フェダーイン・横島

作:NK

第115話




「ご苦労じゃったな、横島」

「あれ、斉天大聖老師じゃないですか。事態が終息したって言うのに、何で老師ほどの神族が……?」

「ふん、嫌みを言うでないわ、小僧。お主の情報通り、わしらは何もできなかったからのう。しかし、この度の働きは見事じゃった」

「そう言われると照れますが、まあ突き詰めると自分の事でしたからね。小竜姫とルシオラと共にこの世界で生きていくためには、人界を護らないといけないわけで……」

 神界のゲートからやって来た神族達の中から声をかけられた横島が、呼ばれた方に眼を向けるとこちらに歩み寄ってくる斉天大聖の姿が見えた。
 本当はさっさと戻って休みたい(3人でイチャイチャしたい)のだが、ルシオラやベスパ、パピリオの事もあるため、現れた神魔族にこれまでの経緯を一通り説明するまで帰るわけにはいかない。
 だが、横島達の方へとやって来た神族は斉天大聖のみで、残りのメンバーは破壊されたコスモ・プロセッサの残骸を調べ始める。
 しかしこの状況は、横島達にとってもかえってありがたかった。

「小竜姫も今回はご苦労じゃったな。お前が地上に残った神族を統率し、最後まで戦い抜いて事態を収束させた事を、竜神王殿も天竜童子も大いに褒めておったぞ。事が一段落したら、一度謁見してくると良い」

「はい、わかりました。でも、私も戦った理由は横島さんと同じなんですけど……」

 斉天大聖にそう言われた小竜姫は、頷きながらも少し戸惑ったような表情を浮かべる。
 確かに自分は神族としての務めを果たした。
 だが、彼女の根元にある目的は、横島が言ったように3人での平和な生活を手に入れる事。
 潔癖性気味の小竜姫は、そのような自分本位の考え方で戦った自分が、主君である竜神王に褒められて良いのか、と考えているのだ。

「ははは、ワシの若い頃を見てみい! それこそ、よほど人に言えぬような理由で戦いまくっていたわ!」

「…………そういえばそうでしたねぇ。老師の無茶は桁違いだったようですから……」

 カラカラと笑う斉天大聖に、小竜姫も自分の師匠の若い頃の武勇伝を思い出して、引きつったような笑いを浮かべる。
 そんな2人を苦笑しながら眺めていると、斉天大聖は、今度は横島の隣に立つルシオラに話しかけてきた。

「成る程、お主は実体に会うのは初めてになるのう。いや、無事に小僧の元に来る事ができて何よりじゃ」

「修行の時はお世話になりました。色々とありましたけど、私はこうしてヨコシマの横に立つ事ができましたから……。終わりよければ全て良し、です」

「うむ。ヒャクメの報告は受けておる。直ぐに人界で自由に暮らす事は難しいが、小僧や小竜姫と共に暮らす事はできるじゃろう。その件に関してはワシが保証する」

「ありがとうございます、老師。それで……妹達の事なんですけど……」

 怖ず怖ずと尋ねるルシオラだったが、この件に関しては斉天大聖も歯切れが悪かった。

「あの2人に関しては、管轄が魔族側にもあるのではっきりとした事は言えんが、それ程重い罰を受ける事はないじゃろう。だが、魔族側との調整が終わるまではっきりとはせんだろうが……」

「そうですか。もし必要なら俺も弁護しますから、その時は声をかけてください」

 横島の言葉に頷くと、斉天大聖は役目だからと言い冥界チャンネルが遮断されてからの経緯を尋ねた。
 実際にはヒャクメが報告書を提出するのだろうが、関係者から直接事情を聞く事もまた必要なのだ。
 無論、そのこと自体に横島達も異論など無く、簡潔だが要点を押さえた報告を述べていく。

「やれやれ、本当に規格外じゃのう、お主は……」

「いや……そう言われても困るんですが」

 文珠でアシュタロスを『模』し、その記憶や知識を読みとったと聞かされた斉天大聖は、呆れたような口調で横島を労った。
 だが今の報告で、横島達の活躍が無ければこの世界(人界)だけでなく、天界や魔界も崩壊していたのだという事は明らかだった。
 これだけの功績を立てたとなれば、恐らくルシオラだけでなく横島の身内と言う事でベスパやパピリオにも形式的な罰しか与えられないだろう。

「ところで老師、嫁姑島の海底基地に残された、究極の魔体はどうするのでしょう?」

「うむ……魂の結晶が無ければ動かす事などできんからのう。おそらく神族と魔族の手で破壊されてお終いじゃろう。まあ、それはこちらでやる故、お前達が心配せずともよい」

 小竜姫の問いかけに、手は打ってあると応える斉天大聖。
 取り敢えず、今の質問を最後に横島達が確認しておきたかった事は全て解決した。
 3人のホッとした表情を見て、斉天大聖はそろそろ3人を休ませた方が良いと判断する。

「まあよい。いずれ正式な報告書がヒャクメから提出されるはずじゃ。これからは後始末だけじゃから、お主達は帰って休むがよい」

「はい。ところでパピリオは一緒に連れて行って構いませんか? アイツはもう人間に危害を加えたりはしませんし、ルシオラや俺が一緒の方が落ち着くと思うんです。それにベスパも拘束しているんで、妙神山に連れて行った方がいいと思いますが……」

「う―――む、そうじゃのう…………。わかった、連れて行くがよい。責任はワシが取ろう」

「じゃあ、お言葉に甘えて妙神山跡地の地下施設に戻ります。少しベスパと話しもしなくちゃならないし、そろそろ虹姫さん達も復活しているでしょうから」

 斉天大聖の言葉に甘えて、踵を返した横島達3人は美神親子と西条、それにエミ達に別れを告げ、パピリオと雪之丞達3人を連れて横島除霊事務所へと戻っていった。
 一方、人間側(美智恵や西条、唐巣達)は、普段人界に駐留していないレベルの神族や魔族が現れた事に、先程までとは異なる緊張を強いられていた。
 最大の当事者である横島達が、さっさと帰ってしまった事がそれに拍車をかける。
 だが、エミは全てが終わったと判断して、タイガーを連れて引き上げていったし、カオスも同様だ。
 まあ、生真面目な者ほどこういう時に割を食うのかも知れない。
 しかし、調査が終わってしまえば最早前線担当者の仕事ではなくなる。
 つまり、事態は軍事から政治へと移っていく事になるのだ……。
 そうなれば、横島達も漸く本当の意味で休息を取る事が出来るだろう。

「やれやれ……。横島の奴がアシュタロスの記憶までコピーし、それを理解して我が物としている事は報告書に書かない方がよいのう。魂の一部が時を逆行した事を書いて誤魔化すとするか」

 斉天大聖のこの一言によって、横島の真の存在価値が神魔族に広まる事はなかった。
 後日の事であるが、ほぼ全てを知る神魔最高指導者(最上層部)もこれを黙認したという。






 ――1週間後、過去からやって来ていた美神美智恵が、自分の時代に帰る日がやってきた。

 美神事務所の庭に、今回の事件関係者(といっても、エミやカオスなどはおらず、神魔族関連と美神、おキヌ、西条達)が見送りをしようと集まっていた。
 なお、斉天大聖などの上級神や上級魔は既に調査を終え、人界駐留組に後を任せて戻っているため、神族側代表として小竜姫が、魔族側代表としてワルキューレが、それぞれヒャクメとジークを伴ってやって来ている。
 既に事態はほぼ終息しており、コスモ・プロセッサの設計図等は残されていなかった事も幸いし、横島やルシオラがそのほぼ全てを知っている事は斉天大聖や神魔族の最上層部の胸に秘められている。
 そして、横島はこれからもヒトとして、小竜姫、ルシオラと共にこの人界で暮らしていける事に決まったのだ(正確に言えば、何ら制限無く生きていける事が保証されたと言う事)。

「……そう、妙神山修業場の再建は半年ぐらい掛かるの」

「ええ、構造物の再建自体はもう少し早く終わると思いますが、修業場として再開するにはそのぐらいかかるでしょう」

「まあ、俺もルシオラも、それにパピリオも手伝っていますから、何とか1日でも早く元通りにしますよ」

 未だ時間にならないので、事務所の応接室で歓談している美神、横島、小竜姫、ヒャクメ、ワルキューレ、ジーク。
 自分も色々と世話になった妙神山修業場の事なので、美神も少し声が暗くなっている。
 しかし、実質的にそこを居所としている横島と小竜姫は、案外元気だった。
 何しろ、この世界で漸く3人揃い大手を振って生活できるようになったため、苦労を苦労と感じていないのだ。
 住居部分は、様々な作業をする上で必要となるため、真っ先に再建が進んでいると言う事もある。 

「まあ、横島君も小竜姫も思ったより元気なんで安心したわ。それで………結局、アシュタロスは願い通り完全に滅びたのかしら?」

「ええ、神族最上層部でもアシュタロスの魂をキャッチできませんでした。願い通り、コスモ・プロセッサの力で魂の牢獄を脱して滅びたようです」

「魔族上層部の見解も同じだ。アシュタロスは完全に消滅し、我々は他で何とか神魔のバランスを取らなければならない」

 話題を変えようと思った美神だが、この面子で話す事の最大関心事はやはりアシュタロスの事だった。
 したがって当然、話題はアシュタロスの事になる。
 美神としても、前世の創造主だということもあり、多少複雑な思いでそれを聞いていた。

「でも、アイツは魂の牢獄とかいうのに囚われていて、死んでも強制的に同じ存在に蘇るとか言っていなかった? それがこの世界を維持するために必要だって」

「そうだ。普通であれば必ずアシュタロスは復活するのだが……」

「コスモ・プロセッサの力は、宇宙意志やこの世界の仕組みをも凌駕するものだった、と言う事ですね。今更ながら、凄い物を造り上げたもんです」

 横島の言葉に、あの装置の威力を知っている一同は大きく頷いた。
 そこにおキヌがやって来て、美智恵が帰る時間が来た事を告げる。
 ゾロゾロと庭に出た一同の前に、旅行支度をした美智恵が立っていた。

「断っておきますが、この時間移動は神魔族最上層部の特別許可のもとに行われます。本当なら、これ以上の時空の混乱はもう絶対に避けたいんです。今回の事件でのあなたの功績を特に認めての、最後の時間移動ですからね」

「……ご心配なく。過去に戻った私は、関係者との連絡は一切断ちます。表向きは死んだ事にして―――今日が来るまで5年間、行方をくらませて沈黙―――約束は守るわ」

 自分自身が事故とは言え未来からやってきた魂の一部を持ち、その知識や記憶を最大限活用した小竜姫がこんな事を言うのはおかしいのだが、美智恵はその事を知らないわけだし、人界駐留神族の代表として言わなければならない責務もある。
 横島達の真相を知っているワルキューレやジーク、美神は、真面目な表情を崩さずに美智恵に注意事項を伝達している小竜姫を見ながら、笑ったり、何かを言ったりしないよう、己を律する事に苦労していた。

「5年もどーすんのよ!? 隠れ場所はあるの…?」

「そーねえ……。パパの所にいるわ。あの人、ジャングルの奥でフィールドワークが多いから。二人ともあちこち飛び回ってて、夫婦生活は無いも同然だったから、しばらくはいいでしょ」

「…………!!」

 離別前の親子の会話を交わしている美神と美智恵。
 『雷』の文珠が必要となるため横島も一応この場にいるのだが、ある意味部外者だと判断しているため、あまり注意を向けていなかった。
 彼としては、あれから1年間の妙神山預かり(保護観察処分)となったルシオラと、やはり数年間の保護観察処分となったパピリオを妙神山に置いてきているため、『早く帰りたいな』等と考えていたのだ。
 何しろ、ベスパが平行未来の記憶通り魔界正規軍に入る事を決めたため、明日に迫ったそちらの別れの方が彼にとっては重要だったから。
 まあ、平行未来の記憶でも彼はこの場に同席した覚えがない(使者に連れられて、この時期にはルシオラ分離のために人界にいなかった)ため、単に文珠提供係りとしての意識しかない。
 何しろ、彼は美神美智恵が生きていて、この後美神の前に現れた事を記録で知っているのだ。
 それでも、平行未来ではどうやって美智恵は戻ったのだろう、と考えるぐらいはしていたが……。

「冗談じゃないわよっ!? それって酷いじゃないッ!!」

「「ま…まーまー!!」」

 横島が考え事をしている間に、美神が母親は実は死亡していない、と気が付き怒り始めた。
 美神の正確や行動パターンを知っている小竜姫とワルキューレが、慌てて飛びかかろうとする美神を押さえに掛かる。

「……よ、横島君、文珠をお願い!」

「…あっ! はいはい」

 娘の剣幕に焦りながら、美智恵が横島の元にやって来たため、横島は『雷』の文字が込められた文珠を手渡す。
 そして、美神が押さえられている間にと、みんなから距離を取った美智恵は文珠を作動させた。

「じゃ…じゃーねっ、令子っ!!」

 その言葉と共にタイムポーテーションして消えていった母親に、さらなる怒りを爆発させる美神。
 そんな美神を宥めるおキヌ、小竜姫、ワルキューレを見ながら、平和を勝ち得た事を実感する横島だった。
 そして……この時代の美智恵がひょっこり現れ、さらに妊娠しているとわかって、美神はますますヒートアップする。
 ジークまで加わって美神を宥めている中、横島は近くに立っていたヒャクメを眼を合わせると、ポツリと呟いた。

「なあ、ヒャクメ……。何だか平和だよなー」

「クスッ! そうね、横島さんの言うとおりなのねー」

 目の前で繰り広げられるドタバタを横目で眺めながら、横島は望んでいた平和な日常が戻って来たのだと頷く。

「……よ、横島さん! ヒャクメと遊んでいないで、美神さんを宥めるのを手伝ってください!!」

「あー、仕方がないな……。今行くよ、小竜姫」

 愛しい小竜姫のお願いによって、苦笑を零しながらも横島は日常のドタバタの中へと飛び込んでいった。







「漸く再開までこぎつけましたね、小竜姫」

「そうね、虹姫。これで私の妙神山管理人の責務は終わりです。後は貴女に任せます」

 完全に再建された妙神山修業場の鬼門前で、新たに管理人に任命された虹姫と、本日付けで退任する小竜姫が修業場全体を見ながら語り合っていた。
 つい先程まで、管理人の引継作業を行っていたが、それも終わり2人で黄昏れているようにも見える。
 アシュタロス消滅から5ヶ月が過ぎ、既に季節は初夏から初冬へと移り変わっている。
 そして本日、めでたく修業場として再開される運びとなっていた。

「ねえ小竜姫、貴女本当に管理人を辞めてしまうの?」

「ええ。漸く横島さんとゆっくり過ごせるようになったんですから、暫くはのんびりしようと思っていますよ」

「でもね、ここの管理人をやっていたって、結構暇なんだから同じじゃない?」

 後任を任せられる事になった虹姫としては、暫くは今まで通りここで暮らすという小竜姫に納得できないのだ。
 だが、小竜姫は呆気なく惚気とも言える答えで切り返す。

「私も横島さんも、それにルシオラさんも、あの戦いに備えてずっと頑張ってきました。これから少しの間は、のんびりしたって罰は当たらないでしょ?」

「まあ……それはそうだけど……」

「それに、後半年はルシオラさんの保護観察期間が続きますからね。この場所以外に居所を持つ事ができないんです」

「……そうか、そうよねぇ」

 虹姫としても、ルシオラの事を言われるとどうしようもない。
 彼女は、神魔族の最上層部の沙汰によって、この妙神山で1年間の保護観察となっており、期間がまだ半分ほど残っている。
 さらに、末妹のパピリオはまだ年単位で、ここ妙神山で暮らさなければならない。
 横島と小竜姫がここを居所とするのは、その流れから言えば当然なのだ。
 だが、そんな話の内容にもかかわらず、最初は感慨深げな表情だった小竜姫だが、話しているうちにいつの間にか表情がもの凄く幸せそうに緩み、今にもとろけそうになっている。

「あの……小竜姫、どうしたんですか? 何だか妙に嬉しそうですけど……?」

「あら、わかる? それはね、漸く私がお役御免になったからです。横島さんはとっくに戸籍上18歳になったというのに、私の方の都合で婚礼の儀を挙げるのが伸びていましたから。でも漸く区切りがついたので、やっと式の日取りを決められるんです。決まったら連絡するから、虹姫も出てくださいね」

「そ、そう……」

 嬉しそうに惚気始めた小竜姫に、やや退き気味の虹姫。
 彼女の言うとおり、妙神山修業場の再建やアシュタロス事件の後始末など、小竜姫も横島もいろいろと忙しかったため、婚礼の儀が延び延びになっていたのだ。
 漸く公務から外れて新婚生活を送れると言う事で、小竜姫は心の底から幸せそうだ。
 だが虹姫は喉まで出かかった、今でも横島達3人は新婚生活を送っているようなものだ、との考えを辛うじて飲み込む。
 その懸命な行動によってさらなる状況の悪化は防いだものの、このままであっても延々と惚気を聞かされるのか、とゲンナリする虹姫。
 だが、そんな時に意外な救いの神が現れるのだった。

「小竜姫さーん!」

「小竜姫! 引継は終わったんだろ? ルシオラと3人で少し相談したい事があるから、こっちに来てくれー!」

「あっ! はーい!」

 ルシオラと横島の声に、ハッとした表情で2人の姿を捜し返事をする小竜姫。
 そして、慌てて虹姫の方に振り返ると口を開いた。

「ごめんなさい、虹姫。私、横島さんと打合せがあったんでした。すっかり忘れていて……」

「あっ、いいのよ小竜姫。もう引継は終わったわけだし。それよりほら、早く行かないと……」

 虹姫の言葉に踵を返すと、遠くから大声で呼ぶルシオラと横島の元へ小走りで駆けていく小竜姫。
 よく見ると、横島の隣に佇むルシオラも、妙に嬉しそうに微笑んでいる。

「はあ…………。小竜姫ったら、意識してるのか、していないのかわからないけど、すっかりデレデレになっちゃったわね」

「…………本当でちゅ。でも、それは家のルシオラちゃんも同じでちゅ」

「あら、パピリオ。……いつの間に? まあそれはいいとして、もう今日の分の修行は終わったのですか?」

「さっきまでルシオラちゃんに見張られて、今日の分は終えまちた。後は自由時間でちゅ」

 事ある毎に惚気る最近の小竜姫に、見せつけられて羨ましい虹姫は思わず溜息を吐く。
 自分もそのうち良い相手を見つける事ができればいいのだが……。
 そんな事を考えながらぼやいていた虹姫の横に、いつの間にかやって来たパピリオがウンザリとした口調で同意する。
 こちらもルシオラにさんざん見せつけられて、相当羨ましがっているのがわかる態度だ。

「……ルシオラさんも同じなの?」

「そうでちゅ。さっきも私の修行を監督しながら、ウエディングドレスは純白が良いか、薄いブルーが良いかで悩んでブツブツ言いながら、PCの画面を見ていまちた」

「そ、そうなの……」

「ええ、この前会った時ベスパちゃんも、ルシオラちゃんがすっかり変わったと嘆いていまちた」

 虹姫はこの前ベスパがやってきたときのことを思い出す。
 一時、天界に帰っていた間に何があったかまでは知らないが、引継のために少し前から妙神山にやって来た虹姫もベスパには会っていた。
 以前に比べ、横島への接し方が随分柔らかくなったのに驚いたものだった。
 確か、今は魔界正規軍に入隊しているはず。

「そうですか、ルシオラさんも…………」

「かつての理知的なイメージが、欠片もなくなってしまったと言っていまちたよ」

「…………平和ね」

「…………平和でちゅ」

 虹姫とパピリオが何とも表現しがたい眼差しを向ける中、平和を最大限に享受している横島達は楽しく談笑している。
 何やらパンフレットのようなものを複数広げているので、式場の選定等を話し合っているのだろう。
 尤も、そのような光景はここ最近毎日見られのだが……。
 ただ、今度こそ程なくして、横島達の知り合いに結婚のお知らせが届けられる事になるのだが、それは少しだけ未来の話…………。

「……ヨコシマ。……貴方、今幸せ?」

「ああ、この世界ではゆっくりと、3人での平穏な生活を過ごせそうだからな。俺はルシオラと小竜姫が一緒にいれば、それでいいんだ」

「それは私も同じよ、ヨコシマ」

「私もです、横島さん」

 こちらを見ている虹姫とパピリオの存在を忘れ去り、色々と話していた3人だったが、ふと天使が通り過ぎた時、ルシオラが横島の顔をジッと見詰めて尋ねた。
 即座に返された横島の答えは、キッパリと何も迷いを含まない。
 その答えにルシオラは嬉しそうに身体を寄せて抱き付き、小竜姫も同意しながら反対側に抱き付く。
 既にアシュタロスの事件が終わってしまった今、3人の頭の中は誰にも邪魔されない新婚生活の事で大部分が占められている。
 故に、この態度は至極当然と言えた。
 そして、ほぼ同時に3人は大事な事を忘れていたと気が付き、ポンッと揃って拳で掌を叩き真剣な表情で口を開く。

「「「それで、新婚旅行はどこにしようか(しましょうか)?」」」

 3人の綺麗に重なった声が、どこまでも呑気に響き渡る。
 そんな微笑ましい姿は、虹姫とパピリオをさらなる脱力へと追い込む。

「…………ルシオラちゃん、やっぱり腑抜けたでちゅ」

「…………小竜姫、もはや武神の面影が残っていませんよ」

「今は、あの3人の頭の中は結婚生活の事しかないから、仕方がないのね」

 そこに突然割り込んでくる、こちらも結構暇人(?)のヒャクメ。
 いろいろとあり、現在は虹姫の補佐として妙神山駐留を命じられているが、小竜姫をからかってはお仕置きをされている学習しない女神様である。
 虹姫と小竜姫がここに来る前に、また何かやらかしたのかお仕置きをされて打ち捨てられていたが、復活したようだ。

「ヒャクメがここに来たという事は、建家の方には誰がいるのですか?」

「えーと、パピリオもここにいるから……誰もいないのね」

「あら、雪之丞さんと九能市さんは?」

「2人揃って、横島さんの事務所に行ったのねー。シロちゃんは美神さんの所だし……」

「そう言えば……美神の事務所は最近妖狐が入ったとか言っていまちたね。シロとは仲が悪いみたいで、散々とんでもない奴だと言ってまちたけど」

 パピリオの言葉を聞いて、ヒャクメは以前におキヌと一緒に助けた金毛白面九尾の狐の転生体である少女を思いだした。
 アシュタロス事件からしばらくして、美神が請け負った仕事に(おキヌに)憑いていった時逃がした、タマモとか言う妖狐が何らかの理由で美神の所に引き取られたらしい。
 今日、シロが帰ってきたら尋ねてみようと考えるヒャクメだった。
 こちらもいつもの間にか雑談に耽っていた虹姫達だったが、彼女達の存在を完全に無視して自分達の話に没頭していた横島達に再び変化が訪れた。
 横島が、何やら気が付いたようで真面目な顔をしながらルシオラに話しかける。

「そう言えば………ちょっと疑問に思ったんだがな、ルシオラ」

「なーに、ヨコシマ?」

「お前魔族だよな? それが高原のチャペルで式を挙げるっていうのはまずくないのか? 唐巣神父のところもそうだが、キーやんを崇めてるんだろ?」

「………………………そうだっけ?」

「そういえば、そうでしたね」

「え――――と、でもウエディングドレスは着たいのよ」

「「……………………」」

 新婚旅行先の候補選定を終え、楽しそうに歓談していた3人は横島の何気ない一言で再び議論へと突入する。
 本人達にとって、問題となっている事柄は重要なのだろうが、端で見ている虹姫とパピリオにはどーでも良い事だった。

「「なんだか…………もの凄く間違っているような気がします(するでちゅ)」」

 こめかみを押さえつつ呟いたパピリオと虹姫の言葉が、ここ最近の妙神山修業場の雰囲気を的確に表している事を、人間界の面々はまだ知らない。
 そしてトボトボとその場を去っていく3人。
 一方、考え込んだ挙げ句、2人で何やら真面目に議論し始めたルシオラと小竜姫の姿を見詰めながら、横島はふと視線を上へと向けた。

 あの記憶に残る世界とは違うけれど……。
 けれど紛れもなく、ここは自分達生きる世界。
 自分達が命を賭けて守った世界。
 そしてここには、愛しい2人がいる。

「そうさ、これで十分。これこそ俺が望んだ未来。こんなドタバタさえもおそらくは平穏な日々なんだから……」

 横島の幸せそうな呟きは、誰に聞かれる事もなく消えていった。
 楽しい日々は、まだまだ終わらない――――



―― フェダーイン・横島  了  ――




(後書き)
 漸くフェダーイン・横島も本編連載終了です。
 私の作品を読んでくださった読者の方々、感想まで下さった方々に心より御礼申し上げます。

 思えば、2004年8月から湖畔のスナフキンさんのHPで掲載開始以来、2年近く掛かってしまいました。
 本来この本編はGSのFFを書く上で、キャラを動かすための練習として外伝的な位置付けで書いたもので、本当の本編は「未来編」として掲載している方でした。
 その後色々考える事もあり、それでもかなり軽い気持ちで逆行・本編再構成というジャンルでFFを書き始めた結果、こちらが本編になってしまったというわけです。
 ただ、横島がどうやって力をつけたのか、なんでルシオラと小竜姫の意識(コピーですが)が横島の中にあるのか、等々の説明のために、お蔵入りしていた旧本編(ある程度書いていた部分のみ)を「未来編」として引っ張ってきました。
 こちらの続きに関しては、書き始めた2年前とリアルの状況がかなり異なっていますので、続きを書く事は甚だ困難となっております。
 あくまで現在は補足説明用の外伝、ということにしてご容赦下さい。

 最後に、ここまで読んでくださった方々に改めて御礼を申し上げます。



(管理人の感想)
 NKさん、お疲れ様でした。
 掲載を始めてから、もう2年も経つんですね。いやはや、月日の過ぎるのは早いものです。

 今、『交差する二つの世界』でエヴァの再構成に取り組んでいますが、GS美神全39巻を書き直すとなると、やはり並大抵の量ではありません。
 GS全編を逆行か再構成で書いてみたいという気持ちは私にも少しはあったのですが、時間のことを考えると、とてもやれそうにないことがよくわかりました。(;^^)

 ※NKさんのようなハイペース(最も早いときで週に二話ずつ更新)でも二年かかったのですから、遅筆の私が書くと確実に4〜5年はかかりそう。(爆)

 『フェダーイン横島』は横島が最強であること、ところどころで展開される横島+小竜姫+ルシオラの砂の吐くような甘さ、そして大胆な設定変更とオリキャラの投入が大きな特徴だと思います。
 いろいろなオリジナル要素を付加したSSを書きつつも、どこかで原作準拠を意識している自分にはこういう話は書けそうにありませんが、多くのヒット数と拍手数、そして寄せられる感想の多さからして、この作品が大多数の読者に受け入れられたかと思います。

 連載途中では、NKさんにも私にも多くの出来事がありましたが、この大作が無事完結できて、本当によかったです。
 いろいろとお忙しいかと思いますが、NKさんの次回の作品にも期待しています。


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