交差する二つの世界

作:湖畔のスナフキン

第三話 −決戦! 第三新東京市− (01)




「横島先生っ! さっきから何を考えているんでござるか?」

 平日の午後、事務所のソファーで紅茶を飲みながらボーッとしていた横島に、シロが話しかけてきた。

「ん? ちょっとな」

「そういえば、最近、物思いにふけっていることが多いわね」

 マホガニーの執務机に座って書類仕事をしていた美神が、会話に割り込んできた。

「何か悩みがあるなら、相談に乗るけど?」

「あの……。いえ、やっぱいいです」

「なによ。私たちには話せないこと?」

「そういうわけでもないんですが……。ただ荒唐無稽(こうとうむけい)な話にも聞こえるんで、信じてくれるかどうか」

「私が何年GS稼業をやってると思っているのよ。先ずは話してちょうだい」

「わかりました。ただ、途中で笑わないでくださいね……」




「ハハハ……。その話、マジ? 話半分にしても、でき過ぎてるわ」

 横島が座っているソファーの向かい側で、タマモが腹を抱えて笑っていた。

「コラ! 笑うなって最初に言っただろ、タマモ」

「巨大ロボットに乗って怪獣と戦うなんて、先生はスゴイでござる。まるで、アニメの主人公みたいでござるな!」

 一方のシロは、目をキラキラさせながら、話に聞き入っていた。

「てか、エヴァを操縦しているのは、俺じゃなくてシンジなんだけどな。
 もっとも、最初の使徒は、シンジが伸びちゃったから俺が倒したんだけど。
 あ、おキヌちゃん。紅茶おかわり」

 おキヌは、空になった横島のカップに紅茶を注いだ。
 江戸時代生まれで、つい数年前まで幽霊でいたおキヌは、ロボットアニメやテレビゲームなど、現代の少年が熱中するものがよくわからない。
 また女性週刊誌やワイドショーなどを好んでいるため、なおさらその方面に対する知識が乏しかった。
 今は横島が熱心に語る話に、ただ聞き入るばかりである。

「まあ、巨大ロボットの話は置いといて、その世界には私たちのいた痕跡がなかったのね?」

「ええ、そうなんです。街並みとかはだいたい同じなんですが、
 この事務所とか唐巣神父の教会なんかは、全然別の建物になってました。
 ちょっと足をのばして妙神山にもいってみたんですが、やはり何もなかったです」

「やはり別世界……パラレルワールドに移動したと考える方が自然ね。
 それから、そっちの世界に引っ張られた原因に、心当たりはないの?」

「いえ、それが全然ないんです。最初は誰かに呼ばれたのかなと思ったんですが、
 あっちには、神族や魔族のいる気配が全然ないんです。
 今のところ、手がかりが全くない状態です」

「偶然にしては、でき過ぎているわ。
 世界に三人しかいないパイロットの一人に憑依(ひょうい)しているとなると、
 何らかの必然性があると考えるべきね」

「ええ、俺もそう思います」

「とりあえずママに話をして、Gメンのデータバンクで事例を探してもらうわ。
 それでダメなら、妙神山に行って、小竜姫たちに協力を求めるしななさそうね」

「俺も早くなんとかしたいですよ。
 いつものことなんですが、わけがわからないうちに巻き込まれて、そこから脱け出せなくなるんで」

「それから、ここの仕事に支障が出ないように気をつけてね。
 私は世界を救うボランティアなんて、もう二度としたくないんだから」

「了解ッス」

 かつての戦いのことを思い出した横島は、苦笑いを浮かべた。




 シンジがミサトの家に戻ってきた次の日、トウジはシンジを学校の屋上に連れ出した。

「碇ッ! ワシを殴れ」

「はぁ?」

 シンジは、きょとんとした顔をしている。

「なんも知らんのに、碇のことドツいたしな。その上、命まで助けてもろて……
 このまま借り作ったままやと気色悪いし、これでチャラにしようや」

「…………」

 シンジは、どういうリアクションをしたらよいか戸惑ってしまう。

「シンジ、こいつはこういう恥ずかしいヤツなんだよ。俺からも頼むからさ」

 トウジの後からついてきたケンスケが、トウジのフォローに入った。

「じゃあ、一発だけ」

「よ、よし、来いや!」

 トウジはシンジの前に立つと、ギュッと唇を噛んだ。

「……やっぱ、止めるよ」

「な、なんでや!」

「その方が、面白そうだから」

「オノレというヤツは、ホンマに根性ババ色や!」

 すかさず逃げるシンジを、トウジが追いかけていく。
 さらにその後をケンスケが追いかけていき、クラスの入り口でシンジがつかまったところで、三人で揉みくちゃになってしまった。

「あ、そうだ。トウジにお願いがあるんだけど」

「なんや?」

「今度、妹さんのお見舞いに行きたいんだ」

「……わかった。後で連絡するわ」




「シンちゃーーん!」

 シンジは、シンクロテストのためネルフ本部にきていた。
 リツコの部屋に向かう途中でミサトに見つかり、呼び止められる。

「どう、元気してる?」

「ええ、まあ」

「今日はシンクロテストだっけ。今からリツコのところに行くの?」

「はい。夕食の仕度が少し遅くなるかもしれませんが」

「私も今日は遅くなりそうだから、かまわないわよ」

 そのとき二人の前方に、一中の制服を着た少女が姿を見せた。

「綾波……」

 レイは意外そうな表情で、シンジを見つめている。

「やめたんじゃ、なかったのね」

「うん……。結局、戻ってきたんだ」

「あたしでも、初号機動かせるのに……」

 レイは普段の澄ました表情に戻ると、そのまま立ち去っていった。

「僕……嫌われてるんですかね?」

「まさか。彼女は誰にでもああなのよ。レイの笑顔なんて、本当に誰も見たことがないわ」

(そういえば、お見舞いに行った時も、あんな感じだったな……)

 ミサトはレイはシンジを嫌っていないというが、やはり疎んじられているような気がする。

「シンちゃ〜〜ん。レイのこと、そんなに気になる?」

 からかいモードに入ったミサトが、シンジを揶揄(やゆ)し始めた。

「ち、違いますよ!」

 (あわ)てて打ち消したものの、当分の間はこのネタでからかわれそうな気がシンジはしていた。







 シンジはミサトに誘われ、第四使徒の解体現場に出かけていた。
 現場にはプレハブが建てられており、その中に硬化ベークライトで固められた第四使徒の死骸が置かれていた。

「これが、僕が倒した使徒……」

 シンジはボンヤリとした表情で、その巨大な物体を眺めていた。




「……で、敵さんのサンプルから何かわかったのかしら?」

 プレハブの一角に設けられた小部屋に、ミサトとリツコの姿があった。
 小さな事務机に座っているリツコは、熱心にキーボードを叩いて仕事をこなしているが、ミサトは何もせず壁によりかかっているだけである。

「見てのとおりよ」

「601……なにこれ?」

「解析不能を示すコードナンバー」

「つまり、わけわかんないってこと?」

「そう。でも一つだけわかったわ。使徒の固有波形パターンが、構成素材の違いはあっても、
 人間の遺伝子と酷似しているってことが。99.89%ね」

「99.89%……それって、エヴァと同じね」




 人が近づいてくる気配を感じたシンジは、ハッと背後を振り返った。

「……ええ。劣化が激しく、サンプルとしては完全とは言えませんが……」

 数名のネルフの研究員を従えたゲンドウと冬月が、シンジの後ろの通路を通り過ぎていくところであった。

(父さん……)

 ゲンドウは、シンジがいることに気づいた素振りは少しも見せなかった。
 コアのサンプルの前ではめていた手袋を外し、その表面の感触を手で確かめると、手を後ろで組んで研究員の説明を聞き始めた。

火傷(やけど)?)

 背後からゲンドウの姿を見ていたシンジは、ゲンドウの手の異変に気がついた。
 手の皮膚全体が火傷の跡のように引きつっているのが、離れた場所から見ていてもはっきりとわかる。

「なーに見てるのよ、シンちゃん!」

「わっ!」

 ゲンドウの手に注目していたシンジは、背後から迫ってくるミサトに全く気がつかなかった。

「驚かせないでくださいよ、もー!」

「お父さんを見てたの?」

「そんなんじゃないです。ただ、手に火傷(やけど)しているのが目に入ったんで……」

「ねー、リツコ。何か知ってる? 司令の手の火傷(やけど)のこと」

 ミサトはシンジをリツコがいる小部屋の入り口まで引っ張ってくると、リツコにゲンドウの手の火傷(やけど)のことを(たず)ねた。

「あなた達がこの街にくる少し前のことだけど、起動実験中に零号機(ぜろごうき)が暴走したことがあるの。
 聞いたことはあるわよね?」

 リツコの話を聞いたシンジは、レイの怪我のことを思い出していた。

「暴走している最中に、エントリープラグが勝手にイジェクトしたのよ。
 でも司令が大急ぎで駆け寄って、ハッチをこじ開けてレイを救出したわ。
 でもプラグは壁と摩擦して熱をもち、、過熱したハッチを掴んだ司令の手は……
 手のひらの火傷(やけど)は、その時のものよ」

 シンジとミサトは、普段のゲンドウから予想もできない話を聞いて、あっけに取られていた。

(父さんが……あの父さんが、そんなにしてまで綾波を助けた!? なぜ……)




(綾波レイ、14歳。
 マルドゥック機関の報告書によって選ばれた最初の被験者、ファーストチルドレン。
 エヴァンゲリオン試作零号機(プロトタイプ)専属操縦者(せんぞくパイロット)
 過去の経歴は白紙。すべて抹消(まっしょう)済み……か)

 シンジはバスに()られながら、昨日ミサトに見せてもらったレイのファイルの内容を思い出していた。

「センセ、何考えとんのや?」

 隣の席に座っていたトウジが、シンジに話しかけてきた。

「あ、ちょっとね……」

 シンジは、トウジに連れられて、トウジの妹の見舞いに行く途中であった。

「またまた。綾波のことでも考えてたんとちゃうか?」

「えっ!? よくわかったね」

「そりゃあ、わかるで。今日の碇は、何度も綾波に熱い視線を向けとったからな」

 トウジがシンジの顔を見ながら、ニヤニヤと笑っていた。

「しっかし、センセも渋い趣味やなぁ」

「ち、違うよ。ただ、同じエヴァのパイロットだから……」

「あー、やっぱり綾波もパイロットだったんやな。
 ケンスケが零号機がどうのこうのと言うとったけど、あいつのカンが当たったな」

「うん、まあそうなんだけど……。あまり皆には言わないでくれないかな」

「ま、いずれ知れ渡ると思うけどな。おっ、病院に着いたみたいや」

 シンジとトウジはバスを降りると、停留所のすぐ傍にある大きな病院へと入っていった。




「ナツミ、入るで」

「あっ、お兄ちゃん!」

 トウジの妹は、その病院の個室に入院していた。
 部屋の奥に置かれていたベッドに、包帯を頭にぐるぐる巻きにした七〜八歳くらいの年齢の少女が横になっている。

「元気やったか?」

「うん。昨日から気分がいいの」

 トウジは軽くしゃがみ、ベッドの上の少女と目線を合わせて会話をしていた。
 二人の顔に、やわらかな表情が宿る。

「そや、今日は友達を連れてきたんや。おい、碇!」

 シンジは病室に入ると、ナツミのベッドの脇に立った。

「はじめまして。碇シンジです」

 シンジは、やや緊張した表情で病室に入る。

「こんにちは。鈴原ナツミです。お兄ちゃんが、エヴァのパイロットね」

「うん、そうだけど」

「助けてくれてありがとう」

 少女は上半身を起こすと、シンジにペコリと頭を下げた。

「えっ……」

 シンジはきょとんとした顔つきをした。
 正直、罵声(ばせい)の一つや二つは浴びだろうと覚悟をしていた。

「あの怪獣が近づいてきて、怖くなって助けを呼んだけど、誰も人がいなかったの。
 でも、大きなロボットがやって来て、あの怪獣をやっつけてくれたわ。
 後でお兄ちゃんから聞いたんだけど、あれがエヴァンゲリオンだったのね。
 私は途中で頭に何かがぶつかって気を失っちゃたけど、エヴァが来てくれたから助かったの」

「でも、僕がもうちょっとエヴァをうまく操縦できたら、ナツミちゃんが怪我することも……」

「そやけど、シンジが戦うてくれたから、ナツミは助かったんやな。
 あん時は、ナツミが怪我したことで頭に血が上うてしもうたけど、やはりシンジのお陰や。
 ほんにありがとうな」

「うん、けどね……」

「まあ、固い話はここまでにしようや。
 食い物は、見舞いの菓子がたくさんあるから、何でも好きなモン食っていいで」

 トウジは菓子の箱を開けると、学校でのバカ話をしながら、三人でその箱の中身を食べ始めた。




 翌日、シンジはシンクロテストのため、ネルフ本部へと出かけた。
 テストのあと、ケイジでエントリープラグの調整作業を行う。
 少し離れた場所で、レイも同じ作業をしていた。

(悪いな、シンジ。見舞いに行ってくれて)

「いえ、いいんです。もやもやした気分が、少しだけ晴れたましたから」

 シンジがトウジの妹の見舞いに行った理由は、横島にそのことを頼まれたからであった。
 横島に頼まれなければ見舞いに行くことを躊躇してしまい、決断できなかったであろうとシンジは考えている。

「でも、何か理由があるんですか?」

(今晩、じっくりと話すさ)

 その時、アンビリカルブリッジを歩く靴音が聞こえてきた。
 シンジがそちらを振り向くと、ゲンドウがレイの元に近づいていくのが見えた。

「レイ……明日はいよいよ零号機再起動実験だな」

「はい」

「恐いか?」

「大丈夫です。心配ありません」

「……そうか」

「今度はきっとうまくいく」

「はい……」

 ゲンドウの口調には、いつもの威厳さはなかった。
 レイもまた柔らかい表情で、ゲンドウの顔を見つめている。
 二人の様子を見ていたシンジの胸に、複雑な思いがこみ上げていた。



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