ゼロの伝説の勇者

作:湖畔のスナフキン

第三話 −ガディオン− (01)




 アルビオンから帰ってきたルイズたちの一行は、トリステイン魔法学院の郊外でゴッドバードから降り、タバサの使い魔である風竜のシルフィードに乗り換えて、いったん学院へと戻った。
 王宮にいるアンリエッタに持ち帰った手紙を届ける必要があったが、すぐさま駆けつけるほどの緊急さでもないと思い、いったん自分の部屋に戻って着替えることにしたのである。
 後で、街まで送ってもらうようタバサに頼むと、ルイズはキュルケとタバサ、そしてギーシュと別れて自分の部屋に戻った。

 いちおう恥じらいを覚えたのか、ルイズは淳貴を部屋の外に追い出してから、道中の埃で汚れた服とマントを脱いで、洗ったものに着替えてから出かけようとしたとき、メイドのシエスタがドアをノックして部屋に入ってきた。

「失礼します。ミス・ヴァリエール、学院長がお呼びです」




 ルイズと淳貴が学院長室に入ると、オスマンが席を立って出迎えた。

「おお、よくぞ無事で戻ってきた。アルビオンでは、さんざん暴れてきたようじゃな」

 ルイズと淳貴は、思わず顔を見合わせてしまう。

「キュルケかタバサから聞いたのですか? アルビオンに行ったことについては、まだ誰にも話していないのですが」

「わしもな、内々に姫様から相談を受けておったのじゃよ。それで、ニューカッスルに着く頃に、遠見の鏡で様子を見ておったんじゃが」

 オスマンが立ち上がって杖を振ると、壁にかかっていた大きな鏡に、巨獣機と戦うライディーンの姿が映し出された。

「いやはや、敵も予想もしなかった秘密兵器を持ち出してきたものじゃな! もしライディーンがなかったなれば、あのような強敵には、とても太刀打ちできなかっただろう」

 それからオスマンは、ルイズと淳貴から簡単な報告を聞くと、顎に手を当てながら「ふむ」と声を漏らした。

「脱獄したフーケが巨獣機を呼んだとなると、レコン・キスタには他にも、巨獣機を持っているかもしれんな」

「なぜ、そう思うんですか?」

 ルイズがオスマンに尋ねた。

「もし巨獣機が二体しかないのであれば、そのような重要戦力を一介の盗賊に使わせたりはしないだろう。おそらく、まだ予備があると見て間違いあるまい」

「じゃあ、ニューカッスルの時には、なぜ一体しか出てこなかったんですか?」

「すぐには呼べなかったんじゃろう。場所的に離れていたのか、それとも修理中か何かで、戦いに間に合わなかったかまではわからんがな」

 オスマンは、一息ついてからさらに話を続けた。

「君たちは、これから王宮に行くのか?」

「はい。姫様にお渡するものがありますので」

「王宮に行けば、姫様だけでなく、マザリーニ枢機卿も君たちを呼ぶかもしれん」

「マザリーニ枢機卿がですか!」

 ルイズは驚いて、思わず大声を出してしまった。

「ルイズ。そのマザリーニ枢機卿ってどんな人なんだ?」

「この国の政治の実権者よ。トリステインで起きたことで、枢機卿が知らないことはないって言われてるわ」

 小声で尋ねてきた淳貴に、ルイズが答えた。

「ニューカッスルには、ハルケギニア中の国の注目が集まっていたからな。遠見の魔法や使い魔を使って、余すところなく見ていたに違いない。その報告は、マザリーニ枢機卿にも届いているであろう」

 偉い立場の人から、あれこれ追求されることを予想し、ルイズと淳貴の気分が一気に重たくなった。

「とりあえず、王宮に行ってきます」

「帰ってきたら、話を聞かせてくれ。事と次第によっては、大きな出来事に発展するかもしれんのでな」

 オスマンの言葉を重く受け止めたルイズと淳貴は、緊張した姿勢で一礼すると学院長室を後にした。




 タバサにシルフィードで街まで送ってもらったルイズと淳貴は、王宮に入ると係りの者にアンリエッタの謁見を求めた。
 しばらく待合室で待っていると、アンリエッタ付きの侍女が、二人を謁見室ではなく、アンリエッタの居室に案内した。

「ルイズ!」

 二人が部屋に入って間もなく、アンリエッタが部屋に入ってきた。
 アンリエッタはルイズの姿を見ると、小走りして駆け寄りルイズと抱き合った。

「ああ、無事に戻ってきたのね。嬉しいわ、ルイズ・フランソワーズ」

「姫様……」

 ルイズの目から、涙が一筋流れ落ちた。

(くだん)の手紙は、無事持ち帰りました」

 ルイズは、胸のポケットから手紙を取り出すと、両手でしっかり持ってからアンリエッタに差し出した。

「やはり、あなたは私の一番の友だちですわ」

「もったいないお言葉です、姫様」

 しかし、次の瞬間、アンリエッタが顔を曇らせた。

「ウェールズ様は、やはり父王に殉ぜられたのですね」

「いえ、ご心配は無用です。ウェールズ様はご無事であられます」

 それからルイズは、アルビオンでの出来事について、手短にアンリエッタに話した。
 ラ・ロシェールの街で、フーケと巨獣機に襲われたこと。
 アルビオンに向かう航海の途中で、空賊に扮したウェールズに捕まったこと。
 ワルドに結婚を申し込まれたが、その式の途中でワルドが豹変し、ウェールズを殺害しようとしたこと。

「なんということでしょう! まさか、魔法衛士隊の中から裏切り者が出るとは!」

 アンリエッタはルイズの話に真剣に耳を傾けていたが、ワルドの裏切りを聞き、驚いて目を丸くさせた。

「彼は、レコン・キスタに通じていたんです」

「ウェールズ様に、お怪我は?」

「幸いなことに、友人が子爵の裏切りに気づいていたため、ウェールズ様に怪我はありませんでした」

 ルイズは、話を続けた。
 淳貴や友人たちの手助けで何とかワルドを退け、さらに新たな巨獣機の襲撃を淳貴がライディーンで撃退したこと。
 ライディーンと巨獣機の戦いを間近で見たウェールズが、独力での抗戦を断念し、ロマリアへの亡命を決断したこと。
 アンリエッタは、ウェールズがトリステインへの亡命を断ったことを聞いて、わずかに落胆した様子を見せたが、すぐに明るい表情に戻った。

「そうでしたか。ウェールズ様を始め、王党派の方々は無事逃げ延びたのですね。ありがとう、ルイズ」

「とんでもございません、姫様」

「それから、使い魔さん」

 アンリエッタが、ルイズの後ろで控えていた淳貴に視線を向けた。

「このたびは、本当にご苦労様でした」

「いえ。俺は、俺にできることをやっただけです」

「オスマン学院長から少し話を聞きましたが、不思議な力をお持ちなのね」

「その、なんといいますか……」

 自分自身、ライディーンやガンダールブについてわからないことだらけなので、淳貴はどう返事すべきか困ってしまった。

「アルビオンで大変なことが起きたようだと、マザリーニ枢機卿からも報告が上がっています。後ほど、枢機卿から呼び出しがあるでしょう」

 マザリーニ枢機卿の名を聞き、ルイズと淳貴の気分がぐっと重くなった。

「これからも、その不思議な力でルイズを守ってください。私の大事な友だちを、よろしくお願いしますね」




 ルイズと淳貴がアンリエッタの部屋から退出すると、部屋の外で別の係りの者が二人を待っていた。
 ルイズと淳貴は重い表情を浮かべたまま、マザリーニ枢機卿の執務室に案内される。
 二人が執務室に入ると、マザリーニの他に、思いも寄らない人物が二人を待っていた。

「ルイズ、無事だったかね? 枢機卿から話を聞いて、心配していたのだよ」

「父さまっ!」

 部屋の中にいたのは、灰色の帽子をかぶった痩せぎすの貴族と、ブロンドの髪と口ひげをたくわえた精力的な顔つきの貴族だった。
 二人とも初老の年齢に見えたが、痩せた貴族の方は質素な服装をしており、どこか僧侶を思わせる雰囲気があった。
 おそらく彼が、マザリーニ枢機卿だろうと淳貴は見当をつける。
 一方、ルイズは部屋にいたもう一人の貴族、父親のラ・ヴァリエール公爵に抱きつくと、頬に接吻をした。

「先ほどアルビオンからの密使が来たのだよ。なんでも姫殿下の書状を持ってニューカッスルに行き、ウェールズ殿下に亡命するよう説得したそうじゃないか」

「私はただ、姫様からの手紙をウェールズ皇太子殿下にお渡ししただけです」

「このような重大な任務、並の貴族にはなかなかできることではない。よくぞお勤めを果たした」

 ルイズは最初、怒られるかと思って体を固くしていたが、父親から頭を撫でられるとくしゃっと表情が柔らかくなった。

「ラ・ヴァリエール殿。ご息女のことが心配かと思うが、時間がないのでそろそろ」

 マザリーニがラ・ヴァリエール公爵に声をかけると、ルイズの顔を覗きこみながら相好を崩していた公爵があわてて顔を上げた。

「これは失礼いたした。そういえば、ワルド子爵はどうした? 魔法衛士隊の隊長がなぜ顔を出さない?」

 ワルドの名を聞いたルイズが、ビクッと体を固くさせた。

「どうしたのだ、ルイズ?」

「父さま……実は、ワルド子爵はレコン・キスタの仲間だったのです」

 それからルイズは、アルビオンでの出来事について、アンリエッタに話した内容とほぼ同じことを、ラ・ヴァリエール公爵とマザリーニ枢機卿に話した。

「これは、重大な問題ですな。わが国の機密のかなりの部分が、レコン・キスタに知られていると覚悟せねばなりますまい」

「裏切り者は、他にもいる可能性がある。一度、内部を徹底的に洗いなおさねばならんな」

 トリステインを支える二人の重臣の表情が、急に深刻なものとなった。

「しかし、悪い話ばかりではない。君かね、ラ・ヴァリエール嬢の使い魔とは?」

 マザリーニが、部屋の片隅に立っていた淳貴に視線を向けた。

「紹介いたします。私の使い魔のサイガ・ジュンキです」

「はじめまして。才賀です」

 淳貴がラ・ヴァリエール公爵とマザリーニに向かって、ぺこりと頭を下げた。

「では、さっそくだが、この映像を見てもらおう」

 マザリーニが杖をさっと振ると、部屋に置かれていた大きな鏡に、ニューカッスルでのライディーンと巨獣機の戦闘の映像が映し出された。

「アルビオンに潜入していた間者からの報告だが、この黄金の巨人には君が乗っていたそうだな?」

「はい、そうです」

「ラ・ロシェールからも、正体不明の巨大な獣のゴーレムと黄金の巨人が戦ったという報告がきておる。さらには、最初にフーケを捕えたときにも、黄金の巨人が現れたらしい。これも皆、君がやったのだな?」

「はい、間違いありません」

「ルイズ。どうして、この父に知らせてくれなかったのだね?」

 淳貴の話を聞いていたラ・ヴァリエール公爵が、ルイズに尋ねた。

「申しわけありません、父さま。オスマン院長から、固く口止めされていましたので」

「ふん、オスマンの古狸め! 王宮に知られれば戦の道具に使われるだのと言って、自分たちだけで管理しようとしたのじゃろう」

 普段からいろいろと思うことがあったのか、マザリーニがひとしきりオスマンへの悪口を吐いた。

「しかし、事は既に、魔法学院が扱う範疇を越えておる。アルビオンの貴族どもが、あのような化け物を戦いに投入した以上、我々にも対抗策が必要なのだ。君、我々にその黄金の巨人を見せてくれんかね?」

「はあ……」

 困ったことになったなと、淳貴は心の中でつぶやいた。

「マザリーニ枢機卿、ここでは人目につきすぎます。黄金の巨人の検分は、後日場所を変えた方がよいかと」

「確かにそうですな。少々、気を焦りすぎました。アルビオンの情勢も検討せねばなりませんし、この件は後日に回しましょう」

 退出の許可が出たため、ルイズと淳貴は部屋を出ようとしたが、ラ・ヴァリエール公爵がルイズを呼び止めた。

「ルイズ。父はしばらく王都に留まる。時間があったら訪ねてきてくれ。この件には、エレオノールも興味をもったようだしな」

「エ、エレオノール姉さまがですか!」

 ルイズは父親の話によほど驚いたのか、頬をぴくぴくと引きつらせていた。







 マザリーニの執務室から退出した淳貴とルイズは、部屋の外で待っていたアンリエッタの侍女に連れられて、再びアンリエッタの居室に戻った。

「ごめんなさい。すっかり気が動転していて、大事な用事を忘れてましたわ」

「とんでもありません、姫様」

 すまなそうな顔をしていたアンリエッタを見て、ルイズがぺこぺこと頭を下げた。

「それで、どういったご用件でしょうか?」

「あなたたちは、大事なお役目を果たしたのですから、それに見合った褒美を受け取る権利があります」

 アンリエッタが、机の上にあったベルを鳴らすと、二人の侍女が金貨や宝石がぎっしり載せられたお盆を二つ運んできた。

「こ、こんなに貰えるんですか!」

「ええ。私の感謝の気持ちと比べれば、ほんの些細なものです」

「なあ、ルイズ。これって、そんなにすごい金額になるか?」

 淳貴が、ルイズに小声で尋ねた。

「すごいわよ。この宝石一つで、デルフリンガーなら20本は買えるわ」

 ルイズが、小さなルビーを一つ摘み上げた。
 デルフリンガーは金貨100枚で買ったので、この宝石だけで金貨2000枚というわけである。

「本来ならあなたたちに勲章を差し上げたいのですが、今回の使いは正式なものではないからと、マザリーニに反対されまして」

 それを聞いたルイズと淳貴は、事件を公にしたくないというマザリーニの意思を悟った。
 多すぎる褒美は、どうやら口止め料も含まれてのものらしい。

「わかりました、姫様。他言はいたしません。友人たちにも、固く口止めしておきます」

「最後まで、迷惑かけっぱなしね。あなたに申し訳ないわ」

「とんでもございません、姫様」

 アンリエッタが差し出した両手を、ルイズが柔らかく握り返した。

「私も大事な用事を忘れてました。これをお返しします」

 ルイズがアンリエッタから受け取った水の指輪を返そうとすると、アンリエッタがそれを押し止めた。

「それは、あなたがもっていて」

「ですが、こんな高価な品をいただくわけには」

「いいえ。これは私個人からの、せめてものお礼です」

 アンリエッタは水の指輪を手にとると、自らの手でルイズの指にそれを嵌めた。




 王宮を出た淳貴とルイズは、城下町をテクテクと歩いていた。
 ちなみに、学院から送ってもらったタバサとシルフィードは、戻りがいつになるかわからないため、先に帰っている。
 今日のところは、駅舎で馬を借りて帰る予定でいた。

「ルイズ。姫様からもらった褒美、どうするんだ?」

 淳貴は、褒美にもらった宝石や金貨が入った大きな皮袋を、背負って歩いていた。

「口止め料も入っていることだし、皆で山分けするわ」

 ギーシュは率先してアンリエッタの命令を聞くであろうし、おそらくキュルケとタバサも、ルイズがお願いすれば余計なことは話さないだろう。
 しかし、褒美を独占するのも気がとがめたため、仲間で公平に分配しようとルイズは考えていた。
 ただし、水の指輪だけは、アンリエッタ個人からの贈り物であるため、大事にとっておくつもりである。

「それならいいけどさ」

 道を歩いていた淳貴がふと顔を横に向けると、古着屋の軒先に並べられていた一着の服が目に止まった。
 それは元の世界では、ある意味見慣れた服だった。

「ちょっと、サイガ。どこ行くのよ」

 興味を引かれた淳貴は、ふらふらと引かれるようにして古着屋の前まで歩いた。
 そして、他の品物と一緒に机の上に並べられていた、その服をじっと見た。

「おや、お客さん。お若いのにお目が高い。それはアルビオンの水兵服でさ」

 淳貴が見ていたのは、白地の生地に逆三角形の青の襟がついたセーラー服だった。
 セーラー服は、名前のとおり元々は海軍の水兵が着ていた服だったが、それはこの世界でも同じらしい。
 男物なので、サイズはかなり大きめだった。

(待てよ。手直しすれば、女の子でもたぶん着れるよな)

 淳貴は思わず、このセーラー服を着たシエスタの姿を想像してしまった。
 それは、高校生向けのアイドル雑誌すら開いたことがない少々奥手の淳貴でさえ、クラッとするほどの刺激だった。

「どうしたの、サイガ。それが欲しいの?」

 セーラー服を手に持ちながら、目をぱちぱちさせていた淳貴を、ルイズが不思議そうな目で覗き込む。
 その視線に気づいた淳貴は、服を手にしたまま、わたわたと慌ててしまった。

「どうしても欲しいなら、買ってもいいわよ」

 ルイズが許可したので、淳貴は店先に出てきた店員に値段を聞いた。

「これ、いくらですか?」

「三着で一エキューでさぁ」

 平民が着る古着にしては高いんじゃないとルイズは思ったが、淳貴は言い値どおりにエキュー金貨を一枚支払った。




 ワルドは、狭い石造りの部屋で目を覚ました。
 起き上がろうとすると、胸が激しく痛んだ。どうやら、肋骨にひびが入ったらしい。
 自分の体を調べると、上半身に包帯が巻かれていた。

「おや、気がついたのかい」

 ドアが開き、見知った顔の女が入ってきた。土くれのフーケである。
 ワルドは再び起き上がろうとして、顔をしかめた。

「まだ動いちゃいけないよ。あんたは戦場で全身を激しく打って、気を失ってたんだ」

「むっ……」

 ワルドは気を失う前のことを、思い出した。
 グリフォンに乗って城から逃げる途中、あの黄金の巨人と巨獣機に見とれていたのだ。
 今まで見たこともないような激しい戦いの末、ライディーンが巨獣機を撃破したところまでは覚えている。
 だが、その後の記憶がなかった。

「おまえが、俺を助けたのか?」

「あんたは運がよかったよ。スカボローの港で一泊して、早馬で来てみれば軍は敗走しているし、待ち合わせ場所にもいなかったから、間道を使って戦場の近くまで様子を見に行ったら、あんたが地面に倒れているのを見つけたんだよ」

「負けたのか、我が軍は」

「王党派は城を捨てて逃げちまったから、レコン・キスタの勝ちだよ。もっとも、誰も勝ったなんて思ってないけどね」

 王党派がニューカッスルの城から退去したため、レコン・キスタがニューカッスルを占拠した。
 ワルドたちがいるのも、ニューカッスルの城の一室である。

「皆、あの黄金の巨人にビビッてるのさ。あんたたちの切り札の巨獣機とやらも、コテンパテンにやられちまったしね」

 戦場にいたレコン・キスタの兵士すべてが、ライディーンの戦いを目撃していた。
 スクエアクラスのメイジが作るゴーレムより、さらに大きな巨体。
 魔法も大砲の弾も受け付けない、堅固な鎧。
 そしてゴーレムどころか、レコン・キスタの切り札である巨獣機すら撃破した、不可思議な武器の数々。
 それら全てが、恐れを抱くのに十分な脅威であった。

「どこか痛いところは?」

「胸が痛むな。どうやら骨にひびが入ったらしい」

「水のメイジを呼んでくるよ」

 そのとき、部屋のドアが開いて一人の男が入ってきた。
 男の歳は、おおよそ三十代半ば。丸い帽子を被って、緑色のローブとマントを身に着けていた。
 一見すると、聖職者のような格好である。
 そしてその男の後ろから、黒ずくめのマントを着て、フードを深く被った女性が一緒に入ってきた。

「閣下」

 起き上がろうとしたワルドを、その男が片手を出して押し止めた。

「意識が戻ったようだな、子爵」

「申し訳ございません、閣下。使命を果たせなかったのは、私のミスです。なんなりと罰をお与えください」

「過ぎたことだよ、子爵。王党派は国を追われ、我々がこの国を支配したのだ」

 まるで敗戦したかのように、レコン・キスタの軍の士気が夥しく低下していたにも関わらず、この男の声は快活そのものだった。

「いささか、あの黄金の巨人の力を甘く見ていたが、これについては首脳部の責任だ。君に責任を問うつもりはない。まずは、ゆっくりと傷を癒したまえ」

「閣下の慈悲の心に、感謝します」

「それに、こういう結果になってみると、トリステインとゲルマニアの同盟を崩さなくてよかったかもしれない。アンリエッタとて、嫁ぐのを前にして昔の恋人と顔を合わせるのは気まずかろう。もっともゲルマニアの皇帝が、我らが思っているよりもずっと腹の大きな男であれば話は別だがな。ところで」

 緑のローブを着た男が、フーケの方を振り向いた。

「子爵。そちらの綺麗な女性を紹介してくれんかね? 未だ僧籍に身を置く余からは、声をかけずらいのでね」

 フーケは、その男を見つめた。
 碧眼で賢そうな目つきをしており、鷲鼻で金髪が肩の上の辺りでカールしていた。
 ワルドが閣下と呼ぶからにはずいぶんお偉いさんなのだろうが、フーケは気に入らなかった。

「彼女が、かつてトリステイン中の貴族を震え上がらせた土くれのフーケです」

「おお! 噂はかねがね聞いておるよ。お会いできて光栄だ、ミス・サウスゴータ」

 捨てた貴族の名で呼ばれたフーケは、わずかに微笑んだ。

「ワルドにその名前を教えたのは、あなたですのね?」

「そうとも。余は司教時代に、アルビオンの貴族の名前や系図をすべて覚えたのだ。そう言えば、挨拶が遅れたね」

 男は、大仰なしぐさで胸に手を当てた。

「レコン・キスタの総司令官を務めているオリヴァー・クロムウェルだ。元はこの通り一介の司教にすぎぬが、貴族議会の投票で総司令官に選ばれてね。それ以来、こうして微力を尽くしているのだ」

「閣下は、もうただの司令官ではありません。もうすぐアルビオンの……」

「皇帝だよ、子爵。宣言をするのは、これからだがね」

 クロムウェルが笑った。

「ところで、子爵。一つだけ確認したいのだが」

「なんでしょう、閣下」

「トリステインが、すぐさまアルビオンに攻め込むことはありえるかね?」

 ワルドは、ゆっくりと首を横に振った。

「それはありえません。元よりトリステインの実権は、マザリーニ枢機卿が握っています。今回の出来事とて、アンリエッタの我がままから出たようなもの。これ以上の王族の独断的な行動は、マザリーニが許さないでしょう」

「ふむ、それならよい。余はあの黄金の巨人を恐れてはおらぬが、いささか士気が低下しておるからな。しばらくは、外交で時を稼ぐこととしよう」

 クロムウェルが、背後に控えていた女性の方を振り向いた。

「彼女は、ミス・シェフィールド。東方のロバ・アル・カリイエから来たのだ。エルフより学んだ、我々の魔法とは異なる新技術をいろいろと知っている。我らの切り札である巨獣機が使えるのも、彼女の協力あってのことなのだ」

 シェフィールドと呼ばれた女性が、ワルドとフーケに向かってゆっくりと頭を下げた。
 彼女が頭を上げたとき、フードの中の表情がちらりと見えたが、ワルドとフーケの二人はとても冷たい印象を受けた。




 クロムウェルとシェフィールドが退室した後、フーケが水のメイジを呼んでくるまで、ワルドはベッドに横たわりながら一人で考え事をしていた。

(シェフィールドが本当に東方から来たとすれば、巨獣機はエルフと関係があるのか? しかし、そんな話は聞いたこともない……もし、それが嘘であるなら、あの巨獣機はいったいどこから来たというのだ!?)

 ワルドは考え込んだが、どうにも結論が出なかった。

(あの使い魔の少年は、間違いなくガンダールブだ。だが、ガンダールブが黄金の巨人の乗り手である事実。これは必然か、それとも偶然の産物なのだろうか……)

 考えれば考えるほど、次から次へと疑問が湧いて出てくる。
 だが、当てずっぽうの推量をするにせよ、どうにも情報が不足していた。

「それにしても、いざ国を裏切ってみれば、かえって目的から遠ざかるとはな」

 ルイズを篭絡できなかったのが、最大の失敗だった。
 彼がルイズに語った言葉は、まったくの嘘ではなかった。
 彼女を一人の女性として愛していなかったにせよ、その秘めたる才能は高く評価していたのだ。
 だが、彼女が望んでいたのは、まったく別のものだった。

「力を求めれば、力から遠ざかる。運命とは皮肉なものよ」

 ワルドは心の中で、自分とあの使い魔の少年を比較した。
 身分、実績、魔法、財力。
 ライディーンとガンダールブの能力さえ除けば、あの少年に劣るものは何一つなかった。

「もし俺に、もっと力があれば……」

「ほう、力があったらどうすると言うのだ?」

 黄金の巨人と互角に戦える力さえあれば、あの少年と正面から戦って勝つこともできただろうと考えていたとき、不意に枕元から声をかけられた。

「誰だ!?」

 ワルドが顔を横に向けると、そこには藍色のマントを身にまとった亜人が立っていた。
 彼の頭には、羊のような二本の角が生えている。また肩に、黒猫のような生き物を乗せていた。

「俺の名はロクセル。ティケット星人だ」

「ティケット星人……?」

 ワルドは首をかしげた。亜人の種族にしては、聞き覚えのない名前である。

「そのロクセルとやらが、俺に何の用だ?」

「シェフィールドから、おまえのことを聞いたのだ。ライディーンの話を聞きたくてな。だが……」

 ロクセルが、ベッドに横たわっていたワルドを見下ろしながら、にやりと笑った。

「おまえ、ライディーンと戦える力が欲しいと思っていただろう」

「どうして、それを!?」

「今の状況と、おまえのその悔しそうな表情を見れば、おおよその察しはつく」

「だから、どうしたというのだ!」

「俺が力を貸そうではないか。ライディーンと互角に戦える力をな」

 ワルドが、目を大きく見開いた。

「貴様は運がいい。これは俺のきまぐれなのだからな」

「本当……なのだな?」

「本当だとも。おまえは究極の力を手にするのだ。ライディーンと同じテクノロジーで作られた兵器、『ガディオン』の力を!」



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