私は、自分の横で眠っている愛しい男の髪を、そっとなでた。
まだ起きたばかりで、私の頭は完全に覚醒していない。
私は心地よい気だるさを感じながらも、飽きずに男の髪をなで続けた。
「ん……」
突然彼が寝返りをうち、私の胸に顔を埋める姿勢となった。
赤ん坊のように女の胸にすがるその姿勢には、可笑しさよりも可愛らしさを感じてしまった。
私はそっと彼の首に腕をまわすと、起こさないようにそっと抱きしめる。
「もう二度と離さないから……横島クン」
千年の恋
作:男闘虎之浪漫
私の前世の記憶が甦ったのは、ほんの小さなことがきっかけだった。
横島クンが高校を卒業した日から数日後、お祝いを兼ねて横島クンと飲みに出かけた
おキヌちゃんは、春休みで実家に帰省中。
シロとタマモは、自分たちも連れていって欲しそうな顔をしていたが、さすがに子供を飲みに連れていくのは気が引けたので、昼食をおごることで手を打つことにした。
外で飲む場合、たいていはホテルのバーか品のいいクラブを選ぶが、今回は『肩のこらないところがいいッス』という本人の希望をきいて、居酒屋を選んだ。
それでもチェーン店の居酒屋ではなく、店の作りも味もしっかりした銀座の一流店を選んだのは、私のミエも入っている。
横島クンは歳のわりには、けっこう酒を飲める。
もっとも、飲めない人は幾つになっても飲めないので、体質によるのであろう。
そういえば横島クンのお父さんともお母さんとも飲んだことがあるが、二人ともかなりの酒量だったことを思い出した。
居酒屋に出かけた私たちは、予約していた座敷の席に向かい合って座っていた。
横島クンはビールのジョッキをあけつつも、つまみの方を食べる方に専念していた。
「あんたねー、食べてばっかりいないで、少しは飲みなさいよ」
「育ち盛りなんで、最低限のカロリーは確保しないと」
「この前、給料を上げてやったばかりじゃないの。いったい何に使っているのよ」
「いえ、その、いろいろと……」
「どうせ、エロ本とエロビデオに投資しているんでしょう?」
横島クンは、ギクリとした表情を見せた。
まったく何年たっても、横島クンの反応はわかりやすい。
「まあ、もてない男が、エロ本を読むのをやめさせる権利は、私にはないけどね」
「は、ははは……」
横島クンの笑い声が少々乾いていたのは、いつもと同じだった。
「美神さん、飲み過ぎじゃないんですか」
「うっさいわねー。これくらい、なんでもないわよ」
その時の私は、少々羽目を外し過ぎた。
限度を越して飲んだのは、おキヌちゃんが記憶を取り戻してから事務所に復帰したときのこと以来かもしれない。
こんなに気楽に飲むことができたのは、やはり隣にいるのが横島クンだったからだろう。
これが西条さんでは、やはりこうはいかない。
お兄ちゃんだとは思っていても、やはり心のどこかで警戒心を解くことができなかった。
「中ジョッキと、ウィスキーをもってきて」
「な、何をするきですか、美神さん?」
「こうやってね、ウィスキーをビールで割って飲むのよ!」
「こ、これ、ひょっとして『バクダン』ってやつじゃないですか?」
「私くらいになると、これくらいやらないと酔えないのよ。それともアンタも飲む?」
「い、いえ、今日は遠慮しときます」
昔の私と横島クンだったら、ここまで心を開くことはできなかったと思う。
私が変わったのは、そして横島クンが変わったのは、あの戦い──アシュタロスとの死闘──の後であった。
私は少しだけ素直になり──そうでもないという人は、ママをはじめ何人かいるが──そして横島クンは、いろんな意味で大人になった。
相変わらずバカでスケベなマネも続けていたが、わざとそうしている時があるということにも気づいてしまった。
「美神さん、もう時間ですよ」
「ん……、た、立てない」
「仕方ないですね」
私は、ひょいと横島クンに背負われた。
会計は横島クンが済ませてくれた。給料日のすぐ後だったから、まだ財布の中にも余裕があったみたいだ。
そして店の前でタクシーを拾うと、事務所兼自宅へと向かった。
その時の私は、完全に酔っていた。
そして酔ってはいたが、心は完全にリラックスしていた。
このことが、私が無意識のうちに閉ざしていた、前世の記憶の封印を解いてしまったのだと思う。
タクシーの中で、私は浅い眠りについていた。
心の中で何か光るものを感じたあと、私は夢の中で、前世の記憶を再体験していた。
前世の私──メフィスト──が、アシュタロスによって作られたこと。
そして初めての仕事と、前世の横島クンとの出会い。
未来から来た私と出会ったあと、アシュタロスの手先となった道真と戦ったこと。
土壇場での逆転と、そして前世の横島クンとの別れ……
私はすべてを思い出した。
「美神さん、事務所に着きましたよ」
横島クンに揺さぶられて、私は目を覚ました。
横島クンの顔を間近で見た私は、思わずボロッと涙を零(してしまった。
「どうしたんですか、美神さん?」
「な、何でもないわ! お金は明日精算するから、立て替えといてくれない?」
「わかりました。じゃ、おやすみなさい」
私は横島クンの乗ったタクシーが見えなくなるまで、その場を動かなかった。
その日を境にして、私の日常生活は大きく変化した。
まず横島クンの顔を、正面から見れなくなった。正面から見ようとすると、どうしても顔が赤くなってしまう。
それからの私は、美神令子であると同時に、魔族メフィストであったことを明確に自覚していた。
「ど、どうしたんですか、美神さん! 俺、何か悪いことでもしました?」
次の日、事務所でボーッと横島クンの横顔を眺(めていたら、逆に警戒されてしまった。
「何でもないわよ! たまたま私の視線の先に、アンタがいただけなんだから」
心は素直になったつもりだけど、言葉や態度がどうしても追いつかない。
意固地な自分の性格を、この時ほど情けなく思ったことはなかった。
けれども、私はあきらめなかった。
そう。私の辞書には、最初から『不可能』という文字は無いのだから。
事務所にいる間は、おキヌちゃんやシロに気づかれないためよう、最新の注意を払った。
女の子どうしのチェックが厳しいのは、私自身よくわかっている。
その代わりに、事務所の外で二人きりになる機会を増やした。
これは二人で除霊する仕事を増やすだけだから、そう難しくはない。
週に一度は二人だけで出かけるようにスケジュールを組み、仕事が終わったあとも二人で食事をするなど、接触する機会を確実に増やしていった。
そうやって三ヶ月が過ぎた頃から、ようやく横島クンが私のことを意識しはじめた。
昔のように煩悩の対象として見るのではなく、もっと別の次元で好意をもってくれた。
半年と少し過ぎたときに、ようやく横島クンが告白してくれた。
私は『しかたないわね。つきあってあげるわよ』と少しだけカッコつけて返事をしたが、口元が緩(んでしまうのは、どうしても隠せなかった。
一年たった時に、横島クンがプロポーズしてくれた。
即座にOKの返事をしたあと、私は周囲にバレないように綿密な工作をした。
そして式場の予約まで終えてから、事務所のメンバーに発表した。
おキヌちゃんやシロ、そしてなぜかタマモまで複雑な表情をしていたが、やがて私たちを祝福してくれた。
私たちのことは、薄々と気づいていたようだった。
結婚した私たちは、事務所を出て新しくアパートを借りた。
私たちは若いから、毎晩のように愛しあっている。
昔は朝が弱くてなかなか起きられなかったのに、今は横島クンより目が早く覚めるようになった。
そして彼が起きるまで、彼の髪をなで続けるのが習慣となっている。
明日も、そして明後日も、同じことを繰り返しているだろう。
「もう二度と離さないから……横島クン」
(お・わ・り)
【あとがき】
書き下ろしの作品です。
たまには横島×美神でも書いてみようかと思って書きはじめたのですが、書きかけのままずっと放置していた話に手を入れ直しました。
昨年末にKAZ23様のサイトに投稿した、『千年の時を越えて』という作品の元ネタとなった話です。
なお、KAZ23様のサイトに投稿した『千年の時を越えて』とは、直接つながってはいません。
別設定の作品ということで、ご理解をお願いします。
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