7 Years Later

作:湖畔のスナフキン

第五話





 私と横島さんは、二人でいろんな所をまわった。
 最初の海鳴臨海公園では、屋台で私がたこやきを、横島さんはチーズ入りのたいやきを食べた。
 さすがの横島さんも、チーズのたいやきを食べるのは初めてらしく、ちょっと驚いた顔をしていた。
 それから、商店街とデパートをまわってウィンドウショッピングを楽しんでから、この前も行ったFOLXに寄って、今度はお酒は飲まずにコーヒーと軽食を二人で楽しんだ。

「横島さん」

「なんだい、さくらちゃん」

 私がケーキを、横島さんがスパゲティを食べ終えた後、私は思い切って話を切り出した。

「ちょっと、寄りたい所があるんですけど、かまいませんか? 紹介したい子がいるんです」

「ああ、俺は別にかまわないよ」

 私と横島さんは店を出ると、私の車に乗った。
 出発して間もない頃、横島さんの携帯(けいたい)に電話がかかってきた。

「もしもし、横島だけど……ああ、マリアか。今、どこにいる?」

 私はハンドルを握りながら、横島さんの電話に耳を傾けた。
 マリアと聞こえたけど、どう考えても女性の名前ね。
 横島さんと、どういう関係なんだろう?

「明日の夜にはこっちに着くんだ……わかった。駅まで(むか)えにいくよ」

 横島さんは通話を終えると、携帯を胸のポケットに戻した。

「お知り合いの方ですか?」

「仕事関係だけどね。明日の夜の電車で海鳴駅に着くって行ってたから、迎えに行かないと」

 どうやら、仕事の付き合いらしい。
 私はほっと、胸をなで下ろした。




 車で出た私たちが向かったのは、海鳴市から40キロほど離れた隆宮(たかみや)市にある広い敷地をもつ大きな洋館の家だった。

「……」

 門の前でいったん車を停めると、助手席に乗った横島さんが少し複雑そうな表情をしていた。
 この場所に来た理由について、十分な説明をしなかったからだろうか。

「ここは、私の(めい)の家です。姪といっても、歳は少ししか離れてませんけど」

 私たちは、月村(てい)の前にいた。
 一族の件について打ち明けるつもりはないが、横島さんが海鳴にいる間だけでも力になってもらいたいというのが、私の考えである。
 多少のリスクがあるにせよ、それはとても魅力(みりょく)的な考えのように思えた。

「そ、そうなんだ」

 横島さんが返事をしたが、まだ少し表情が固かった。
 心の中で少し引っかかるものがあったが、先ずは当初の予定どおりに月村家の門の中に入る。
 車を門の中に入れて駐車スペースに停めると、この家の主であり姪の月村(しのぶ)が玄関の外に出てきた。

「珍しいわね、さくらが男の人と一緒に来るなんて」

「ちょうど、近くにきたから、忍にも紹介しておきたかったのよ。こちらの人はね、GSの横島さん」

「……GSですって!?」

 忍の表情に、さっと警戒の色が現れた。
 私たち吸血種にとって、GSなどの霊能力者は一種の天敵のような存在である。
 忍と会う前に、電話で話しておいた方がよかったかもしれない。
 一方の横島さんも、なぜか固い表情を(くず)さなかった。

「忍。横島さんは7年前の事件の時、私がお世話になった人なの。そんな顔をしないで」

 私がそう言うと、忍の顔が元の笑顔へと戻った。

「そっか。さくらがよく知ってる人なら、大丈夫よね」

 忍は一緒にいたメイドのノエルと共に、私たちを応接室に案内した。

「ノエル。恭也(きょうや)はどこ?」

「先ほど、屋敷(やしき)の外を巡回していました。もうすぐ戻ってくるかと」

 私たちが、ノエルが()れた紅茶を飲んでいると、恭也くんが部屋の中に入ってきた。
 私は、恭也くんに横島さんを紹介しようとしたが、

「なっ! き、貴様は!」

 恭也くんが横島さんの姿を見るやいなや、部屋の中に飛び込んできて、忍と横島さんの間に立ちはだかった。

「おまえは、昼間の目つきの悪いケンカ小僧(こぞう)!」

「誰が小僧だ、誰が!」

「おまえだ、おまえ! まったく、殺気(さっき)のこもった視線を飛ばしてきやがって! あの時、雪之丞を(おさ)えるのが大変だったんだからな!」

「貴様らが、この屋敷を(のぞ)いていたからだろうが! この不審者(ふしんしゃ)!」

 横島さんと恭也くん、二人の間で壮絶な舌戦が始まった。
 私と忍は、突然の出来事にぽかんとしてしまう。

「恭也様、落ち着いてください。まずは、この方から話を聞いてみませんか?」

 普段から冷静沈着なノエルが、恭也くんをなだめる。
 横島さんも、身構えた姿勢を元に戻した。

「横島さん! 昼間の不審者って、あなたたちだったんですか!?」

 私がそう横島さんに問いただすと、

「ま……そういうことになるのかな」

 と横島さんが、ばつの悪そうな顔で答えた。

「仕事の関係で、ちょっとね……」

「私、槙原さんから仕事のことを聞きました! 海鳴市で結界を造る仕事に、どうしてこの家が関係するんです!?」

「それとは別件だよ。急ぎで、しかも報酬(ほうしゅう)も悪くないから、つい引き受けちゃってさ」

 私の脳裏に、月村安次郎のことが思い浮かんだ。
 綺堂(きどう)家や月村家ほどではないにせよ、安次郎自身もそこそこの資産を持っている。

「横島さん、教えてください。あなたに、その仕事を依頼したのは誰なんですか!?」

 横島さんは顔をうつむくと、正面に立つ私から微妙に視線をずらした。

「ごめん、さくらちゃん……依頼人のことは、話せないんだ」

 パンッという音が、部屋の中に(ひび)いた。
 横島さんが、片手で左の(ほほ)を押さえている。
 横島さんを平手で(たた)いたのは……私だった。

「信じていたんですよ! なのに、なぜこんな……」

「さくらちゃん……」

「出て行ってください! そして、この家に……私の前に、絶対顔を出さないでください!」

 ノエルが、横島さんを部屋の外へと連れ出していった。

「さくら……」

「ごめんなさい、忍。あなたに迷惑かけちゃったわね」

「私は、別にいいけど……」

「本当にごめんね。今日はこれで失礼するわ」

 私は、忍を振り払うようにして、部屋の外に出た。
 絨毯(じゅうたん)が敷き詰められた広い廊下(ろうか)を、私は足早に歩いてゆく。
 うつむきながら歩く私の頬に、涙がとめどもなく(こぼ)れ落ちていった。




 どこでもいいから、一人になりたい。
 そう思って、車のハンドルを(にぎ)った私は、いつしか海鳴臨海公園へと来ていた。

 車を降りた私は、一人で海を(なが)めていた。
 昼間は、多くの人が往来するこの公園も、夜にはほとんど人気がなくなる。
 胸に空いた空虚(くうきょ)な感情を抑えきれず、私は海岸の遊歩道の手すりにつかまりながら、ひたすら真っ暗な海面を眺め続けていた。

「そこにいるのは、ひょっとしてさくら?」

 突然、私を呼ぶ声が聞こえた。
 (なつ)かしい声。振り返る前に、誰の声かすぐにわかった。

「……相川先輩ですか!?」

 声のした方を振り向くと、そこには相川先輩と、野々村先輩……いえ相川夫人の姿があった。

「こんばんは、さくらちゃん」

「お久しぶりです、小鳥さん」

 知り合った頃は野々村先輩と呼んでいたが、結婚して姓が相川に変わってからは、呼び方を変えている。
 友人どうしの会話の中では相川夫人と言うこともあるが、当人の前でそう呼ぶと嫌がるので、直接話すときは名前で呼ぶことにしていた。

「今日は、お二人ですか?」

「今、家に唯子(ゆいこ)御剣(みつるぎ)が遊びにきててね。うちのチビ二人は、唯子たちが面倒を見てるよ」

「御剣さんに、『たまには夫婦二人でデートでもしてこい』って言われて、家から追い出されたの」

 相川先輩と小鳥さんは、そう言ってから、顔を見合わせて二人で微笑(ほほえ)んだ。
 幼なじみの二人は昔からとても仲がよかったが、そうやって自然に寄り()う姿を見ていると、そこから夫婦の愛情というものが、伝わってくるような感じがする。

「ところで、さくら。何かあったの?」

 ふと気がつくと、相川先輩が心配そうな顔で、私の顔を覗き込んでいた。

「いえ、私は大丈夫です」

「そんなことないって! さっき海を見ていたさくらは、後ろ姿がとても(さび)しそうだったよ」

「さくらちゃん。私たちで力になれるかどうかわからないけど、話だけでも聞かせて欲しいな」

 昔から、この二人はそうだった。
 私から見れば、ごく普通の一般人なのだが、難しい状況にあって困っているとき、何度も相談に乗ってもらったり、あるいは直接助けてもらったりした。
 もし、高校生のときに相川先輩たちと知り合っていなかったら、私の人生は別のものになっていたかもしれない。
 今も、私のことを心配してくれる二人の気遣(きづか)いが、本当にありがたかった。

「実は……」

 私は、ここ数日にあった出来事(できごと)を話し始めた。
 実は、高校の時に起きたある事件がきっかけで、二人は一族のことを知っている。
 私は7年前の事件に始まり、月村家の財産を狙う安次郎、そして横島さんのことに至るまで、すべて二人に話した。

「そっか。さくらは今、そんなに大変な状況なんだ……」

 相川先輩が、腕を組みながら真剣な顔で考え込んだ。
 小鳥さんも、ますます心配そうな表情になっている。

「さくら、一つだけ確認したいんだけど」

「はい」

「本当に、そのGSの横島って人は、安次郎に(やと)われていたのかな?」

「ですが、私たちの前で、依頼者の名前を言えないというのは……」

「でも、安次郎に雇われていたとしたら、さくらと一緒に行動するのはおかしい」

 相川先輩が、思いがけない意見を述べた。

「真くんの言うとおりだよ。もし、その人が悪いことを考えていたら、絶対さくらちゃんを利用しようとすると思うよ」

 私は、再会してからの横島さんの行動について考えた。
 千堂先輩の手を握って投げ飛ばされたり、駅前でナンパをするなど、はた迷惑なことは何度かしていたが、私を何かの目的で利用しようとしたことは、たぶん無いと思う。

「ですが、これから私を利用しようとした可能性も……」

「そうかもしれない。だけど、一度よく話し合ってみたら? ひょっとしたら、誤解していただけかも」

 確かに、横島さんは仕事の依頼主を言えなかっただけで、安次郎に雇われていた明確な証拠もない。
 さざなみ寮の耕介さんが言ったように、仕事について部外者に話せないこともあるのかと思う。

「そうですね。(おり)を見て、話し合ってみようかと思います」

「困ったことになったら、いつでも連絡して。必要なら、俺から千堂さん経由で、神咲(かんざき)先輩に相談してみるから」

 私は、相川先輩と小鳥さんにお礼を言って、その場を離れた。
 もし、安次郎がGSを雇っていたとしたら、こちらも対抗措置(そち)が必要である。
 最悪の場合は、神咲家に介入を依頼することになるのかもしれない。
 私は今後の対策について、真剣に考え始めた。




【後書き】

 後半は、NTに投稿した話を加筆しています。
 落ち込んださくらを(なぐさ)める役は、真一郎&小鳥夫妻に担当してもらいました。
 (相川真一郎はさくらの初恋の相手ですが、第一話で触れたように、さくらは想い出として乗り越えています。)


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