ケンカするほど仲がいい!?

作:男闘虎之浪漫



 週末のある日の午後、横島とおキヌは厄珍の店に品物を受け取りに出かけていた。

「えーと、破魔札と霊体ボーガンの矢、それに吸引護符と。よし全部揃ってるな」
「横島さん、帰りに夕食の買い物につき合ってもらえませんか?」
「いいよ、今日は仕事の予定も入ってないし」

 横島とおキヌが駅前の商店街へと向かったとき、駅前の広場で激しく口論している一組のカップルの姿が目に入った。

「おキヌちゃん、あれって──」
「伊達さんとかおりさんですね」

 口論していたのは横島の友人の伊達雪之丞と、おキヌのクラスメートである弓かおりであった。

「何でもいいって言ったじゃないかよ!」
「こういう時は、女に合わせるのが常識でしょ!」
「よーお二人さん、相変わらず仲がいいね」

 横島が二人に声をかけた。

「あのなー横島、この様子のどこが仲がいいんだ?」
「ケンカするほど仲がいいって言うだろ。それはともかく、今度は何が原因だい?」
「元はと言えば、弓がな──」
「なによ、あなたが先に言ったんでしょ!」
「二人ともケンカは止めてください」

 おキヌも仲裁に入る。

「伊達さん、かおりさんに何を言ったんですか?」
「いや腹がへったから、弓にメシでも食おうかって言ったんだ」
「それでかおりさんは?」
「少し先に行きつけのレストランがあるから、そこに入ろうって言ったのよ」
「でも弓のいくレストランは、肩がこるような雰囲気のところばかりだろ? それだったら別の店がいいって言ったんだ」
「たまのデートなんだから、女性に合わせるのが当然でしょ」
「な、なにー!」

「はいはい、話はわかった。お互い意地を張り合ったってどうにもならないんだから、今日のところは雪之丞が弓さんにつき合ってやれよ。その代わりに次のデートの時に、雪之丞の行きたい店に弓さんを連れていったら?」
「仕方がありませんわね。それで手を打ちますわ」
「なんでいつも俺ばかり……(ブツブツ)。おい弓、その店はノータイお断りなんかじゃないだろうな?」
「そういう店でもよかったんですけど、今日行く店は服装にはそれほどうるさくはありませんわ」
「ま、二人ともケンカしたままメシを食うとうまいメシもまずくなっちまうから、その辺で仲直りしとくんだな。じゃ、俺たちは用事があるから」

 横島とおキヌは雪之丞たちと別れ、商店街へと向かっていった。

「まーったく世話が焼けるよな、アイツらも」
「でもかおりさんは、雪之丞さんのことがとってもお気に入りなんですよ。デートした次の日は、雪之丞さんの話ばかりするんですから」
「半分冗談で言ったんだけど、本当にケンカするほど仲がいいのかもな。雪之丞たち、ケンカばかりしているけれど、別れ話のそぶりも見せないからなー」

(私と横島さんの距離が縮まらないのは、ケンカしないからかな……)

「どうしたの、おキヌちゃん?」

 横島がひょいとおキヌの顔を覗きこむ。

「な、何でもないです!」

 間近に横島の顔を見たおキヌは、赤面してしまった。




 次の週の週末の夕方、雪之丞と弓は渋谷のハチ公前で待ち合わせをした。

(どこで待ち合わせをするかと思えば、渋谷とはね。ちょっと意外だったな──)

 弓の服装は薄手のカーディガンにブラウスと比較的落ちついた装いであった。
 雪之丞から、今日はあまり派手な服装をしてくるなと言われている。

「待たせたな」

 雪之丞がやってきたのは、約束した時間の5分前であった。
 もっとも弓の方は、20分前に着いている。

「よし、じゃ行こうか」

 しかし雪之丞が歩いていったのは、若者たちで賑わうセンター街の方角ではなかった。
 むしろそちらに背を向け、反対の方角へと歩いていく。

「ねぇ、どこ行くの?」
「いいから、ついてきなって」

 若者の街と呼ばれている渋谷にも様々な顔がある。
 若者たちで賑わいテレビなどにもよく出てくる街並みもあれば、ラブホテルが建ち並び夜ともなると妖しげな雰囲気を醸し出す通りもある。
 また少し足をのばせば、閑静な高級住宅街も広がっている。
 そんな中で雪之丞が向かっていったのは、狭い路地に居酒屋やスナックが並んでいる一帯であった。

「はいはい、飲み放題で三千円。今なら安いよ!」
「よっ、そこの美人を連れてる兄ちゃん、うちに寄ってきなよ」

 通りのあちこちにガラの悪そうな客引きが立っており、通りを歩く人にむかって片っ端に声をかける。
 そんな中を雪之丞は平然と歩いていくが、気丈とはいえお嬢様育ちの弓は、少し不安になったのか雪之丞の左腕をぎゅっと掴んだ。

「ま、まだなの?」
「もうちょっと。あ、そこだ」

 通りのある角を左に曲がると、ある小料理屋に入っていった。

「いらっしゃい!」

 威勢のいい親父が、店に入ってきた二人に声をかけてきた。
 店の一階には調理場と、10名ほど座れるカウンターがあった。
 雪之丞が黙って指を二本立てる。

「お二人さん、座敷にご案内!」

 雪之丞と弓は、人が一人やっと通れるほどの狭い階段を登っていく。
 その店の二階は十畳ほどの広さがあり、衝立(ついたて)で幾つかのスペースに区切られていた。
 二人は壁際の席に向かい合って座る。

「部屋の中は意外と落ちついているのね」

 弓が周囲をきょろきょろと見回す。
 部屋の中は和風の調度で飾られており、こざっぱりとした雰囲気を感じさせた。

「ここは料理がうまいんだ。魚料理ばかりだけど何を食ってもうまいから、好きなものを注文しな」

 弓はメニューに目を通した。

「えーと、刺身でウニと大トロとカツオ、それから(たい)の煮付ね」
「……高いものばかり注文するな」
「いいじゃない。最近、裏の仕事で一儲けしたんでしょ。一文字さんがタイガーから聞いたって言ってたわ」
「あのバカ、ペラペラ(しゃべ)りやがって」

 雪之丞が渋い表情になる。

「それからこの店の大トロは、少し脂がキツイから中トロにした方がいい。中トロでも十分に脂がのっている」
「じゃあ、それでお願いするわ」


 しばらくして、注文した料理がやってきた。
 弓は早速ウニをつまんで醤油に軽くつけ、口の中へと運ぶ。

「あら」

 そのウニは絶品だった。ウニ特有の生臭さがほとんどなく、口の中で柔らかくとけていく。
 次に(たい)の煮付を食べてみた。こちらも身が柔らかく、しかも煮汁の味が身の内部にまで浸透している。

「これもなかなかうまいぜ」

 雪之丞がすすめたのは、太刀魚の塩焼きと子持ちシシャモ、それに(いわし)のタタキであった。
 弓とは対照的に、雪之丞の注文は庶民的な料理ばかりである。
 もっとも(いわし)だけは近年不漁のため値段が高騰し、庶民の口にはなかなか入らなくなっている。

 弓はししゃもを食べてみた。脂がのっており、しかも焼き加減が絶妙である。

「おいしいわ」
「そうだろ。この店はクライアントから教えてもらったんだけれど、料理はうまいし、けっこうくつろげるしな」


 1時間ほどしてから、二人はその店を出た。
 テーブルの上に皿が山積みになっていたが、それでも勘定は5千円で足りた。

「おいしいし、それに安いのね」
「小奇麗なレストランに行くのもたまにはいいけど、俺はこういう店の方が好きなんだ」
「ただちょっと場所がね……」
「まあ、あまりお嬢さんが来るような場所じゃないけど、慣れれば別にどうってことないさ。それに俺がいるだろ?」

 弓は黙って、雪之丞の腕につかまった。そしてそのまま駅へと向かって歩いていく。
 酔っ払ったサラリーマンが何人か冷やかしの声をかけてきたが、弓には少しも気にならなかった。


(お・わ・り)


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