竜の騎士

作:男闘虎之浪漫

第三章 『王都・リルガミン』 −3−




 ヨコシマとルシオラは、辻占い師に紹介してもらった店に入った。

「いらっしゃい。ご予約は入ってますか?」

「いえ。今日、初めてきたんですけど」

「わかりました。ちょうどいい席が空いてますよ。それでは、どうぞこちらへ」

 ウェイターに案内してもらったのは、二階にあるテーブル席だった。
 その店は一階と二階が吹き抜けになっていた。
 また一階の中央にステージがあり、二階の席は吹き抜けを中心として半円状になっており、どのテーブルからもステージを見下ろすことができるようになっていた。

「それでは、しばらくしたら注文をうかがいに参ります」

 ヨコシマはルシオラからも見えるように、ウェイターが置いていったメニューを、テーブルの上に横向きに広げた。

「ねえ、ヨコシマ。この店はどんな店なの?」

「ちょっと上品な酒場ってとこかな。
 酒のつまみだけじゃなくて、きちんとした料理も出すみたいだ」

 メニューには魚の燻製(くんせい)・羊の腸詰・チーズといった簡単なメニューの他に、本格的な肉料理や魚料理の名前も並んでいた。

「あれは何?」

 ルシオラが、階下のステージを指差した。

「ステージだよ。あそこで吟遊詩人や踊り子が、歌や踊りを披露(ひろう)するんだ。
 もっと安っぽい酒場だとステージなんて無いから、酒場の片隅で歌ったりするんだけど」

「ふーん。私、そういうの初めて」

 ルシオラがステージを、興味深そうな目で(なが)めていた。

「とりあえず、何か注文しようか」

「うん」

 二人はメニューを(のぞ)き込み、注文する品を選び始めた。




 しばらくすると、ステージでショーが始まった。
 最初は軽業師(かるわざし)の曲芸だった。
 玉乗りをしたり、棒の上で曲芸を見せるなど、様々なパフォーマンスを披露する。
 その軽快な技に、客席からは何度も拍手が寄せられた。

 次にステージに上がったのは、長い黒髪に褐色(かっしょく)の肌をした踊り子だった。
 後ろに控えた楽師が音楽を(かな)でると、踊り子が舞い始めた。
 手に薄い絹の布をもち、すらりと伸びた長い足を上げて軽やかに舞う姿には、異国情緒(じょうちょ)(あふ)れていた。

 踊り子が踊っている最中に、何度かスカートの中に隠れていた素足が見えた。
 すらりとした踊り子の足が見えるごとに、酒場にいた男性の観客の視線が一斉にそこに集まる。
 ヨコシマもその一人だったが、ルシオラはヨコシマが鼻を伸ばしている姿を見るたびに、ヨコシマの頬をつねり上げていた。

「さて、皆様お待たせしました。いよいよ今夜のメインイベント!
 都で大人気の吟遊詩人、キンキ・ゴウイチの登場です!」

 拍手喝采(はくしゅかっさい)が鳴り響く中、リュートを手にしたヨコシマと同じ年齢くらいの若者が、ステージに上がった。
 その若者は、片手を上げて客席からの拍手に応えていたが、やがてリュートをポロンと鳴らすと客席が静まった。

「ねえ、ヨコシマ。吟遊詩人ってどういう人なの?」

 周囲の雰囲気を崩さないよう、ルシオラはヨコシマの耳元に顔を寄せて、小声で話しかけた。

「酒場で歌を歌ったり、あるいは楽器を奏でながら物語を語ったりするのさ。
 こういう大きなステージだと演奏は別の人がすることもあるけど、今回は自分で弾くみたいだな」

 ルシオラは、ヨコシマがステージの吟遊詩人を、じっと見ていることに気がついた。

「ヨコシマ、どうかしたの?」

「あ、何でもないんだ。
 ただ、どこかで見たことがあるような気がしたんだけど……気のせいかな?」

 やがてステージで曲が始まった。
 最初の曲は、もの悲しいバラードだった。
 神話の時代、二人の男女が恋に落ちる。
 だが二人はやがて引き裂かれ、男性は戦いの中で命を落としてしまった。
 男を失った女は悲嘆(ひたん)のあまり涙にくれるが、彼女が(こぼ)した涙から新たな花が生まれるという内容の歌だった。
 曲が終わったとき、客席は静まりかえっていた。
 ところどころでグスグスと涙ぐむ音が聞こえたが、しばらくしてからパチパチと拍手が鳴った。

「ものすごくよかったわ。なんだか胸が、ジーンとしてきちゃった」

「俺はこういう感じの歌は、苦手なんだよ」

 二番目の曲は、一転して明るい内容だった。
 王家の姫に一目ぼれした騎士が彼女に求愛するのだが、そそっかしい性格の騎士は何度も失敗を繰り返してしまう。
 失敗したときの滑稽(こっけい)な様子が、客席の笑いを誘った。
 だが、何度失敗してもめげない騎士の姿に姫が心を開き、騎士のプロポーズを受け入れたところで歌が終わった。

「俺はどっちかというと、こういう曲が好きだな」

「そうなんだ」

「実は、ちょっと共感してたりして」

 吟遊詩人は最後に、リュートを奏でながらサーガを語った。
 一人の羊飼いが、幾多の戦いをくぐり抜ける中で成長していく。
 途中で恋もあり、また戦いに敗れて涙することもあった。
 しかし最後に彼は、戦乱の世を平定して王に即位した。
 この国の建国神話を題材にしたサーガは、客席にいる全ての人の心を(つか)んだ。
 惜しみない拍手が鳴り響く中、吟遊詩人は客席に向かって一礼すると、ステージから下りていった。




「すごく楽しかったわ。ありがとう、ヨコシマ」

 ショーが終わると、二人は会計を済ませて店を出た。
 店で飲んだ上等のワインとショーのお陰で、二人の雰囲気はかなり高まっていた。

「帰りはどうする? どこかで辻馬車でも拾おうか」

 荷物を積んだ馬車でごった返していた昼間と違い、通りはかなり閑散としていた。
 また通りや街角のあちこちで、酔客を目当てにした辻馬車が、何台も並んで客待ちをしていた。

「少し歩きましょうよ。馬車に乗るのは後でもいいわ」

「それもそうだな」

 ヨコシマとルシオラは、通りを並んで歩き始めた。
 手をつなごうかなと思って、ヨコシマが自分の左側を歩いていたルシオラに手を伸ばそうとしたとき、ルシオラが突然立ち止まった。

「ねえ、ヨコシマ。あの人、さっきステージで歌ってた人じゃない?」

「ん? どれどれ」

 今出てきた店の裏口に、マントを羽織った人物が立っていた。
 彼は店の店員から、中身がずっしりと詰まっていそうな皮袋を受け取っているところだった。
 店の中から()れる光が彼の顔を照らしており、彼が先ほどの吟遊詩人であったことはすぐにわかった。

「ああ、間違いないな」

「あの人、こっちに来るわよ」

 人目を気にしているのか、吟遊詩人はマントのフードをかぶると、ヨコシマたちのいる方に歩いてきた。
 しかし、すれ違おうとしたときに、吟遊詩人が急に立ち止まった。

「失礼だけど、あんたヨコシマって名前じゃないか?」

「え? たしかに俺はヨコシマだけど」

「そうか! やっぱりヨコっちか!」

 吟遊詩人が、突然マントのフードを跳ね上げた。

「俺や、俺。ギンイチや。覚えとっか!?」

「ひょっとして……おまえ、ギンちゃんか!」




 ヨコシマとルシオラと、ギンイチと名乗った吟遊詩人の三人は、大通り一つ離れた場所にある小さな居酒屋に入った。

「マスター」

「おっ、ギンイチか」

「どこか、部屋空いとらんか?」

「奥の小部屋が空いてるから、そこに入ってくれ」

 ギンイチはマントのフードをかぶったまま、居酒屋の店内を横切ると、奥にある小部屋に入った。

「この店のマスターはな、昔からの知り合いなんや。
 一人で飲みたいときは、たいていこの店で飲ませてもろうとる」

 ギンイチは小部屋に入ると、着ていたマントを脱いだ。
 そして部屋の中央にあった小さなテーブルに座ると、店のマスターがビールの入ったジョッキを三つもってきた。

「しかし、ギンちゃんが吟遊詩人やってるなんてな。名前聞いたときには、全然わからなかったよ」

「キンキっていうのは芸名やからな。それにヨコっちこそ出世したもんや。
 昔の仲間で、ヨコっちのこと知らんヤツはおらんで」

 乾杯を済ますと、さっそく男二人が四方山(よもやま)話を始めた。

「ところで、彼女の名前は?」

 ギンイチが、ヨコシマの隣でちびちびとビールを開けていたルシオラに、チラリと視線を向けた。

「ルシオラって、いうんだ」

「ヨコシマのこれか?」

 ギンイチは左手の小指を立てると、ニヤリと笑った。

「そ、そのことなんだけど……」

 ヨコシマが困った顔をしながら、ルシオラに視線を向けた。
 ルシオラもはにかみながら、軽く顔をうつむかせる。

「ま、ええわ。今は深く聞かんでおいたる」

「ヨコシマ。ギンイチさんのこと紹介して欲しいんだけど」

「自分で説明するわ」

 ギンイチはジョッキをテーブルの上に置くと、口の周りについた(あわ)を片手でぬぐった。

「俺の名は、ドウモト・ギンイチ。キンキ・ゴウイチってのは吟遊詩人の芸名や。
 俺がまだガキの頃、俺の家とヨコシマの家が近所にあって、二人でよう遊んどったもんや。
 七年前にヨコっちが両親と一緒に地方に引っ越して離れ離れになったんやけど、今日久しぶりに
 再会したってわけや」

「幼なじみなのね」

「そういうこと」

 つまみの干し肉をかじりながら、ヨコシマが答えた。

「ところでヨコっち。つい店に入ったけど、時間大丈夫か?」

「実はあまり時間ないんだ。昨日、都についたばかりで、あまり遅くなるとまずいんだよな」

「しばらく都にいるよな?」

「あ、ああ」

 ギンイチは店のマスターから紙とペンを借りると、紙に自分の家の住所を書いた。

「今は一人で暮らしとるんや。夜は仕事でおらへんけど、昼間の時間空いとるときに家に来てくれんか?」

「わかった。今度、時間みつけて行くよ」

 ギンイチは店の外に出ると、通りで客待ちをしていた辻馬車を拾った。
 ヨコシマとルシオラは、(ほろ)がついた二人乗りの馬車に乗り込む。

「ギンちゃん、またな」

「いつでも訪ねてくれよ。それから、今日ヨコっちと会ったことは、ナツコにも伝えとくわ。
 じゃあな」

 ヨコシマとギンイチは、手を振って別れた。
 辻馬車の御者が馬を走らせてから、ルシオラがヨコシマに話しかける。

「ヨコシマ、ちょっと聞きたいことがあるけど」

「なに?」

「ナツコって……誰?」

 ヨコシマが横を振り向くと、そこには絶対零度の視線でヨコシマを射抜く、ルシオラの姿があった。



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