これは――――夢の中の物語――――





夢の飛礫

作:トレヴァー






「ヨ・コ・シ・マ♪ 今日は何処に出かけましょうか?」

ショートカットのスレンダーな美人が隣に座っている男に声をかけた。
隣の男は「ん〜?」とゆっくり女性のほうに顔を向け、

「そうだな〜、ルシオラは何処に行きたい?」

と、逆に問い返す。

「もう!私が先に聞いてるのに!」

女性――ルシオラは、横島の応えに不満げに頬を膨らませる。
知的美人を地で行く彼女の、そんな子供っぽい仕草がひどくアンバランスに見えて、でも凄く可愛らしくて、横島は微笑みを浮かべた。

二人は横島の部屋で暮らしていた。
GSの仕事は相変わらず危険が常に付き纏い、命を失いそうになることも多々あった。
それでも何とか生き延びて、まだまだアルバイトの身であるが故に経済状況は苦しいが、二人は慎ましくも幸せな日々を過ごしていた。
そして今日はたまの二人揃っての休日。

「なに笑ってるのよ?」

横島が笑っていることに気づき、やはりトンがった声でその理由を尋ねる。

「ん?いや、ルシオラの表情や仕草があんまりにも可愛いからさ、見惚れてたんだよ」

普段なら恥ずかしくて言えないような科白。
でも―――。
彼自身よく分かってはいないのだが、ルシオラの前では、どんなに気障な科白でも何の気恥ずかしさも無く言えた。
逆にソレを聞いたルシオラの方が恥ずかしさに顔を朱に染めてしまう。

「も、もう。そんなコト言ったって駄目なんだからね…!ちゃんと何処に行くか決めて頂戴!」
「そうだな〜、でも特に行きたいトコは無いんだよな〜」

真面目に考える様子の無い、その横島の態度にルシオラがもう一度抗議の声をあげようとする。
だがその前に横島が続けて言った。

「俺は、さ…。ルシオラと一緒にいる事が出来れば、それだけで満足だよ…」

そう言う横島の声はとても穏やかで、ルシオラの大好きな笑顔で彼女を見つめていた。
その声と笑顔でルシオラはもう何も言えなくなる。
先ほどまでの不満もすっかり消えて無くなってしまった。

「そ…そう?じゃ、じゃあさ、特に場所とかは決めなくていいから、とにかく出かけましょうよ」
「そうかい?でも、なんで今日はそんなに外に出たがるのさ?」
「だって、外は凄く良いお天気よ?それに、私たちって二人で外出したこと、まだ一度も無いんだよ? せっかくのお休みで、外の天気は上々!これで出かけないのはもったいないわ」

ルシオラに言われてそう言えば、と考える。
お互いの休日が重なることは滅多に無かった。
たまに重なることがあっても、生憎の雨であったり、仕事の疲れで一日寝ているということもままあった。
確かに二人でちゃんと出かけたことは無かったように思える。

「そうだ…な。たまには出かけようか。じゃ、動物園なんてどうだ?
ルシオラはまだ行った事なかったよな?」

ルシオラの心情を分かってやれなかった申し訳なさもあり、彼女がまだ行ってないであろう施設を提案する。

「うん!ないない!いいわね、行きましょう!!」

横島の提案に一も二もなく返事を返す。
横島が自分の事を考えて行き先を決めてくれたことが嬉しかった。

「じゃあお弁当作らなきゃね。ソレが出来たら出かけましょ♪」

ルシオラは満面の笑顔でそう良い、喜びも顕わにキッチンへと向かった。







「きゃ〜!アレ可愛い!!ね、ね、横島!アレ凄く可愛い♪」

動物園にやってきた。
ルシオラは早くもはしゃいでいて、レッサーパンダをさし「可愛い♪可愛い♪」を連発している。

「うわぁ〜、あのモコモコした尻尾が凄く気持ちよさそ〜♪
触ってみたいなぁ〜。ね、ヨコシマ?」

レッサーパンダの尻尾がいたく気に入ったらしく、横島に同意を求める。
それに対し横島はと言えば、

「ま、まあ確かに可愛いとは思うけど、そんなに騒ぐほど可愛いか?」

ルシオラほどご執心、と言うわけでもなく、やや引き気味に感想を述べる。

「何よ〜?ヨコシマにはあの愛らしさが分からないの?」
「んなこと言われてもなぁ…。むしろ俺はあの尻尾が邪魔に見えて仕方ないんだが」

「何で分からないの?」というルシオラの不満の声も虚しく、横島は自分が思ったとおりの感想を述べる。

「何言ってるのよ!あの尻尾が良いんじゃない!!あ〜いいなぁ〜。触りたいな〜」
「そうか?俺は切り落としてみたいが…」

横島が普通思っていて口にしてはいけないような科白を口にする。
ルシオラはそれを聞いて顔を真っ赤にして猛り狂う。

「な、なに物騒なこと言ってんの!?そんなことしたら許さないからね?絶対に!!」

言いながら横島の頭を叩く。いや、頭と言わず体と言わず、横島はいたるところを叩かれた。

「いてっ!痛いって、ルシオラ!ただ言ってみただけだろ!?大体心配しなくてンなこと出来るわけ無いだろが!?」

横島は抗議の声をあげるもあえなく無視され、ルシオラの気が済むまで叩かれた。
余程横島の感想が腹に据えかねたようだ。
だがその二人のやり取りは、剣呑なものでは決してなく、むしろほのぼのとした印象を見るものに抱かせた。
横島とルシオラ。
二人は心を許しあったものたちが浮かべる笑顔を、その表情に浮かばせていた。







「ふぃ〜食った食った!ご馳走様、ルシオラ」
「ふふ。お粗末さまでした♪」

ひとしきり園内の動物を見た後、二人は昼食をとることにした。
そして今はその昼食も終わり、食後の一休みと言ったところである。
ルシオラの、心づくしの手作り弁当を平らげ、ゴロンと芝生に横たわる。
ルシオラはそんな横島の様子を見て微笑を浮かべる。

「はぁ〜しばらくは動きたくないな〜」

寝そべったまま、お腹をさすりつつ横島が言う。
少々行儀がよろしくないが、横島はそんなことには頓着しない。
ルシオラはルシオラで、自分の料理を残さず食べてくれたことに喜び、普段なら注意の一つも
するのだが、見逃している。

「じゃあしばらくはここで休みましょ?まだまだ時間はあるんだし」
「そうだな〜。ちょっと休憩しようか」

そう、時間はまだたくさん残っている。
のんびりと、ここで休憩するのも悪くない。

「そうだ、ルシオラ。膝枕してくれないか?」

横島がいい事を思いついたとルシオラに言い、ルシオラはその願いに「…ん、いいわよ」と足を少し崩す。

「へへ。サンキュ」

横島はルシオラの膝の上に頭を乗せて眼を瞑った。
後頭部の、ルシオラの太腿の感触が柔らかく、心地よい。

「俺さ、彼女が出来たらこうして甘えるの…夢だったんだ」

満足げに目を瞑ったまま、横島がルシオラに言う。

「これくらいのことなら何時だってしてあげるわよ?」
「そっか?じゃあこれからも頼もうかな」
「ええ、いいわよ?いつでもどうぞ」

お互い、何も喋らないまま時間が流れる。
まるでそこだけ周りの空間から切り取られたような、幸せな空間が広がっていた。
何も語らなくともお互いのことを分かり合っている。
そういう、優しい空気が流れていた。

「ふぁ…。少し…眠くなってきた…」

しばらくして、横島が欠伸をかみ殺しつつ眠気を漏らす。
安心できる相手が傍にいる。
だからこその眠気である。

「寝てて良いわよ?1時間くらいしたら起こしてあげる」
「そうか?じゃ、頼むわ…」

ルシオラの申し出をありがたく頂戴し、やがてゆっくりと寝息をたて始める。
その寝顔は赤ん坊のように無邪気で、安らかで、そして安心しきっていた。
最愛の女性が傍にいて、いつでも会うことが出来、決して離れる心配が無い。
横島は、この時確かに幸せだった。







鳥の囀りが窓の外から聞こえてくる。
部屋に入ってくる日差しは暖かで、今日も天気が良いということを教えてくれている。

「…ん〜」

横島は、安アパートの自室でゆっくりと目を覚ました。

「ルシオラ、もう朝だよ」

隣で寝ている恋人の方を向いて声を掛ける、が彼の向いたソコに恋人の姿は無かった。

「――――そうか、夢……か」

夢の中で自分たちは幸せな生活を送っていた。
慌しい毎日の中で、やっと取れた休日を二人でのんびりと過ごし、他愛のないことに喜びを見出す。
横島が、望んでやまない生活が夢の中にはあった。
朝がきて目を覚まし、恋人を起こす。
それは横島がルシオラを起こすこともあったし、ルシオラが横島を起こすこともあった。
二人一緒に目覚めたこともある。
そんなときは、二人で『クスリ』と微笑みを交し合った。

夢の中の出来事が現実に連なっているわけは無く、それがあくまでも夢に過ぎないということはわかっている。
だが、分かってはいても夢の中の生活が現実には存在しないという事実に、ルシオラがもういないという事実に否応無く気づかされる朝が横島は好きではなかった。

「…ルシオラ」

心地よい夢から目覚め、恋人のいない現実に毎朝暗鬱とした気分を味わう。
横島の顔から飛礫が落ちる。

―――『涙』という名の、水の飛礫が…。

だがいつまでも泣いてはいられない。
また忙しくて慌しい一日が始まる。
ルシオラはもういない。
だが、ルシオラが自らを犠牲にして掴んだ『現在』が生きている。

「おはよう……ルシオラ…」

横島は目を閉じて、自分の中にいる彼女に向けて、囁いた。







これは夢の中の物語。
そして、一人の男の哀しい恋の物語。
横島忠夫。職業GS。
彼の男の恋人は今は彼の隣にいない。
彼の命を繋ぎ止めるために、その命を失ってしまったから。

―――自分の為にその命を散らせた

その事実は、彼に重くのしかかった。
時には哀しみ、時には怒り、時には他人にあたる事さえあった。
そしてその度に、彼は何回も傷ついた。
しかしそれでも彼は生きていた。
自分の望む世界が夢の中にあり、目覚めと共に絶望を味わうことは、まだしばらくは続くだろう。
だがそれでも、それでも彼は生きている。
彼女がくれた、現在(いま)という時を生きている。

横島忠夫。職業GS。
先の大戦で恋人を失った男。
彼の男は、今日も強く、生きていた。




(作者からのお知らせ)
 この作品は以前『夜に咲く話の華・小ネタ掲示板』に投稿したものです。
 夜華の両管理人様の承諾を得て、改めてこちらのHPに投稿させて頂きました


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