竜の騎士

作:男闘虎之浪漫

第三章 『王都・リルガミン』 −2−




 ヨコシマとルシオラは露店をのぞいたり、広場で大道芸人のパフォーマンスを楽しんだりしながら、時間をつぶした。
 そして日が西に傾く頃に、ロイの店へと戻る。

「おう、タダオか。今できたところだぞ」

 ロイはそう言うと、仕上がったばかりの白のワンピースを二人に見せた。

「わあっ、きれい」

 ルシオラはワンピースを受け取ると、目の前で広げてじっくりと見つめる。

「けっこう、お上品な感じだな」

「あたぼうよ。服だって着る人を選ぶんだ。
 この嬢ちゃんなら、貴族の娘が着る服だって十分着こなせるぜ」

 ヨコシマが見たところ、自分の店をもつ商人の娘が着るような感じの服だった。
 階級でいえば、中流よりやや上といったところであろうか。
 あまり派手ではなかったが、シンプルで上品なデザインがポイントだった。

「念のため、試着してくれないかな。そこの小部屋で着替えができるから」

 ロイが部屋の一角にあるドアを指差した。

「ヨコシマ、ちょっと待っててね」

 ルシオラは仕上がったばかりのワンピースを抱えると、着替え用の小部屋に入った。

「そういえば、タダオがうちの店に女の子を連れてくるのは、二度目だな。
 前に連れてきた子はどうした。振られちまったのか?」

「……彼女はもういない。死んだんだ」

 今まで快活にふるまっていたヨコシマの表情に、急に影が差した。

「すまない。悪いことを聞いちまったな」

「いいんだ。ロイのせいじゃないし」

 そのとき、着替えをする小部屋のドアが開き、ワンピースを着たルシオラがそこから出てきた。

「どう、ヨコシマ?」

「……あ、ああ。いい感じだと思うよ」

「どうしたの? どこか具合悪くなった?」

 ヨコシマの顔色が急に悪くなったことに、ルシオラは気がついた。

「だ、大丈夫だよ。どこも悪くないって」

「そう? なんか急に元気じゃなくなったみたい」

 ルシオラは心配そうな表情をしながらヨコシマに近づくと、そっとヨコシマの(ほほ)をなでた。

「若いってのはいいもんだな。それはそうと、サイズが合わないところはないかい?」

 二人の様子を見ていたロイが、ニヤニヤしながらルシオラに話しかける。

「はい。きついところも(ゆる)いところも、特にないです」

「そうか。そいつはよかった」

 ルシオラの返事を聞いたロイが、満足そうにうなづいた。




 二人がロイの店を出たとき、日は既に暮れていた。

「ねえ、ヨコシマ。これからどうするの?」

「うーん。どうしようかな」

 二人で食事をして軽く飲んでから基地に帰ろうと思ったが、どこに行けばよいのかがわからなかった。
 柄の悪い連中がたむろしていたり、男だけで飲んで騒ぐ店なら知っていたが、女性同伴で入れる店には心当たりがなかったのである。

「まあ、いいや。適当に歩いて、いい店があったらそこに入ろう」

「ええ、わかったわ」

 二人は商店街から、酒場や飲食店が立ち並ぶ繁華街へと足を運んだ。
 日が暮れて、商店街からは人影が少なくなっていたが、繁華街に近づくにつれ通りを歩く人の数が、だんだんと増えていく。

「この街は(にぎ)やかなのね。昼も夜も」

 夜の繁華街は、昼のそれとはまた異なる雑多な雰囲気で満ちていた。
 夜の楽しみを求めて歩く人たちの表情には笑顔があふれ、また早くも酔って気勢をあげる連中も出てきていた。
 ヨコシマはその雰囲気に慣れ親しんだ表情を見せていたが、ルシオラはヨコシマの横を歩きながら、周囲の様子を興味深そうに眺めていた。

「どうしたの、ヨコシマ」

 ヨコシマが突然、通りの途中で立ち止まった。

「あ、いや。そろそろ入る店を決めようかと思って」

 ヨコシマがきょろきょろと周囲を見回していると、不意に横から声をかけられた。

「そこのお二人さん」

 ヨコシマが声のした方を振り向くと、通りの端に小さな露店があり、その店のカウンターに一人の若い女性が座っていた。
 カウンターに白い布をかぶせ、そこに水晶玉をのせているところを見ると、どうやら辻占いらしい。

「時間があったら、占いでもしてみませんか?」

「お金、かかるんだろ」

「今なら、お安くしときますよ」

「どうする、ルシオラ」

 ヨコシマがルシオラの方を振り向いた。

「まだお(なか)空いてないし、占ってもらうついでに、いい店を教えてもらったらどうかしら?」

「それもそうだな」

 ヨコシマとルシオラは、辻占いの店のカウンターにある椅子に並んで腰掛けた。

「占いは初めてですか」

 その占い師は、長い栗色の髪の毛を三つ編みで束ねていた。
 黒のワンピースに、つば広の黒い帽子をかぶっている姿は、占い師というより魔女のスタイルである。

「私は初めてです」

「俺も初めてッスね」

「ヨコシマも初めてなの?」

「男は普通、占いの店なんて入らないんだよ」

「お二人とも、仲がいいんですね」

 女性の占い師が、二人のやり取りを見てクスクスと笑った。

「お名前は、なんと言われますか?」

「俺がヨコシマで、彼女がルシオラです」

「初めての方でしたら、タロット占いにしましょう」

「どんなことを占ってもらえるの?」

「いろいろとですよ。とりあえず、ルシオラさんの運勢を占ってみましょうか」

 占い師はタロットカードをシャフルすると、テーブルの上に七枚並べて順番にめくっていく。
 彼女が最初にめくったカードは『女教皇』のカードだった。

「聡明な性格の持ち主ですね。知識だけでなく、内面の愛情も豊かな人です。
 最近、大きな挫折(ざせつ)を経験しましたが、今は回復傾向にあります。
 金運、恋愛運、ともに順調です」

「けっこう当たっているわね。占い師さんは、なにか特殊な能力を持ってるの?」

「いえ。私はカードの流れを読んでいるだけです」

「ヨコシマもどう? 見てもらってみる?」

「そうだな。ちょっとやってみるか」

 占い師がカードを切り直して、再度テーブルの上に並べる。
 彼女が最初に開いたカードは『愚者』だった。

「なんだか、バカっぽい絵柄のカードだけど」

「そんなことないですよ。このカードの意味は自由と純粋さです。
 世間の常識とずれたところもありますが、理屈に(しば)られない奔放(ほんぽう)さが、時には思いもよらない奇跡
 を起こすことがあります」

()められてるのか、けなされてるのか、ようわからんな」

「ちゃんと当たってるわよ、ヨコシマ」

 ヨコシマと並んでカードを見ていたルシオラが、クスクスと笑った。

「最後に、お二人の未来を占ってみますね」

 占い師はカードをよくシャフルすると、今までとは別の方法でカードを並べる。
 そしてカードを一枚ずつめくっていくが、一枚めくるごろに手の動きが遅くなり、全部のカードをめくったところで動きが完全に止まってしまった。

「どうかしました?」

 ピクリとも動かないまま、じっとカードを見つめている占い師に、ルシオラがそっと話しかけた。

「いえ、なんでもないです。お二人には試練もありますけど、信じていれば必ず乗り越えることが
 できます。くじけずに頑張(がんば)ってくださいね」

「ありがとうございます」

「ルシオラ、そろそろ行こうか」

「ええ」

 ヨコシマとルシオラは占い師から近所で評判の店を聞き出すと、見料を払って店を後にした。

挫折(ざせつ)と敗北、死と破壊、忍耐と試練、運命の岐路、そして最後の審判……か。
 あの二人は私たちの予想以上に、世界の運命と直接関わっているんだわ」

 占い師が最後に開いたカードには、『世界』を示す絵柄が描かれていた。

「調和した未来、ね。本当にハッピーエンドになればいいんだけど」




(あとがき)
 タロット占いについては素人ですので、カードの解釈もそれほど正確なものではありません。
 プロの目から見ればツッコミどころ満載かと思いますが、その辺はお手柔らかにお願いします。(;^^)


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