竜の騎士

作:男闘虎之浪漫

第二章 『暗殺者』 −4−




「ルシオラ、無事か!」

「ええ、私は大丈夫。だけど部屋の入り口にいた人たちは……」

 ヨコシマとユキノジョーは建物の中に入る。

「ダメだ、もう死んでいる」

「おい、こっちはまだ生きているぞ!」

 レミに(のど)を切り裂かれた兵士は既に息絶えていたが、胸を刺された兵士は傷が運良く急所を外れており、まだ息があった。
 ヨコシマは『治』の文殊を使用する。

「よし、これで救護班が来るまでもつだろう」

 そこに第五中隊の中隊長であるエミが、何人かの遊撃隊員を連れて現れた。
 第五中隊は、今日の夜の当直として待機中である。

「ちょっと、ヨコシマ。いったいどうしたワケ? まるで襲撃(しゅうげき)にでもあったみたいだけど」

 ヨコシマとユキノジョーは、かいつまんで状況を説明した。

「わかったわ。とりあえず隊長を呼んでくるから、それまで待ってて欲しいワケ」




 15分ほど待つと美智恵がやってきた。

「状況は?」

「見張りの兵士が一人死亡、一人が重傷です」

「大胆不敵ね。しかしこちらも、意表をつかれたことは事実だわ」

「敵は一鬼でしたが、ルシオラが言うには暗殺専門の部隊のメンバーだそうです」

「暗殺専門というと、狙いはやはり──」

「ええ、ルシオラでした」

 美智恵が、ちらりとルシオラに視線を向ける。

「彼女にケガは?」

「なんとか無事でしたが……」

「でも部屋がこれではねえ」

 ルシオラのいた部屋は、ルシオラとレミが闘った時にできた穴でボロボロになっていた。

「細かい調査は明日にしましょう。ルシオラを別の部屋に案内しておいて。それから、エミ中隊長」

「はい」

「彼女の警護に二個小隊の竜騎士を配置。万が一また敵が襲撃してきた時は、中隊全部で迎撃できるようにしておくこと」

「了解」

「隊長、すみませんが俺も警護に入れてもらえませんか?」

「それは認めません」

「しかし……」

「彼女のことが心配なのはわかるけれど、今晩はもう休みなさい」

 その時ユキノジョーが、ヨコシマの肩を軽くたたいた。

「無理するな、疲労が顔に出てるぞ。それから俺のカンだが、今日はもう仕掛けてこないだろう。ここは他の連中に任せておいた方がいい」

「そうだな……」

「ヨコシマ、無理しないで。私は大丈夫だから」

 ルシオラもヨコシマを気遣って、声をかけてきた。

「明日、カラス顧問が到着するまで休養すること。いいわね」

「了解しました」


 ヨコシマとユキノジョーは、兵舎へと引き上げていく。

「おい、ヨコシマ」

「なんだ?」

「何があったか知らんが、ずいぶんあの女に入れ込んでいるな」

「そうだな、どういうわけか彼女を放っておけないんだ。こうして離れているだけでも、(あせ)りを感じるよ」

「それだけじゃないだろう。あの娘のときのことを、まだ忘れられないとか──」

「……」

「すまん、言い過ぎた。今日は戻って寝るとしよう」

 二人は黙ったまま、兵舎に戻る道を歩いていった。







 次の日、ヨコシマが目覚めたのは、昼少し前のことであった。

「おい、起きろよ」

 同室のユキノジョーに起こされる。

「隊長からの伝言だ。カラス神父が到着したから、すぐ来てくれってさ」

「ああ、着替えたらすぐ行く」

「じゃ、俺は訓練があるから」

 ユキノジョーは、一足先に部屋を出ていった。




 それから約30分後に、ヨコシマは司令室に入った。
 部屋の中には、ミチエとともにカラス神父の姿があった。

「やあ、久しぶりだね、ヨコシマ君」

「ご無沙汰(ぶさた)してます、神父」

「どう? ゆっくり休めた」

「ええ、なんとか」

 やがて護衛の竜騎士とともに、ルシオラも司令室に入った。

「それでは、我々はこれで失礼します」

「ご苦労さま」

 竜騎士二名が退出する。

「さて、それではそろそろ始めようか」

 カラスとミチエが、会議卓に座る。

「えーと、ルシオラ君だったね。そちらに座って。ヨコシマ君は、彼女の隣がいいな」

 ルシオラは緊張した表情で、カラスの向かいの席に座った。
 ヨコシマは、彼女の隣の席に着席する。

「それでは自己紹介からしようか。私はカラス・カズヒロ。ここの連中からは神父と呼ばれているよ。仕事は教会を代表して、東部方面軍の顧問をしている。教会のことはご存知かな?」

「ええ。ナルニア王国を代表する宗教で、その版図は西方諸国一帯に広がっている、そう聞いています」

「人間界のこともよく勉強されているようだね。女性に(たず)ねるのは大変失礼な質問だが、今何歳かな?」

「生まれてから、約半年です」

 この答えにはカラスやミチエだけでなく、ヨコシマもびっくりした。

「いや……これは驚いた。若いというか、成長が早いというか……」

「魔族の中には魔族の両親から生まれる者と、上級魔族によって創られた者がいます。私は後者です」

「あなたを創ったのは誰なの?」

 ミチエがルシオラに問いかける。

「上級魔族のアシュタロトです。人間界における魔族の最高司令官でもあります」

 アシュタロトという言葉に、カラスとミチエは息を呑んだ。

「なんと……彼だったのか!」

「あなたのその落ち着いた性格は、アシュタロトに似たのかもしれないわね」

 ミチエの言葉には理由があった。
 魔族はどちらかと言うと、粗暴で攻撃的な性格の持ち主が多い。
 しかし彼らの司令官であるアシュタロトは、一般的な魔族とは少し異なっていた。
 常に沈着冷静(ちんちゃくれいせい)で、客観的な思考を見失わない。戦局に利がなければ、軍を撤退(てったい)することもためらわなかった。
 また強い者にしか従わない魔族社会の中で、司令官として部隊をよく統率している。
 アシュタロトがどんな魔族であるかについては、長年戦っている人間の側にも伝わっていた。

「ルシオラは一人で生まれたの?」

「私には二人の妹がいます。ベスパとパピリオです。創られた順番まではわかりませんが、ほぼ同じ時期でしょう」

「彼女たちはどこにいるの?」

「わかりません。訓練中は一緒に生活していたのですが、部隊に配属された時に三人バラバラになりました。そして最初の戦いで──」

「こうなってしまったわけね?」

「そうです」



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