ゼロの伝説の勇者
作:湖畔のスナフキン
第二話 −伝説の勇者− (06)
パーティーは、城のホールで行われた。
ホールに簡素な玉座が置かれ、そこには現アルビオン王であり、皇太子ウェールズの父であるジェームズ一世が腰掛けていた。
年老いたジェームズ一世は集まった臣下の貴族たちを、玉座の上で目を細めながら、柔和な表情で見守っていた。
明日には落城し、自分たちが滅亡するというのに、随分と華やかなパーティだった。
参加したアルビオンの貴族たちは、まるで平時の園遊会のように着飾り、ホールのあちこちに置かれたテーブルの上には、とっておきのご馳走が並べられていた。
ウェールズの侍従であるバリーは、ルイズたちにもドレスに着替えるよう勧めたが、派手好きのキュルケでさえ着飾る気分にはなれず、トリステイン魔法学院の制服で参加した。
「明日にはお仕舞いかもしれないのに、こんなに騒いでいいのかな」
「終わりだからこそ、こうして明るく振舞っているのだ」
淳貴がふと言葉を漏らすと、近くにいたワルドがうなずきながらそう言った。
不意に、集った貴婦人たちの間から歓声があがった。
淳貴がホールを見回すと、凛々しい服装をしたウェールズがホールに入ってきたところだった。
若くてハンサムなだけでなく、人柄もよい王子はどこでも人気者のようだった。
ホールに入ったウェールズが、玉座に寄り添って立つと、腰掛けていたジェームズ一世がすっくと立ち上がった。
王が立ち上がったのを見たアルビオンの貴族たちは、その場で姿勢を正して直立した。
「忠勇なる臣下の諸君に告げる。いよいよ明日、このニューカッスルの城に反乱軍レコン・キスタが総攻撃を仕掛ける。この無能な王に、諸君らはよく従い戦ってくれた。しかしながら、明日の戦いは戦いではなく、おそらく一方的な虐殺になるだろう。朕は忠勇な諸君らが、傷つき斃れるのを見たくはない」
年老いた王はゴホゴホと咳き込んだが、さらに話を続けた。
「したがって朕は、諸君らに暇を与える。長年、よくぞこの王に仕えてくれた。厚く礼を述べるぞ。明日の朝、巡洋艦イーグル号でこの忌まわしき大陸を離れるがよい」
だが、この場にいたアルビオン貴族たちは、誰一人として返事をしなかった。
沈黙が続く中、一人の貴族が進み出ると、大声で王にこう言った。
「陛下! 我らはただ一つの命令をお待ちしています! 全軍、前へと! 今宵、うまい酒のせいでいささか耳が遠くなっております。それ以外の命令が聞こえませぬ!」
その貴族の言葉に、アルビオン貴族全員がうなづいた。
「よかろう! しからば、この王に続くがよい! さて、諸君。重なりし月は、始祖からの祝福である。大いに宴を楽しもうではないか!」
続いて王の音頭で乾杯をかわすと、場は喧騒につつまれた。
「使者殿! アルビオンのワインは、お国のものより上等ですぞ!」
「いやいや。この蜂蜜を塗った鳥はどうですかな?」
ルイズや淳貴たちはホールの隅で目立たぬように固まっていたが、アルビオンの貴族はルイズたちを見つけると次々に挨拶にやってきて、ついでに飲み物や食べ物を勧めた。
正直、味は料理長のマルトーが腕を振るっている魔法学院の料理の方が上だったが、かといって不味いわけでもないので、淳貴とタバサは遠慮なくそれらの料理を食べた。
魔法学院のパーティでは男漁りに余念がないキュルケだったが、今日はもっぱらワインを飲み続けている。
だがルイズは、ずっと浮かない顔をしており、やがて場の雰囲気に耐えられなくなったのか、ホールの外に出て行ってしまった。
淳貴はルイズの様子が気になったが、ワルドがルイズを追いかけたのを見ると、黙って見送った。
「しかし、人が使い魔だとは珍しいものだね。トリステインは変わった国だな」
ふと気がつくと、ウェールズが淳貴の近くに来ていた。
「トリステインでも珍しいですよ」
「そうかね。ところで、ライディーンについて、詳しく聞かせてくれないかな」
淳貴は迷ったが、一度見られていることもあるので、ウェールズに話すことにした。
上等のワインを飲んで少し口が軽くなっていた淳貴は、トリステインでのライディーンの活躍について、大雑把にまとめて話す。
ウェールズは淳貴の話を興味深そうに聞いていたが、ラ・ロシェールの街で巨獣機に襲われたことを聞くと、顔をしかめた。
「その巨獣機というものは、いったいどれ程の強さなのだろうか?」
「はっきりとはわかりませんが、フーケのゴーレムと比べると段違いの強さでした」
「ハルケギニアに名を轟かした土くれのフーケが作ったゴーレムより、はるかに強いのか……もしそれが、レコン・キスタの手にあるとしたら……」
ウェールズは深刻な表情で考え始めたが、やがて顔を上げた。
「いずれにせよ、我らは最後まで潔く戦うまでだ。しかし、今の話は、アンリエッタに報告しておいた方がいいだろう」
「そうですね」
アンリエッタへの報告はルイズの管轄なのだが、とりあえず淳貴はウェールズの話に相槌を打っておいた。
淳貴は、そんなウェールズの姿を見ていたが、やがて胸の内にある疑問が出てきた。
「失礼ですが、一つだけお聞きしたいことが」
「なにかね?」
「死ぬのが怖くないんですか?」
淳貴がそう尋ねると、ウェールズは笑って答えた。
「私たちを案じてくれるのか! 君は優しい少年だな」
「俺だったら怖いです。明日、死ぬかもしれない戦いを前にして、そんなふうに笑えるなんて思えません」
「そりゃあ、怖いさ。死ぬのが怖くない人間なんて、いるわけがない。王族も貴族も平民も、皆同じだろう」
「なぜなんですか?」
食い下がる淳貴に、ウェールズは真剣な表情でこう言った。
「守るべきものがあるからだ。守るべきものの大きさが、死の恐怖を忘れさせてくれる」
「誇りとか名誉ですか。ルイズもそういうところがありますけど、そんなものの為に死ぬなんて、俺には考えられません!」
語気を荒げる淳貴に、ウェールズは諭すように言った。
「我々の敵であるレコン・キスタは、聖地を取り戻すという理想を掲げて、ハルケギニアを統一しようとしている。理想を掲げるのはよい。しかし彼らは、そのために流されるであろう民の血のことを、そして荒廃する国土のことを少しも考えていないのだよ」
「ですが、もう勝ち目はないんでしょう? だったら、生き残る努力をしたっていいじゃないですか」
「いや。たとえ勝てずとも、それでも戦わなくてはいけないんだ。最後まで戦って、ハルケギニアの王家を倒すのが容易でないことを示さなければならない。彼らがそれで、自らの野望を捨てるとは思えないけどね」
「どうしてなんですか!」
勝てないケンカはしない。それが日本での淳貴のモットーだった。
ハルケギニアにきてからは少し変わったが、勝てないどころか死ぬことが確実な戦いになぜ臨もうとするのか、淳貴には理解できなかった。
「簡単だよ。それは我々の義務なのだ。内憂を払えなかった王家に課せられた、最後の義務なのだ」
「じゃあ、トリステインの姫様のことはどうするんですか! 姫様はあなたを愛しているんですよ!」
「愛するがゆえに、知らない振りをしなければいけない時があるのだ。私がトリステインに亡命したら、貴族派がトリステインに攻め入る格好の口実になるだろう」
淳貴は言葉が続かず、とうとう口ごもってしまった。
だが、言葉にすることはできなくても、アンリエッタを案ずるウェールズの気持ちは、何となくわかったような気がした。
「今言った話は、アンリエッタには告げないでくれたまえ。無用な心労はかけさせたくないからな。アンリエッタには、こう伝えてくれ。ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それで十分だ」
ウェールズが淳貴から離れてホールの中央に戻ると、今度はワルドが近寄ってきた。
「君に言っておかねばならないことがある」
「なんでしょう?」
「明日、僕とルイズはここで結婚式をあげる」
その言葉を聞き、淳貴は驚いた。
「こんな時にですか!?」
「僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ殿下にお願いしたくてね。皇太子も快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」
「しかし、明日の朝には、船はここを出てしまいます」
「僕とルイズはグリフィンで帰る。なに、滑空するだけなら問題ない。君はどうするかね?」
淳貴は、しばらく考えてから答えた。
「僕も出席します。ゴッドバードでいつでも帰れますし」
「わかった。それでは、よろしく頼むよ」
淳貴はルイズの結婚式をどう受け止めたらよいかわからなかったが、無視するわけにも行かないので、出席を承諾した。
ルイズのことが気になった淳貴は、ホールを出てルイズを探すことにした。
ホールを出ると、真っ暗な廊下が続いていた。
淳貴は城に残っていた使用人からロウソクを借りると、その灯りを頼りにしてルイズを探し始めた。
しばらく進むと、廊下の途中に窓が開いている場所があり、そこで月を眺めていたルイズを見つけた。
「ルイズ」
淳貴が声をかけると、ルイズが振り向いた。
服の袖で顔をぬぐったところを見ると、どうやら泣いていたらしい。
「嫌だわ、あの人たち……どうして、死を選ぶの? わけわかんない。姫様が……恋人が逃げてって言ってるのに。それなのにどうして、ウェールズ様は死を選ぶの!?」
突然、ルイズが淳貴にもたれかかってきた。
小柄なルイズは、淳貴の妹の倉夏と同じくらいの背丈だったが、ルイズの存在を意識した淳貴は、思わずどぎまぎしてしまう。
しかし、ルイズの髪を撫でているうちに、少し落ち着いてきた。
「さっき話を聞いたけど、大事なものを守るためだって言ってた」
「なによそれ? 愛する人より大事なものが、この世にあるっていうの?」
淳貴は返事に困った。
ウェールズの気持ちは何となくわかるのだが、それを言葉で表せるほど理解しているわけではなかった。
「私、もう一度説得してみるわ」
「無理だよ。たぶん、王子様の気持ちはもう固まってる」
淳貴がそう言うと、ルイズが顔を上げた。
「ねえ、サイガがライディーンで戦うってのはどう? ライディーンなら、敵がどれだけいても絶対に負けないと思う」
「それだけはダメだ、ルイズ」
しかし淳貴は、ルイズの意見を明確に拒絶した。
「俺は貴族でも軍人でもない。ゴーレムや巨獣機とは戦えても、人とは戦えない」
「でも……」
「我がままを言うようだけど、人殺しだけはしたくないんだ」
主人の危機でもないのに、平民の使い魔に戦場に出て戦えというのは、確かに筋の通らない話である。
しかし、戦に負ければウェールズは死ぬ。
ルイズは心に葛藤を覚えた。
「明日、結婚式なんだろ? さっきワルド子爵が言ってた。手伝いとかはできないけど、式にはちゃんと出るから……」
淳貴はルイズにそう言うと、その場から離れた。
ルイズはもっと話を聞いて欲しいと思ったが、淳貴を呼び止める声がなぜか出てこなかった。
翌日の早朝、キュルケとタバサは淳貴の部屋を訪れた。
「私たち、戦争には巻き込まれたくないから、一足先にここを離れるわ」
キュルケがそう言うと、一緒にいたタバサもこくこくとうなずいた。
「そうだね。危なくなる前に、ここを離れた方がいいと思う」
「まあ、ルイズの結婚式に立ち会えなくて、少し残念だけど」
「ところで、“彼”の方はどうなってるのかな?」
「準備は一応できてるみたい。本当に危なくなったら、そっちから脱出してね」
「わかった」
キュルケが淳貴に手を振り、タバサは軽くうなづくと、二人はシルフィードの待つニューカッスルの秘密の港へと向かった。
始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、ウェールズは新郎と新婦の到着を待っていた。
この場にいるアルビオンの人間は、ウェールズだけであった。皆、戦の準備で忙しいのである。
礼拝堂の席には、新婦の知人の代表として、淳貴が一人ぽつんと座っていた。
ウェールズは、皇太子の正装で身を装っていた。。
王族の象徴である紫のマントを羽織り、帽子にはアルビオン王家の象徴である七色の羽がついていた。
やがて扉が開き、ルイズとワルドが現れた。
ルイズは簡素な白いドレスの上に、アルビオン王家から借り受けた純白のマントをまとっていた。
この純白のマントは、新婦しか身に着けることのできない乙女のマントである。
それに白のヴェールと、これもアルビオン王家から借りた新婦の冠を被っていた。
一方のワルドは、いつもと同じ王室魔法衛士隊の制服であった。
二人は、始祖ブリミルの像の前に立ったウェールズの前で、一礼した。
「では、式を始める」
ウェールズの声が聞こえたが、ルイズの心は未だ戸惑っていた。
今自分は何をしているのだろうかという不安の思いが、ルイズの心を襲う。
ワルドのことは、嫌いではなかったはずなのに……
「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」
「誓います」
ワルドは重々しくうなづくと、杖を握っていた左手を胸の前にもってきた。
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫とすることを誓いますか」
ルイズは、なぜ自分は、昨夜淳貴にすがりついたのかと自らの心に尋ねた。
自分の話を、彼に聞いて欲しかった。
でも、話を聞くだけなら、横にいるワルドでも、あるいはキュルケやタバサでもよかったはずだ。
では、なぜ彼なのか?
「新婦?」
そうだ。私は彼に、自分を止めて欲しかったのだ。
気が進まない結婚を、彼に止めて欲しかったのだ。
自分で決断しなければいけないのに、それができなくて彼に頼っていたのかもしれない。
「どうしたんだね、新婦?」
ルイズは、ウェールズが自分を見ていることに気づいた。
ルイズは、慌てて顔を上げた。
「緊張してるのかい? まあ、仕方がない。初めてのときは何であれ緊張するものだからね」
ルイズは、ようやくわかった。
この迷いの答えは、自分で出さなくてはいけない。
今、自分で決断しなくてはならないのだ。
「誓いません」
ウェールズとワルドの二人が、怪訝な表情を浮かべながら、ルイズの顔を覗きこんだ。
ルイズはワルドの方を向くと、悲しげな顔をしながらゆっくりと首を横に振る。
「どうしたんだね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」
「違うの。ごめんなさい。私、あなたとは結婚できません」
予想外の展開に、ウェールズは首をひねった。
「新婦は、この結婚を望まぬのか?」
「そのとおりでございます。お二方にはたいへん失礼をいたすことになりますが、私はこの結婚を望みません」
ワルドの顔に、さっと怒りの感情が浮かび上がった。
ウェールズは当惑しながらも、残念そうな声でワルドに告げた。
「子爵。まことに気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにもいかぬ」
「緊張しているんだ。そうだろ、ルイズ。君が僕との結婚を、拒むわけがない」
「ごめんなさい、ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら、恋だったかもしれない。でも、今は違うわ」
突然、ワルドがルイズの肩を掴んだ。
ワルドの顔から今までの優しげな表情が消え、どこかトカゲや蛇を思わせるような冷たいものとなっていた。
「世界だ、ルイズ。僕は世界を手に入れる。そのために、君が必要なんだ!」
熱っぽい口調で、ワルドが叫び声をあげる。
ルイズは豹変したワルドに怯えながらも、首を横に振り続けた。
「私、世界なんていらないもの!」
激昂するワルドを見かねたウェールズが、二人の間に割って入ろうとする。
席で座っていた淳貴も、剣呑な空気を感じ、デルフリンガーを手にして前へと進んだ。
「ルイズ! 君の才能が、僕には必要なんだ!」
「そんな結婚、死んでも嫌よ! あなた、私をちっとも愛してないじゃない! あなたが愛してるのは、あるのかもわからない魔法の才能だけ。そんな理由で結婚しようだなんて、本当にひどいわ!」
ワルドが、ようやくルイズから手を離した。
ワルドは再び笑顔を浮かべるが、それは淳貴の目から見ても、明らかに嘘で塗り固められた作り物の笑顔だった。
「こうなっては仕方がない。ならば、目的の一つはあきらめよう」
「目的?」
ルイズが問い返すと、ワルドは唇の端を釣り上げてニヤリと笑った。
「そうだ。この旅で僕の目的は四つあった。だが三つを達成するだけでも、よしとしなければな」
ワルドは右手を上げると、人差し指を立てた。
「まず一つは、君だ。ルイズ。君を手に入れることだ。しかし、これは果たせないようだ」
「当たり前じゃないの」
次にワルドは、人差し指に続いて中指を立てた。
「二つ目の目的は、君が肌身離さずもっているアンリエッタの手紙だ」
「ワルド。あなた、もしかして……」
「そして三つ目は、おまえだ。ガンダールブ!」
ワルドが、少し離れた場所に立っていた淳貴を指差す。
「正確には、おまえがもつライディーンの確保だ。そして四つ目は……」
ワルドが、二つ名のごとく閃光のような素早さで杖を引き抜き、呪文を唱えた。
そして、呪文の詠唱を完成させると、傍らに立っていたウェールズへと襲い掛かる。
「貴様の命だ、ウェールズ!」
だが、ウェールズの胸にワルドの杖が突き刺さる寸前、突然ワルドが横に飛び退いた。
淳貴が目を向けると、ワルドが飛び退いた場所に、鋭い氷の槍が突き刺さっていた。
「ようやく、正体を現したわね」
淳貴が声のした方を振り向くと、礼拝堂の扉のところに、キュルケとタバサが立っていた。
「初心なルイズは騙せても、このキュルケ様の目は誤魔化せないわよ!」
「ロリコン子爵」
熱のこもった口調で啖呵を切ったキュルケに続き、タバサがと淡々とした口調でツッコミを入れた。
「貴様、レコン・キスタだったのか!」
騙されたことに気づいたウェールズが、怒りの色をあらわにしながら自らの杖を抜いて構えた。
「キュルケ! タバサ!」
「ダーリンにも黙ってたんだけど、私とタバサは、最初からその子爵を疑ってたのよ」
「あなたたち、イーグル号で帰ったんじゃないの!?」
「それはね、こういうことさ」
キュルケとタバサの後ろから、ギーシュが姿を現した。
「ギーシュ!」
「ラ・ロシェールを出発する直前、僕たちは僕を追いかけてきたヴェルダンデと会ったんだ。ルイズ、知ってるかい? サイガの乗るゴッドバードって、風竜の何倍も速いんだよ。ルイズたちと合流する前に、僕たちは先にニューカッスルに向かい、近くの安全な場所で僕とヴェルダンデを降ろした。そして僕とヴェルダンデは、この城の中庭に通じる抜け穴を掘ったのさ。元々は、ニューカッスルで危ない目に遭ったときの脱出用だったんだけど、その抜け穴を利用して、キュルケとタバサが再度この城に潜入したというわけさ」
ギーシュは造花のバラを振り、三体のワルキューレを造り出した。
「形勢逆転のようだな、ワルド子爵。おとなしく投降したまえ!」
杖を構えたウェールズが、ワルドに迫る。
キュルケとタバサ、それにワルキューレを前面に出したギーシュが、ワルドを逃がさないよう彼を囲い込んだ。
淳貴もデルフリンガーを鞘から抜き、攻撃しやすい場所に立つ。
ワルドは、礼拝堂の壁を背後にする位置に移動したが、淳貴たちに囲まれても少しも慌てなかった。
「では、こちらも本気を出そうか。風の魔法の真髄をお見せしよう」
ワルドは、杖を構えながら呪文を唱える。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
呪文の詠唱が終わると、ワルドの体がいきなり複数に分かれた。
一つ……二つ……三つ……四つ……本体と合わせて、合計五体のワルドが淳貴たちと向き合った。
「まさか……分身の術!?」
ファンタジー世界で分身の術を目にするなどとは思いもよらず、淳貴は思わず驚きの声を漏らしてしまった。
「ただの分身ではない。風の遍在(。風の吹くところにさ迷い現れ、その距離は意思の力に比例する」
「つまり、おまえがフーケを脱獄させたんだな! その遍在とやらを使って!」
「いかにも。遍在は一つ一つが、意思と力を持っているのだ」
本体のワルドの言葉が終わるやいなや、五体のワルドが杖を構えて、一斉に淳貴たちに襲い掛かった。
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