ゼロの伝説の勇者

作:湖畔のスナフキン

第二話 −伝説の勇者− (01)




 ハルケギニアのある惑星の上空、その星の衛星軌道上に三人の亜人が立っていた。
 一人は小柄で豚のような風貌をしており、もう一人は長身でカマキリのような姿をした女性の亜人、そして最後の一人はサイが直立したような巨漢だった。

「愚かなこの星の人間どもめ! あいつらは、ライディーンの価値をわかっているのか!」

 サイに似た巨漢の亜人、ジャラスカが大声で吼えた。

「しかし、ライディーンが目覚めてしまったことは事実です。まずはこの事実を受け入れ、ライディーン拿捕計画に修正を加えることが肝要かと」

 カマキリに似た女性の亜人のダダが、冷静な声で意見を述べる。

「ご安心を。既に配下の者を、この星の権力者に接触させています」

「この星の文明は、魔法という独自の能力をもつ人間が権力を握っているため、科学技術は低水準に留まっています。社会制度も封建主義社会から進んでいません。はたして、我々の役に立つのでしょうか?」

 豚のような顔をした亜人のグヴァールの報告に、ダダが異議を述べた。

「社会システムが未熟だからこそ、権力者の意向で全てを動かすことができましょう。彼らを援助しつつ、我らが背後から操ることで、目的達成が容易になります」

「具体的にはどうするのだ?」

 ジャラスカが、グヴァールに問いただした。

「――巨獣機を、彼らに貸し与えるのです」




 フリッグの舞踏会が終わってから数日後、淳貴とルイズは再び学院長室に呼び出された。

「実は、君たちに話があってな」

 学院長のオスマンは、テーブルの上に置いた物を二人に見せた。

「これは……?」

 テーブルの上にあったのは、全身の首から下をくまなく包むパイロットスーツと、銀でできた首飾り、それから一枚の石板だった。

「変わった服ですね」

 ルイズが、パイロットスーツを手に取り、しげしげと眺める。

「この服は、俺の国にあったものに似ています」

「ほう。君たちの国では、このような服を着るのかね?」

 オスマンが、興味深そうな声で淳貴に尋ねた。

「いえ。普通の人はこういう服は着ません。軍人など特殊な職業の人が、身に着けます」

「なるほど。実は、これらの品々は、伝説の腕輪と一緒に遺跡から発掘されたものなんじゃ。
 この服を着ると、そこの銀の首飾りをつけた人と会話ができるようになる。
 遠く離れていたり、片方が建物の中にいても、会話に支障がない。
 今まで、この服がどういう用途で使われたのかよくわからなかったんじゃが、黄金の巨人に搭乗する者のために作られたのじゃろう」

 パイロットスーツと銀の首飾りは、通信機のような役割をするのだと淳貴は理解した。
 また、パイロットスーツがライディーンの搭乗者が着る服であるとすれば、前のように裸にはならずに済むかもしれない。

「じゃあ、この石板は何なのですか?」

 淳貴がオスマンに尋ねた。

「この石板には、黄金の腕輪に刻まれていた文字と似た文字が刻まれていてな、君なら読めるかもしれないと思ったんじゃ」

 オスマンが石板をひっくり返すと、そこには金色に光る文字が三行、石板に刻まれていた。

「ゴッドワンド、神の杖。それから……」

「ほう。やはり君には、この文字が読めるんじゃな?」

「いえ。読めるというより、文字を見ると意味が頭の中に浮かんでくるんです」

「それで、この言葉の意味は?」

「おそらく、ライディーンに関わる言葉だと思います」

 淳貴はフーケのゴーレムを倒したときに、「ゴッドアロー」という言葉でライディーンの武器を使ったことを、オスマンに説明した。

「ふむ。あの黄金の巨人は、見た目以上に多くの秘めたる力をもっておるようじゃな」

 オスマンは軽くうつむきながら、顎ひげを撫でてしばらく考え込んでいたが、やがて顔をあげた。

「そのスーツとやらと銀の首飾りは、君たちに預けよう。
 君たちは感覚の共有もできとらんようじゃし、次にあの巨人に乗ったときに、会話ができないと不便じゃろうからな」

「ありがとうございます、オールド・オスマン」

 ルイズと淳貴はオスマンに一礼すると、学院長室から出て行った。




 その日の夜、淳貴やルイズたちに捕えられたフーケは、トリステインの城下町にあるチェルノボーグの監獄にいた。
 メイジ向けに作られたその監獄の部屋は、壁や鉄格子に魔法の障壁が張られていた。
 もちろん、杖も取り上げられている。

「まったく、かよわい女一人閉じ込めるのに、この物々しさはどうなのかしらね」

 フーケは、木製のベッドにゴロリと寝転がった。
 シーツはいちおう清潔だったので、ノミやシラミに悩まされる恐れはなさそうである。

「……」

 フーケの脳裏に浮かんだのは、あの黄金の巨人とそれを呼び出した使い魔の少年の姿だった。
 自分が作ったゴーレムよりはるかに大きく、そして金色の鎧におおわれた美しい姿。
 さらに、自分のゴーレムを一撃で破壊した光の矢。
 その圧倒的な強さに、フーケは悔しさを通り越して、憧れすら感じていた。

(あのボーヤ、いったいどこから来たのかしら?)

 フーケは盗賊家業をしながらアルビオンやハルケギニア中を旅していたが、淳貴のように髪が黒くて、肌が白くも黒くもない人を見たことはなかった。

(そうなると、ハルケギニアの外から? まさか、ロバ・アル・カリイエとか……)

 いろんな考えが浮かんでくるが、はっきりした答えはでなかった。

(ちょっと、気になるわね。今度、調べてみようかしら? まあ、ここから出られたらの話だけど……)

 裁判は、来週開かれるとのことだった。
 よくて島流し。おそらくは縛り首になるだろう。
 フーケは考えるのを中断し、眠ろうと眼をつぶったが、すぐにパチリと開いた。
 なぜなら、地下にあるこの部屋に向かって、誰かが階段を下りてくる足音が聞こえたからである。

「土くれか?」

 鉄格子の向こうから、男の声が聞こえた。
 フーケがベッドから体を起こすと、鉄格子の向こう側に黒マントをまとった男が立っていた。
 顔に白い仮面をかぶっているため、表情が確認できない。
 しかし、長い杖をもっているところからすると、メイジのようだ。

「誰がつけたか知らないけど、そう呼ばれているね」

「話があるのだ」

「話?」

 フーケが、男に聞き返した。

「裁判で弁護でもしてくれるっていうの? 物好きね」

「なんなら、弁護してやってもかまわんが。マチルダ・オブ・サウスゴータ」

 フーケの顔が蒼くなった。
 その名は、かつて捨てることを強いられた貴族の名であり、その名を知る者がトリステインにいるはずはなかったからである。

「あんた、何者?」

 震えるフーケの声を聞いて、男が笑った。
 もっとも、その表情は仮面の下に隠れて見えなかったが。

「再び、アルビオンに仕える気はないかね? マチルダ」

「まさか! 父を殺し、家名を奪った王家に仕える気なんか、さらさらないね!」

 激昂したフーケが、男に怒鳴り返した。

「勘違いするな。なにもアルビオンの王家に仕えろと言っているわけではない。
 アルビオンの王家は倒れる。近いうちにね」

「どういうこと?」

「革命さ。無能な王家は潰れ、我々有能な貴族たちがアルビオンを治めるのだ」

「でも、あんたはトリステインの貴族じゃないの?
 アルビオンの革命とやらに、何の関係があるのさ?」

 男の尊大な言葉に、疑問を感じたフーケが聞き返した。

「我々は、ハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。
 我々に国境はない。ハルケギニアは我々の手で一つになり、そして始祖ブリミルの光臨せし『聖地』を取り戻すのだ」

 男の演説を聞いたフーケは、薄ら笑いを浮かべた。

「で、その国境を越えた貴族の連盟とやらが、このこそ泥になんの用さ?」

「我々は、優秀なメイジが一人でも多く欲しい。協力してくれないかね?」

 ハルケギニアには、トリステイン王国・帝政ゲルマニア・ガリア王国・ロマリアがあり、さらに近くにはフーケの故郷であるアルビオン王国がある。
 これらの国は長年小競り合いを繰り返し、争いが絶えなかった。
 それらの国々を一つにまとめて、強力なエルフどもが守る聖地を取り戻すなど、フーケには夢物語にしか聞こえなかった。

「私は貴族は嫌いだし、ハルケギニアの統一になんか興味はないわ。
 おまけに、聖地を取り戻すですって!?
 エルフどもがあそこに居たいなら、好きなだけ居させたらいいじゃない?」

 人と比べて尖った耳と長命をもち、独特の文化を築いたエルフは、その全てが優秀な魔法使いだった。
 過去に幾度か、ハルケギニアの王たちは聖地奪還の軍隊を送ったが、ことごとくエルフに敗れていた。
 そのエルフに打ち勝つ方法がいまだ見つかっていないことは、王だけでなく歴史を学んだ貴族も知っているはずである。
 フーケは、その連盟に参加した貴族たちが、とても正気だとは思えなかった。

「土くれよ。おまえには二つの選択肢がある。我々の同志となるか、それともここで死ぬかだ」

「ほんとに、あんたら貴族ってのは困った連中だわ。それって、選択じゃなくて強制じゃない」

 フーケがやれやれといった様子で、苦笑いを浮かべた。

「確かにそうだ」

 つられて、男も苦笑する。

「あんたの貴族の連盟とやらは、なんて呼ぶのかしら?」

「味方になるのかならないのか、どっちなんだ?」

「これから旗を振る組織の名は、先に聞いておきたいのよ」

 男はポケットから鍵を取り出すと、鉄格子に付いていた錠前に差し込む。

「レコン・キスタだ」

 ガチャリとした金属音が鳴った後、鉄の蝶つがいが軋む音とともに牢屋の扉が開かれた。







 日が暮れてから、淳貴はヴェストリの広場へと出かけた。
 デルフリンガーを片手にもち、機嫌よさそうに鼻唄を歌っている。
 一日の仕事を終え、夕食も済ませた淳貴は、これから入浴するところであった。

 淳貴は、ヴェストリの広場の片隅に据えられた大釜の前に立つと、大釜に水を入れて薪に火をつけた。
 この大釜は、コック長のマルトーにもらったものである。

 この学院には貴族用の風呂と従業員用の風呂があるが、豪華な作りの貴族用の風呂と比べ、従業員用の風呂は狭い掘っ立て小屋に作られたサウナ風呂だった。
 もちろん現代のサウナ風呂とは異なり、暖炉に焼いた石を並べ、ときどきそれに水をかけて湯気を出すという原始的な仕組みである。
 そして、暖炉の熱気と湯気で十分汗をかいたところで、外に出て水を浴びて汗を流すのであった。

 まあ、サウナも時には悪くはないが、毎日これでは日本人の淳貴にはとうてい耐えられない。
 淳貴にとって風呂とは、やはり湯船にお湯を張った風呂のことである。
 そこで淳貴は、マルトーに頼んで古くなった大釜を譲り受けた。
 そして、レンガと土でかまどをこしらえて、そこに貰った大釜を設置した。
 風呂に入るときは、水に浮かべた木の板の上に乗っかって、それを底板にするのである。
 淳貴は、この手作りの五右衛門風呂を、大いに気に入っていた。

「あー、いい湯だなー」

 淳貴はタオルを頭に載せながら、木製の背もたれによりかかった。
 なにせ釜は金属でできているので、それに触るとヤケドをする恐れがある。
 かといって、どこにも寄りかからずにいると疲れるので、底板とひもで結んだ背もたれを作っていた。
 もともとは頭脳派の淳貴だったが、ここハルケギニアに来てからは、ずいぶんと工作や大工仕事をする機会が増えていた。

「いい気分みたいだね、相棒」

 かまどの横の壁に立てかけていたデルフリンガーが、淳貴に話しかけた。

「うん。とても、いい気分だ」

 日本の大都会と異なり、平原の真ん中にポツンとあるトリステイン魔法学院では、夜になると多くの星が見えた。
 夜空には大小二つの月があるため、地球の田舎の新月の夜より星の数は少ないかもしれないが、それでも東京の郊外にある淳貴の家の近くとは比べ物にならなかった。
 昼間に多少嫌なことがあっても、こうして湯船につかりながら星空を眺めていると、その多くを忘れることができた。

「ところで、相棒。誰か来たみたいだぜ」

 デルフリンガーに呼びかけられて、淳貴がヴェストリの広場の入り口の方を振り向くと、そこに人影が見えた。

「私です」

 暗がりから現れたのは、メイドのシエスタだった。
 シエスタは、ティーポットとカップをのせたお盆を両手にもっていた。

「どうしたの、こんなところに?」

「あの、今日厨房で、とても珍しい品が手に入ったんです。
 それで、サイガさんにもご馳走しようと思って」

「ご馳走?」

 淳貴がシエスタに聞き返した。

「東方のロバ・アル・カリイエから運ばれた珍しい品とか。お茶っていうんです」

「お茶?」

 意外な言葉を聞き、淳貴は驚いた。
 ハルケギニアに来てから、淳貴はお茶やコーヒー等の飲み物を見たことがなかった。
 貴族たちは、お茶やジュースの代わりにワインを日常的に飲んでおり、パーティーなどハレの席では平民もワインを口にしていた。
 お茶は貴重品だと聞いてはいたのだが、実際に見るのは、ここに来て初めてだった。

「どうぞ」

 シエスタはお盆をかまどの縁に置くと、ティーポットからカップにお茶を注いだ。
 そしてかまどの上によじ登ると、恥ずかしがって湯の中に体を隠した淳貴にカップを渡した。

「いただきます」

 シエスタからカップを受け取った淳貴は、その中身を一口飲んだ。
 見た目の色や香りといい、口に含んだときの味といい、間違いなくそれは緑茶だった。
 懐かしい日本の、家庭の味がする。
 感極まった淳貴は、思わず目から涙がこぼれ落ちそうになってしまった。

「ど、どうしたんですか?」

 淳貴の様子に驚いたシエスタが、釜の縁から体を乗り出した。
 だが、釜の周りが湯で濡れていたため、シエスタは体のバランスを崩してしまう。

「きゃあああっ!」

 悲鳴とともに、シエスタは湯船の中に飛び込んでしまった。

「大丈夫?」

 股間を片手で隠しながら、淳貴がシエスタを引っ張り上げた。
 もっとも、月明かりとかまどの火以外に灯りがないため、湯の中は暗くてほとんど見えなかったが。

「大丈夫ですけど……わーん、びしょびしょだぁ……」

 全身ずぶ濡れとなったシエスタが、湯面から顔を出した。
 ボブカットの黒髪からはぽたぽたとしずくが流れ落ちており、自慢のメイド服は濡れて体にピッタリとくっついてしまっている。

「どうしよう!? このまま帰ったら、メイド長に怒られちゃう」

 シエスタは泣きそうな顔になったが、しばらくすると、開き直ったのか微笑を浮かべて、肩まで湯につかった。

「うふふふ」

「どうしたの?」

「これ、気持ちいいですね。サイガさんの国のお風呂ですか?」

 シエスタは気持ちよさげに、目を細めていた。

「そうだよ。普通は、服を着ながら入ったりしないけど」

「そうなんですか? でも、考えてみたら確かにそうですね。それじゃあ、脱ぎます」

「はいっ!?」

 シエスタの返事を聞いて、淳貴は思わず目を丸くした。

「脱ぎます、と言ったんです」

「でも、俺、男だけど?」

 あっけに取られた淳貴は、自分の顔を指差しながらシエスタに聞き返した。

「大丈夫です。サイガさんを信じてますから」

 シエスタは湯から上がると、かまどの正面に薪を積み上げた。
 そしてエプロンを外し、ブラウスやスカートのボタンを外して脱ぐと、軽く絞ってから薪の山に脱いだ服を広げてかけた。
 そこに置いておけば、かまどの火の熱ですぐに服が乾くであろう。
 淳貴はシエスタが服を脱いでいる間、顔を真っ赤にしながらシエスタに背を向けていた。

「それじゃ、失礼します」

 裸になったシエスタが、再び湯の中に入ってきた。
 後ろを向いていた淳貴の視界の端に、シエスタの生足がにゅっと突き出てくるのが目に入る。
 白くて、健康そうな足だった。

「うわあ、本当に気持ちいいです!
 いつものサウナ風呂もいいけど、こうやってお湯につかるのも気持ちいいですね!
 まるで、貴族の人たちが入っているお風呂みたいです!」

「そ、そう?」

 淳貴が、上ずった声で答えた。

「サイガさん、こっち向いてもいいですよ」

 淳貴はおそるおそる、後ろを振り向いた。
 目の前に裸になったシエスタが、肩の少し下までお湯につかっている姿が見えた。
 淳貴は、家族以外の女性と一緒に風呂に入ったのは、これが始めての経験である。
 幼馴染で、何かにつけて淳貴の世話をしてきた小早川栞でさえ、一緒にお風呂というイベントは、幼い頃も含めてなかった。
 戸惑いと興奮の感情が入り混じって、淳貴は思わずのぼせそうになってしまった。

「そんなに照れないでください……私も照れちゃうじゃないですか。
 お湯の中は暗くて見えないし、胸は手で隠しているから大丈夫ですよ」

 淳貴はあらためて、目の前にいるシエスタを見つめた。
 もともと、メイド萌えの素質があった淳貴は、シエスタのことを憎からず思っていたが、こうして見るとルイズやルイズのクラスメートの女子たちとは異なる可愛らしさを、シエスタがもっていることに気づいた。
 例えていうと、野に咲く可憐な花のようである。
 大きな黒い瞳と低めの鼻は親しみやすさが感じられ、素朴で可愛らしい仕草は、傍にいると安心する雰囲気を淳貴に与えていた。
 お湯の上に少しだけ出ていた肩は、思っていたよりずっと細くて滑らかだった。

「ねえ、サイガさんの国って、どんなところですか?」

「俺の国?」

「ええ、聞かせてください」

「えっと、魔法使いがいなくて、月は一つしかなくて……」

 淳貴の返事を聞いたシエスタが、ぷっと頬をふくらませた。

「いやだわ。月が一つだの、魔法使いがいないだの、私をからかっているんでしょう。
 平民の村娘だと思って、バカにしてるんですね」

「からかってなんか、いないよ」

 今のところ、淳貴が異世界人であることを知っているのは、ルイズと学院長のオスマンだけである。
 十分な知識のないシエスタに、ハルケギニアと日本との違いを話したところで、混乱させるだけであろう。

「じゃあ、ちゃんとほんとのことを話してください」

 淳貴はしばらく考えて、あたりさわりのない話を答えることにした。

「えっと、まず食生活が違うんだ。ここではパンが主食だけど、俺の国では米が主食で」

「米?」

「稲っていう植物からとれるんだ。ちょうど麦みたいに、実った穂から採れる。
 それを水につけて炊飯器……じゃなかった、釜に入れて火で炊いて、器にもってから食べるんだ」

「それから?」

「あとは、肉も食べるけど、魚もよく食べるんだ。
 海や川で獲れた魚を、煮たり焼いたり、あとは刺身で」

 淳貴は普通に、身の回りの生活のことを話していたのだが、シエスタはその話に熱心に聞き入っていた。
 淳貴は時を忘れて熱心に話し込んだが、しばらく経つとシエスタが胸を腕で押さえて立ち上がった。

「うっ!」

 シエスタの腕の隙間から、シエスタの胸の谷間がはっきりと見えた。
 淳貴は慌てて目をそらしたが、その残像はくっきりと淳貴の脳内に残った。
 一言でまとめると、シエスタは着やせするタイプらしい。
 普段、メイド服のエプロンとブラウスの下に隠れているシエスタの胸は、淳貴の想像をはるかに越えた大きさだった。
 湯から上がったシエスタは、乾いた衣服を身に着けると、淳貴にペコリと頭を下げた。

「ありがとうございます。とても楽しかったです。
 このお風呂も素敵でしたし、サイガさんのお話も楽しかったです」

 シエスタは、嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「また、サイガさんの国の話、聞かせてもらえますか?」

 淳貴は、コクリとうなずいた。

「えっと……お話もお風呂も素敵だったけど、一番素敵だったのは……」

 シエスタは顔をうつむかせると、両手の人差し指を目の前でつつきながら、はにかむようにして淳貴に言った。

「あなた、かも」

「えっ!?」

 そういうとシエスタは、お盆をもってから後ろを向き、すたすたと小走りして去っていった。
 後には、本気か冗談かわからないベタなセリフで真っ赤になった淳貴と、笑いたい気持ちを必死になって抑えているデルフリンガーが残されていた。



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