弓の想い
作:男闘虎之浪漫
「雪之丞、あなたのお母さんってどんな人だったの?」
「そうだな……、美人で優しくて俺には最高の母親だったよ」
雪之丞が少し遠い目をする。
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「ううん、何でもないの」
お台場でのデートの帰り道のことであった。
木枯らしが少々肌寒い。
「ねぇ、今度あなたの部屋にいっていいかしら?」
(珍しいことを言ってくるな……)
弓は良家の一人娘である。お嬢育ちの彼女は、小奇麗なデートスポットで会うことを好んでいた。
今まで雪之丞の部屋に来たことなど、一度もない。
「お前、料理とかできるのか?」
「バカにしないでね。これでも行儀作法は一通り仕込まれているのよ」
「じゃ、期待してるぜ」
「部屋だけは掃除しておいてね。足の踏み場もない所に行くのはイヤだからね」
「へいへい」
数日前のこと、弓と魔理とおキヌの三人は、いつものようにお喋(りをしながら学校の門を出た。
「横島さんって、手料理を作ってあげるとすごく喜ぶんですよー」
「へえー。おキヌちゃん、そうやって横島を手なずけているんだー」
「別に手なずけてなんかいません! でも横島さん、いつも喜んで食べてくれるから、お料理のしがいがあるんです」
「ふーん、タイガーも何か作ってあげたら喜んでくれるかなー。この前バイキングの店に行ったら、ものすごい量を食べて店の人にすごく嫌味な顔されたっけ」
「あっ、またデートしてたんですね♪」
「ち、違わい。デパートに買い物に行ったら、たまたま入り口でタイガーを見かけたから、一緒に食事をしただけだよ」
「一文字さん、それってデパートで待ち合わせをしていたということかしら?」
「弓までいうなーー」
その後もおキヌと一文字は他愛のない会話を続けたが、弓は沈黙すると考え事にふけった。
(これは使えそうね……)
次の日の土曜日、弓が雪之丞の部屋にやってきた。
部屋に着く前に、近所のスーパーで買い物をしてきた。
自分用のバッグとスーパーの買い物袋を抱えて、部屋に入る。
「あがるわよ」
「勝手にあがってくれ」
雪之丞の部屋は、横島の部屋と大して変わりはない。
それでも彼女が来るとあってか、部屋の中はあらかた片付いており、掃除機もかけられていた。
「思ったよりきれいね」
「まぁな」
弓は部屋の片隅にある台所をチェックする。
炊飯器とガスコンロ、それに鍋が一つあった。(鍋が一つなのは男の一人暮しのお約束である)
「じゃ、ご飯作るから待っててね」
「お、おう。頼むぜ」
弓は上着を脱ぎハンガーにかけると、自分のバッグから割(ぽう着を出して身につけた。
(えっ……)
お嬢らしくブランド物の服を着ているところばかり見ているが、以外と和風な服装が似合う。
雪之丞は、一瞬ドキッとした。
弓は米をとぎ炊飯器に入れてスイッチを入れた。そして野菜を切り、肉と一緒に煮込む。
けっこう手際がいい。雪之丞はボーっとしたままテレビを見ているが、どうしても視線が弓の方へと向いてしまう。
そのうち、台所からよい香りがただよってきた。
(ママのことを思い出すな……)
ぼんやりしながら、子供の頃を思い出す。
外で働いていた母親であったが、家に帰ってくると腹を空かしている雪之丞のために、毎日きちんと料理をしていた。
偶然かもしれないが、母親も料理の時は割(ぽう着を着ていた。
「できたわよ」
そう言って、弓は食事をちゃぶ台の上に並べた。
ご飯とわかめの入ったみそ汁、肉じゃがに冷奴という純和風の食事である。
「じゃ、食うぜ」
「いただきます、でしょ」
雪之丞は、一心不乱に食った。
うまい。
普段から適当な食事ばかりしてきたこともあるが、そういう事情を差し引いても弓の料理はうまかった。
「味付け、どうかしら? あなたの家の味付けがわからないから、私の実家の味付けにしたんだけど」
「いや、いいぜ」
弓の料理は、母親の作った料理の味に似ていた。
正確に言えば、子供の頃に死に別れた母親の料理の味を細かくは覚えてはいない。
ただ、何となくそう感じた。
結局、雪之丞は3杯もおかわりをしてしまった。
普段の食事は、ただ空腹を満たすためのものでしかなかったが、今は本当に体も心も満足していた。
「ふー、食った食った」
弓も食事を終えている。おそらく、雪之丞の半分も食べていないだろう。
「弓、うまかったぜ」
珍しく雪之丞が笑顔になった。おそらく本人も意識してはいまい。
その笑顔を見て、弓は何となく嬉しくなった。おキヌの気持ちが、少しだけわかったような気がした。
「ふーっ」
雪之丞は、座布団を枕にして横になった。こういう時に、畳の部屋とちゃぶ台は便利である。
満腹になってよほど気持ちいいのか、半分目をつむった。
「ねぇ、雪之丞……。ひざまくらしてあげようか」
「えっ!?」
雪之丞は驚き、体を半分起こす。
「ひざまくらをしてあげようか、って言ってるのよ」
「そうだな……たまにはいいか」
弓は雪之丞の傍に座り、彼の頭をそっと膝の上にのせる。
雪之丞の頭に、柔らかい感触が伝わった。
そのまま安心して、目をつむった。
しばらく、無言の時間が流れる。
「なぁ、弓」
「なーに?」
「お前……ママみたいな匂いだ」
(やだ、可愛いこと言うじゃない)
弓は、そっと雪之丞の髪をなでる。
しかし、雪之丞は既に眠っていた。
しばらくして、弓はそっとつぶやく。
「作戦成功ね。本当に雪之丞ってマザコンなんだから……。まぁけっこう可愛いけど」
弓は雪之丞の頭を軽くなでる。
「こうして甘えさせてあげるのも、たまにはいいかな?」
子供のように安らかな寝顔をしている雪之丞には、弓の言葉はとどいていなかった。
(お・わ・り)
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