタントをしていることもあり、二人とも少々の危険さには慣れっこになっていた。
「……」
二人ともしばらく黙ったまま、窓の外を流れていく風景を眺めていたが、やがて横島が口を開いた。
「あのさ、おキヌちゃん」
「なんですか?」
「昨夜、悪霊の攻撃で、おキヌちゃんが気を失った時のことなんだけど……」
その言葉を聞いたおキヌは、顔をうつむかせた。元気がなくなり、シュンとしてしまう。
「私、また横島さんの重荷になっちゃいましたね」
「そ、そんなことないよ、おキヌちゃん」
慌てて横島が、おキヌをフォローする。
「あのあとおキヌちゃんが後衛で頑張ってくれたから、雪之丞やタイガーたちが来るまで持ちこたえられたんだ。
ただあの時に、なんでおキヌちゃんが逃げなかったのかと思ってさ」
おキヌは、小さな声で話しはじめた。
「……逃げたくなかったんです」
「えっ!?」
「横島さんが、私の身の安全まで考えてくれていたことは、分かってました。
でも、いつまでも護ってもらうだけの私でいるのは、嫌だったんです」
「……」
「横島さんは、いつも私のことを気遣(ってくれます。それは本当に嬉しいんです。
でも私も、いつまでも昔の自分のままではいたくなかったんです」
「……」
「美神さんのように横島さんと並んで戦うのは難しいですけど、背後を守ることはできます。
そう思って頑張ったんですけど、横島さんと連携を取らないで戦うのはやっぱり無謀でした。
結局、横島さんに負担をかけてしまいました……」
「おキヌちゃん」
横島が、そっとおキヌの肩に手をかけた。
「俺の方こそ、おキヌちゃんのことを分かってなかったんだ。最初から協力して戦っていれば、
あそこまで追い詰められることはなかった。自分だけで何とかなると、思い込んでいた俺の考えが傲慢(だったんだよ」
「……」
「おキヌちゃんとは付き合い長いから、無意識のうちに昔の感覚で話しかけちゃうことがあるんだ。
もっとパートナーとして、信頼しないとダメだよね」
「えっ。パ、パートナーですか!?」
パートナーという言葉に反応したのか、おキヌの頬(が薄っすらと赤くなった。
横島もおキヌにつられてしまい、顔を赤くしてしまう。
「よっ、お二人さん」
「なんだ、雪之丞と弓さんか」
そこに雪之丞と弓がやってきた。
「弁当とジュースをもってきたぜ」
「はい、おキヌちゃん」
弓が二人分の駅弁と缶ジュースを、おキヌに渡す。
「ありがとう、弓さん」
おキヌが弓から弁当を受け取るため席を立ったとき、弓がおキヌの耳元に顔を寄せ、小声でささやいた。
(いい雰囲気じゃない。頑張りなさいよ)
(そ、そんな弓さん。プレッシャーをかけないでください)
その言葉を聞いたおキヌは、ますます頬(を赤くしてしまった。
「また後でな」
雪之丞と弓が去ったあと、二人は弁当のふたを開いて食べ始めた。
「そういえば、けっきょく昨日は、おキヌちゃんの料理を食べられなかったな」
「また、作りますよ」
「えっ!?」
「また、お弁当を作ります。だから、今度は二人だけで、どこかに出かけませんか?」
横島の顔を見つめながら、おキヌがにっこりと微笑(んだ。
「そ、そうだね。今度は二人でどこかに行こうか」
「ええ。腕によりをかけますから、楽しみにしてくださいね。横島さん」
この旅行の間、いろいろな出来事があった。しかし終わりよければ全てよしである。
おキヌにとってこの一泊二日の旅行は、夏休みの中で最高の二日間であった。
(完)
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