ゼロの伝説の勇者

作:湖畔のスナフキン

第二話 −伝説の勇者− (05)




 巨獣機を撃破した淳貴は、ゴッドバードでフーケの岩ゴーレムを探したが、岩ゴーレムが炎に包まれて崩れたのを見ると、元の形状に戻って地上に降り立った。
 淳貴がライディーンから出ると、ライディーンは前と同じように透明になって姿を消した。
 最初にライディーンに乗ったとき、淳貴は裸で外に出されたが、今回はライディーンに乗る前と同じ服装に戻っていた。

「みんな、大丈夫か!?」

 淳貴が三人のところに駆け寄ると、すぐにキュルケが飛びついてきた。

「ああん。あなたって、本当にすごいわ! あの巨獣機をやっつけちゃうなんて!」

「巨獣機?」

「君がライディーンで倒した巨大な怪物だよ。フーケがそう呼んでいたんだ」

 傍に立っていたギーシュが、淳貴に教えた。

「そういえば、フーケは?」

「逃げたみたいね。私たちが岩ゴーレムを倒したら、姿が見えなくなったもの」

 淳貴が周囲を見回すと、フーケはおろか大勢いた傭兵たちもすべていなくなっていた。

「これから、どうする? ルイズたちを追いかけて、アルビオンに行ってみようか」

 ギーシュがそう提案した。

「フーケはどうするのよ?」

「僕たちだけで探しても、フーケはそう簡単に見つからないと思うよ」

 ギーシュの返答に、タバサもうなずいた。
 初めてくる街で、しかも夜間となれば、フーケを発見するのは至難の業であろう。

「ダーリンは、どう思う?」

 キュルケが、淳貴に話を振ってきた。

「ルイズのことが心配だ。ワルドさんがついているけど、この先フーケがどんな罠を仕掛けているかもしれないし」

「待って」

 その時、タバサが話に割り込んできた。

「いろいろと腑に落ちないことがある」

 淳貴とキュルケとギーシュの視線が、タバサに集まった。

「まずフーケは、どうやって私たちがこの街にいることを知ったのか」

「そうねぇ。私たちだって、馬で出かけるルイズたちを見て、追いかけてきただけだし」

 キュルケが、何かを考えるかのように、頬に人差し指をぴとっと当てた。

「でも、脱獄したフーケがたまたまこの街にやってきて、僕たちを見つけたということは考えられないか?」

 ギーシュが、タバサの発言に異論を述べた。

「そうかもしれない。でも、さらにわからないのが、フーケが呼んだ巨獣機。あんなに強い味方がいるのなら、伝説の腕輪のときにも呼べばよかったのに、フーケはそうしなかった」

「そういえば、フーケはライディーンに対抗するために、準備したって言ってたわね。どこで調達したのか知らないけど、脱獄してからのわずかな時間で準備できるものかしら?」

 キュルケは頬にあてていた人差し指を、唇につけて「んー」と声を漏らす。
 その横にいた淳貴が、何かに気づいたのかはっと顔を上げた。

「そうか! フーケは誰かに牢屋から出してもらったって言ってたな! そいつが巨獣機をフーケに与えたんだ!」

「それだけじゃない。ルイズの密命についても、情報が漏れている可能性がある」

「でも、そいつは一体誰なんだ? ルイズの部屋で立ち聞きしていたのは僕だけだったし、ワルド子爵は出発してからずっと一緒に行動していた。まさか、姫様が秘密を漏らすはずも……」

 ギーシュと淳貴が一緒になって考えたが、答えは出てこなかった。

「それが誰であるとしても、情報は既に漏れているという前提で行動すべき。その上で」

 タバサが、手に持っていた杖をギュッと握り締めた。

「相手の裏をかく」




 一方、ルイズとワルドの二人は、無事アルビオン行きの商船に乗っていた。
 船長と交渉した結果、翌朝の出航予定を変更して、すぐさま出発する。
 ラ・ロシェールを出航した船は、順調にアルビオンへと向かっていたが、アルビオンが見えた頃に空賊の船に捕まってしまった。

「どうしよう、ワルド」

 空賊たちは、ルイズの乗っていた商船を停船させた。
 空賊の船が、こちらへと近づいてくる。
 そのの甲板には、屈強な男たちが弓やフリント・ロック銃を構えて、こちらの船に狙いを定めていた。

「あなたの魔法で、何とかならないの?」

「すまない、ルイズ。出航時間が早まった分、足りなくなった風石を補うために、僕の魔法は打ち止めなんだ。ここは、相手の指示に従うしかない」

 やがて、空賊の船から鉤のついたロープが投げられ、数十人もの空賊たちがこちらの船に乗り移ってきた。
 前甲板につながれていたワルドのグリフォンが、乗り移ってきた空賊たちに驚いて暴れたが、すぐに青白い霧がグリフォンを包み、グリフォンは倒れて寝息を立て始めた。

「どうやら、敵にはメイジもいるようだ」

 こちらに乗り移ってきた空賊の頭らしき男が、甲板の片隅にいたルイズとワルドを見つけた。

「へへっ。貴族の客までいるのか」

 空賊の頭はルイズに近寄ると、顎をぐいっと持ち上げた。

「こりゃ別嬪さんだ。おめえ、俺の船で皿洗いでもしねえか?」

「下がりなさい、下郎!」

 ルイズが、その空賊の手をぴしゃりと跳ね除ける。

「あ、あんたちなんてね! 私の使い魔がいれば、すぐにやっつけちゃうんだから! 身長が何十メイルもあってね、ゴーレムよりも強いのよ!」

 強がりを見せるルイズを前にして、空賊の頭が大声をあげて笑った。

「ハーハッハッハ! そんなに強いのなら、ぜひ見せてもらおうじゃないか!」

「あ、あんまりにも大きいもんだから、仕方なくラ・ロシェールに置いてきたのよ!」

「じゃあ、どのみちこの場にはいないわけだ。そのお強い使い魔さんは!」

 ニヤニヤと笑う空賊に言い返すことができず、ルイズは悔しそうな表情を浮かべる。

「もう、このバカサイガ! ご主人様が困っているときに、どうしていないのよ!」

 その時、ルイズが肌身離さずつけていた首飾りから、声が聞こえた。

「ごめん、ルイズ。遅くなった」

 ルイズは驚きながらも、胸元の首飾りに向かって話しかける。

「サイガ! い、今、どこにいるよの!」

「上を見て」

 ルイズが空を見上げると、そこに巨大な金色の鳥が風竜なみの速度で飛んでいた。
 その鳥は、ライディーンと同じ色をしていた。

「サイガ!」

「ルイズ、状況を教えてくれ」

 今やルイズだけでなく、ワルドや空賊たちまでも、その船の上空を飛ぶゴッドバードを見上げていた。

「私の姿が見える?」

「ああ、見えるよ」

「私たちの船が、空賊に捕まっちゃったのよ! 何とかして、追い払って!」

「何とかしてって、言われても……」

 首飾りから、困った様子の淳貴の声が聞こえてくる。

「そうねえ、とりあえずマストを全部へし折っちゃう、というのはどうかしら?」

 ルイズのすぐ背後から、声が聞こえた。
 慌ててルイズが振り返ると、そこにはキュルケの姿があった。

「キュルケ!」

「タバサもいるわよ」

 ルイズが見上げると、タバサが乗ったシルフィードが、船のすぐ上をゆっくりとした速度で旋回していた。

「これで形勢逆転ね」

 キュルケが、空賊たちに杖を向ける。
 離れた場所にいた空賊のメイジらしき男が呪文を唱え始めたが、上空にいたタバサが威嚇で撃った氷の槍が、その男の足下に突き刺さった。
 男は慌てて、両手を上げて降参した。

 ドガン! ドガン!

 空賊の船が、速度を落として船の周囲を旋回しているライディーンに向かって、大砲を撃った。
 ほとんどの弾が外れたが、一発だけ当たった弾も、ライディーンには傷一つ与えることはできなかった。

「待ってくれ! どうやら君たちはアルビオンの貴族ではないようだが、いったいアルビオンに何の用だ?」

 突然、空賊の頭の口調が変わった。
 雰囲気も、先ほどまでの空賊らしい下卑たものではなく、なにやら貴族か軍人のような風格が感じられる。

「私たちはトリステインの貴族よ。トリステインの王室から、王党派への遣いなの」

 驚いたルイズが、思わず本音を口にしてしまった。

「そうか。それでは君たちに話がある。君の使い魔には、それまで攻撃を控えるよう命じてもらいたい」

 ルイズは、首をこくこくと縦に振る。
 豹変した空賊の頭の雰囲気に、ルイズは完全に飲まれていた。







 空賊の頭は、二人の供を連れて、ルイズの乗ってきた商船の船室に入った。
 同じ部屋にルイズとキュルケとワルドが入ると、彼らは部屋の中央にあったテーブルを挟んで向かい合った。

「君たちは、王党派への使者だと言ったな?」

「ええ、そうよ」

 空賊の頭の問いかけに、ルイズが答えた。

「何しに行くんだ? 彼らは明日にでも消えてしまうだろうよ」

「そんなこと、あんたには関係ないわ」

「貴族派につく気はないかね? 彼らは君たちみたいな勇敢なメイジを欲しがっている」

「死んでも嫌よ」

 ルイズのその返答を聞いて、空賊の頭がくっくっと笑った。

「いやはや、失礼した。トリステインの貴族は気位が高い者が多いと聞くが、君はその典型のようだね。名を聞きたいが、その前にこちらから名乗ることにしよう」

 そういうと、空賊の頭は縮れた黒髪に手をかけ、それを引っ張った。
 それはなんとカツラであり、さらに眼帯を外し、付け髭も引っ張って取ると、凛々しい金髪の若者の顔となった。

「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……とはいっても、残るは隣にあるイーグル号しかない無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きより、こちらの方が通りがいいだろう」

 若者は背筋をぐっと伸ばし、威厳のある声で自らの名を名乗った。

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 ルイズは、あんぐりと口を開けて驚いた。隣に立っていたキュルケも、似たような表情である。
 ワルドだけは、興味深そうな表情でウェールズの顔を眺めていた。

「アルビオン王国へようこそ、使者殿」

 しかしながら、あまりの予想外の展開にルイズは頭がついていけず、呆けたような顔を続けていた。

「その顔は、どうして一国の皇太子が空賊に身をやつしているのか、といったところだね? いや、金持ちの反乱軍には、外国から補給物資が続々と送り込まれる。敵の補給路を絶つのは戦の基本だが、堂々と王軍の旗を掲げていたのでは、あっという間に反乱軍の船に取り囲まれてしまう。空賊に化けているのは、そういった事情なのだよ」

 ウェールズは、まるで悪戯に成功した子供のように、無邪気な顔でくっくっくっと笑った。

「使者殿には失礼をした。まさかこの時期に、外国の貴族が我々に会いにくるなどとは夢にも思わなくてね。さて、たいしたおもてなしもできないが、我々のイーグル号に来ていただければ、お茶の一杯でもご馳走しよう。いかがかな?」

 いまだ茫然自失していたルイズは、ウェールズの申し出に首を縦に振るのが精一杯だった。




 ウェールズに連れられて、ルイズとキュルケとワルドは、空賊の船に擬装したイーグル号の艦長室に移動した。
 空賊たちを警戒するために、ゴッドバードとシルフィードに乗って船の上空を飛んでいた淳貴とタバサも、一緒になって艦長室に入った。

「ふむ。すると君が、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔で、その君が先ほどのライディーンとやらに、乗っていたということか」

「はい、そうです」

 淳貴が、ウェールズに答えた。
 とかく、高慢な態度をとることが多い貴族に対して、淳貴は反感を覚えることが多かったが、気さくな態度をとるウェールズには素直に好感をもった。

「先ほどは失礼した。まさか、そんな使い魔がこの世に実在するとは思えなくてね。謝罪するよ」

「い、いえ、めっそうもありません!」

 丁寧に謝罪の言葉を述べるウェールズに、ルイズはすっかり恐縮してしまう。

「それにしても、あの巨体であんなにも素早く空を飛べるとは! 実に素晴らしい! もし、そのライディーンが我が軍にいたら、叛徒どもに一泡も二泡も吹かせることができただろうに」

 困惑した淳貴は、ルイズを横目でちらりと見た。
 オスマンが関係者以外にライディーンを見せてはいけないと命じたことが、今さらながらに痛感させられる。
 やむを得ない事情が続いたとはいえ、淳貴は安易にライディーンを呼び出したことを後悔した。

「心配は無用だ。君に戦いに加わって欲しいなどと、私の口から言うことはできない。もし、そんなことをしてしまったら、トリステインをアルビオンの内戦に引き込んでしまったことになる。外交上いろいろと問題になるだろう」

 淳貴の心中を察したのか、ウェールズが言葉を続ける。
 戦争に巻き込まれないと知った淳貴は、安心してほっと息を漏らした。

「ところで、使者殿の用件は何かな?」

「アンリエッタ姫殿下より、密書をお届けするようにと」

 ルイズは肌身離さず持ち歩いていたアンリエッタの書状を懐から出したが、その場でぴたっと立ち止まった。

「あ、あの……」

「なんだね?」

「失礼ですが、本当に皇太子様?」

 ルイズの顔を見て、ウェールズが笑った。

「まあ、先ほどまでの様子を見れば、無理もないかな。いいとも、証拠を見せよう」

 ウェールズは薬指に嵌っていた光る指輪を外すと、ルイズの手をとって、アンリエッタから受け取った水の指輪に近づけた。
 すると、二つの指輪が共鳴し、二つの指輪の間から虹色の光が発した。

「この指輪は、アルビオン王家に伝わる風のルビーだ。君がもっているのは、水のルビーだね」

 ウェールズの問いかけに、ルイズがうなずいた。

「水と風は虹を作る。王家の間にかかる虹さ」

「失礼しました」

 ルイズはウェールズに一礼すると、アンリエッタの書状をウェールズに手渡した。
 ウェールズは愛しそうにその手紙を見つめると、慎重に封を開いて中の便箋を取り出した。

「アンリエッタは結婚するのか。あの愛らしい従姉妹が……」

 ウェールズは真剣な表情で手紙を読んでいたが、やがて顔を上げた。

「了解した。アンリエッタはあの手紙を返して欲しいと、この私に告げている。あの手紙は私の宝物でもあったのだが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」

 ルイズは、これで任務が達成できると、喜びの表情を浮かべた。

「しかしながら、手紙は今手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。多少面倒だが、ニューカッスルまでご足労願いたい」




 王党派の最後の軍艦イーグル号は、浮遊大陸アルビオンの複雑に入り組んだ海岸線を、雲に隠れるようにして進んでいった。
 イーグル号が淳貴たちを乗せてから三時間ほど経った頃、大陸から突き出した岬が見えてきた。

「あれが、ニューカッスルの城だよ」

 イーグル号の後甲板にいた淳貴たちに、岬の先端にある高い城を指差しながらウェールズが自ら説明した。
 だが、イーグル号はニューカッスルの城には直接向かわず、大陸の下側に潜り込む進路を取った。

「なぜ、下に潜るのですか?」

 ルイズの問いかけに、ウェールズは上空を指差した。
 そこには、雲の切れ目から巨大な船が姿を見せていた。

「かつての本国艦隊旗艦、ロイヤル・ソヴリン号だ。叛徒どもが手中に収めてからは、レキシントン号と名前を変えているらしいがね」

 その船は、長さが優にイーグル号の二倍はあった。
 側面に据え付けられた大砲が、一斉に火を吹くと、空気の震動が離れたイーグル号にまで伝わってきた。

「砲門の数は両舷合わせて108門。おまけに竜騎兵まで搭載している。あの艦の反乱からすべてが始まった因縁のある艦だ。さて、我々の船ではあの化け物には相手にならないので、雲の中を通り大陸の下からニューカッスルに近づく。そこに、我々しか知らない秘密の港があるのだ」




 しばらく航行すると、頭上に黒々と穴が開いている場所に出た。
 マストにともした魔法の灯りが、直径300メイル程の空間をわずかに照らしていた。

「一時停止」

「一時停止、アイ・サー」

「微速上昇」

「微速上昇、アイ・サー」

 裏帆を打ってピタリと止まったイーグル号が、穴に向かってゆるゆると上昇していく。
 そして、イーグル号の航海士が乗ったマリー・ガラント号――ルイズとワルドが最初に乗った商船である――が、イーグル号に続いた。

 やがて、まばゆいばかりの光に照らされたかと思うと、イーグル号はニューカッスルの秘密の港に到着していた。
 そこは、真っ白い発光性のあるコケに覆われた鍾乳洞の中だった。
 イーグル号は鍾乳洞の岸壁に近づくと、岸壁の上に待っていた大勢の人たちから縄が投げられ、イーグル号の水兵たちがその縄をイーグル号にゆわえつけた。
 岸壁にいた人がイーグル号を縄で引っ張り、やがて岸壁に引き寄せられた艦からタラップが下りてきた。

「ほほう、これはまた大した戦果ですな、殿下」

 岸壁にいた人の中から、背の高い年老いたメイジが進み出た。
 老メイジは、イーグル号に続いて現れたマリー・ガラント号を見て、タラップを降りてきたウェールズにねぎらいの言葉をかけた。

「喜べ、バリー。硫黄だ、硫黄!」

 ウェールズがそう叫ぶと、港に集まっていた兵隊たちの中から、ウォーっと歓声が上がった。

「おお、硫黄ですと! 火の秘薬ではありませぬか。これで我々の名誉も、守られるというものですな!」

 老メイジの目から、大粒の涙がこぼれた。

「先の陛下からお仕えして60年、こんな嬉しい日はありませんぞ! 反乱が起こってからは苦渋を舐めっ放しでしたが、なに、これだけの硫黄があれば……」

 ウェールズは老メイジに向かって、にっこりと笑顔を見せた。

「王家の誇りと名誉を叛徒どもに示しつつ、敗北することができるだろう」

「栄光ある敗北ですな! それでご報告ですが、叛徒どもは明日の正午に攻撃を開始するとの旨を伝えてきました。殿下が間に合って、よかったですわい」

「間一髪だったな! 戦に間に合わぬは、武人としての恥だからな」

「して、その方たちは?」

 老メイジが、ウェールズの後ろに控えていたルイズたちに目を向けた。

「トリステインからの使者だ。重要な用件で、我々のところに来たのだ」

 老メイジは一瞬ルイズたちを警戒の眼差しで見たが、すぐに笑顔へと変わった。

「これはこれは。遠路はるばる、ようこそアルビオンにいらっしゃいました。殿下の侍従を仰せつかっているバリーでございます。たいしたもてなしはできませぬが、今夜はささやかな祝宴が催されます。是非、ご出席くださいませ」




 一行のうち、ワルド・ギーシュ・キュルケ・タバサの四人は、バリーに案内されて客間へと向かった。
 ルイズと淳貴の二人だけは、ウェールズに従って、この城にあるウェールズの私室へと向かう。

 ウェールズの居室は、一国の皇太子とは思えない質素な部屋であった。
 部屋の中には木でできた粗末なベッドと、椅子と机が一組ずつあるだけである。
 ウェールズは椅子に腰掛けると、机の引き出しを開いて、宝石が散りばめられた小箱を取り出した。
 小箱には鍵がかかっており、ウェールズはもっていた鍵で小箱を開ける。
 小箱の内側には、小さなアンリエッタの肖像画が描かれていた。

「私の宝箱なのだよ」

 ウェールズはルイズと淳貴が覗き込んでいることに気づくと、はにかみながらそう答える。
 小箱の中には、一通の手紙が入っていた。
 ウェールズは愛しそうにそれに口づけしたあと、それを広げて一読してから、別の封筒に入れてルイズに差し出した。

「これが姫からいただいた手紙だ。確かに返却したぞ」

「ありがとうございます」

 ルイズは深々とお辞儀をしてから、その手紙を受け取った。

「明日の朝、非戦闘員を乗せたイーグル号が、ここを出港する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」

 ルイズは受け取った手紙をじっと見つめていたが、やがて決心した顔でウェールズに話しかけた。

「あの、殿下。さきほど、栄光ある敗北とおっしゃいましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」

 ためらいながら言うルイズに、ウェールズがはっきりとした口調で返答した。

「ないよ。話が軍は三百、敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。我々にできることは、勇敢な死に様を連中に見せることだけだ」

 ルイズはうつむきながら、さらに話を続ける。

「殿下の討ち死にも、その中には含まれるのですか?」

「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」

 傍らで二人のやり取りを見ていた淳貴は、心の中でため息をついた。
 明日にも死ぬかというのに、ウェールズにはいささかも取り乱していない。
 アンリエッタの時もそうだったが、現実感がなくて、まるでお芝居を見ているかのように思えた。

「殿下、失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがあります」

「なんなりと申してみよ」

 今までの気さくな態度から一変し、ウェールズがわずかに威厳を見せる。

「この任務を私に仰せ付けられた際の姫様のご様子、尋常ではございませんでした。さらに姫様の手紙を読まれたときの殿下のお顔。もしや、姫様とウェールズ皇太子殿下は……」

「君は、アンリエッタと私が、恋仲であったと言いたいのかね?」

 ウェールズが微笑みながら、ルイズに答えた。

「ご無礼をお許しください。そのように想像しました。ですが、そうなるとこの手紙は……」

 ウェールズは少し躊躇したが、やがてルイズにこう言った。

「そのとおり、恋文だよ。アンリエッタが知らせたように、この手紙がゲルマニアに知られてはまずいことになる。なにせ、彼女は始祖ブリミルの名において、永遠の愛を私に誓っているのだからね。知ってのとおり、始祖に誓う愛は婚姻の際の誓いでなければならないから、この手紙が世間に知られれば彼女は重婚の罪を犯すことになってしまう。おそらく、ゲルマニアの皇帝は彼女との婚約を解消するだろう。そうなれば、トリステインは一国で、あの貴族派に立ち向かわなければならなくなってしまう」

「とにかく、姫様は殿下と恋仲であられたのですね?」

「昔のことだよ」

 ルイズの追求をウェールズはあっさりと受け流したが、ルイズはかえって感情を高ぶらせた。

「殿下、亡命なさいませ! トリステインに亡命してください!」

「よせよ、ルイズ」

 ルイズは体を乗り出して、ウェールズに迫ろうとする。
 さすがに見ていられなくなった淳貴が、ルイズの肩を手で押さえた。

「お願いでございます! 私たちと共に、トリステインにいらしてください!」

「それは、できないよ」

 笑みを浮かべながら、ウェールズはそう言った。

「姫様の手紙には、そう書かれていませんでしたか? 私は幼き頃から、恐れ多くも姫様のお遊び相手を務めさせていただきました! 姫様の気性は、たいへんよく存じています。あの姫様が、ご自分の愛した人を見捨てるはずはありません! 手紙の末尾で、殿下に亡命をお勧めになっているはずです!」

 ルイズの必死の追求にも関わらず、ウェールズは首を横に振った。

「そのようなことは、一行も書かれていない」

 だが、ウェールズの表情には、本心を偽る苦しさが現れていた。
 ルイズも淳貴も、ルイズの指摘が事実だったと受け止めた。

「アンリエッタは王女だ。自分の都合を、国の大事に優先させるはずがない」

 ルイズは、ウェールズがアンリエッタをかばおうとしていると思った。
 アンリエッタが、情に流される女だと思われるのが嫌だったのだろう。

「君は正直な女の子だな。ラ・ヴァリエール嬢。まっすぐで、いい目をしている」

 ウェールズは、親しげにルイズの肩をポンと叩いた。

「そろそろ、パーティの時間だ。君たちは、我らが王国が迎える最後の客だ。是非とも出席して欲しい」



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