ゼロの伝説の勇者

作:湖畔のスナフキン

第二話 −伝説の勇者− (03)




 翌朝、まだ辺りが薄暗い時間に、淳貴とルイズ、そしてギーシュが馬小屋に集まった。
 おはようと声をかけあったあと、三人は乗る馬に鞍を結びつける。

「一つ、お願いがあるんだが」

 鞍のひもを結びながら、ギーシュがルイズと淳貴に話しかけた。

「なによ」

「僕の使い魔を、つれていきたいんだ」

「使い魔って、あの大モグラのことか?」

 ギーシュの使い魔は、ジャイアントモールのヴェルダンデである。
 どう考えても、馬で移動する旅にふさわしい相手とは思えなかった。

「大丈夫だ。ヴェルダンデは地面の中を掘って進むのが、けっこう速いんだ」

「ねえ、ギーシュ。ギーシュの使い魔って、地面の中を進んでいくんでしょう? 私たち、これからアルビオンに行くのよ。連れて行けるわけないじゃない」

 馬の準備を終えたルイズが、馬小屋から自分の乗る馬を外に出した。
 ルイズが馬小屋の外にでると、ルイズの足下の地面に穴が開き、そこからジャイアントモールのヴェルダンデが顔を出した。

「ああっ、ヴェルダンデ! 君はいつ見ても可愛いね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」

 もぐもぐと嬉しそうにヴェルダンデが口を動かしたが、自分の頭上にいるルイズに気がつくと、くんくんと鼻をならしながらルイズにすり寄った。

「な、なによ、このモグラ!」

 とうとうヴェルダンデが、小柄なルイズを押し倒してしまう。

「主人に似て、女好きなのかな?」

 他人事のような口調で、淳貴がつぶやいた。

「バカなこと言ってないで、助けなさいよ!」

 やがてヴェルダンデが、ルイズの右手の薬指にはまったルビーの指輪を見つけると、それに鼻をなすりつけた。

「なるほど指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」

「本当なのか?」

 淳貴がギーシュに尋ねた。

「もちろん、本当だとも。ヴェルダンデは、貴重な鉱石や宝石を僕のために見つけてくれるんだ。土系統のメイジの僕にとって、最高の使い魔なのさ!」

 そのとき、一陣の風が吹いて、ルイズの上にのしかかっていたヴェルダンデを吹き飛ばした。

「誰だっ!」

 使い魔を攻撃されて怒ったギーシュと淳貴が、風の吹いてきた方向に目を向けた。
 そこには、羽帽子をかぶった長身の貴族が立っていた。
 油断のならない目つきをしており、また髭をはやしていたためか、かなり大人のように淳貴の目には見えた。
 もっとも、こちらに向かってくる足取りは軽かったので、見た目よりは歳が若いのかもしれない。

「僕は敵じゃない。姫殿下より君たちに同行することを命じられてね」

 その貴族は、三人に近づくと帽子をとって一礼した。

「トリステイン王室魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ」

 その貴族に文句を言おうとしたギーシュは、相手の名乗りを聞いてうなだれた。
 いくら大貴族の息子とはいえ、アンリエッタ直属の近衛の隊長では、相手が悪すぎた。

「すまないことをした。婚約者がモグラに襲われるのを、見て見ぬ振りはできなかったんでね」

 婚約者という言葉を聞いて、淳貴は驚いた。
 この場に、女性は一人しかいない。
 すると、ワルド子爵の婚約者というのは……

「ワルド様」

 ルイズが、惚けたような表情で立っていた。

「久しぶりだね、ルイズ! 僕のルイズ!」

 ワルドは笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄ってその体を抱き上げた。
 ルイズも暴れたりせず、おとなしくワルドに掴まっていた。

「相変わらず軽いね、君は! まるで羽のようだ」

「お恥ずかしいですわ、ワルド様」

 ワルドとルイズは、まるでどこかの青年貴族と令嬢のようなやり取りをしていた。
 昨晩のこともあるとは言え、ルイズの素の姿をさんざん見てきた淳貴は、驚いてぽかんと口を開けてしまった。

「彼らを紹介してくれたまえ」

 ワルドはルイズを地面に下ろすと、容儀を整えるため、深々と帽子をかぶり直した。

「あの、ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のサイガです」

 貴族としての礼儀が叩き込まれているのか、ギーシュはワルドに深く頭を下げる。
 続いて淳貴が、慌てて背を伸ばすと、ペコリとお辞儀をした。

「君がルイズの使い魔かい? まさか人とは思わなかったよ」

 淳貴は用心深く、ワルドの姿を上から下まで眺めた。
 控えめに見ても、かなり格好いいと思う。
 本物の貴族がどんなものか淳貴はまだ知らないが、ワルドがそうだと人から言われれば信じてしまいそうである。
 ただ、動作の一つ一つがキザっぽく、そこに軽く反発する感情を淳貴は感じた。

 ワルドはルイズの婚約者らしいが、少し年が離れすぎているのではないだろうか。
 それに、目つきが鋭すぎる。
 親しげな態度を取っているが、淳貴はそう簡単には相手を信じられそうになかった。




 アンリエッタは、学院長室の窓から出発するルイズたちを見送っていた。
 自分が護衛を命じたワルド子爵とルイズが乗ったグリフォンが先頭を走り、続いてギーシュと淳貴が乗った二頭の馬が続いている。
 アンリエッタは目を閉じると、手を組んで祈りを捧げた。

「始祖ブリミルよ。どうか彼女たちに、ご加護を与えてください」

 そのアンリエッタの隣では、学院長のオスマンが机に座って鼻毛を抜いていた。

「あなたは見送らないのですか、オールド・オスマン」

 怒るというよりも呆れるような口調で、アンリエッタが言った。

「ほほ。姫、見てのとおり、この老いぼれは鼻毛を抜いておりますのでな」

「トリステインの未来がかかっているのですよ。どうして、そのような態度を……」

「既に杖は振られたのですぞ。我々にできることは待つことだけ。違いますかな?」

「そうですが……」

 しかし、人生経験豊富なオスマンと違い、若いアンリエッタは不安の思いを隠しきれなかった。

「なあに、彼ならば道中にどんな困難があろうとも、必ずやり遂げてくれるでしょう」

「彼とは? ワルド子爵や、ギーシュ・ド・グラモンのことですか?」

 オスマンは、黙って首を横に振った。

「では、ルイズの使い魔の少年ですか! いえ、彼を信じていないわけではないのですが……」

「大丈夫です。二つの伝説が、彼に力を与えてくれるでしょう」

「二つの伝説?」

「一つは始祖ブリミルの伝説。もう一つは、この地に古くから、おそらくは先住民から伝わっている巨人の伝説です」

「それがなんなのか、教えてくれますか?」

 しかしオスマンは、ピンセットで鼻毛を抜く作業に戻っていた。
 どうやら、アンリエッタの質問に答える気はないらしい。
 そんなオスマンの態度を見て、アンリエッタは深くため息をついた。

「あなたは昔から王室に隠し事ばかりしていると、マザリーニが申していました」

「とんでもありません。私は国が誤った判断をしないよう、不確実な情報を流さないようにしているのです」

「それならば、よいのですが」

 性格に不真面目なところがあるものの、オスマンは魔法使いの長老として、周囲からそれなりに尊敬されていた。
 そうでなければ、オスマンはとうの昔に、この学院から追い出されていたに違いない。

「彼はどうやら、異世界から来たようなのです」

「異世界?」

「はい。ハルケギニアではない、それどころかこの地のどこにもない世界からです。我々に困難なことでも、そこから来た彼ならばやってくれるだろうと、この老いぼれは信じています。余裕があるのも、その為なのです」

 そう言うとオスマンは、柔和な笑みをアンリエッタに向けた。
 それは、まるで祖父が、可愛い孫を安心させるような笑顔であった。




 早朝に魔法学院を出発したルイズたち一行は、休憩もろくにとらず馬を駆けさせ続けた。
 お忍びの任務ではあったが公用であったため、街道沿いにある駅で馬を代えながら先を急ぎ続けた。
 そのため、普通なら馬で二日かかる港町のラ・ロシェールの入り口に、その日の夜半に着くことができた。
 その頃にはギーシュと淳貴は既にへばっており、馬にしがみつきながら、先頭を駆けるワルドのグリフォンに必死になってついていった。

「なんで港町なのに、山なんだよ」

 険しい岩山の道を進んでいくと、峡谷に挟まれるようにして街が見えてきた。

「君はアルビオンを知らないのかい?」

 ギーシュも淳貴も体力的には限界だったが、ゴールが見えたことで多少元気を取り戻していた。

「知るもんか」

 淳貴の声には、悔しさが混じっていた。
 ルイズに召還されるまでは、芸能界の話題などを除けば、友人たちに何かを聞かれて答えられないことは、ほとんどなかった。
 それが召還された途端、淳貴は右も左もわからない環境に放り込まれてしまう。
 淳貴は、生きる上での知識の尊さについて気づいていくのだが、かつて秀才だったプライドが打ち砕かれた為に心に受けたダメージから、未だ回復できていなかった。

「おいおい、本当かよ?」

 ギーシュが笑いながら言い返したとき、不意に上の方から火のついた松明が何本も投げ込まれた。

「ど、どうしたんだ!?」

 淳貴とギーシュの乗っていた馬が驚いて、前足を高々と上げた。
 二人はそのまま、馬から放り出されてしまう。
 地面に落ちた二人の近くに、何本もの矢が突き刺さった。

「襲撃だ!」

 道の片側が崖になっており、その上から矢を射掛けられたようであった。
 淳貴は背負っていたデルフリンガーを抜くと、尻餅をついていたギーシュの襟を掴んで、近くにあった岩の陰に隠れた。

「ど、どうしよう!?」

 慌てるギーシュとは別に淳貴が反撃の手段を考えていると、目の前に小型の竜巻が現れた。
 矢が何本も飛んできたが、その竜巻に巻き込まれて別の方角へと弾かれた。
 淳貴が振り向くと、グリフォンに乗ったワルドが杖を掲げていた。

「大丈夫か」

「ええ、なんとか」

 矢の心配はとりあえずなくなったが、敵は崖の上にいるようであった。
 飛び道具がない淳貴が反撃するには、ライディーンを呼ぶしかなさそうである。
 学院長のオスマンからは、事情を知らない人にライディーンを見せないよう言われていたが、このまま死んでしまっては元も子もない。
 淳貴がそう考えていたとき、上の方からバッサバッサと羽ばたく音が聞こえた。

「今度は、なんなんだ?」

 続いて、崖の上から男たちの悲鳴が上がった。
 上を見ると、何人かの人間が別の方角に矢を放っていたが、彼らはまとめて突風で吹き飛ばされた。

「おや。風の魔法じゃないか」

 ワルドがそう言ったあと、崖から弓をもった男たちが転がり落ちてきた。
 彼らは体を強く打ったのか、道の上でうんうんとうめいていた。

「お待たせ」

 大きな月を背にして降りてきたのは、風竜のシルフィードに乗ったキュルケとタバサだった。

「お待たせじゃないわよ! いったい、何しにきたのよ」

 ワルドのグリフォンから飛び降りたルイズが、キュルケに向かって叫んだ。

「あら。助けてあげたのに、ずいぶんなセリフね。朝方、窓から外を見たら、あんたたちが馬に乗って出かけるのを見たから、タバサと一緒に後をつけたのよ」

「あのねえ、ツェルプストー! これは秘密の任務なの!」

「秘密だなんて、言ってくれなきゃわからないじゃない。とにかく感謝しなさいね。あんたたちを襲った相手をやっつけたんだから」

 キュルケが、道の上でうめいている男たちを指差した。
 ギーシュが彼らに近づいて、尋問を始める。

「あら、素敵な殿方ね。お名前をうかがって、よろしいかしら?」

「助けてくれたことには礼を言うが、これ以上近づかないでくれ」

 しなを作ってすり寄ったキュルケを、ワルドは片手で押し止めた。

「婚約者が、誤解するといけないのでね」

 そう言うとワルドは、傍らにいたルイズをちらりと見た。

「あなたの婚約者だったの?」

 キュルケが、ぽかんと口を開けていた。
 ちんちくりんだと思っていたルイズに、こんな立派な婚約者がいたとは思ってもいなかったらしい。
 だが、もう一度ワルドを見て、キュルケは急に関心が薄れた。
 夜目ではっきりと顔がわからないが、どうにも冷たい感じがする。
 つまらない奴と思ったキュルケは、次に淳貴に視線を向けた。
 わずかだが、ムスッとした表情の淳貴を見て、キュルケは彼が焼きもちを妬いていたことに気がついた。

「あらん、ごめんなさい。本当はあなたを助けにきたのよ」

「それ、嘘だろ?」

「本当よ。焼きもち妬かせちゃってごめんなさいね」

 キュルケは淳貴の左腕にしがみつき、自分の体をすり寄せた。

「そんなことないって!」

「ケケケ。無理しちゃいけないぜ、相棒。俺は知ってるんだぜ。相棒はご主人様があの貴族と一緒にグリフォンに乗っているのを見ていて、一日中ムスッとしてたんだからな」

 淳貴が右手に握っていたデルフリンガーが、二人に茶々を入れた。

「寂しい想いをしてたのね。いいわ、これからは私が慰めてあげる」

「だから、違うんだってば!」

 淳貴が必死になってキュルケに抵抗していると、襲ってきた男たちの尋問を終えたギーシュが戻ってきた。

「子爵。彼らは、ただの物取りだと言っています」

「ふむ。ならば先を急ごう。今夜はラ・ロシェールに一泊して、明日アルビオンに渡ろう」

 ワルドはルイズと一緒にグリフォンに乗ると、先へと進んだ。
 ギーシュの馬がそれに続き、最後に淳貴と淳貴に密着していたキュルケの乗った馬が後を追う。
 そして彼らの真上を、杖に灯した魔法の光で本を読んでいたタバサと、彼女を乗せたシルフィードが飛んでいた。
 間もなく一行は、山の尾根の上にあるラ・ロシェールの街へと入っていった。







「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうだ」

 ラ・ロシェールで一番豪華な宿である『女神の杵』亭に、一行は入った。
 宿の下男が乗ってきた馬を厩舎に入れたり荷物を部屋に運んでいる間、ルイズやサイガたちは宿の一階にある食堂兼バーでくつろいでいた。
 進んで一行の先導役となったワルドが、宿の主人にアルビオン行きの船について聞いていた。

「急ぎの任務なのに……」

 ルイズが、ちょっと膨れた顔をする。

「あたし、アルビオンに行くの初めてなんだけど、なぜ明日にならないと船が出ないの?」

 キュルケがワルドに尋ねた。

「明日の夜は、月が重なるスヴェルの月夜だ。その翌日の朝、アルビオンがラ・ロシェールに最も近づく」

 淳貴は疲れた頭で、ワルドの話をぼーっと聞いていた。

「じゃあ、今日はもう寝よう。部屋はキュルケとタバサ、ギーシュとサイガが相部屋だ」

「私は?」

 ルイズがワルドに尋ねた。

「君は、僕と同室だ」

「えっ!」

 ルイズが驚きの声をあげた。
 ルイズの声を聞いた淳貴が、ルイズの方に顔を向ける。

「婚約者だからな。当然だろう」

「そんな、いけないわ! まだ結婚しているわけじゃないのに」

「大事な話があるんだ。二人きりで話がしたい」

 ルイズは戸惑いの色を見せていたが、ワルドに促されて二階にある部屋へと入った。




 フーケは、脱獄を手引きした男の指示に従い、ラ・ロシェールの街に来ていた。
 指定された酒場で一人で酒を飲んでいると、バタンとスイング・ドアが開き、白い仮面を被った男が入ってきた。
 フーケを脱獄させた貴族である。

「言われたように、傭兵どもを雇って待ち伏せさせといたよ。まあ、あっさり追っ払らわれたけどね」

「そうか」

「それで、次は何をするんだい?」

「明日の夜、連中を襲撃してくれ」

「かまわないけどさ、私のゴーレムじゃ、あの黄金の巨人には勝てないよ」

「策はある」

 白仮面の男が、マントの中から取っ手のついた細長い筒を取り出し、フーケに渡した。

「黄金の巨人が現れたら、筒の先を空に向けてボタンを押せ。そうすれば、天から援軍が降ってくる」

「本当かい?」

「ああ、本当だ」

 まるで雲を掴むような話であるにも関わらず、男は自信ありげに返答した。





 翌朝、目を覚ました淳貴は、宿の一階で朝食を食べていた。
 ちなみに、同室だったギーシュは、未だ夢の中にいる。
 メニューはパンと肉の入ったスープだけだったが、味はなかなかよかった。
 普段、マルトー率いる学院の腕利きのコックたちの食事に舌が慣れていることを考えると、この宿の食事は実は大当たりだったのだが、他に比較の対象を知らない淳貴はこれといった感慨はなかった。

「おはよう、使い魔くん」

 淳貴が振り返ると、ワルドが階段を優雅に降りてくるところだった。
 ワルドは階段を下りると、淳貴の座っていたテーブルに近づいた。

「おはようございます。ルイズはどうしてますか?」

「彼女なら、もうすぐ下に降りてくるよ。ところで、君に話があるんだが」

「なんでしょう?」

「君は伝説の使い魔、ガンダールブなんだろう?」

 淳貴の背が、ビクッと動いた。
 ガンダールブについては、学院長のオスマンとコルベール、そして淳貴だけが知る秘密だからである。
 ルイズも、まだ知らないはずであった。

「それから、フーケのゴーレムを倒した黄金の巨人、あれを使ったのも君じゃないのかな?」

「どうして、ライディーンのことまで!?」

「忘れたのかい? 僕はトリステインの治安を預かる、王室魔法衛士隊の隊長なんだよ。フーケを尋問したのは僕なんだ」

 淳貴はトリステインの行政組織がどうなっているかなどまったく知らなかったが、どうやら王室魔法衛士隊が警察の業務も担当しているらしいと推察した。

「僕は歴史や伝説に興味があってね。フーケを尋問した後、王立図書館で調べたのさ。それでガンダールブにたどり着いたのさ」

「それで、僕に何の用ですか?」

「そんな君の腕前がどれ程のものか、知りたいんだ。手合わせを願いたい」

「手合わせって?」

「これだよ」

 ワルドが、腰に差していた杖を引き抜いた。

「決闘ですか」

 興味なさそうな声で、淳貴が答える。

「ただの腕比べだよ。大げさなものではないさ。怪我でもしたら、任務に差し障るからね」

「どちらにせよ、興味ありません」

「貴族というのは困ったものでね、どちらが強いか気になると、どうにもならなくなるのさ」

「俺は、ただの平民ですから」

 手合わせを拒む淳貴を前にして、ワルドは眉をひそめた。

「そんなに決闘が嫌いかね?」

「ワルドさんは、闘うときに魔法を使いますよね」

「メイジだからね。当然さ」

「どうしても闘うというなら、僕はライディーンを呼びます。あなたが魔法を使えるように、僕はライディーンを使えますから」

 ワルドが困惑した表情を浮かべた。
 ここまで頑なに拒まれるとは、どうやら予想していなかったようである。

「わかった。それじゃあ僕は、魔法を使わずに相手をしよう。それならいいかな?」

「わかりました」

 淳貴は決闘には乗り気ではなかったが、あまり意地を張ってワルドの気分を害するのも後々まずいかと思い、その条件で承諾した。




 淳貴は部屋に戻ってデルフリンガーを手にすると、宿の中庭へと向かった。
 この宿は、もともとアルビオンからの侵攻に備えるための砦であったため、中庭には錬兵場の跡が残っていた。
 もっとも、今は物置き場として使われているらしく、あちこちに樽や空き箱が積み重ねられていた。

「昔……と言っても君にはわからんだろうが、かのフィリップ三世の治下には、ここでよく貴族が決闘したものさ」

「はあ」

 ハルケギニアの歴史の知識がほとんどないため、淳貴は気の抜けた相槌を打った。

「古き良き時代、貴族が貴族らしかった時代……名誉と誇りをかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった。でも実際は、くだらないことで杖を抜きあったものさ。例えば、女を取り合ったりね」

「御託はいいですから、早く始めましょう」

 淳貴がデルフリンガーの柄に手をかけた。左手のルーンが輝き始める。

「まあ、待て。立会いにはそれなりの作法というものがある。介添え人がいなくてはね」

「介添え人?」

「安心したまえ。もう呼んである」

 そのとき、物陰からルイズが現れた。
 ルイズは、緊迫したその場の空気を感じとると、ハッとした表情となる。

「ワルド、いったい何をする気なの?」

「彼の実力を、ちょっと試したくてね」

「そんなバカなことはやめて! 今はそういうことをしている場合じゃないでしょう!?」

「ただの腕比べさ。そんなに危ない真似はしないから、大丈夫だよ」

 ルイズを落ち着かせようと、淳貴が声をかけた。
 ルイズは淳貴に視線を向けると、ぷっと頬を膨らませた。

「では、介添え人も来たことだし、始めるか」

 ワルドは腰から杖を抜くと、フェンシングの構えのように杖の先を前に突き出した。
 淳貴はデルフリンガーを鞘から抜くと、両手で柄を握って剣先をワルドの胸元へと突き出す。

「いくぞっ!」

 ワルドは前後に細かく動きながら、隙をみて淳貴に向かって杖を突き出した。
 淳貴はデルフリンガーを使って、ワルドの杖先を払いのける。

「魔法衛士隊のメイジは、ただ呪文を唱えるだけじゃないんだ。杖を剣のように扱いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」

 ワルドは鋭い突きを二度・三度と繰り出したが、防御に徹した淳貴はそれらを全て防いだ。

「面白い。それが君の国の剣術か。だが、防ぐだけでは勝つことはできんぞ!」

 ワルドは前後だけでなく、左右にも動き始めた。
 繰り出す突きはいっそう鋭くなり、淳貴の体にかするようになる。
 ワルドがギーシュとは格が違う相手であるということを、淳貴は否応なく理解した。

「面!」

 ワルドの動きになれた淳貴が、ようやく反撃に転じた。
 デルフリンガーでワルドの杖先を払いのけると、振りかぶって相手の頭を狙う。
 だが、ワルドは一歩下がると、自分の杖で淳貴の一撃を受け止めた。

「籠手! 面! 胴!」

 二人が剣と杖を交えている姿を、ルイズは固唾を飲んで見守っていた。
 そのため声をかけられるまで、キュルケとタバサがこの場に来たことに気がつかなかった。

「ねえ、いったいどうしたのよ?」

「腕試しをするとか言って、急に始めちゃったの」

「でも、すごいわ。ダーリンったら、あの魔法衛士隊の隊長さん相手に、互角に闘ってるじゃない」

 二人が斬り合う姿は、まるで剣闘士の興行のように見事だった。
 ただ、使っている武器が、急所を突かれれば確実にケガをするであろう硬い杖と、錆びが浮かんでいるとはいえ大きな片刃の剣であるために、ルイズやキュルケは心配そうな表情で見守っていた。

「……彼は負ける」

 そのとき、キュルケの隣にいたタバサが、ポツリとつぶやいた。

「それって、ダーリンのこと?」

 問い返してくるキュルケに、タバサはコクリとうなずいた。




「面!」

 淳貴が振り下ろした剣を、ワルドは退かずにその場で受け止めた。

「動きは速いし、攻撃も鋭い。さすが、伝説の使い魔だけのことはあるな。だが、まだまだ甘い!」

 淳貴とワルドは剣と杖で鍔迫り合いをしていたが、ワルドはぐっと杖を突き出すと、同時に足をからめて淳貴を押し倒した。
 足下を警戒していなかった淳貴は姿勢を崩され、背後にあった空き樽の山にぶつかってしまう。
 地面に倒れた淳貴は、そのまま倒れてきた空き樽に埋まってしまった。

「勝負あったな」

 空き樽を払いのけて起き上がろうとした淳貴の胸元に、ワルドが杖を突きつけた。
 淳貴は悔しそうにワルドを睨むが、既に勝負は決していた。

「君の腕はそう悪くはない。だが、それは街の道場や、闘いのルールが決められた宮廷での御前試合だけの話だ。たとえ魔法を使わずとも、何でもありの戦場でルイズを守ることはできない」

「あなたは陛下を守る魔法衛士隊の隊長じゃない! 強くて当たり前じゃないの!」

 二人の闘いを見ていたルイズが、ワルドに近寄った。

「そうだよ。でも君は、アルビオンに行って敵に遭遇した時に、ルールを守って正々堂々と戦いましょうなどと敵に申し込むつもりかい?」

 ルイズはワルドの話にそれ以上反論できず、そのまま押し黙ってしまった。

「行こう、ルイズ」

「でも……」

「彼には、考える時間が必要だよ」

 ワルドはルイズの手をとって、その場を離れようとする。
 ルイズは、何度も振り返りながら心配そうな目で淳貴を見ていたが、そのままワルドと一緒に広場から出て行った。



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