捏造
作:Nar9912
何処にでも存在する腐敗の一つである其れ。
此処に呈するとある“記録”もまた……注釈された通りに……真実では無く腐敗の一つの顕れ一つの形に過ぎない可能性もあろう。
腐敗を含めた所謂不正というものは必ずしも存在するだけで問題とはならず。
むしろ不正が軽微な悪が存在するからこそ、世が順当に動き歴史が軽快に積み上げられる傾向すらある。
全知ならぬ者に為る行動には常に、主観の入り込む余地があり。
完全な客観は、其れが要求されればされる程に存在し難くなるものとも言えよう。
否全知の存在に為る行動であろうとも、完全な客観が存在したとしても。
その結果は伝播に伴い媒介した存在に拠って歪められるもの。其処に……媒介した存在にも……一切の思惑が無かったとしてさえ。
時間は有限であり、全知であろうとも其れを完全に使いこなす事など出来ないとの推測が成立し得る。
時に於ける今の存在こそが逆証であるとの、全く以て詭弁に因るものではあるが。
何事にも明確な線引きを為して是非を決定する行為に、正義をさえ感じる者も居るだろう。
しかしその行動こそが時に、大悪を成しさえする可能性を忘れてはならない。
時間は有限であるのだから。
時間は逆転し難いもの否常なる者には逆転させられない要素なのだから。
有限であり常に流れ過ぎゆくが故にその使い途にこそ意味を見出されるべきもの、其れが時間であるとも言えよう。
無駄は贅沢であり希の贅沢は必要でもあるが、余裕の伴わない贅沢は危機的状況を招き全ての崩壊さえ引き起こしかねない。
完全な存在が無いからこそ完全を求めるものであり、故に不完全でなければならない。
そのほんの一面からの例示と言えるかも知れない時間の有限性。
小田原評定。牛歩戦術。
俗に時間の無駄と言われるそれらの手法は、余裕があるからこそ可能な選択でもある。
余裕が無く然れども完璧を要求された際、有限の存在は、不正かも知れない行動を取る事で有限のうちに物事を進めるものである。
言葉を換えて妥協としても良いだろう。
だが言葉即ち媒介手段を用いた瞬間、その真意は推測する事しか出来なくなる。
妥協の為の妥協、不正の為の不正。
先回りの妥協食わず嫌い、時にバッシングの目的にも用いられる其れ等。
ある者にとっては其れは全くの妥協に過ぎない事であろうと、他の者に取っては許し難い不正と映る場合さえ間々あるものだろう。
笑って済まされる事項に対するものであれば余裕のある限りその無駄であるが故の贅沢を楽しむのも良いだろうが……
時には、たった一枚の捏造書類が、世界の有り様をさえ変えてしまう事も、あり得てしまう。
存在は時間を自在には操れない否大多数の存在はそも時間を操る事など出来はしない。
故に真実を把握するなどその場に居合わせた当事者でさえ完全に成し得るとは限らない。
もし、根本的な前提が、偽であったならば。
もし、当事者でさえ知らないところに、全ての真の根源があったとしたなら。
…
…
魔神の反乱。
それはGSの業界は疎か、世界の歴史否三界の歴史にも、そうそう例の無いむしろ初めて起きた大事ではあった。
しかし乍ら陰謀としては実の所、然程でも無かったであろう事も、また事実。
綻びの多い推移は余裕の無さをこそ示そうとも、背後に有っただろう策の深淵を証明する材料とはならない。
其れ等こそ全て定められていた逆証との解釈も可能ではあるが、もしそうあるなら今の意義が著しく低減してしまう。
…
……
あれから幾星霜もの時間が過ぎ去り、人界には、当時は無かった余裕が生まれていた。
霊能力者達の霊力が衰えていく中、反乱にこそ原因があったとする研究者もおり、派閥も乱立した。
全てがこの宇宙の始まりから定められていた事とする者。
全てが臨機応変に変動した結果とする者。
嘗て存在した時間移動能力が、そして復元力との存在の真偽さえ確認出来ない力が。
少なくとも知っていた者が居た可能性を明確なものとしている。
それにしては、知っていた筈の者達に説明し難い矛盾が無い事も無く、だが多くの矛盾はしかし追求されなかった。
宇宙意思の作為とするなら些か幼稚に過ぎないだろうか、余裕を無くす事思考を逸らす事で歴史を操作するなどとは。
所詮、策略は人の、脆弱なるが故に智慧を振り絞る人の武器なのだろうかと。
どの其れであろうと証を求める為に、その反乱を精査していた者は、相当数に上った。
大筋に於いて発表された通りとの結論となるのが常であるが、とある研究者の遺した記録、其処には……
……
…
記録は残っている。
記録は単なる記録に過ぎず其れ以上でも以下でも無い。
大抵の場合は其処に著者の意思が存在するであろうが、存在しないかの様に記述する術が世にはある。
知らないが故に乃至は知っているが故に、真実存在しない意思が、読み取れてしまう事もある。
記録は残っている。
簡潔な記録。メモ用紙やIT上の情報としてでなく、一枚の紙を使っている事でさえ勿体ない程に、平易な内容。
だが、もし其処に幾許かの真実があったならば。
この記録こそが、世界を崩壊させる綻びをもたらす可能性すら。
冗談では済まされない出来事と言うものは実存し、魔神の反乱は正にその類であろう。
もし、この“記録”が虚偽ではなかったとしたなら。
もし、神魔が顕れなくなった事を含めた諸事情がこの記録と合致すると見たなら。
記録は残っている。
其処には……
“美神美智恵は古の大女神アスタルテである。
美神公彦は後にアスタルテに取り込まれた男神アシュタルである。”
記述はそれだけであり、詳細は其れが存在しない理由の記述を含めて存在しない。
もし、この記録に僅かばかりの真実が含まれていたとしたなら。
歴史は、運命は、宇宙意思は、何故に今になってこの埋もれていた“記録”を世に出すのであろうか。
研究とは真実の探究であり、故にこの記録は公開された。
オカルトに関連する多くの者達は、煩悶の日々を過ごす事となる。
時間移動能力は人界にては既に保有する存在が無く、神魔も真実を話すともそも知るとも限らない。
既に没した記録の当事者は其れを遺した程には研究者であり、故に内容の公正さについては問うまでも無く。
…
…
…
…
故に、この“記録”は、捏造で無ければならない。検証に因り得られる結論に関わらず。
研究とその記録は正しくなければならないが、其れこそが大いなる害悪をもたらす事例など嘗て無かった訳でも無い。
故に、この“記録”は、その真偽を問わず、捏造で無ければならないのだ、今を生きる者達の為に。
…
…
斯くして、その“記録”は、依然存在するピエトロ・ド・ブラドーにもマリアにも、公的に確認されはしなかった。
(了)
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